先日、微博(マイクロブログ。中国版Twitterとも呼ばれるSNS)で「小説の原稿料が初めて1万元〈約17万円〉を突破した時の感想は?」という質問が流れ、中国ミステリ小説家の数人がそれに答えていました。

 時晨はこのように答えています。「2008年から執筆を開始し、2011年に出た本の原稿料が7000元だった(『罪之断章』のことだろうか。20万文字の小説で、もし文字数換算で原稿料を貰っていたとしたら、1000文字たった35元となる)。2014年に豆瓣(レビューや作品を発表するSNSサイト)で連載していたミステリーコメディが彼らの目に止まり、版権を売ったところ1万元を突破した」
▼参考:鏡獄島事件(2016年)レビュー
 
 河狸はこのように答えています。「2008年に25本の小説を発表し、ちょうど1万元の原稿料を受け取った。単独での突破は『剪刀中的幽霊』出版の時で、小説家人生10年目でようやく1万元の原稿料をもらった(2016年に出版されたこの本の文字数は18万8000文字)。しかし何度かに分けて振り込まれた」
▼参考:剪刀中的幽霊(2016年)レビュー
 
 段一はこのように答えています。「長編小説を含まなければ、今まで1万元を突破したことがない(彼は2017年に『鴉雀無声』という長編を出版している)。2007年、ミステリ専門誌『推理世界』の原稿料が1000文字60元で、3000文字の短編を書いて180元受け取った。寮の友達に飯をおごり、余った金で本を買った」
▼参考:鴉雀無声:双生鎮殺人事件(2017年)レビュー
 
 例外では、1000文字1000元という破格の原稿料を提示していたことがある『超好看』という雑誌に投稿した傳汛が、18000文字の中編を書いて1万6000元(税引)の原稿料をもらっています。
 
 10年間続けてようやく1万元を超える報酬を手に入れられるなんて中国ミステリ小説家の懐事情は本当に寒いんだな、と思いますが、気になるのは彼らが言う「原稿料」とは文字数で算出したものなのか、出版冊数で算出した「印税」なのかという点です。上で紹介した作品のおそらく全てが、雑誌掲載をせずに直接出版した書き下ろしであるはずです。いずれにせよ、数カ月をかけた長編小説の報酬が1万元だけと言うのは辛いでしょう。ちなみに、2017年の北京の平均月収は9000元余りです(とは言え、ピンきりの幅が大きすぎるのでこの平均に意味はないという意見もある)。
 

■映像化で一躍人気作家に■

 原稿料は長編小説で1万元程度、掲載する雑誌は年々少なくなり原稿料も低い、ならば映画化やドラマ化などに一縷の望みを託す作家が出るのはなんらおかしいことではありません。IP(版権)ブームに沸く昨今の中国では、出版とほぼ同時期にドラマ(映画)会社に版権が購入されているミステリ小説が少なくありません。中には、版権が買われたは良いが一向に映像化しない作品もあるにはありますが、映像化という話自体には作家も大歓迎でしょう。
 
 2017年に『無証之罪』がネットドラマ化された紫金陳は今年4月の新聞紙では、出版済みの十数部余りの他作品全ての版権がすべて購入され、今年4月に出版された新作の『追跡師』の映画化の版権は去年の段階ですでに売り、その額は7桁(100万元)からスタートした、と紹介されています。
▼参考:第35回 社会派中国ミステリ『長夜難明』
 
 また、呼延雲『真相推理師』シリーズは2017年にドラマ化と映画化の版権が購入され、その額は数百万元に上ったという話もあります。
▼参考:第20回 京劇を題材にした中国ミステリ『烏盆記』
 
 ミステリ小説とは関係ありませんが、中国漫画『救助!這個猫統治的世界(この猫に支配された世界から助けて!)』の作者・京見は、その作品を映像化する版権が100万元単位で売れたため、両親のために武漢にマンションを購入したそうです。
 
 この膨大な金額が一体いくら原作者の懐に入るのかは分かりませんが、「映像化」は現代中国人作家の「チャイニーズドリーム」に見えます。
 
 映像化に成功のヒントが隠されているのなら、中国ミステリ小説家の中には最初からそっち方面の仕事をすればいいじゃんと考えて脚本家に転向した例もあります。2007年からミステリ専門誌『歳月推理』などに短編を投稿していた作家の言桄は最近脚本家として成功しており、中国で大ヒットを記録した映画『唐人街探案』シリーズのネットドラマ版及び漫画版の脚本家及びプロデューサーを担当し、『推理筆記(推理ノート)』(2016年)という学園ミステリの映画版のプロデューサーになっています。
 

■仕方なく脚本家に■

 しかし、このような風潮を良しとしない人もいます。今年3月の全国人民代表大会(全人代)期間中に、潘向黎という代表が中国の作家の現状を憂い、このような発言をしました。

「20万文字で1冊30元の本を5000冊出版すると仮定する。一般的な印税は8%であり、そうすると1万2000元の原稿料になるが、税金(この場合は2240元)を引くと1万元にも満たない。更に、出版後に友人らにプレゼントするために200冊を自費で購入したとすれば、そこから6000元引かれる。何故、作家に税金が発生するのか」

 長い時間をかけて本を出版しても、諸経費が差し引かれたら実際手元に残るのは数千元しかないから、せめて税金はなくせというのが彼女の主張です。そして、発言はこの後、こう続きます。

「現在、一部の作家が真面目な文学を捨てている。目立つ作品を書くのに夢中で、映像化や版権売却を追い求めている。何故、有名になりたがるのか。それは、そうでもしなければ経済的な困窮から抜け出せないからだ。報酬が低い現状で、多くの作家が映像市場に迎合することを余儀なくされ、テレビドラマの脚本を書くべきか悩んでいる。彼らは、テレビドラマの脚本を書いたことでお金ができたから、ようやく純文学の創作に取り掛かることができる、と言っている。映像化では原作の改変が要求されるが、それらは芸術と創造のルールを違反している」

 全体的に見ると、作家の環境を改善しろという提案なのですが、映像化に対しても批判的で、文学は真面目だが映像化される作品は不真面目であるという対立関係を作っており、アレ? この人まるっきり味方ってわけじゃないぞ、って感じの論調です。しかし、脚本家という不本意な形で稼いだ金を貯金して、自分が書きたい小説を書くというのは贅沢な悩みにも見えます。
 

■小説だけでは儲からない■

 他にも、ネットの投稿サイトに作品を投稿し、アクセス数に基づいて原稿料をもらうというやり方もあります。様々な金の稼ぎ方がある現代で、発表形式が紙の小説だけの作家が他の形式を選ぶ気持ちは十分に分かりますし、小説だけでは稼げなかった彼らにとって映像化などの道は救いであり、これでようやく「専業作家」になれるミステリ小説家が増えそうです。
 
 しかし、私のように映像を見るより小説を読むほうが好きな人間にとってはやはり小説家が増えていってもらいたいですし、中国で作品を映像化することによるデメリットを考えるとそれでは作家の意図が十分伝わらないと思います。それに、映像化に不適切な作品を書いているミステリ小説家もいるので、そもそも映像化という「ボーナス」を期待できない作家に対しては、やはり原稿料という「基本給」を上げてもらいたいものです。
 
 記事の最初に紹介した質問に対し、「紫焔伝媒」という小説の版権を管理する会社(出版社ではない)が、作家の収入増加に努めることを宣言しました。とは言っても、具体的な解決策を見出だせない今はまだ、映像化という「チャイニーズドリーム」をエサにして優秀な作品が生まれるのを待つしかないようです。
 

阿井幸作(あい こうさく)
 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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