みなさま、こんにちは。再びやって参りました、韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。本日は、韓国ファンタジーの世界を少々ご紹介しようと思います。ミステリーではなくてすみません。


 韓国ファンタジーといえば! (たぶん)おなじみ、『ドラゴンラージャ』(訳/ホン・カズミ,岩崎書店)! 作者のイ・ヨンドは、韓国におけるファンタジーブームの火付け役、韓国ファンタジーの祖と呼ばれ、もはや神的存在。オンライン小説として発表された『ドラゴンラージャ』は漫画やゲーム、ラジオドラマの素材としてはもちろん、教科書や模試にも用いられ、豊富なキャラクターグッズも大人気。ドラゴンにドワーフにホビットにと、これでもか! というくらいのファンタジーらしいファンタジーです。主人公の少年フチが、ドラゴンに捕らえられた人質の身代金を調達する旅に同行し、敵に捕らえられたり脱走したり、アイテムをゲットしてはモンスターと闘ったり、そんな中でも恋愛したりと、子どもから大人まで楽しめるスリルとユーモアいっぱいの冒険を描きます……が、その世界観というか背景の設定というか、ものすごく緻密かつ壮大(詳しくはウィキペディアでどうぞ)。壮大すぎて挫折してしまう読者もいるようですが、反対に再読を重ね、何度も楽しむ読者も少なくないようです。日本では『ドラゴンラージャ』の後続作……というよりスピンオフ? の『フューチャーウォーカー』(訳/ホン・カズミ,岩崎書店)も出版されています。韓国では6月下旬、10年ぶりの新刊『オーバー・ザ・チョイス』が発売されると同時に、ソウル国際図書展でサイン会も開催されるなど、とどまることを知らないイ・ヨンドブーム。次の邦訳出版を待ち望む日本のファンも多いはず!
 

 もう一つ、邦訳されている人気ファンタジー小説といえば『ルーンの子供たち』(訳/酒井君二,宙出版)。作者のジョン・ミンヒは小説家としてだけではなく、ゲームのシナリオライターとしても活躍中。オンラインゲーム「テイルズウィーバー」の原作となっているこちらの作品は、12歳の少年が、突如訪れた過酷な運命に立ち向かい成長してゆく冒険ファンタジー。魔力を持つ冬の剣「ウィンタラー」をめぐる死闘、愛する者との別れ(その別れ方がまた過酷)、次々と訪れる試練。過酷すぎて読むのがつらい……と思いながらも脱出不可能なほどにのめり込んでしまう吸引力とスピーディーな展開、そして過酷さと対照的に描かれる、新たな出会いと絆が発する温もりがまた魅力的。韓国ではミリオンセラーとなり、日本でもヤフージャパンが選ぶ「10代にもっとも多く読まれた本」に選定されたり、新装版が出版されるなど、2006年の邦訳出版以来、ずっと人気が継続しているこちらの作品、現在、1部『冬の剣』、2部『DEMONIC』まで発売されている状況ですが、なんと! 韓国ではこの夏、3部を出版予定との話が! こちらの邦訳出版も楽しみです! ちなみに日本でも人気のオンラインゲーム、「アーキエイジ」も、彼女の小説『Arche Ageもみの木と鷹』(訳/田端かや,ゲームオン,Kindle版)が原作です。
 
 さて、(ちょいグロ)ファンタジーが好き! 素敵な(ちょいグロ)ファンタジーに出会いたい! と思ってはいるものの、何せ韓国のファンタジーは長い。10冊、20冊シリーズはザラ、40冊、50冊もあり。しかも恐ろしいことに、途中で終わってしまうモノがある……なんで……。そんなわけで、恐ろしすぎてなかなか手を出すことができない韓国ファンタジーですが、今回は単発でサクッと楽しめてしまう作品をご紹介いたします。ちなみにグロ度的には、どちらもそれほど高くありません。グロいシーンがある、くらいに思っていただければ。

 一つ目は、キム・ジフン『TEM-Pest』。あのテンペストのパクリか? と思われるかもしれませんが、こちらの「TEM」は物語の最重要アイテム、「Trans Empirical Metal:超感覚金属」の略称でございます。
 物語の中心人物は……ミイラです。韓国で発掘されたミイラ「スルギ」とエジプトで発掘されたミイラ「ハル」、そしてスルギとともに埋葬されていた黒曜石の「ブラックスター」が三大重要アイテムとなるこちらの物語、それらに隠された謎を解き明かし、太古の昔に存在した秘法と最先端の科学をもって「不老不死」の肉体を、さらには美貌と知性とトップレベルの運動神経まで手に入れてしまおうではないか! という、アンチファンタジーの方々にとっては「ナニ言っちゃってんの」的な内容ですが、今回はテーマがファンタジーゆえ、何とぞご容赦のほどを。
 なんだよなんだよ、不老不死かよ、頭脳明晰、容姿端麗、スポーツ万能かよ、そんなうまい話があるのかよ……と思ったら、そんなうまい話はありません、もちろん。移植により奇跡の肉体を授けてくれる夢の物質「TEM」ですが、その移植は感情面における重大な「副作用」を引き起こし、さらに効果持続のためにはある物質が不可欠。その物質を手に入れるために、ヤバい手段を講じる者が出てきます。
 TEM開発の中心的役割を担うのは、二人の学生ジュン(♂)とミン(♀)。TEMを狙う悪徳商人らの攻撃をかわしながらその開発に成功しますが、ある日、ミンが生命の危機に陥ります。TEMの絶対的効果とともに危険性をも十分把握しているジュンは、はたして、愛するミンにTEMを移植するのか。
 感情的欠陥を抱えた完全な肉体か、健全な感情のまま、目前に迫った死を受け入れるか。究極の選択に迫られたとき、愛する者の命が危険にさらされたとき、人は何を思い、何を選択するのか。エジプトのミイラと韓国のミイラとの奇妙な繋がりを解き明かしてゆくとともに、相反する二つの価値観の間で揺れ動く人々の姿を描く、生の意味について改めて考えさせられる(ちょいグロ)ファンタジーです。



 次にご紹介するのは、私のイチオシ作家、ハ・ジウン『ボイド氏の奇妙なアパート』
 オンライン小説として発表されたこちらの作品は、2010年に単行本化。その後、漫画化され少女漫画雑誌に掲載、単行本化、さらに漫画の英訳出版、それと前後して、二つの外伝付きで小説版の新装版出版、という大人気の作品。
 物語の舞台は、西洋風の街並みを見せるローラン通り。そこに建つ7階建てのマンションの玄関で物語は始まります。1~6階には詩人、剝製師、医師などいろいろとクセのある人物が、7階には決して姿を現さない家主のボイド氏が居住しています(監禁されてる人もいたかも)。『ボイド氏の』ではありますが、物語の実質的な主人公は美青年ラベルと謎の少女ルイーゼ、そして馬車に乗って現れる神出鬼没の謎の口裂け紳士となります。ちなみに謎の少女は1階の部屋で、グロっとウギャーーー! ……っと生まれます(恐)(泣)。
 ちょいとネタバレしてしまうと、このラベルという美青年、他人の願いを(一人につき一つだけ)叶えるという力を持っています。で、このテの話にアルアルですが、その叶えっぷりが「思ってたんとチガウ」ってヤツなのですが。
 自分にとって最高傑作となるはずの剥製を燃えさかる炎から守りたい剥製師、愛する女の消滅をほんの一瞬願ってしまった男、社交界デビューを望む売れない詩人、数十年前に出会った初恋の人との再会を願いながら手術台に上った老婦人、亡くなった妻を生き返らせろと迫る医師。さて、彼らの願いはどのような形で叶えられるのか(もしくは叶えられないのか)。
 全体的にグロっとした雰囲気がたちこめ、強欲だったり、常軌を逸していたり、クレイジーでおぞましい人物が多いのですが(美しいのはラベルくらい)、時にしんみりと胸を打つ場面があったり、儚いラブストーリーがあったり。そしてハイライトはなんといってもラストシーン! 悲しくて美しくてちょっぴりグロくて、そして切なくて泣ける! それぞれのストーリーは、「ココロのスキマ、お埋めします」とか言うといて「ドーーーーン!」と地獄に突き落とす、アノ漫画の雰囲気と似てると言えなくもないですが、ラストシーンの美しさはアノ漫画とは違う。(いや、ストーリー本編もちょっと違う。) 
 ハ・ジウンが描く作品は、ストーリーそのものの面白さに加え、光や空気、匂いや温度が感じられます。ふと気がつくと、物語の中に、その町に、その空間に自分が入り込み、彼らの視線で会話し、対面し、経験しているのです。(そのせいで、作品中もっともグロいシーンが、その日の夢に出てきたりもする。)状況描写に満ち満ちているわけでもなく、そんなクドさは一切ないのに、光や空気を感じられるのはなぜなのか……ぜひ文学専門家の方に分析していただきたいものです。
 
 さて、今回ご紹介した2作品、もう知ってるし! と思われた方、申し訳ありません。どちらの作品もK-BOOK振興会発行「日本語で読みたい韓国の本」で以前ご紹介した作品です。書籍に関するお問い合わせはK-BOOK振興会 book☆k-bungaku.com(☆を@に換えてください)までお願いいたします。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。













 

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