今月の読者賞だよりは、カリン・スローターを取り上げます。私の拙い記憶をたどってみるに、1年の間に文庫化や復刊ではなくまったくの新刊として4作品が刊行された作家なんてまったく思いつかないわけで(いるんでしょうか? いたらご教示いただけるとありがたいです)、それだけでもすごいと思うのですが、刊行された4作品すべて読み応え十分というのもまた恐れ入る次第。立て続けに刊行されるのもむべなるかな、という感じです。ということで、2017年に刊行されたカリン・スローター作品を並べてみるとこんな感じになります。

1月『ハンティング』( 鈴木美朋訳 ハーパーBOOKS)
4月『砕かれた少女』(多田桃子訳 マグノリアブックス)
6月『サイレント』(田辺千幸訳 ハーパーBOOKS)
12月『血のペナルティ』( 鈴木美朋訳 ハーパーBOOKS)

 翻訳者や出版社は異なりますが、いずれもジョージア州捜査局特別捜査官ウィル・トレントを主人公とするシリーズです。日本での刊行順が若干違っており『砕かれた少女』がシリーズ2作目、以降『ハンティング』『サイレント』『血のペナルティ』と続きます。ちなみにシリーズ1作目は2016年にマグノリアブックスから刊行された『三連の殺意』(多田桃子訳)で、最新作はハーパーBOOKSから今月刊行されたばかりの『罪人のカルマ』(田辺千幸訳)となります。読者賞では、『砕かれた少女』2票)と『血のペナルティ』1票)に票をいただきました。

 本シリーズにおけるメインキャラクターは5人。まず主人公のウィル・トレント特別捜査官。190センチの長身と引き締まった体つき、真夏でもスリーピースのスーツを着用するという出で立ちは警官というイメージから程遠いのですが、その顔と首には大きく何かでえぐられたような傷跡があり、壮絶な過去の体験を伺わせます。また、ディスレクシア(読み書き障害)という障害の持ち主でありながらそれを周囲に気取られないよう努力を重ねつつ捜査に臨む、いわば常に悩みを抱えている捜査官でもあります。その彼のパートナー、フェイス・ミッチェルは15才という若さで出産し、子育てと仕事の両立に苦労しつつ10代から20代を過ごしたのち、30才過ぎにしてようやくアトランタ市警の刑事というポジションを得ます。ウィルの言動に戸惑いながらも、彼を理解しようとする努力するパートナーです。ウィルの上司であるアマンダ・ワグナーは、まだ人種差別と女性蔑視が甚だしかった70年代にアトランタ市警に入り、持ち前の才覚と多大な努力の末に、ジョージア州捜査局の副局長という地位に昇りつめます。捜査官としてのウィルを高く評価してはいるものの、その生い立ちや障害に触れてウィルを揶揄したり、苦しめたりする存在でもあります。ウィルの過去を知るもうひとりの人物、アンジー・トレントは、養護施設にいた幼少期からウィルの近くにいて、その悩みや苦しみを共有しています。それゆえ二人にしかわからない感覚や感情があり、愛憎半ばする間柄というか、傍目には非常にわかりにくい関係です。2作目までは恋人的な存在でしたが、3作目では結婚してウィルの妻になっています。そしてもう一人、3作目から登場するサラ・リントンは、アトランタの救急病院に勤務している医師ですが、かつて、小児科を開業するかたわら検死官として従事していたことから、ウィルとフェイスの扱う事件にかかわっていくことになります。また、検死官時代に、警察署長だった夫を殺されるという経験をしており、彼女もまた、心に傷を抱える人物として描かれています。

 これら登場人物それぞれの抱える問題がシリーズの背景として横たわっており、事件を捜査するなかでときおり表出して彼らを苦しめます。そしてもうひとつ特徴的なのは、主要キャラクターがウィル以外すべて女性だということです。ウィル自身、特異なキャラクターを持つ人物として描かれているせいで、どうしても彼の言動に目が行きがちですが、彼とのやりとりを通して立ち上ってくる、苦しみながらも一歩ずつ前に進もうとする女性たちの強い思いにこそ注目すべきなのではないか。シリーズを通して読むとそのことを強く感じます。

 どの作品も、弱者が圧倒的な力によって虐げられ、暴力と陵辱の限りを尽くされる様が描かれます。ときに読むのが辛いほどのシーンもありますが、これら被害者となる弱者(少女、娼婦、知的障害者、貧困にあえぐ人々など)とその家族の苦しみや痛みもまた丹念に描き切ろうとする著者の姿勢は、同じようにさまざまな痛みを抱えながら事件と向き合っていくウィルを始めとする登場人物たちを通して、単なる猟奇犯罪小説とは異なる味わいを私たちにもたらします。

 このように、キャラクター造形の巧みさと凄惨な犯罪描写が特徴的な本シリーズですが、ミステリーの部分も負けてはいません。第1作『三連の殺意』では、娼婦が無惨に殺された事件と20年前に同様の手口で少女が殺された事件が交錯し、犯人探しから復讐劇へと転換していく様を巧みなストーリーテリングで見せつけてくれるし、『砕かれた少女』では、殺人と誘拐が複雑に絡んだ事件を解くために与えられる意外なきっかけに唸らされます。3作目以降はサラが加わることによって、登場人物たちの人間関係にやや重心が置かれる形になりますが、ミステリーとしての読み応えをひとつも損なうことなく物語を紡いでいくテクニックはさすがです。

 シリーズものをオススメするときの常套句として、「(シリーズ途中だけど)本作から読んでも大丈夫です」というのがありますが、このシリーズに関して言うならば、できれば1作目から読んでいただきたいと思います。もちろん、他の作品のネタバレがないという意味においては「どの作品から読んでも大丈夫」なのですが、主要人物の心の動きを追うという楽しみは、やはり最初から読んだほうが味わえるのではないでしょうか。シリーズ1作目から最新作まで6作品8冊。かなりの量だと思われるかもしれませんが心配することはありません。読みだしたらあっという間です。

 ところで、3作目から登場するサラ・リントンは、グラント郡シリーズという6作続いたシリーズのメインキャラクターなのですが、このシリーズ、第1作であり著者のデビュー作でもある『開かれた瞳孔』(大槻寿美枝訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)しか翻訳されていません。こちらは、グラント郡という架空の土地を舞台に、検死官時代のサラと夫のジェフリー、そして『サイレント』に登場したレナ・アダムズがレギュラーメンバーとして活躍するシリーズとなっています。『ハンティング』の時点で、すでにジェフリーは亡くなっているのですが、このシリーズではそのジェフリーが殺されるに至るまでが描かれているらしく、こちらもかなり気になります。ウィル・トレントシリーズからカリン・スローターを知った方にも、若きサラ・リントンのエピソードを、いわばスピンオフ的な感覚で読むことができるでしょう。現在入手の難しい『開かれた瞳孔』も含めて、グラント郡シリーズが早く日本語で読めるようにと願うばかりです。ウィル・トレントシリーズのほうもあと数作未訳がありますが、こちらはきっとそう待たずして読めることと思います。期待して待ちましょう。

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。
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