巷にイルミネーションが点りはじめた11月24日金曜日の夜、大阪読書会は記念すべき20回目の読書会を(まだあったんかいな、という声のなか)ロス・マクドナルドの『さむけ』という、なかなかに渋い課題書にて執り行いました。出席者20名、男性5名、女性15名(世話人ズが女性率あげてます)。初参加のかたが4名いらしてくださったのは、たいへん喜ばしいことです。

 この課題書は、前回『拾った女』読書会(7月14日でしたね)の懇親会の席で、参加のみなさんからのリクエストとしてあがってきました。1963年に発表された『さむけ』は、作者自身が最高の力作と述べている(文庫版解説より)作品です。というわけで、今回の参加者には、課題として推薦してくださった方はもちろん、ロス・マクを読み込んでいて、「懐かしい」、「発表された頃リアルタイムで読んでいた」、という方から、「ロス・マクとは何者?」、「御三家って何?」、「ハードボイルドって何?」、「こんな機会でもないとこの本を読むチャンスはないと思って」という方まで、さまざまな人が集いました。

 担当世話人が用意したレジュメには、ロス・マクドナルドと、主人公の探偵リュウ・アーチャーの経歴が載り、〈離婚の町〉リノの話、奥さんのマーガレット・ミラーとのことなど、興味深い話題が紹介されています。なるほど、リノって、とりあえず6週間滞在すれば離婚OKだったのね。

 まずは各自、自己紹介と簡単な感想から。「この本のタイトル『さむけ』の意味がいまひとつわからないので、わかった人、教えてください」との司会を務める世話人の発言で、みな活気づきます。
 探偵のリュウ・アーチャーについては好意的な意見が並びました。ダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルドを日本では古典ハードボイルド御三家と呼んでいるわけですが、その探偵のなかではロス・マクのリュウ・アーチャーが好きだという人が多かったようです。
「控えめで好感がもてる」
「チャンドラーのマーロウは自分を主張しすぎる。アーチャーは主張しない」
「アーチャーはだんだん透明になっていく。最初のころは、こんなに透明じゃなかった。『動く標的』とか『魔のプール』とか『人の死に行く道』とかね」
「そう、ロス・マクの作品は、そのタイトルに惹かれて、ジャケ買いじゃなく、タイトル買いしてましたね。『縞模様の霊柩車』というのもありました」
「ハードボイルドの探偵ではリュウ・アーチャーが一番好きですが、入手可能な作品が少ないのが残念。昔のポケミスで『運命』を見つけたので次はこれを読むつもり」
 ほんとに、もっとたくさんの作品が生きているといいですね。ちなみに最近新訳の出た『象牙色の嘲笑』は、まだアーチャーが若くて、それほど透明じゃないそうですので、ぜひご一読を。
「アーチャー、ちょっと透明になりすぎです。ヘレンの父親を尾行しているとき、暴力沙汰を傍観していて、とめに入るの遅すぎやろと思いましたね」
「確かに。あと、最初の依頼人のアレックスが降りちゃうと、依頼人になってくれないかとミセス・ブラッドショーに頼んでましたね。そのへんはお金にシビアだなと思いました。料金が発生しないと興味があっても動かないんだ」
「いや、貧乏なんですよ。なにしろ、『動く標的』の映画で、ポール・ニューマンはコーヒーがからっぽなのに気づき、昨日捨てたコーヒーを拾ってたぐらいでしたから」
「そういえば、飛行機のチケットが買えないって言ってました」

 さむけの意味は?
「やっぱり、あの結末でしょうかね」
「どこかに犯人が潜んでいると考えて、ぞっとする場面ありませんでしたっけ?」
 ここでポケミス版を所有している参加者から、巻末に訳者のコメントがある旨ご教示いただきました。「The Chill」には二重の意味があるそうです。事件の最後あたり季節はずれの霧が出ている「冷たさ」を表すとともに、俗語に「殺し」という意味があるそうです。うーん、勉強になります。

 1976年に刊行されたこの本は、ちょっと古めの翻訳になりますが、「地の文がきれい」「さくさく読めた」「心象風景もせりふも、すっと頭に入った」と好評でした。唯一不評だったのが、登場人物の名前が、愛称やら偽名やらも含め、ころころ変わること。
「海外小説が読みにくいって思うのは、ぜったいこれが原因ですよ」
「とくにチャック・ペグリー。ペグリーならわかるんですけど、いきなりマギーになって、これ誰、女性かなって思いました」
 登場人物表については、異論のある人も多かったようです。
「大事な人物で名前のあがっていない人がいますよね」(さて誰でしょう?)
「チャック・ペグリーも酒屋の店員って。確かにいっとき勤めてはいましたけど」
「アール・ホフマンもまだ現役なのに、元警官になってますよ」
「その人、暴力沙汰できっと依願退職になっているでしょう。本の出る頃には元警官ですよ」うーん?

 人物造形や、その書き込みかたにも話が及びました。
「改めていろんなタイプの女性が書かれていることに気づきました」
「出てくる人、みんな気持ち悪いですよね」
「でもヘレンの母親はいい味出してましたよ」
「マッジ・ゲルハーディも見た目と違って、いい人でしたね」
「普通かもしれないけれど、(このなかにいると)めっちゃ好感度あがりますよね」
「それにしてもロイ・ブラッドショーはクソ野郎でした」(一同、頷く)。どうクソ野郎か、またそのほかの登場人物評については、ネタバレに繋がるので、書けません。

 全体の構成について、
「ハードボイルドの割には錯綜していましたね」
「情報処理が追いつきませんでした。ちょっと待ってと叫びたくなった。ポアロだったらみんなを集めて説明するよねって」(ふだんはクリスティを読んでいるそう)
「置いてけぼり感、ありましたね。ここはほんとはどうなのかって考え出すと、納得いかないことが多くて」
「作者はそれほど整合性を持たせようとはしていないんじゃないですか」なるほど。

 ここでミステリの読み方について、疑問の声が。
「私、犯人を当てようとかまったく思わずに読むんですが、みなさんは犯人は誰だとか、ここはミスリーディングだなとか考えながら読んでいるんですか?」
 そういえば、意図しなくても犯人探しはしてますね(筆者の場合です)。きょうの参加者では、犯人を探しながら読む人が多かったようです。もちろん、本によっては有無をいわさずジェットコースターの乗りで読者を引っぱっていくものや、心理的に宙ぶらりんにさせておく作品もあります。
「当てる喜びももちろんですが、うまくだまされた喜びもありますよ」

 コアな謎解きの部分はネタバレになるので残念ながら割愛。このあと、二次会は博多料理のお店に行き、もつ鍋などつつきながら、ミステリー談議が続きました。次はマーガレット・ミラーを読みたいとの声。いいですね~。