みなさんこんばんは。第15回のミステリアス・シネマ・クラブです。このコラムではいわゆる「探偵映画」「犯罪映画」だけではなく「秘密」や「謎」の要素があるすべての映画をミステリ(アスな)映画と位置付けてご案内しております。
 
 記録的猛暑は続く。夏らしい日々がまだまだ終わる気配のない8月ですから、先月に続いて今月も、映画で多少なりとも涼を取りたくなる皆さま(私もです)に今回もホラージャンルから作品をご案内いたしましょう。ところでミステリとも重なる部分の多いホラーのジャンルの中で、皆さまがいちばんお好きなのはどういう分野でしょうか。邪悪な存在が不条理に襲い掛かるものもあれば、幽霊やお屋敷の悲しい秘密というのも定番ですし、血みどろバイオレンスを中心にしている作品もあれば、ゾンビ・パンデミックものもホラーに含まれますよね。「人ならざるもの」よりもやはり生身の人間や自分自身に苛まれる、心理的に厭な感じで首を絞めてくるホラー路線が好きだなあという方ももちろんいらっしゃることでしょう。
 
 というわけで前回は「邪悪な存在の不条理で純粋な悪意」の恐怖映画でしたが、今回は「VSよくわからない人」の奇妙なホラー、パトリック・ブライス監督の『クリープ』をご紹介(劇場未公開、Netflixで配信)。こちら純粋な恐怖譚というよりは奇妙さが楽しい映画で「なんだかよくわからないけれど、変な人に関わってしまったのかも、まずい……」という状況の妙なリアルさが可笑しいやら怖いやら。所謂「ホラー」があまり得意ではない方にも試していただきたい一品です。

■『クリープ』(CREEP)[2014.米]


(https://www.netflix.com/jp/title/70306646)

あらすじ:アーロンはビデオカメラマン。彼はある日、ちょっと奇妙だなと思いつつ多額の報酬に魅力を感じて山奥の小屋で自分のビデオを撮影してほしいという男の依頼を引き受ける。依頼人のジョセフ曰く、「自分は末期がんなので、産まれてくる子のために自分の記録を残しておきたい」とのこと。それはまあ感情も昂るだろう……と同情したアーロンは早速撮影を開始。ときどき「これ必要か?」と疑問に思いながらもジョセフの妙な行動を記録していくアーロン。やっとひととおり撮影が終わって安堵するアーロンだが、ジョセフはまだ彼を帰したくないようだ。はやくその場を立ち去りたくて仕方がないアーロンなのだが……

 タイトルそのまんまで「creep…(キモッ……)」としか言いようがない話です。そして映像ホラーならではの「映すこと/記録に残すこと」という行為自体に宿るホラー性を微妙な笑いで脱臼させて再構築しているような面白さが妙に癖になってしまう話です。SFやミステリでも定番の「奇妙な依頼者もの」で、POV形式の「カメラクルーはみた!」系ホラーは珍しいものではないとは思うのですが、この映画の恐怖対象は幽霊やゾンビや凶悪な逃亡犯ではなく、あくまでも「キモい人との一対一」への恐怖というのがジワジワくる面白さ。「厭な感じだけど逃げるほどでもないかなあ」という微妙に緩慢な恐怖が続くことに妙にリアルな怖さと可笑しさがあるのです。
 
 笑いのツボが変、テンションの上下が激しい、行動が唐突、シャレにならないことを言う……妙な依頼人に関わってしまった「普通の人」アーロン。「決定的にまずいことは起きてないけど不気味だし面倒くさいなこの人……なるべくそっと離れたいけど、放してくれないなこれ、どうしよう」という彼の不安や苛立ちがホームビデオ風映像の中からじんわり染み出してくる感覚が絶妙なのですが、このアーロンは元々お金目当てではあれど、ジョセフの「残される息子のために記録を残したい」という理由に同情しているというのが上手い設定。なんか怖い……と感じつつ「変な人ではあるけど、そう思うのも悪いかな……」という感情の抑制が働いているのはなんだかすごく現実的に思えます。
 
「画面に映る登場人物はほぼ二人だけ」で成立する設定(思いっきり低予算で作れる!)を全面に生かし、カメラに映ったものやマイクで拾えた音声だけを使うストーリーテリングもなかなかのものです。カメラを回す主人公アーロン役は監督のパトリック・ブライス。そして共同脚本を手掛け、「なんとなく全体的にキモい人」ジョセフを演じているのはこの連載の第1回で紹介した『ザ・ワン・アイ・ラブ』『ブルー・ジェイ』の主演・脚本家マーク・デュプラス!彼の見ているだけで落ち着かない気持ちにさせる存在感、ほとんど異次元レベルの「きもちわるさ」がこの映画の核となっていることは間違いありません。思えば上記の二作もほぼ二人芝居、「ふたりの間の微妙な距離」「生々しい身体感覚」にこだわる作風が『ザ・ワン・アイ・ラブ』のように奇妙なSFになったり、『ブルー・ジェイ』のように切ないラブストーリーその後の物語になったりする(もちろんこちらの2作での彼はここまで不気味な人には全く見えません!)、その一方でこんなふうにホラーとしても展開しうるのだなあと感心してしまいました。
 
 アーロンの不安が募ってからの「まあこういう展開になるよねー」という中盤でいったん仕切りなおしてからの転調がまた可笑しく、ホラーなのかコメディなのかわからない方向にエスカレートしていく「きもちわるい人」の行動は予想の外側にずれ続け……見終えてみればこのオチしかないはずなのですが、あまりにもあまりなラストには笑ってしまいました。なんだかよくわからない人に振り回される「厭な話」でありつつ、そこになんともいえない可笑しみと哀愁も味わえる今作、ランタイムがたったの77分なのも嬉しいところ。是非お気軽にお試しください。ちなみに同監督が手掛けた続編の『クリープ2』(こちらも劇場未公開、Netflixで配信中)、こちらはこちらで惹句に「怪奇!全裸中年男性!」というコピーをつけたくなるようなさらにヘンテコな作品となっております。


(https://www.netflix.com/jp/title/80168161)


■よろしければ、こちらも/『DEVILデビル』


「なんだかよくわからない人」の怖さで牽引する作品としてはインド映画の『DEVILデビル』(NetflixではDVD邦題と異なる『ラーマン・ラーガブ2.0』のタイトルで配信中です)も奇妙で面白い作品でした。「一見普通っぽいのだがすべてがよくわからない」連続殺人鬼(行動原理も思考パターンも殺す殺さないの理由も全く一貫性がないように見える)とドラッグ中毒の悪徳警官との間でどちらがどちらを追っているのかが曖昧な「なんだかよくわからない関係」が生まれていく物語で、『セブン』『ゾディアック』の路線にコリアンノワール性を足したかのようなハードモードのムンバイ・サイコ・スリラーです。殺人鬼の出現で「より深く堕ちる」警官の酷さと殺人鬼の容赦なさが両方とも凄いことになっていて、犯罪捜査サスペンスというよりもほとんど不条理ホラーの領域に!90度に折れた鉄パイプ(凶器)を引きずって歩く純粋殺人鬼のむきだしの暴力はいつ発動されるかわからない不気味さはかなり強烈で、この男が姉の家を訪ねる一連のシーンでの「何がトリガーになるかわからない」息が詰まるような厭な感覚はちょっと忘れられないものがあります。


(https://www.netflix.com/jp/title/80115687)


■よろしければ、こちらも2/『12人の蒐集家/ティーショップ』ゾラン・ジヴコヴィッチ


「なんだかよくわからなさ」が癖になる小説としては、こちらのうっすら怖い紫色のメルヘンの詰め合わせも是非。「爪」「1年に1回の自撮り写真」「夢」「作家の最後の作品」「eメール」等、奇妙なコレクションにまつわる12の短編&カフェで「物語のお茶」という名の紅茶を注文したら不思議なことに……という中編『ティーショップ』、どの話を読んでも狐につままれたような気持ちになれること請け合いです。しらじらとおかしく夢のように不条理で、予測不能な展開にポカンとしつつ、フフッと笑ってしまうことでしょう。
 
 私は論理的で整然としたパズルのようなミステリや細かな伏線回収が鮮やかなサスペンスも大好きなのですが、一方で今回ご紹介したような「得体が知れない空白」の部分で恐怖感や不安感を刺激してくる作品も大好きです。生活の中のふとした瞬間の、言葉にしづらい「なんか妙だな」という違和感というのは誰しも多少覚えがあることだと思うのですが、こうしたホラーでの「よくわからない人/もの/こと」への恐怖はそういう日常にある不安感から地続きのものとしてリアルに捉えられるのかもしれないなあ……なんてことを考えつつ、それでは今宵はこのあたりで。また次回のミステリアス・シネマ・クラブでお会いしましょう。

今野芙実(こんの ふみ)
 webマガジン「花園Magazine」編集スタッフ&ライター。2017年4月から東京を離れ、鹿児島で観たり聴いたり読んだり書いたりしています。映画と小説と日々の暮らしについてつぶやくのが好きなインターネットの人。
 twitterアカウントは vertigo(@vertigonote)です。

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