こんにちは。ゴールデンウィーク真っ只中、みなさまいかがおすごしですか?
 いつものように、ご縁があって手にすることになった翻訳ミステリーのなかから、個人的にぜひ紹介したいと思うものを、読んだ順に、マイペースで紹介する「お気楽読書日記」。それではゆるゆるとはじめてまいりましょう。

 

■4月×日
 故スティーグ・ラーソンからバトンを受け取って二作目にあたるダヴィド・ラーゲルクランツの『ミレニアム5 復讐の炎を吐く女』は、戦うヒロイン、リスベット・サランデルに過去からの刺客が迫るノンストップ・サスペンスだ。

 前作『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』でフランス・バルデル教授殺害事件に関与した結果、事件の解決に貢献したのに懲役二カ月をくらうことになったリスベット。問われたのは車両侵奪罪と過失公共危険罪で、警備レベルの低い開放型刑務所に収監されていたが、命をねらわれているという情報がはいったため、重警備区画に移されることになる。

 ある日、かつての後見人ホルゲル・パルムグレンが要介護にもかかわらず面会に訪れ、リスベットの過去に関する書類が発見されたと告げる。そのときに聞いた〝レジストリー〟ということばと、自分の子供時代の何かに引っかかりを感じたリスベットは、自身も獄中で調査を進めつつ、同志でもあるジャーナリストのミカエル・ブルムクヴィストに、天才的な証券アナリスト、レオ・マンヘイメルについての調査を依頼する。

 私利私欲を越えた大義(という名の権力)のためなら手段を選ばない敵VS自身と弱者の権利のために戦うリスベット(そして、ミカエルをはじめ、彼女をサポートする人びと)。どんなピンチに陥っても、リスベットなら絶対に大丈夫だと思えるこの安心感はなんだろう。悪に立ち向かう強い意志、スーパーヒーロー感がさらに増している気がする。爽快な読後感はそのせいかもしれない。法からも宗教からも救済されないイスラム女性ファリアやマンヘイメルといった、「自分の体を自由にする権利を奪われ」た人びとのために戦うのは、かつてリスベット自身もそうだったからか。

 今回もリスベットの驚くべき過去がまたひとつ明らかになり、物語はさらに深みを増していく。これぞシリーズの醍醐味! そして、帯にもあるとおり、ついにあのドラゴン・タトゥーにこめられた意味が明らかになるのだが、それは読んでのお楽しみ!

 なんということはないシーンだが、ミカエルが刑務所のリスベットを訪問した帰りにピーター・メイの小説を読んでいて、わたしも好きな作家なのでちょっといいなと思った。あと、ノーレブリング夫妻がレオにふるまうスウェーデン料理「ヤンソンの誘惑」は、アンチョビを使ったポテトグラタンで、名前が印象的。今ちょっとスウェーデン料理が気になっているのでメモメモ。

 

■4月×日
 これもスウェーデンもの。七福神を読んで、がぜん興味を持ったレイフ・GW・ペーション『許されざる者』だったが、諸事情によりしばらく熟成。そして、訳者自身による新刊紹介の更新後、矢も盾もたまらず読みはじめるという黄金パターン。というか、積ん読本が多すぎて、どうしても時差が生まれてしまうのだ、すまぬ。

 国家犯罪捜査局の元長官ラーシュ・マッティン・ヨハンソンは、ホットドッグをおいしくいただこうとしていた矢先に倒れ、気づくとそこは病院のベッドの上だった。しかし、女医のとある打ち明け話を聞いて、脳梗塞により右半身に麻痺が残る状態ながら、二十五年まえに起こった未解決の殺人事件の解明に着手することを決意。もちろん、体の自由がきかない長官の代わりに、仲間たちが手足となって活躍するのだが、このチームの働きがすばらしいのだ。

 訳者自身による新刊紹介によると、「スウェーデンミステリ史上もっとも出世した主人公」だというヨハンソンは、外見はともかく、昔ながらの生き様がかっこいいと思う。生活習慣病を甘く見て、ぶざまに倒れてしまったとしても、果敢に生に挑む姿はだれがなんと言おうと美しい。そして、家族や友人や同僚や部下はもちろん、ヘルパーさんにまで恵まれ、ほんとうに幸せな人だなあと思う。いつだって「気分は最高、プリマ・ライフ」「黄金の中の真珠のごとくだ」と言ってまわりを安心させるのは、やさしさからだけでなく、自分に言い聞かせているのかもしれないけど。

 そして、そんな彼のモチベーションになっているのはやはり、「許されざる者を野放しにしてはおけない」という強い使命感と刑事の誇りだ。といっても、すでに時効が成立している案件。許されざる者にどんな罰を与えることができるのか。その落としどころも見事だ。

 ちなみにヨハンソンは六十七歳で、まだおじいちゃんというほどではない。『もう年はとれない』のバック・シャッツ(八十七歳)に比べたらまだ若造のようなもの。二十歳も若い奥さんだっているし。もうちょっと健康に気をつけてくれていたらなあ……と思わなくもないけど、性格上無理なんだろうなあ。それにしても奥さんのピア(銀行の女頭取らしい)とはどうやって知り合ったのか気になる。

 スウェーデンという国と、その国民性を知るうえでとても参考になるシリーズとのことなので、ほかの作品にも興味津々。とくに若き日のヨハンソンとヤーネブリングが活躍する三部作はぜひ読みたい。あのセバスチャンを上回る最低男だというベックストレームのシリーズはすごくいらいらしそうだけど、なぜか人気があるらしいので、やっぱり気になる。

 

■4月×日
『ニューヨーク1954』は、ロサンジェルスで映画やテレビのライターを二十年以上つとめたデイヴィッド・C・テイラーのデビュー作で、二〇一六年のエドガー賞の候補作であり、ネロ・ウルフ賞受賞作。赤狩りの嵐が吹き荒れる東西冷戦時代のアメリカを舞台に、ニューヨーク市警の刑事が孤軍奮闘する歴史ノワールだ。

 一九五四年のニューヨーク。若い男性の拷問死体が発見され、市警の刑事マイケル・キャシディは相棒のトニー・オーソーとともに現場に急行する。男性は拷問中に死んだらしく、犯人はさがしていたものをまだ手に入れていないと思われた。もう一度それをさがそうと現場に戻ったキャシディは、何者かに襲われる。それを機に、キャシディのやることにはことごとく邪魔がはいるようになり、FBIも動きだす。単なる殺人事件ではないことは明らかだった。さらに危険はキャシディの家族にまで飛び火する。

 赤狩りの首謀であるジョー・マッカーシー上院議員、ロイ・コーン上院調査小委員会顧問など、実在の人物を配していて、時代の雰囲気がリアルに感じられるし、テンポのいい会話と巧みな場面転換で、スピーディに展開していく物語には映画的な魅力がある。
 そして何より、主人公のキャシディが実に魅力的なキャラなのだ。頭が切れてハンサムで、裁判に出るとき以外はしゅっとした服を身につけ、ストイックで情熱的。正義感とちょっぴりの遊び心があって、ほんのちょっとだけ屈折している。何より清潔感があって、家族思い。って、ちょっと褒めすぎかな。なんとなくカーソン・ライダーに似てるけど、それほど女癖は悪くなさそう。少なくとも二股はかけてないもんね。

 ビルの屋上から屋上へと飛び移りながらディランを尾行するシーンは、ワイヤーアクションを仕込んでるんじゃないかと思うほど(どうやって?)思い切った動きで、読んでいて生きた心地がしなかった。映画化するならこのシーンは絶対に入れてほしい。
 元カノに愛していると言ったかどうか、ディランがキャシディに執拗に問いただすくだりも好き。ふたりの複雑な胸のうちが明らかになるシーンで、これがのちのち効いてくるのだ。キャシディとディランのやりとりはごく自然に感じられるのに、あとで読み返すと意味深で、どの場面も好きかも。
 ストーリーは最後まで目が離せない展開で、とくに41章からの○○奪還シーンは圧巻。続編が早く読みたい。

 

■4月×日
 オーストラリア発のミステリーといえば、『忘れられた花園』『秘密』『湖畔荘』のご存じケイト・モートンや、『ささやかで大きな嘘』のリアーン・モリアーティ、《シドニー州都警察殺人捜査課》シリーズのキャンディス・フォックスなど、近年では収穫多し。アンナ・スヌクストラのデビュー作『偽りのレベッカ』は、そんなオーストラリアのミステリシーンで絶賛され、オーストラリア推理作家協会の最優秀デビュー長編章にノミネートされたサイコスリラー。

 十一年まえに失踪した少女レベッカ(ベック)・ウィンターが自分にそっくりなのをいいことに、ベックになりすまして罪を逃れようとする万引き犯の「私」。当然すぐにバレそうなものだが、なぜかウィンター家の人たちはみんなぎこちないながらも彼女をベックとして受け入れ、失踪していた十一年間のことについても、刑事以外は追求しようとしない。案外居心地がいいかも、と安住の地を見つけたような気になる「私」だったが、謎のヴァンに尾行され、送信者不明のメールが届くようになると、犯人にねらわれているのではないかと不安になってくる。

 十一年まえ、いったいベックの身に何が起こったのか?
 ウィンター家の人たちはなぜ「私」を娘として受け入れたのか?
 そして、本物のベックは今どこにいるのか?

 十六歳のベックが失踪する二〇〇五年と、二十四歳の家出娘である「私」がベックになりすましている二〇一六年の様子が交互に語られるというスタイルで、構成はシンプルだが、読んでいるうちにところどころで「あれ?」と思う箇所が増えていく。ベックは何を悩み、どんな秘密を抱えていたのか? 家族、親友、気になる異性。彼女を最後に見たのはだれなのか? シンプルな構成にだまされて、油断しているとやられるので要注意!
 ユニヴァーサルピクチャーズが映画化権を獲得しているとのことで、映像化したら怖さ倍増だろうけど楽しみ。

 

■上記以外では……

 アリ・ランドの『善いミリー、悪いアニー』は、後味はけっしてよくないが、どんどんページをめくってしまう、牽引力のある物語。九人の子供を殺した連続殺人鬼の母親を告発したアニーは、ミリーと名前を変えて里親のもとであらたな生活をすることになるが、里親家庭のニューモント家にはミリーと同じ年の娘フィービがいて……読みながら心がザワザワしっぱなしだった。母親を告発したのに、つねにどこかでその母親を求めているミリーが切なくも恐ろしい。

 

 クレオ・コイルの『大統領令嬢のコーヒーブレイク』は《コクと深みの名推理》シリーズ十五作目。ワシントンDCにビレッジブレンドの二号店がオープンすることになり、準備のために首都で暮らしはじめたクレアは、才能ある女性ピアニストと知り合う。そのピアニストが実は現大統領の令嬢アビゲイルで、クレアはとんでもない陰謀に巻き込まれることになる。ジャズのセッションのように、シェフたちとブレインストーミングするうちに即興でどんどんメニューが決まっていくシーンが楽しい。

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、バックレイ〈秘密のお料理代行〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。五月十日にカレン・マキナニーの《ママ探偵の事件簿》シリーズ第一弾『ママ、探偵はじめます』が発売になります。よろしく!

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