こんにちは。みなさま、いかがおすごしですか?

 三月になりました。二月の読書日記です。

 ミックスアップ、ウィスパー、ペピー……これ、なんだかわかります? 今回の読書日記に登場する犬たちの名前です。二月は犬に縁がある月でした。コージーな素人探偵には猫もいいけど、アクティブな探偵/刑事の相棒にはやっぱり犬が似合うような気がします。まあ、個人の感想ですが。

 

■2月×日

 なんとなく読みそびれていて、このたび初めて読んだジャック・カーリイのカーソン・ライダー・シリーズ。『キリング・ゲーム』はシリーズ第九作ということだけど、なんの予備知識もなくいきなり読みはじめても全然問題なし。すごく衝撃的でおもしろかった。なんで今まで読まなかったんだろう。これを機にさっそく一作目の『百番目の男』に戻って読まなければ。

 舞台はアメリカ南部のアラバマ州モビール市。最年少で刑事になり、〈年間最優秀巡査〉や〈年間最優秀刑事〉に選ばれるほど優秀で、異常な犯罪の捜査を得意とするカーソン・ライダーは、ポリス・アカデミーでも講義を持つことに。最大の悪夢のシナリオはと生徒に聞かれたカーソンは、本物の無差別殺人だと告げる。やがて女子学生が矢で射られて殺され、車椅子の少年がナイフで刺されるという事件が起こり、まったく無関係に思えた事件のあいだに関連性が見えてきて……

 手に汗にぎるオープニングから、サイコパスらしき男の日常、警察内でのカーソンの立ち位置など、着々と情報をゲットするうちどんどんおもしろくなってくる。そして、チャウシェスク政権下のルーマニアという飛び道具の投入でダーク感MAX! なんだかちょっとサイコパスに同情してしまうほどの壮絶な過去! 感情表現のトレーニングのため、テレビなどで見た人間の表情に名前をつけているのはちょっとおもしろいと思ったけど、よく考えると超不気味! 伏線もきいていて、あっと驚くしかけやどんでん返しも用意されていて、至れり尽くせりのミステリだ。キャラクターにとくに思い入れのない新参者のわたしでもこんなに楽しめたんだから、かなり技ありだと思う。

 それにしても、なんだかとんでもない過去を背負っているらしいのに、やけにさわやかなカーソン。そしてやっぱり女に弱い。十一歳(以上?)年上と十一歳年下の同時進行って、不倫じゃなくてもゲスすぎやしないかと思ったけど、この人的には通常運転らしいです。マジかよ。でもそれだけでわたし好みのシリーズなのかもと思ってしまう(前月の「お気楽読書日記」参照)。なんとなくわかるようにはなってるけど、兄のジェレミーの存在も謎すぎる……サイコパス専門家? 顧問? 背景を知らずに読むと、カーソンとジェレミーの関係って、『羊たちの沈黙』のクラリスとレクター博士を思い出させる。出番は少ないのにすごい存在感です。

 犬好きとしては「大型であらゆるパーツが異なる犬種のものに見えるから」という理由でその名がついた、「一秒も無駄にしないで毎日を楽しむ犬」ミックスアップからも目が離せません。

 

■2月×日

 これほど過酷な状況下で生きる女探偵はなかなかいないかもしれない。シーナ・カマルの『喪失のブルース』のヒロイン、ノラ・ワッツは、バンクーバーの片隅で探偵およびジャーナリスト事務所の調査助手をしながら、ひっそりと暮らしている。ボスに内緒で事務所の地下室に住み、相棒は狼の血を引く雌犬のウィスパー。嘘をつかれるとそれを感じるという特技を持つ。

 ある日ノラは、十五歳の少女をさがしてほしいと依頼される。その少女はかつて不幸な事件に巻き込まれたノラが、産んですぐに里子に出した娘だった。調べていくうちに、少女の失踪は十五年まえの事件に関係しているらしいことがわかる。

 ノラの過去が明らかになるにつれて、あまりの壮絶さに絶句してしまったが、娘を救出するためなりふりかまわず突き進む現在のノラの奮闘ぶりにも絶句。なんかもう、あまりにも無茶なのだ。痛々しいし、最初のうちは彼女の能力がどの程度のものなのかよくわからないので、読んでいてハラハラしどおしだった。でも、だんだんとその内に秘めた正義感を応援したくなってくる。たったひとりで悪に立ち向かう、タフでダークなヒロインの登場だ。

 先住民の血を引き、路上生活の経験があり、軍隊にいたこともあり、クラブで歌っていたこともあり、断酒中のアル中でもあるノラ。このユニークな設定が、彼女に、そして物語に強烈な個性を与えている。やさしくされることに慣れていない野生動物のようなところと、苦痛に対する耐性の強さ、不屈の精神はどこか『ミレニアム』シリーズのリスベット・サランデルのようだ。屈折してるし、最初はなんとなくとっつきにくいけど、いったいどうしてこんなふうになったのだろうという興味で、読んでいくうちにどんどんノラのことを知りたくなってくる。

 脇役陣も魅力的で、AAでのノラの助言者であるブラズーカ、何も聞かずにノラを受け入れてくれた心やさしいボスのレオとセブ、たよりになる友人で女装家のサイモン(シモーヌ)などは、孤独なヒロインの強い味方だ。妹のローレライはなぜか超性格悪いけど。本書は三部作の一作目ということなので、彼らとのあいだに過去にどんなことがあったのかもおいおいわかってくるのだろうか。「発情しては落ちこむ」という狼犬ウィスパーのキャラもユニーク。

 

■2月×日

 一九三〇年代のイギリスで、デイジー・ウェルズとヘイゼル・ウォンのふたりの少女たちが、ホームズとワトソンよろしく身近に起きた難事件に挑む、ロビン・スティーヴンスの英国少女探偵の事件簿シリーズ。デイジーがホームズで、ヘイゼルがワトソンね。二作目の『貴族屋敷の嘘つきなお茶会』も安定のおもしろさです。寄宿学校で出会い、〈ウェルズ&ウォン探偵倶楽部〉を結成したふたり。今回の舞台はデイジーの家である貴族屋敷です。

 デイジーの十四歳のお誕生日を祝うお茶会に招かれたヘイゼルたち。由緒正しい貴族のお屋敷にドキドキワクワクしていた少女たちだったが、デイジーママの恋人らしき男性カーティス氏が登場し、パパはもちろんデイジーもおかんむりで、屋敷は不穏な空気に包まれる。そんなとき、お茶会でカーティス氏が紅茶を飲んで倒れ、のちに死亡。当然デイジーはヘイゼルとともに犯人探しに乗り出す。

 容疑者は家族か滞在客か使用人ということで、あまりに身近な人たちばかりなので苦しむデイジー。そんな友人を気遣いながらも公平に推理しようとするヘイゼル。今回もふたりはぶつかり合いながら、新情報を入手しては推理を重ねる。

 とはいえ、登場人物はみんなキャラが濃くて謎めいた行動が多いので、謎解きはけっこう難航。登場人物はそれほど多くないのに、これだけ引っかき回せるなんて、よく練られたストーリーだなあと思う。香港出身のヘイゼルが、英国貴族の家庭を興味津々で観察する様子もなんだかかわいいし、淡い恋心や、おいしいものへの興味や、もちろん友情もしっかり描かれていて、全体にバランスがいいのも読んでいて心地よい理由だろう。ヘイゼル自身、変な言い方だけどすごくメンタルのバランスがいい子で、どんくさく見えて実はデイジーよりもずっと大人なのかもしれない。

 折よく(というか読むのが遅くなったからだけど)まもなくシリーズ三作目『オリエント急行はお嬢さまの出番』が発売ということなので楽しみ。

 

■2月×日

 以前♪akiraさんとB・A・パリスのドメスティックホラー『完璧な家』のおもしろさについて語っていたとき、『冷たい家』もおもしろいよ!と勧めていただき、わたしの頭には「そうか家系ミステリはおもしろいのだな」とインプットされた。「家系ミステリ」というのは例によってわたしが勝手に命名したんですけどね。ほかには、えーと、『ねじれた家』とか?

 墓穴を掘らないうちに先に進もう。JP・ディレイニーの『冷たい家』だ。これ、たしかにめちゃくちゃおもしろいです。原題にGirlがはいっているので、宣伝や評論でフリンの『ゴーン・ガール』やホーキンズの『ガール・オン・ザ・トレイン』が引き合いに出されるらしいけど、イヤミスではありません。ロマンティック・サスペンス色も強くて、ちょっとニッキ・フレンチに似た味わい。

 ミニマリストで完璧主義者の高名な建築家エドワードが、ロンドンのフォルゲート・ストリート一番地に建てた立方体のモダンな家。それはすべてが電子制御されたスマートハウスで、厳しい審査をパスした者だけが入居でき、入居後の規則が二百ぐらいあるという物件だった。この家にかつて住んでいたエマと、現在住んでいるジェーンの章が交互に登場し、ふたりをつなぐエドワードの秘密が明かされていく。そして、エマに何が起きたのか、これからジェーンに何が起きようとしているのかも。

 けっこう構造が複雑な家で、間取りとかをしっかり頭に入れておかないと混乱するけど、読んでいるうちにそれどころじゃなくなって、というか、全然気にならなくなって、ほぼ一気読み。いやー、こうくるとは思いませんでした。エマの章とジェーンの章のあいだにさしはさまれる入居申しこみ書の質問(全三十五問)があとからじわじわくる。

 ミニマルでモダンな家って、家具や床の上になんにも置いちゃいけなくて、ものを出したらかならず棚や引き出しにしまわなきゃならないってことだよね。うわー、絶対無理。まずそこで審査に落ちるわ。著者はあの〝ときめき〟の片づけ本に影響を受けたということだけど、それ以外でも断捨離とか枯山水とか魚の活き造りとかミキモトのパールとか、かなりの日本通のようです。でもいちばん驚いたのは、著者が男性だということ。あとがきを読むまで絶対女性だと思ってた。

〝より少ないことは、より豊かなこと〟と言ったのは建築家ミース・ファン・デル・ローエだが、ジェーンによれば、より少ないことは「官能に訴える」らしい。〝生活感のなさ〟と解釈すると、ちょっとわかる気がする。

 

■2月×日

 サラ・パレツキーの『フォールアウト』はシカゴの私立探偵、V・I・ウォーショースキー・シリーズ十八作目。今回はシカゴではなくカンザスにヴィクが出向いて探偵活動をします。ちなみに、カンザスはパレツキーが四歳から二十歳すぎまで暮らした土地らしいです。

 窃盗の疑いをかけられ、年配の女優エメラルド・フェリングとともに姿を消した映画監督志望の若者オーガスト・ヴェリダン。ふたりをさがすためにフェリングの故郷カンザス州ローレンス市にやってきたヴィクは、さっそく地元警察に目をつけられてしまう。どうやらフェリングの行方をききまわったことが原因らしい。フェリングを知る人たちは、三十年以上まえに起きたある出来事について、がんとして口を開こうとせず、ヴィクの調査は難航する。

 そんななか、ヴィクに同行する愛犬ペピーは全米の、いや全世界の癒し! みんながペピーにめろめろになるのもわかる。ペピーを預かったペットホテルの店長さんも絶賛で、「ペピーちゃんは理想的なお子さんです。お利口で、ほかの子に親切です」と、幼稚園の連絡ノートを読んでいるような気がして鼻高々なヴィクは立派な親バカだ。

「〝分別がある〟はロマンティックな言葉ではない」というヴィクだが、やっぱり彼女には〝分別がある〟ということばがぴったりくる。ただの大人ではない、分別のある大人なのだ。危険なことをやるにしても、ちゃんと次善策を考えているし、もしものときの手配もしている。もちろん今回も命を危険にさらすわけだけれど、無鉄砲さより落ち着きを感じるのは五十の大台に突入したからかなあ。でも、恋人ジェイクの気持ちもわからないではない。愛する人がしょっちゅう危険にとびこんでいくのは心配だもんね。でも、世の中には危険なことを仕事にしている人が一定数いるわけで、その理解者も同じ数だけいると思いたいなあ……ヴィクのために。

 

上記以外では……

■アメリア・グレイAM/PM

ミステリではないけれど、短いエピソードをつなげた連作短編集というか、ショートショート集。社会とうまくやっていくのに苦労している人たち、ユニークな人間関係を構築している人たち、要するにへんてこな、しかし愛すべき人たちがたくさん出てくる。「おはよう、ジョン・メイヤーのライブTシャツ!」ではじまる三編がたまらなく好き。

 

■デボラ・インストール『ロボット・イン・ザ・ガーデン』

これもミステリではないが、ほのぼのとした気持ちになるかわいい物語。突然庭に現れた二歳のイヤイヤ期の男の子みたいなロボット、アクリッド・タングとともに、ダメ男のベンが世界を旅するのだが、とにかくかわいいタングにメロメロになること請け合い。冒険とユーモアの詰まったロードノヴェルであり、心温まる愛と成長の物語であり、ちょっとした謎解きまで用意されている。二作目の『ロボット・イン・ザ・ハウス』もすぐに読まなくちゃ!

 

■ピーター・スワンソン『そしてミランダを殺す』

うわさにたがわぬおもしろさ。落としどころが意外で「うわー」と思った。ジョセフィン・ハートの『ダメージ』やクリスティの『スリーピング・マーダー』、そしてもちろんハイスミスの『殺意の迷宮』など、リリーの読書傾向にも興味津々。翻訳者の持ち込みということも含めてすばらしいです。関係ないけどタイトルからついマーガレット・ミラーの『ミランダ殺し』を連想してしまったのはわたしだけ?

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、バックレイ〈秘密のお料理代行〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はジョアン・フルークのハンナシリーズ18巻『ダブルファッジ・ブラウニーが震えている』。カレン・マキナニーの新シリーズは、一作目を訳し終えて現在ゲラ作業中。ちょっとステファニー・プラム・シリーズを髣髴させるドタバタコメディのママ探偵ものです。

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