みなさんこんばんは。第6回のミステリアス・シネマ・クラブです。
 このコラムではいわゆる「探偵映画」「犯罪映画」だけではなく「秘密」や「謎」の要素があるすべての映画をミステリ(アスな)映画と位置付けてご案内しております。
 
 皆さん、現在劇場公開中の『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』はもうご覧になられましたでしょうか。世界中で大ヒットしている作品ですが、これはホラー人気が高いとされる若い世代やスティーヴン・キングの原作が好きな層だけではなく、かつて(おそらく80年代に)少年少女で現在はお父さんお母さんになっている世代にも訴えるものが大きかったからというのもよく言われるところです。懐かしい風景の中でこどもたちが一緒になって謎と恐怖に立ち向かう夏休み。その頃の背丈から見た世界の大きさと周囲を取り巻くもやもやとした不安の記憶が蘇ると同時に、映画や本の中のこどもたちの「探偵団」ぶりにワクワクした気持ちを思い出した方も多かったのではないでしょうか。私もその一人です。
 
 思えばたくさんのキッズ映画が「ミステリ」にチャレンジしています。今回はそんな作品の中から元気いっぱいの女子探偵が活躍するパトリシア・ロゼマ監督の『キット・キトリッジ アメリカン・ガール・ミステリー』をご紹介しましょう。


■『キット・キトリッジ アメリカン・ガール・ミステリー』(Kit Kittredge: An American Girl)[2008.米]

あらすじ:ときは1930年代、世界大恐慌後のアメリカ。オハイオ州シンシナティで暮らす10歳の女の子、キット・キトリッジの家にも不況の波は容赦なく訪れる。父親が職を失い、職探しのために長く家を離れることになってしまったのだ。生活に困ったキトリッジ家は下宿人を置いてその家賃で暮らしていくことに。新たに始まった日々、楽しいこともあるけれど、不安の種は尽きない。街では強盗事件が頻発し、ついに下宿でも盗難事件が発生。将来は新聞記者になるという夢を抱くキットは仲間と共に真相を探る捜査に立ち上がる!

 2003年から現在まで続いている女子主人公のキッズ映画シリーズ「アメリカン・ガール」シリーズの中で、日本でもソフトが出ている数少ない作品のひとつです(放映限定・配信限定では他にも見られる作品もあります)。私も全部の作品を見ているわけではないのですが、このシリーズでは色々な時代のさまざまなタイプのアメリカの女の子が「自分たちが生きている社会に存在する問題を知りながら成長していく」という物語が基本になっているそうで、監督や脚本をはじめ製作スタッフに女性スタッフが多いことも特徴のようです。
 基本的にはテレビ向けに製作されている映画シリーズですが、4作目にあたる今作は本国では劇場公開もされた作品で、厳しくも温かく、とびきり爽やかなガール・ミステリーです。1930年代のキットたちの「貧困と犯罪の真実をめぐる冒険」を描くことで、2008年(公開当時)のアメリカのこどもたちに「本当のこと」を丁寧に伝え、勇気づけようとする作り手たちの心意気に序盤から胸打たれずにいられませんでした。
 
 未曽有の不況の中でキットたちの生活が「否応なく変わってしまうこと」のつらさがこの映画でははっきりと描かれています。ツリーハウスで誓い合った友達との別れ。大人たちの事情で、それまで疑うことさえなかった「家」を奪われ、「家族が離れ離れになる」という危機にさらされる恐怖。キットが父親の現状を知ってしまったときの絶望感。今まで出会わなかったタイプのワケアリな下宿人たちに接する緊張。そんななかで「誰が盗難事件の犯人なのか?」のミステリを描くことで、今作は「こういうときに、誰が盗難事件の犯人とみなされてしまうか」という問題に触れていくのです。

 過酷な経済状況においての「モノ・カネがなくなる」事件では特に、疑いをかけられてしまうのが常に「持たざるもの」だということ。犯罪の背景には「持たざる者がより持たざる者を悪者に仕立てる」残酷な現実があること。苦境に立たされるキットたちが受ける心の痛み、その中で「生活が厳しい世の中だと、誰もが悪者を作ってその人のせいにしたがる」ということに気づく描写は大人にとってもハッとするものがありました。
 
 そうした現実の厳しさをきっちりと描写したうえで、しかしこの映画は明るく元気な「キッズ映画」であることも忘れません。ホーボーと呼ばれる浮浪者たちのコミュニティで暮らす子たちと仲良くなり、ホームレスにならざるを得なかった彼らの仲間たちの現実を「自分の目で見よう」と考えたキットの知性と好奇心によって真実に行きあたる、という展開のなんと感動的なこと!
 首にはカメラ、手にはメモを手放さない「目指せ新聞記者!」少女キットを演じるのは『リトル・ミス・サンシャイン』で知られるアビゲイル・ブレスリン。聡明で、勇気を持って行動する女の子にぴったりです。まっすぐに相手をひしっと見据える目には自立するアメリカン・ガールの気骨がキラリ。ニット帽や白襟のワンピース、トレードマークのブルーのリボンといった衣装デザインも最高にチャーミングで、目にも楽しい映画です。
 
 もうひとつ、この映画の特徴としてキットと仲間たちの「女子性」は特に強調されないという点を挙げておきましょう。ガールズだってツリーハウスで秘密の儀式をしたいし、将来に大志も抱いているし、経済的に家の役に立ちたいし、家族や仲間を守りたいし、何よりちょっと無鉄砲なくらいの冒険をしたいのだということがごく当たり前に描かれていて、「男まさり」という表現に落とし込まれることは一度もありません。そりゃそうです、それは別に少年の特権じゃないのですから。でもそれをこんなふうに完璧に見せてくれたキッズ映画は残念なことにまだまだ少ないので、そういった意味でも特別な映画なのではないでしょうか。
 
 ミステリ要素は小粒ではありますが、「世界はこんなにも厳しいけれど、きっとあなたたちの確かな眼差しや強い思いと知性は未来を変えていけるよ」というこどもたちを信頼した語り口ときいて気になる方は是非ご覧いただければと思います。
 

■よろしければ、こちらも1/『わが街 セントルイス』(KING OF THE HILL)[1993.米]


 スティーヴン・ソダーバーグがキャリア初期に撮った『わが街 セントルイス』も1930年代を舞台にした少年ハードボイルドの佳品です。こちらはキッズ向けに作られている映画ではないぶん、主人公を取り巻く状況の描写にはさらに容赦がありません。父親が職探しで家を去り、母は病気で入院、弟は親戚に預けられ、12歳のアーロンはひとりぼっち。嘘と真実を境目なく語るという特技で偽りを重ねながらなんとか生活費を捻出し、安ホテルで一人暮らししながら親不在の社会をタフにクレバーに泳いでいくのですが……。裕福な少年の「小鳥用の部屋」で感じる格差、ホテルの倉庫で埃を被った「住人から奪われた大切なもの」、かつてホテルを追い出された画家が貧民街を彷徨う姿の目撃、昔は何もかも持っていた老人の部屋で起きることの凄まじさ……こどもにはあまりにも過酷な状況下で、嘘にも限界がきてしまったとき、聡い目の少年の泣くことさえできない孤独な戦いは果たしてどうなってしまうのか?とかなり厳しいストーリーではあるのですが、少年の日々は決して重苦しい雰囲気一辺倒には描かれてはいません。ときに楽しくときに恐ろしい「大人不在の暮らし」の中で、なんとしてもこの危機を乗り越えてやる! 弱いものをつけ狙う奴らに負けるか! という少年の反骨心が細やかに丁寧に紡がれています。
 

■よろしければ、こちらも2/『ボグ・チャイルド』シヴォーン・ダウド(千葉茂樹訳/ゴブリン書房)


 これでもかというほど厳しい状況で生きることの過酷さを描き出しながら、決してユーモアや笑顔を失わない少年少女ミステリといえば、YA文学の名作『ボグ・チャイルド』。1981年の北アイルランド国境、ボグ(沼地)の泥炭から古代の少女らしき遺体を発掘した男子高校生ファーガスと2000年前に消えたその「遺体」の声がこだまする。ふたつの時代、ひとつの場所。この地はずっと変わらない、哀しみの生まれる場所、けれど、そこは愛が生まれる場所でもある……一面に広がる鮮やかな緑のなか、政治的社会的な混乱の中でのっぴきならない状況に陥っていくファーガスの日常と2000年前のボグ・チャイルドの「謎」が交錯しながら少しずつ解き明かされ、そしてクライマックスでは「今、ここで起きていること」の事件の真相も明らかになる――それが少年の「ここ」との決別の時と重なる――すべてのカードが鮮やかに開示されるタイミングは見事というよりありません。ファーガスが「ここから出ていきたい」と最も強く願ったとき「ここ」への想いがかつてないほどに高揚する、その瞬間が繊細かつダイナミックに描かれるクライマックスには落涙せずにはいられませんでした。
 
 いずれの作品においても、こどもたちは社会に疑問を呈し、ときに恐怖や不安に怯えながらも「自分の力」を信じて戦っています。優れた少年少女ミステリはそんな彼らの可能性、冒険心や好奇心を武器に全力で走り出す姿を未来への希望として信頼することから始まるのかもしれない……なんてことを考えながら、それでは今宵はこのあたりで。また次回のミステリアス・シネマ・クラブでお会いしましょう。

今野芙実(こんの ふみ)
 webマガジン「花園Magazine」編集スタッフ&ライター。2017年4月から東京を離れ、鹿児島で観たり聴いたり読んだり書いたりしています。映画と小説と日々の暮らしについてつぶやくのが好きなインターネットの人。
 twitterアカウントは vertigo(@vertigonote)です。









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