明けましておめでとうございます。

 今年もお気楽に、楽しく読書をしつつ、ほんのちょっとでもみなさまのお役に立つことができればうれしいです。

 どうぞよろしくお願いいたします。

 大阪読書会レポート(ロス・マクドナルド『さむけ』)によると、犯人探しをしながら読むか、何も考えずにストーリーに身を任せるか、あなたはどっち?ということが話題になったとか。わたしはやっぱりあれこれ推理しながら読むのがおもしろいと思うけど、犯人が当たってしまったらおもしろくない派です。最後まで惑わされたいし、予想を裏切られたい。だまされるよろこびのほうが断然大きいから。実際は、とくに何も考えずに読みはじめるのに、気づけば犯人探しをしている、という感じかな。物語の力がものすごくて、謎解きうんぬんはどうでもよくなることもありますが、それはそれで至福ですよね〜。結局、なんでも楽しめてしまう体質なのかも……

 さて、今年はどんなおもしろい翻訳ミステリーに出会えるのか、今から楽しみです!

 

■12月×日

『人形は指をさす』は、イギリスの新人ミステリー作家ダニエル・コールのデビュー作。なんの予備知識もなく読んだところ、意表をつくおもしろさでした!

 訳者あとがきにあるように、まずのっけから派手。二十七日間に二十七人の少女を焼き殺した鬼畜、ナギブ・ハリドの裁判で、被告人に無罪の判決がくだされ、激昂したロンドン警視庁の刑事ウルフことウィリアム=オリヴァー・レイトン=フォークスが、法廷で被告人に襲いかかる。それから四年、なぜか職務に復帰しているウルフが呼び出された現場には、六人の人体をつぎはぎした死体が。現場はウルフの自宅アパートの真向かいで、死体はウルフの部屋を指さしていた。

 設定も事件も、そこにからむ謎もキャラクターも、すべてが魅力的かつ個性的。刑事同士の人間関係も興味深く、闇を抱えたウルフのキャラがなかなか見えてこないのもミソ。彼に複雑な思いを抱く女刑事エミリー・バクスター(イメージは柴咲コウ)、ウルフの元妻でやり手ニュースキャスターのアンドレア・ホール、仕事熱心なため家族サービスができずに悩むまじめな新米刑事エドマンズらの奮闘はもちろん、ほんのちょい役にいたるまでとにかくキャラが立っている。

 とくに、警視総監の顔色ばかりうかがう警視長ヴァニタに「同僚が危険に身をさらして現場に出ているというのに、私には記者会見をやるつもりも、あなたの保身のために政治に巻き込まれるつもりも、ここでただじっと電話番をするつもりもありませんから」と言い放つシモンズが、上司として地味にかっこいい。

 それにしてもリアリティ番組にもほどがあるというか、イギリスのテレビって自由なんだなあ。自由を通り越して過激すぎます。まあ、フィクションのなかだけどね。

 訳者あとがきによると、三十三歳の著者ダニエル・コールは救急医療士から王立動物虐待防止協会の職員になったという変わり種で、現在は王立救命艇協会に所属。理由はミステリーを書くとどうしても何人も人を殺してしまうので、罪悪感をぬぐうためだという。なんていい人なの。

 

■12月×日

 早くも第十回翻訳ミステリー大賞の(私的)候補作が決まりました。ジャナ・デリオンの『ワニの町へ来たスパイ』です。

 CIAの秘密工作員であるわたしことフォーチュンは、潜入任務中にしくじったため、女子的なことが苦手なのに元ミスコン女王になりすまし、そのへんの川にもワニがいるようなディープサウスの町シンフルに身を隠すことになる。ところが、彼女を待っていたのはワニだけではなかった。人目を引かないようにおとなしく暮らすはずが、保安官助手に目をつけられたり、家の裏の川から人骨が出たり、超絶パワフルなおばあちゃんズにふりまわされて、超臭い島に連れていかれたり……いったいなんなのこの町!と、凄腕スパイもたじたじ。果たしてフォーチュンは、この事態を切り抜けられるのか。

 これよ、これ! こういうのを読みたかったのよ〜!

 町の名前からしてシンフルだし、ヒロインがいい感じにくだけてて、でもプロ意識は高くて、ユーモラスな会話で笑わせてくれて、ワンコもイケメンもスイーツも出てくる! わたし的にはドストライク。校正さんもイラストレーターさんもデザイナーさんも絶賛だそうです。しかも本書はアメリカで十作目まで出ているシリーズの一作目で、今後もつづきが読めるとのこと。わーい、うれしい!

 なんといっても町を取りしきる謎の婦人会〈シンフル・レディース・ソサエティ〉のおばあちゃん、アイダ・ベルとガーティが最高です。まさに「取りしきる」という感じの、だれもノーと言えないような威厳と、なにがあっても動じない、長い年月を経て培われた落ち着き。そしてふたりの阿吽の呼吸。ただものじゃないことは登場シーンからビンビンに伝わってきます。おばあちゃんといえば、わたしはステファニー・プラム・シリーズのメイザおばあちゃんが最強だと思っていたのですが、このふたりもなかなかすごいですよ。ステファニーでなくても「んまあ」を連発したくなります。

 そしてバナナプディングの誘惑! 調べたところ、バナナとカスタードクリーム、そしてバニラウェファースと呼ばれるクッキー(このクッキー、ハンナシリーズにも出てきた! 日本ならムーンライトかチョイスで代用できます)を重ねてホイップクリームをのせた、イギリスのトライフルのようなもので、南部を代表するデザートだそうだけど、そんなことはいっさい書かれてなくて、バナナプディングのおいしい店の席を取るための戦いがすごいの。みんなをそんなに狂わせるその味の秘訣が知りたい。

 

■12月×日

 高齢化社会である。連続殺人者も当然高齢化する。キム・ヨンハの『殺人者の記憶法』は、アルツハイマーによって記憶力を失いつつある七十歳の連続殺人犯キム・ビョンスが、日々の記憶をしたためた日記という体裁をとっている。

 アルツハイマーと診断された「俺」は、殺人事件の発生を知るたび、「ひょっとして、俺か?」と自問する。そんな元殺人者アルツハイマー患者あるあるでつづられる日記だが、彼は十六歳から四十五歳まで殺人をつづけ、この二十五年は殺していない。「認知症は、老いた連続殺人犯に人生が仕掛けた意地の悪い冗談、いや、どっきりカメラだ」そんな軽口がたたけるほど病気とうまくつきあっているかに見えたが……

 余白が多く、さくさくと読めてしまうけれど、「俺」ことキム・ビョンスという人物のことがだんだんわかってきたあと、だんだん混沌としてきて、やがて何を信じたらいいかわからなくなる。アルツハイマーという病気の進行が、物語の構成に複雑にからみ、なんとも忘れがたい余韻を残す。わたしだけかもしれないが、なんとなく読後感はフェルディナント・フォン・シーラッハに似ているような気がした。

 数年まえ『光の帝国』を読んでキム・ヨンハという作家を知った。たしか、あまりにも長いこと韓国に潜入していたせいで、すっかり南になじんでしまった北の工作員の物語で(うろ覚え)、こういう人もいるんだろうなあと思いながらとても興味深く読んだ。純文学系の作家というイメージだが、『光の帝国』も『殺人者の記憶法』も深刻な問題を扱いながらエンタテインメントとしてもおもしろい作品だと思う。

 余談だが、「もしも◯◯が認知症になったら……」のジャンル(?)で思い出すのは、キース・トムスンの『ぼくを忘れたスパイ』だ。かつてスパイだった男が年老いてボケてしまったことで、国家レベルの大騒動になるという、コメディチックなスパイスリラー。国家機密を扱う人たちの老人ホームが印象的で、認知症などによる情報漏洩も防げるので、なるほどこれは必要かもと思った。もうあったとしても公にはなってないだろうけど。

■12月×日

 とんでもないシーンで終わってしまった前作『白骨』。ドラマ最終回のラストで「つづきはwebで!」または「○○年公開予定の映画版で」と言われたときのように、お預けを食わされて悶々とした方も多いのではないでしょうか。しかし、待った甲斐はありました。〈犯罪心理捜査官セバスチャン〉シリーズ第四弾『少女』を読めば、欲求不満は解消です。

 ノルウェー国境にほど近い町トシュビーで、夫婦と幼い子供二人の一家四人が惨殺される。夫婦は環境保護に熱心で、周囲の住人とトラブルを起こすことも多かったという。政治的な事情から確実に事件を片付けたい担当警部のエリックは、ストックホルムから殺人捜査特別班を呼ぶ。

 今回のセバスチャンはわりとまともな仕事ぶり。やっぱり子供がからむとセックス依存症もなりをひそめ(まあ、完全にではないけど)、他人のことを思いやったり正義感を覚えたりするようになるのね。と思いきや、よく考えたらやっぱり自分に都合のいい言動しかしていないかも……でも、事件の目撃者である少女に死んだ自分の娘を重ね合わせるのは、そんなにいけないことではないような気がするけどなあ。女たちの反応が過剰なのでは? まあ、ショックなのはわかるけど。

 しかし、相変わらずなところもある。嘘をつかれるのが一番いや、と言うヴァニヤにがっつり嘘をつき、「本気さえ出せば、自分はこんなにもうまく嘘がつける」のだと「誇らしさに胸を熱くする」セバスチャン。なんでそんなことに本気出してるんだよ! そしてなぜ自画自賛? このダメさ加減が逆に女を引き寄せるんだろうなあ。ほんとに不思議な人だ。

 そしてやっぱりこのシリーズは人間ドラマがおもしろい。セバスチャンはもちろん、トルケルもウルスラもヴァニヤもビリーも、欠点のある人間として、仕事でもプライベートでも、自分の決断はまちがっていたのだろうかと日々悩み、正しい道を模索している。回り道をしたり、魔が差したとしか思えない行動をするのもまた人間らしさ。そんなちょいダメな登場人物たちが、読んでいるうちにだんだん愛おしくなってくる。

 ムーミンシリーズのミイのイメージが強いせいか、ビリーの婚約者ミィはとんでもない人なのではないかとちょっと身構えていたけど、わりとまともな人っぽい。そして、出番は少ないながら、『白骨』で登場したイェニフェルの存在感! さらに「世界の弟(わたしが勝手に作ったキャッチフレーズ)」ビリーの意外な一面が発覚!? 前作ほどではないけど、今回もちょっぴり不穏なラストで、今後の展開が気になります。 

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、バックレイ〈秘密のお料理代行〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はジョアン・フルークのハンナシリーズ十八巻『ダブルファッジ・ブラウニーが震えている』

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