よく晴れた青い空。白い雪に映える黒い大鴉。
 真冬のシェトランドを訪れていたアン・クリーヴスは、この光景を見て考えました。「ここに赤い血があれば、素晴らしいファースト・シーンになるだろう……」このイメージを起点として書きあげられたのが、『大鴉の啼く冬』です。


【CWA最優秀長編賞受賞作】
 新年を迎えたシェトランド島。孤独な老人マグナスを深夜に訪れた黒髪の少女キャサリンは、4日後の朝、大鴉の舞い飛ぶ雪原で死んでいた。真っ赤なマフラーで首を絞められて。住人の誰もが顔見知りの小さな町で、誰が、なぜ彼女を殺したのか? 8年前の少女失踪事件との奇妙な共通項とは? ペレス警部の前に浮かびあがる、悲しき真実。現代英国本格派の旗手が、緻密な伏線と大胆なトリックで読者に挑戦する! 解説=川出正樹 (東京創元社のサイトからの引用

 じつは作者の心積もりでは、本作は単発ものとなる予定でした。ところが、ひじょうに評判が良かったため、それならばということで、自然豊かなシェトランドの四季を背景にした四部作の構想が生まれてきます。こうして、ペレス警部は『白夜に惑う夏』で再登場をはたし、関係者の話にじっくり耳をかたむけ、共感で相手の心にはいりこむ捜査で、ふたたび殺人事件を解決へと導きます。
 その後、シリーズはシェトランドの歴史がからんだ第3作『野兎を悼む春』をへて、ペレス警部が故郷フェア島で孤独な捜査を強いられる『青雷の光る秋』で、ひとつの区切りを迎えます。そして、つづく5作目の『水の葬送』からは、四元素(水、火、空気、土)を題材とするつぎの四部作がはじまりました。
 というわけで、今回ご紹介させていただく『空の幻像』は、この第2サイクルの2作目(シリーズ全体としては6作目)にあたります。


「浜辺で踊る白い服の女の子を見た」そう話した翌日、女性はシェトランドのアンスト島で失踪し、ペレス警部たちが捜索を開始してまもなく死体で発見された。彼女はテレビ番組制作者で、親友の結婚式のため夫や友人と島を訪れていた最中の悲劇だった。彼女の見た“少女”と事件との関わりは……CWA最優秀長編賞の栄誉に輝いた現代英国本格ミステリの名シリーズ、新たなる傑作長編。解説=松浦正人 (東京創元社のサイトからの引用

 殺されたテレビ番組制作者の女性は、「浜辺で見かけた少女は幽霊かもしれない」と主張していました。彼女が声をかけようと少女にちかづいていくと、その姿はいつのまにか跡形もなく消えていたからです。じつは、アンスト島には“小さなリジー”という少女の幽霊が出没するという言い伝えがありました。彼女が目撃したのは、この“小さなリジー”だったのか? 夜になってもなかなか日が暮れず、霧が出たり消えたりをくり返す真夏のアンスト島で、ペレス警部をはじめとする捜査陣はこの雲をつかむような話につきまとわれ、しだいに眩惑されていきます。
 
「水」「空気」ときて、シリーズ7作目は COLD EARTH、つまり「地」です。そして、今年の秋に本国イギリスで発売される最新作 WILD FIRE は、シリーズ最後の作品となることが発表されています。
 
 このシリーズはイギリスでTVドラマ化されており、《シェトランド》というタイトルでわが国でも放映されています。はじめのうちは2時間でひとつの原作を映像化していましたが、途中からはシーズンをとおして6時間かけてひとつのオリジナル・ストーリーを伝える形式になっています。設定は原作とやや異なっていますが、なんといってもシェトランドの雄大な風景が素晴らしく、またミステリーとしても見応えのある作品に仕上がっていますので、機会があればぜひご覧になってみてください。現地での評判も上々で、2016年にはBAFTA(英国アカデミー賞)スコットランドのTVドラマ部門で、作品賞と男優賞(ペレス警部役のダグラス・ヘンシュオール)を受賞しています。なお、こちらは原作のシリーズが完結したあとも制作がつづけられるということです。

●Shetland: Series 2 Trailer – BBC One

●Shetland: Series 3 Trailer – BBC One

●Shetland: Series 4 | Trailer – BBC One

 

玉木 亨(たまき とおる)
  翻訳家。18年前に訳したスティーヴン・ハンターの『魔弾』が、『マスター・スナイパー』と改題されて扶桑社ミステリーから復刊されました。訳文に手を入れながら久しぶりに読み返したハンターは、やっぱり面白かったです。

 

■担当編集者よりひとこと■

 シェトランド諸島が舞台となる、ジミー・ペレス警部を主人公にしたシリーズの第6作。4部作×2という構成になるので思いっきり途中の巻ですが、だからといって中だるみはしていません。ミステリとしての堅実かつ誠実なできばえは今回も健在で、そこに謎めいた白い服の少女の存在が鮮烈な印象を残します。加えて、ウィロー・リーヴズ警部やサンディ・ウィルソン刑事などレギュラーキャラクターとの関係性の変化もスパイスとして添えられ、しっかりと読ませる秀作です。面白いですよ。
 
 先の4部作〈シェトランド四重奏〉との比較で興味深いのは、社会とのつながりが意識されている点です。前作『水の葬送』でエネルギー問題を取り上げたように、本書ではテレビ番組制作者を被害者とすることで、テレビ業界のはらむある問題を自然な形で事件と巧みにからめてきます。クリーヴスの匠の技を、堪能してください。

(東京創元社・M)

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