こんにちは。十二月にはいるとほんとうにわけもなく焦りますね。いや、わけはいろいろあるんですけど、問題は時間が経つのが早すぎる(と感じる)こと! ぼーっとしていると、いつのまにか大晦日になっていそうで怖い。

 ところで、十一月二十五日、都内某所で翻訳ミステリーお料理の会・第九回調理実習がありました。詳しいことはいずれ掲載になるレポートで報告しますが、クランペットとサンドイッチをつまみながらの英国風(『レベッカ』風)アフタヌーンティー、たいへんおいしゅうございました。できることならマンダレーのように毎日四時半、たとえ忙しい大掃除の合間にも、アフタヌーンティーを優雅に楽しみたいものです。無理なら本のなかだけでも。

 気になったのは、懇親会でゲストの♪akiraさんがアメリカでいちばんおいしかった料理だと話していらしたオイスター・ポーボーイ。カキフライをフランスパンにはさんだサンドイッチで、ニューオーリンズなどアメリカ南部でよく食べられているとか。聞けば聞くほどおいしそうで、すぐに作れそうなのもいいなあ。

 十一月は翻訳ミステリー大賞予備投票を控え、積ん読本を少しでも減らさねばと奮闘した月でした。投票してくださった翻訳者のみなさま、ありがとうございました。

 

11月×日

 フォルカー・クルプフルとミハイル・コブルによる『大鎌殺人と収穫の秋』は、南ドイツのアルゴイ地方を舞台にした、『ミルク殺人と憂鬱な夏』につづく中年警部クルフティンガー・シリーズ二作目。部下に愛され、慕われるコテコテの頑固親父、クルフティンガー警部の魅力が満載だ。二作目ということで登場人物たちの個性が定着してきたせいか、さらにおもしろく感じられた。毎ページお笑いシーンがあって、笑いの地雷だらけだし、上司のローデンバッハーとか、天然ボケの部下マイヤーとか、ほかのメンバーもおもしろすぎ。隣人で天敵ラングハマー医師との仁義なき戦いも。

 でも、大鎌で殺害されていたり、不気味なカラスの死体や木片の写真や暗号が残されていたりと、今回の事件はかなりおどろおどろしい。そうでなくても死体恐怖症のクルフティンガーは、現場やモルグで四苦八苦。しかも、人智を超えたスピリチャルなものが関わっている(かも?)となれば、もうお手上げだ。そういうの苦手そうだもんね。アルゴイではいまだに病気やケガを治すのに祈祷師を頼るらしく、クルフティンガー自身も治してもらったことがあるみたいだけど。

 でもね、この人、こう見えてすごい直感の持ち主なんですよ。後半、いい感じに情報が集まってきてからの瞬発力がすごいので、部下たちからも「警部すげえ」とリスペクトされるんでしょうね。ふだんは笑いものにされていたとしても。なんせ子供のころの愛読書がシャーロック・ホームズですからね。今は全然本を読まないみたいだから意外だったけど。

 中年で太り気味、見栄っ張りで子供じみたところがあるけど、仕事きっちりのクルフティンガー。おやっさんと呼びたくなる雰囲気はどことなくウィングフィールドのフロスト警部を思わせるところもあるけど、あんまりお下劣なことは言わないのと、愛する妻がいて尻に敷かれている、というのが大きなちがいかな。なんだかんだ言って幸せそうなので、フロストのような悲壮感や哀愁はありません。

 しかし相変わらずケーゼシュペッツレ好きだね。たしか、バターとタマネギたっぷりのパスタ料理でしたっけ。クリームたっぷりのプラムケーキも大好物。健康嗜好のラングハマーと対立するのも無理はないわ。そして相変わらず車の中が臭い! これはどうにかならんものか……息子のマルクスとはうまくいってそうだけど、息子がプロファイラーになるのはいやなのか……なかなか複雑ね。あと、この地方では秋になると庭で収穫した大量のリンゴを醸造所に持ち込んで果汁を搾ってもらい、それを家で煮てリンゴジュースを作るらしい。その作業をクルフティンガー自身が嬉々としてやっていて、ちょっと好感度がアップした。次作も楽しみ!

 

■11月×日

 ずっと楽しみにとっておいた『フロスト始末』。みんな大好きフロスト警部、ほんとにもうこれで最後なんですね。淋しすぎて読みたいけど読みたくない……そんな気持ちのファンは多かったはず。でもいったん読みはじめるとやめられなくて、ああもうこんなに読んでしまった、永遠に事件が解決しなければいいのに……と思うこと数知れず。このおもしろさは罪です。重罪です。

 そんなこんなで、ラストだと思うと何もかもみな愛おしく思えてしまうもの。宝塚のトップスターのサヨナラ公演の演目に、これまでの歩みを振り返るようなシーンやセリフが組みこまれるように、R・D・ウィングフィールドの遺作となった『フロスト始末』も、これまでの事件や亡き妻を思うフロストの心情がだだ漏れで、長いあいだ応援しつづけたトップさんのラストステージを目に焼き付けるヅカファンのように、うるうるしながらフロストの一挙手一投足を追っている自分がいました。ああ、疲れたおっさんに対してこんな気持ちになるなんて。

 事件は相変わらず陰惨かつお下劣で、子供が犠牲になるなどやりきれない気持ちになるものばかりだが、そんななかでフロストと彼を「親父さん(おやっさん)」と慕う部下たちのドタバタ捜査ぶりが絶妙の中和剤となっている。ていうか、こっちがメインか。とくに銀行のATMを何度も張り込みながら、毎回犯人にお金を引き出されてしまう、みたいなドリフの大爆笑的なベタさが愛おしくてたまりません。「変態助平野郎ども」の「入れ食い」シーンとかもサイコー。コントとしか思えない。

 それにしてもフロストって、究極の自己犠牲の人だなあと思う。寝る時間も食べる時間もお風呂に入る時間もけずって、デントン市民のために日夜働き、みるみるばっちくよれよれになっていくフロスト。部下の体調や将来を気にし、どんなに上司から叩かれても、理不尽な扱いをされても、自分が盾となって部下を守るフロスト。ミステリ史上稀に見るかっこいい警官だよね。少なくとも中身は。

 そしてもちろん、翻訳も絶好調。とくに卑語が冴えまくっていると感じたのはわたしだけではないだろう。「くされ三百代言」なんて逆にかっこいいぞ。「てれてれしてないで」とかは、ふだん芹澤さんがよく使うことばだけど、なんかかわいくてモーガンにぴったりだし。ずっとこのシリーズで卑語の数々を学ばせていただいてきたので、この先どうやってボキャブラリーを増やせばいいのか不安です。

 街でえび茶色のマフラーを見かけたらフロストを思い出しそう……浣腸ということばを聞いたときも。

 

■11月×日

ビル・ビバリーの『東の果て、夜へ』は、昨年英国推理作家協会賞の新人賞と最優秀長編賞を同時受賞、全英図書賞、ロサンゼルス・タイムズ文学賞にも輝いた驚異のデビュー作。LAの不良少年たちがヒットマンとして東に向かうロードノヴェルであり、危うくもみずみずしい少年の成長物語としても読める。

 十五歳の黒人少年イーストは、犯罪組織のボスであるおじのフィンに命じられて、三人の仲間とともにLAから二〇〇〇マイル離れたウィスコンシンを目指すことになる。フィンの右腕マーカスの裁判で証言する判事を殺すためだ。極力証拠を残さないため、移動手段は車のみ。ラブワゴンならぬ殺しのワゴン(バン)。まさに地獄の「あいのり」。

 同行者はマイケル・ウィルソン二十歳、ウォルター十七歳、タイ十三歳。タイはイーストの弟だが、この歳にしてだれからも恐れられる殺し屋というのがすごい。自分勝手なマイケルや何をするかわからないタイに手を焼きつつ、言われたとおり任務を全うしようとするイーストのきまじめさがどこか学級委員長的な第二部「バン」は、まるで不良の修学旅行のよう。しかし、当然ながら予想外のことが起こり、歯車が大きく狂いはじめる。

 初めて故郷以外の地を見た驚き、ビビりながらも弱さを見せまいとする少年の意地、向こう見ずな若さ。八方塞がりになっても道を見つける賢さ、たくましさ。ハラハラしながらイーストの行動を見守るうち、いつか少年の無事を祈る親のような気持ちになっていた。

 イーストが東に向かうというのは、自分を見つめ直すということなのだろうか。とくに小さな町のペイントボール場で働きながら、ひととき穏やかな暮らしを手に入れる第三部「オハイオ」が好き。怒涛のような第二部とはがらりと変わって、ここに来てセンチメンタルな雰囲気が一気にMAXになる感じ。イーストがもともとはかなりまっとうな、むしろ善良な少年なんだということがわかって、それまで悪の世界で生きてきたことがよけいに悲しく、切なくなるけどね。そして、彼が自分の意思で選んだ道とは……深い印象を残すラストがまたすばらしい。

 

■11月×日

 ロジャー・ホッブズさん、なんと去年の十一月に亡くなったんですね。びっくり。まだ二十八歳で、ゴーストマン・シリーズもまだまだ読みたかったのに、シリーズ二作目の『ゴーストマン 消滅遊戯』が遺作になってしまいました。自分まで消滅してしまうなんて……ということは、ゴーストマンのようにどこかでまだ生きているのかも……と思いたくなってしまいます。とにかく、ものすごく残念です。

 南シナ海沖でサファイヤをマカオに運ぶ密輸船が襲撃される。船にはサファイヤのほかにとてつもないお宝が積まれていた。とっさにそれをひとり占めしようとしたボタンマン(襲撃者)の行動のせいで、すべてが狂いはじめる。身に危険が迫った犯罪計画の立案者(ジャグマーカー)のアンジェラは、かつて仕事を教えた信頼できるゴーストマン(犯行後の後始末専門家)に助けを求める。

 スリリングでスピード感があって、前作『ゴーストマン 時限紙幣』同様ページをめくる手が止まらない。ゴーストマンである「私」のプロらしい完璧さと何事にも動じないふてぶてしさもいいが、敵のひとりである殺し屋ローレンスのキャラクターが印象的。致命傷を与えた相手がやすらかに息を引き取れるよう気を使うという、アフターケア(?)へのこだわりがすごく新しいと思った。

 それにしてもアンジェラがかっこいい。強いけど意地っ張りじゃなくて、必要なときにきちんと助けを呼べるし、絶対に揺るがないポリシーを持っているのにしなやかに生きている。とにかく魅力的なのだ。ちゃんと後進も育成してるしね。いやー、「あの女のためなら死んでもかまわない」なんて言われてみたいぜ。

 解説によると、ホッブズは「多くのアメリカ産ミステリが、異常なほど古いジェンダー・ポリティックに縛られ」、「女性キャラクターは肉体的な外見でのみ測られ」ることに疑問を持っていたらしい。だからアンジェラは女であることを超越してかっこいいのだろう。

 同じように、「私」も中身と経験で勝負するキャラで、外見も整形手術によって「ハンサムでもなければ醜くもなく、洗練されてもおらず、無骨でもない。何もかも地味でつまらない造作」になっている。男も女もルックスではなく真に実力の世界で、すべてがよりシビアに感じられる気がする。東京でウナギを食べて「絶対忘れられないほどうまかった」という「私」がなんだかかわいく思えてしまうのは、ただの日本人のひいき目だけど。

 このジャンルの若い男性作家としてはめずらしく進歩的な、というか、ニュートラルな考え方をしていたホッブズ。男のロマンだったハードボイルドの世界に一石を投じた作家であるだけに、彼の突然の死が残念でならない。

 

■11月×日

 息もつかせないサスペンスの傑作『彼女のいない飛行機』で、ただ者ではないと思わせたミシェル・ビュッシ。『黒い睡蓮』はそれよりまえに執筆された作品で、ミシェル・ルブラン推理小説賞、コニャック・ミステリ・フェスティヴァル読者賞をはじめ五つの文学賞に輝いただけでなく、七福神のあいだでも高評価だったので、読むまえから期待が高まります。

 モネの《睡蓮》で有名なノルマンディ地方の村ジヴェルニー。多くの観光客が訪れる美しい村で、モネの《睡蓮》に執着する村の眼科医の他殺死体が発見される。

 捜査に当たる地元警察署の署長ローランス・セレナックは南仏出身のおおらかな性格で、ひらめきや直感をたよりに突き進むタイプ。イケメンなのにフレンドリーすぎてまわりに引かれるという珍しいキャラで、惚れっぽいのが玉に瑕。

 対して部下のシルヴィオ・ベナヴィッド警部は、コツコツと手がかりを集めて推理を進めていくタイプ。個人的にはシルヴィオさんのほうが共感できたし、夫としても魅力的だと思うけど、バーベキューのコンロのコレクションは謎。真逆のふたりながら、適度に相手を尊重しつつ、そしていい感じのストレスを感じつつ、独自のやり方を通すコンビぶりは新鮮で、けっこうツボでした。

 このままでも充分おもしろいけど、話の流れ的にはちょっとシンプルかな、と思って読んでいくと、突然「そうだったのか!」と膝を打つ瞬間が訪れる。頭のなかであれやこれやがウイーン、ウイーンとはまりだし、全体の印象が一気に変わるこの一瞬のなんというミラクルよ! ミステリ読みの常で、いろいろなパターンを予想しながら読んでいたけど、こうくるとは予想していませんでした。「だまし絵」的な構図というか、くわしくは言えないけどとにかくお見事!

 本編中、ある登場人物が「十年前、日本の片田舎にモネの家やノルマンディ風の花園、水の庭をそっくり模した庭園ができた」と語っている箇所があり、「写真でたしかめてみたけれど、本物のジヴェルニーとほとんど見分けがつかないほど」だという。おそらく高知県にある「モネの庭マルモッタン」のことですよね。調べてみるまでこんなところがあるとは知りませんでした。ほんとにすてきでぜひ行ってみたい!

 

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、バックレイ〈秘密のお料理代行〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。ハンナシリーズ十八巻『ダブルファッジ・ブラウニーが震えている』が十一月三十日に発売になりました。よろしく!

 

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