みなさんこんばんは。第7回のミステリアス・シネマ・クラブです。このコラムではいわゆる「探偵映画」「犯罪映画」だけではなく「秘密」や「謎」の要素があるすべての映画をミステリ(アスな)映画と位置付けてご案内しております。
 
 12月です。世の中はクリスマスソングにあふれ、既に街はホリデーモード。ロマンチックなデートや素敵なプレゼント、家族と過ごすおだやかな夜、あるいは友達とのパーティを楽しみにしている方もいらっしゃることでしょう。もちろん私は終日お仕事ですよという方も、こういう浮かれた気分にノレないのでいつもと同じように過ごしますという方もいらっしゃることでしょう。どちらにしろ、何かしら意識せざるをえないことが多いのがこの「クリスマスシーズン」。映画や小説でもこの時期を舞台にした作品がたくさんあります。クリスマスの幸福感が物語のハイライトになっているハートウォーミングな作品から、素敵に始まった夜に突如物騒な出来事が……というホラーやサスペンス、未曽有の大災難に巻き込まれてしまうアクション……皆さんがお好きな「クリスマス映画」は何でしょう?
 
 今回はそんな作品の中でも異色の「もともと低調だったクリスマス・イブがそれどころじゃなく最低なことになってしまう」監禁サスペンス、フランク・カルフン監督の『P2』をご紹介しましょう。


■『P2』(P2)[2007.米]

あらすじ:クリスマス・イブにもかかわらず一人で残業していたアンジェラは、仕事を終えて、姉の家でのディナーに向かうために車を出そうとオフィスビル内の駐車場に向かう。ところが、乗り込んだ車が動かない。警備員を呼び出して修理をお願いするも、やはり動かない。困ったアンジェラはそのまま車を残してタクシーで家族の元へ向かおうとビルを出ようとするのだが、出入り口は既にロックされていた。閉じ込められてしまったのだ。仕方なく駐車場へと戻ったアンジェラだが、そこには彼女を狙う人影があった。実は警備員のトムはかねてからアンジェラと「クリスマスを過ごす」準備をしていたのだ……


 
 この「ありえないとは思うけれど、ありえてしまうかもしれない」という設定の絶妙さ。深夜に残業帰りの駐車場で「君もさびしいよね! ぼくもさびしいから君を連れていくよ! 君が大好きなんだ! 一緒に素敵な夜を過ごそう!」という自己完結しきった警備員に拉致されるという最悪な状況をなんとか打開しようとする美女の孤軍奮闘、一難去ってまた一難が陰気なユーモアや血まみれアクションを交えながら進んでいくスラッシャー映画……なのですが、これ、なんともいいクリスマス映画にして「怒れる女子がめちゃくちゃ頑張る映画」なのです、実は。
 
 基本的な物語はときどき「んな無茶な」という場面もあるとはいえ、丁寧に設定と状況が積み上げられた限定条件の密室からの脱出サスペンスにしてストーカー・ホラー。駐車場という場所の地下のダンジョン感と電波の悪さ、出られなくなる場所としてのオフィスビルの生々しさ、普段はビルに複数のスタッフが常駐していてもホリデーシーズンには最低限まで人数が減ること、非常用の装置や監視カメラがあること……「駐車場」と「クリスマス」という組み合わせをうまく使ったアイデアが光る作品です。
 
 注目したいのはここで描かれるのは「幻想の彼女」であることに全力でNOを突きつけていくヒロインである、という点です。主人公アンジェラ(レイチェル・ニコルズ)は序盤の残業の流れを見る限りもともとさほど反逆体質なわけではないようなのですが、警備員トム(ウェス・ベントレー)の暴走した「僕の理想の君」妄想に巻き込まれ、拉致されてしまい、もはやなんとかやり過ごしてもいられない状態に追い込まれたとき、意地でも自力でここから出てやるという死闘モードに。都合の良い妄想を抱かれることの不快を彼女の目線からきちんと描いたうえで、痛快極まりない「付き合ってられるかボケ!!知らんがな!!」という反撃が始まるのです。
 
 ちなみにアンジェラは監禁されて以降ほとんどずっと大きな胸が強調された薄い白いドレス姿。血塗れになったりずぶ濡れになったり、はがれた爪と傷だらけの脚と冷気に震え続ける彼女は単純にみれば「煽情的に描かれるホラーヒロインの典型」「被害者要員としての薄着のブロンド巨乳美女」でしかありません。しかし、その服装にも意味があります。また露出度こそ高いですが、決して〈対象としての身体〉にはされず、常に〈主体〉として存在しています(彼女が〈対象〉として撮られていたビデオ内の自分の姿をみつけ、恐怖で凍りつくのを通り越して怒りに燃えてくるというのも象徴的なシーンに思えます)。そこが私にはとても魅力的でした。
 
 また「君は僕の天使」というイメージをアンジェラに投影しまくるトムが徹頭徹尾殴りたくなるような腹立たしい存在として描かれ、同情的に扱われることがないのも好ましく感じました。「ここ(誰もいない警備スタッフの詰所)では僕が王様なんだ」というコンプレックスと裏返しの無敵感、「なんでわかってくれない! 君が好きだから君のためにやったのに! こんなに準備したのに! 君のことは傷つけるつもりないのに! なんで僕に冷たいんだ!」という男の姿はただただ胸糞が悪く、視線のあわなさ、会話の噛み合わなさは恐怖でしかありえません。「ここまでいくことは少なくても、どこかでこういう〈君のためを思って〉の感情を押し付けてくる男に会ってしまうことはありえるかもしれない」ということが恐怖の根源になっている物語にふさわしい描き方といえるでしょう。
 
 青みがかった夜の駐車場の寒々しい蛍光灯の色が活きた撮影なども魅力的で、「すっかり浮かれてレコードをかけて踊っている」トム/既にブチ切れスイッチが入っているアンジェラの反逆のカットバックはおかしいやら怖いやら手に汗握るやらの最高の名シーン。もはや私はこの時期の街頭でエルヴィスのブルー・クリスマスがきこえてくるとこの映画を思い出さずにいられなくなってしまいました。さあ、はたして駐車場の死闘はどのように決着がつけられるのか、彼女が「メリー・クリスマス」をどんなシチュエーションで告げるのか……是非、本編をご覧になってお確かめください。


■よろしければ、こちらも1/『タンジェリン』(Tangerine)[2015.米]


https://www.netflix.com/title/80037676
 大音量の音楽にのせて、終始怒鳴り倒しているムショ帰りのドラマクイーンなトランスジェンダーの娼婦シンディと親友のアレクサンドラがロサンゼルスの下街をゆく一日。ショーン・ベイカー監督の『タンジェリン』は「メリー・クリスマス・イブ、ビッチ!」の台詞で始まります(みんな薄着なので季節感はあまり感じられないのですが)。ワイルドなことこのうえない、常に過剰でセンチメンタルで荒っぽい彼女たちとその周辺のどつきあい溢れる日常を我がことのように体感する88分。シンディの彼氏の浮気相手探し(ミステリといえなくもない…?)を中心として、バラバラに進行していたいくつかのエピソードがクライマックスで1点に集約されていくまでのカオスに次ぐカオス、もはや笑うよりない展開……とにかくもうむやみに騒がしい映画なのですが、しかしラストだけは一切の笑いと声が排除されていて不思議にあたたかい。そんなところにほんのり「クリスマス映画」な一面があるかもしれません。


■よろしければ、こちらも2/『メソッド15/33』


 クリスマスは関係ないのですが、謎の男に監禁されている若い女性つながりで最近読んで面白かったミステリを。「もう既にそういう話どれだけありますかね」という監禁サスペンスの要素を使いつつも、肉体的にも精神的にも頭脳的にも「一般的なラインを超越しまくった存在」を主人公(誘拐された妊娠中の女子高生)に置いたことでなんだかすさまじいことになっている話でした。「相手が悪かった!」といえばそれまでなのですが、ここまで誰かの助けへの期待を持たず、ただ冷静に計画しただ実行に迷いがなくただ徹底的に容赦がない「被害者」、というのはなかなか描かれにくいものなのではないでしょうか。素晴らしい。序盤からこれが未来から語られている話なのを明かしてしまい、彼女が助かるのかどうかを一切サスペンスの主軸にしないという潔さにも驚かされました。人生は計画・検討・実行。色々踏み越えまくった結果、痛快というにはざらっとしたものが残りすぎるラストの「一筋縄じゃいかなさ」も実にクールな作品です。
 
 今年最後のミステリアス・シネマ・クラブ、それでは今宵はこのあたりで。また次回、来年のミステリアス・シネマ・クラブでお会いしましょう。

今野芙実(こんの ふみ)
 webマガジン「花園Magazine」編集スタッフ&ライター。2017年4月から東京を離れ、鹿児島で観たり聴いたり読んだり書いたりしています。映画と小説と日々の暮らしについてつぶやくのが好きなインターネットの人。
 twitterアカウントは vertigo(@vertigonote)です。

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