1958年英国推理作家協会(CWA) 賞受賞作が、約60年ぶりの陽の目をみた。しかも、「被害者探し」にも似た独創的なプロットで諸家に絶賛された『飛ばなかった男』(復刊希望!) の女性作家マーゴット・ベネット作とくれば、さらに期待も高まろうというもの。
 

■マーゴット・ベネット『過去からの声』(板垣節子訳)■


 女性雑誌記者ナンシーは、久しぶりに親友の雑誌編集長サラと再会する。サラは再婚を決めていたが、過去の交際相手と思われる人物から殺害予告の脅迫状を受け取っている。ナンシーはサラに二人の共通の知り合いである四人の男の誰であるか探ってほしいと頼まれる。
 その翌日、サラは何者かに射殺され、その第一発見者は、サラの元カレで現在はナンシーの恋人であるドナルドだった。ドナルドに嫌疑がかからないように、ナンシーはサラの自宅に赴き偽装工作を施すが、警察がサラへの追及を強めていく。
 巡礼形式で関係者を探っていくうちに、被害者と関係者たちの真の像が浮かび上がるという構成は、アンドリュー・ガーヴ『ヒルダよ眠れ』や、パット・マガー『四人の女』ビル・S・バリンジャー『煙で描いた肖像画』(なぜかいずれも1950年の作!)などを思わせる。本書は、そうした過去の探究と、ヒロインの首にかかった縄が次第に締まっていくようなサスペンスを組み合わせたところがミソといえるだろうか。
 文章は、ウィットに富み、都会的でシャンパンのように粋。
 語り手ナンシーの回想をふんだんに交えて描かれる男たちの肖像が際立っている。下層階級出のサラとナンシーの「教師役」となり、今は落魄した元編集長ローレンス。サラに裏切られ、今はナンシーの恋人に収まった画家のドナルド。サラの幼なじみで彼女をあきらめきれない犯罪歴のあるピーター。体面重視のお喋り屋でサラの元夫だった俳優マイケル。過去と現在を交錯させながら、どこかにダメな部分を抱えた四人の男たちと、ある意味旺盛な活力をもった二人の女が織り成す物語が浮かび上がってくる。
 NHKの朝ドラマでは、太陽的役割のヒロインに対して、月的役割の親友が配置されるという。過去においては、野心家で美貌の持主サラが奔放な太陽として男たちの中心に位置し、二歳年下のナンシーは月の役割。しかし、クールで聡明なのはナンシーの方で、会話においても、ハードボイルド並みのワイズクラックを連発するのだが、ドナルドを救うために現場工作をするところに始まって、ナンシーの行動はあまり褒められたものではない。その場の思いつきにまかせ、警察にも嘘を連発し、自らを追い詰めてしまう。読者としては多少じれったい思いもするが、これもリアルな人間描写を重視する作者の小説観によるものだろうか。
 人間ドラマに気をとられてしまうが、さりげなく手がかりは仕込まれており、ナンシーは真犯人にたどりつく。それと同時に、ナンシーはどの男に向かうのかという興味も盛られており、これは実は真犯人より意外な人物であった。
 本書以降、類似の小説が書かれ、その先進性はよく見えなくなっている面もあるが、巡礼型の性格探究ミステリを一歩進め、サスペンスを持続させながら、女同士の友情や濃密な人間模様を描き出したところに小説の真価があると思う。

■ロナルド・A・ノックス『三つの栓』(中川美帆子訳)■


 ロナルド・A・ノックスも本欄では初登場。「探偵小説十戒」でも知られる英国本格ミステリ黄金期の中心人物の一人でユーモアのきいた小説やエッセイも書いたが、本業ではローマン・カトリックの国内最高位に次ぐ大司教までのぼりつめたという異能の人。ノックスのミステリは名高い『陸橋殺人事件』にしても、『閘門の足跡』『サイロの死体』にしても、登場人物が殺人をゲームのように割り切って謎解き興味に淫するが、その徹底性がファンにとってはたまらないところ。
 本書は、『密室の魔術師』という別題でも知られる。(昭和36年「別冊宝石」に掲載時タイトル/東都書房「世界推理小説大系16巻コール/ノックス」では『三つの栓』。基本的に同じ訳という) 保険会社調査員マイルズ・ブリードン物の第一作。
 片田舎の宿屋の密室状態で発見された資産家の死体。死因がガス中毒であることは確かだが、事故なのか自殺なのか他殺なのか判然としない。
 おまけに、資産家は、65歳まで払い込めば以後年金をもらえ、その前に死亡すれば相続人に多額の保険金が下りるという〈安楽死保険〉に入っていたが、余命2年を医師に宣告され、直前に保険会社に掛け金の半額の返還を求めて断られていたという事情がある。(奇妙な保険の名称だが、いわゆる「安楽死」とは無関係)
 不幸が歓迎されるという転倒を引き起こす保険というものに関するエッセイ風の冒頭からユーモラスな筆は軽快に走り、保険会社調査員マイルズ・ブリードンが引っ張り出されることになる。このブリードン、いやいや探偵のハシリらしく、探偵業は不本意そのもの、一日中でも独りトランプに興じていたいという人物。その尻をたたくのが溌剌として魅力的な妻アンジェラ。『二人で探偵を』よろしく、夫婦で現地に赴くことになり、まるでコージー・ミステリのような味わいが添えられている。
 事件の鍵は、室内のガス管の元栓が締められていた点だが、現場の状況からブリードンは自殺説を主張し、友人のリーランド警部は他殺説を主張する。二人は賭けをし、捜査が進むにつれて掛け金は徐々に吊り上げられていく、という設定からも本書のゲーム感覚は伝わってくるだろう。
 推理のトライアル&エラーをたっぷり盛り込みながら、行きついた真相は、よく練られた意外なものだが、その動機というのが風変り(作者の立場を考えればなおさら)。読み終わってみれば、この真相を成立させるには、「安楽死保険」という設定があってこそで、全体が皮肉を効かせたジョークのようになっているのは、さすがに『陸橋殺人事件』の作者だけのことはあると思わせる。
 

■マイクル・ビショップ『誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?』(小野田和子訳)■


 クラシックミステリというわけではないが、全編追っかけたい〈ドーキー・アーカイヴ〉の第四回配本なので、少しだけ触れておきたい。
 本書は、SF作家として知られるマイクル・ビショップの1984年の作。
 目次の次を開くと、A・H・H・リプスコムという著者が書いた「タイピング(THE TYPING) ウィックラース郡の狂女の人生における一週間」というモダンホラー小説本の扉の体裁になっている。つまり、この本自体が架空の小説を呑み込んでいるわけだ。
 お話は、アメリカ南部に住む女性ライター、スティーヴィの修理に出したタイプライターが勝手に動き文章を打ち出していき、そして、というものだが、現実だと思われた章が実はタイプライターが創作したものだと後の章で判明するなど、メタフィクション的仕掛けが施されており、主人公スティーヴィのみならず、読者も現実と虚構の間で翻弄されていく。これは、ただの鬼面人を驚かす仕掛けというわけではなく、「私」は現実なのか、それとも誰かの手で書かれた存在なのかという根源的恐怖を扱える点で、ホラーというジャンルを掘り下げる武器になっているのだ。スティーヴィは二人の子もちで、経済的不安を抱えたシングル・マザーであり、そのリアリスティックな日常描写はスティーヴン・キングばり。モダンホラーの一種のパロディにもなっているのだ。子猿を連れたタイプライター修理人や女占い師といった人物の造型にも優れ、シームレスな現実と虚構の間での象徴やメタファーの照応なども考え抜かれている。とにかく才気に満ちた驚きの一書。
 

■R.A.ノックス、A.バークリー他 北原尚彦編『シャーロック・ホームズの栄冠』■


 当代随一のシャーロッキアン北原尚彦氏が選りすぐったホームズ・パロディ、パスティーシュ集が文庫化。ノックスの正統派パスティーシュなどの逸品、世界で初めて単行本に収録されたE.C.ベントリーの珍品など見所たっぷり。
 二百巻に近づく論創海外ミステリから初の文庫化であり、今後も文庫化が続くのかにも注目したい。
 

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)
 ミステリ読者。北海道在住。
 ツイッターアカウントは @stranglenarita











 

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