「今の翻訳ミステリー大賞シンジケートは、過去の名作についての言及が少ない!」ーーそんなことをお思いの方はいらっしゃいませんか?

そういう方向けの連載が今回から月イチで始まります。犯罪小説が大好きでしかたがないという小野家由佳氏が、偏愛する作家・作品について思いの丈をぶつけるコラムです。どうぞご期待ください。(事務局・杉江) 

 

「比較的あたらしい、いやな死体があるんですけど、なるべく早く引き取りにきていただけません?」
 カーター・ブラウンの『ダムダム』(1962)は、そんなふざけた通報を受けて、シリーズキャラクターのウィーラー警部とその相棒ポルニックが〈映画のオープンセットの払い下げのような〉見た目のお屋敷を訪れるシーンから始まります。
 そのお屋敷に住んでいるのは文字通り手足が絡まってしまうほどの軟体芸を見せる骨なし美女に、一日中拳銃をどこかしらへぶっ放している芸人、口の悪い奇術師、とにかく自由奔放な怪力女といった館の見た目以上に個性豊かすぎる面々。
 そんな彼らに発見された〈比較的あたらしい、いやな死体〉もまた、ダムダム弾に撃たれたというド派手なものです。ガレージに大事にしまわれていた、エンジンが外されて動かすことのできない車のボンネットの上という、これまたわけのわからない空間が現場となります。
 極めつけはその屋敷自体の由縁で、なんと、元々は禁酒法時代に大暴れしたギャングの家! ちなみにそのギャングはつい最近、出所してきたばかりで家の奪還を狙っています。
 なんとまあ、と呆れてしまうくらいの盛り込みようじゃありませんか。おまけにページ数は文庫でたったの一八〇ページしかありません。これにお色気とドタバタが重なるのだから、まともにまとめられるわけがない。読んでみれば、ほれ見た通り。まとまりはしたけど無理矢理だ。強引だ。
 ……でも、参っちゃうなあ。
 これ、大好きです。
 
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 とにもかくにもハチャメチャでトンチキ。
 『ダムダム』がどういう作品なのかを説明するなら、そうとしか言いようがありません。
 カーター・ブラウンの小説なんて大抵がそうだろうと言われたらまあ、それはそうなのですが、それでも『ダムダム』は突き抜けています。今まで読んできたカーター・ブラウン作品に登場していた変人怪人が勢ぞろいしたような、そんな読み心地でした。
 ここまでくると、軽ハードボイルドとかコミック風とかというより『不思議の国のアリス』の世界でしょう。「この死体、死んでないのかな?」や「木のなかを歩いていたの」など、それだけだとどういうことか分からない台詞だらけです。いや、読んでみてもやはり素っ頓狂で混乱してしまうのですが。
 とはいえど、ただナンセンスでシュールな状況が並べられているだけ、というわけではなく、しっかりと(?)物語を展開させてくれるのがカーター・ブラウンの素晴らしいところ。
 たとえば、ウィーラー警部による捜査は、思いのほかまともです。容疑者への尋問や、事件に関係するであろう過去の事件を調べていき、そこから怪しい人、ものを探っていく流れはオーソドックスといっても差し支えないでしょう。それを語るウィーラー自身の一人称もくすりと笑ってしまう可笑しな表現だらけで、それだけでも楽しい(田中小実昌先生の訳がこれまた素晴らしいのです)。というか、ウィーラーものに共通する楽しさって、こういうのですよね。
 そうした風に、骨組み自体がそれだけでも美味しい。故に、そこにのる肉の部分であるこの道具立てと、登場人物が作り出すストーリーのアクロバットの部分が、更に際立つということなのでしょう。
 まともな物語と捜査が、いつの間にか奇人変人の行動や台詞に(いつも以上に!)引っ張られていってしまうのです。特にお屋敷の住人が出てくるとひどい(褒めています)。主人公の相棒が女性に物理的にぶんぶん振り回される小説なんて、これくらいじゃないかしら?
 やがて、その引っ張られ方というのがエスカレートしていき……最後の最後には、本当に、とんでもないことになります。
 先に言った通り、無理矢理で強引。カーター・ブラウンお得意の綺麗な伏線の回収もあるんですが、その鮮やかさをも上書きしてしまうような予想外の出来事が起こります。余りに予想外すぎて、読んでいて、思わず自分の目を疑ってしまいました。嘘だろ。
 それこそダムダム弾を頭にぶち込まれてしまったかのような滅茶苦茶さで……ああ、もう、いいなあ!
 読み終えてからも、ついつい思い出し笑いのニヤケ顔をしてしまうくらい、ドハマりしてしまいました。
 
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 文庫本の解説などを読むと、よく「通勤電車の中では読めない、腰を据えてじっくり読むべき本」といったような文章に出くわします。この素晴らしい本は、何かの片手間で読めるような類のものではないのだ、という褒め言葉です。
 僕は、この常套句を見るたびにカーター・ブラウンのことを思い出してしまいます。「じゃあ差し詰め、カーター・ブラウンの作品は通勤電車の中でも読める、何も考えずにサックリと読むべき本だな」と。
 これは、貶し言葉ではなく、褒め言葉として言っています。それこそ、「腰を据えてじっくり読むべき本」とその本を褒める人と同じくらい、もしくはそれ以上の熱量で言っているつもりです。
 カーター・ブラウンは軽くて、読みやすくて、面白い。
 えっ、ちょっと待って、それどういうこと? となってしまう冒頭部でこちらの心を掴んで、そこから先は意外な展開やお色気やユーモアを駆使して一ページたりとも読者に退屈をさせない。どんどん展開が暴走して、オーバーヒートだよ、というくらい盛り上げて、たとえ無理矢理だろうと強引だろうとキチッと締める。
 俗っぽいです。軽薄です。毒にも薬にもなりません。通勤電車の片道で読み終えられてしまい、本を閉じたあと、中身を秒で忘れてしまうような作品ばかりです。
 でも、それでいいじゃないですか。
 だって、こんなに楽しいんだもの。

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小野家由佳(おのいえ ゆか)
ミステリーを読む社会人一年生。本格ミステリとハードボイルドとクライムコメディが特に好きです。Twitterアカウントは@timebombbaby