今年もあと僅か。日本で『2018本格ミステリ・ベスト10』『このミステリーがすごい!2018年版』などが出たので、ここで2017年の中国ミステリ事情を簡単にまとめてみようと思います。ちなみに()内の日本語タイトルは全て仮訳です。
 

■中国のミステリ賞■

 中国のミステリ専門誌『推理』が主催する、短編ミステリを対象にした第3回華文推理大賞賽(華文推理グランプリ)が、2015年から2016年にかけて作品を募集しそのまま音沙汰がなかったが、今年12月にとうとう受賞作品を発表しました。
 
 その結果、三等賞に燕返『南之島2/15殺人事件』(南の島2/15殺人事件)、王普通『衍水怪談』Anakin『幸福之家』(幸福の家)が、二等賞に江離『提線木偶』(操り人形)、青稞『推理作家的逆襲』(推理作家の逆襲)が、一等賞&最優秀新人賞に梅絮『夜光与独行者』(夜光と孤独に歩む者)が選ばれた。本賞の審査員を務めた推理雑誌編集長・張宏利、台湾のミステリ小説家・既晴、ミステリサイト「推理之門」管理人・老蔡、ミステリ小説批評家・天蠍小猪、ミステリ小説翻訳家・張舟らのコメントを抜粋すると各作品はそれぞれ以下のように評価されています。
 
◆三等賞
『南之島2/15殺人事件』
…孤島物の新本格ミステリ。作者の本格へのこだわりや野心が感じられる。
『衍水怪談』
…怪談調の作品で民族伝承を背景にし、田舎の景色や方言を描写し奇怪な雰囲気を作っている。
『幸福之家』
…一人称小説だが、ある家庭の妻と夫と息子という3人の異なる視点で事件とは言えない事件を説明する作品。長編に適している。
 
◆二等賞
『提線木偶』
…本大会で最もミステリ小説らしくない作品で、ホラー小説のジャンルに入る。しかし中国ミステリの発展において創作の思考を切り開くものになる。
『推理作家的逆襲』
…五行の相生相剋を題材にし、密室事件と結合し目新しい工夫をこらしている。一つの短編でこれだけ多くの密室とトリックとロジックを使っているのは見事だ。
 
◆一等賞
『夜光与独行者』
…熟練した筆致で、構造は黄金時代の欧米ミステリであり、細部には日本ミステリ式のロジックが透けて見える。ホームズ式の探偵方法や島田荘司の世界観の影響も見られる。
 
 2013年から2014年の作品を対象にした第2回華文推理大賞賽の傑作をまとめた短編集は2017年にようやく出ました。ここまで遅れた原因は本を出版する出版社がなかなか見つからなかったことにあると思いますが、『最推理』が2016年に休刊して中国大陸でほぼ唯一のミステリ専門誌になった『推理』の前途は決して楽ではありません。私が暮らす北京の街角からは新聞や雑誌を販売するキオスクが減っていっていますが、各都市も同じような状況なのでしょう。そして、そこでのみ雑誌を売る『推理』の売り上げは確実に低迷しているはずです。『推理』は微信(Wechat。日本版LINE)などネット上で有料購読という形で作品をアップしていますが、今後はますます電子書籍化に傾くことになるでしょう。
 
 台湾の金車教育基金会が主催する第5回「金車・島田荘司推理小説賞」は9月に授賞式が行われ、43作の応募作品の内、香港の作家・黒猫C『歐幾里得空間的殺人魔』(ユークリッド空間の殺人鬼)が受賞作に選ばれました。大陸勢の作家を見ると、上記の第3回華文推理大賞賽で作品が二等賞に選ばれた大陸の作家・青稞『巴別塔之夢』(バベルの塔の夢)が最終候補作に選ばれた他、この賞に毎回ノミネートされる大陸の作家・王稼駿『再見、安息島』(さよなら、安息島)が今回も一次選考を通過して終わりました。
 

■その他、大陸のニュース■

中国大陸のミステリ事情をもう少し話しますと、「全国偵探推理小説大賽」を開催している「北京偵探推理文芸協会」のホームページが料金の未払いかなにかが原因で、12月時点で見られなくなっているという珍事が起きています。2016年末に、2011年の第5回目から5年を隔てて第6回「全国偵探推理小説大賽」の授賞式が行われたのですが、もう第7回はやらないのでしょうか。この賞は上記の賞とは異なり警察小説を主に取り上げていて、中国独特の個性を持つ賞だったので残念です。
 
 それとは対照的に良い知らせを。前回このコラムで取り上げたネットドラマ『白夜追凶』は版権がネットフリックスに買われたため、今後は日本を含めた世界190カ国以上で放送されることになりました。この規模で放送される中国のネットドラマはこれが初らしいです。中国のネットドラマ、とりわけミステリドラマは国内の視聴者向けに構成や展開をアメリカドラマに学んでいるのですが、果たして国外でアメリカドラマっぽい中国ドラマがどのくらい受けるのか興味があります。

■日本の中国ミステリ事情■


 今年8月に、第3回島田荘司推理小説賞を受賞した文善『逆向誘拐』が稲村文吾氏により翻訳され、文藝春秋社から出版されました。これで島田荘司推理小説賞は1回目から3回目までの受賞作品全てが日本語訳されたことになり、第4回に受賞した雷鈞『黄』や5回目の『歐幾里得空間的殺人魔』もきっとそのうち日本語版が出るでしょう。特に雷鈞は島田荘司推理小説賞初の中国大陸の受賞作家であるので、日本語に翻訳された際には日本以上に中国のミステリ読者の間で話題になることは間違いありません。
 

 2017年の中国ミステリを語る上で欠かせないのが香港人作家・陳浩基(サイモン・チェン)『13・67』の日本語訳です。天野健太郎氏によって翻訳され、9月末に文藝春秋から出版された本作は『2017年 週刊文春ミステリーベスト10』『本格ミステリ・ベスト10 海外編』で第1位に輝くなど素晴らしい結果を見せましたが、この結果に驚きまた喜んだのは中国人でした。
 12月某日、私は微博(マイクロブログ。中国版Twitter)で香港のミステリ小説『13・67』が日本で大好評を博しているという内容を「ツイート」(便宜上、Twitter用語を使う)したところ、あれよあれよと言う間に「リツイート」されて2、3日で閲覧数が10万を超えました(私の通常の「ツイート」は閲覧数700ぐらいで、有名人に「リツイート」された場合でも2万程度いけば良い方)。
 残念ながら『13・67』は現在中国大陸では出版されておらず、通販などで香港版を購入するしかないのですが、日本でそんなに受けているならと読書を開始するようなコメントもちらほら見かけ、日本での結果が思わぬ形で中国に波及することになりました。
 
 中国大陸には『このミステリーがすごい!』のような権威あるランキングがないので、この時期は大体日本のこれらの結果が中国語訳されてネットに上がるのですが、海外ミステリランキングに中国ミステリの名前があり、それも1位に入っていたことが中国人にどれほどの衝撃を与えたのか、中国ネットの反響からも少しはわかると思います。
 
 2017年の中国ミステリをまとめると、日本及び世界に受け入れられたことで中国ミステリ関係者が自信を付けた年と言えるかもしれません。中国側が今後ますます国外市場により目を向けるようになり、また日本側も『13・67』などが日本市場で好感触であったことから、2018年に益々多くの中国ミステリを翻訳出版するかもしれません。日中間の需要と供給が一致してより豊富なジャンルの中国ミステリが日本語訳されて、いつか日本で『このミステリーがすごい!中国篇』とか開催されてほしいですね。

阿井 幸作(あい こうさく)
 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。
・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
・Twitter http://twitter.com/ajing25
・マイクロブログ http://weibo.com/u/1937491737




 



 
現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)

現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)

 






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