全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 気がついたら連載もなんと60回目。単純計算して、5年もの間毎月一度は萌えていたわけですねえ(感慨)。読んでくださる方々には感謝の気持ちでいっぱいでございます。というわけで今回は、書店で手に入りやすい作品というマイルールを外し、復刊希望を込めてハーラン・コーベン『カムバック・ヒーロー』(中津悠訳/ハヤカワミステリ文庫)をご紹介します。
 


 主人公はスポーツエージェントのマイロン・ボライター。彼はかつてNBAのスター選手として将来が約束されていましたが、プレシーズンのゲーム中に相手チームの選手と衝突し大怪我を負い、夢を断念しました。その後ハーヴァードのロースクールを卒業し、現在の仕事が軌道に乗った32歳の今、名門チームであるニュージャージー・ドラゴンズのオーナーに呼び出されたマイロンを待っていたのは、なんと現役復帰のオファーだったのです。
 
 あまりに無茶な申し出に驚いたマイロンでしたが、実はそれは彼が過去にFBIで活躍した実績と、バスケ選手としての才能を見込んでのことでした。その目的は、大事なシーズン中に突然失踪したチームの花形選手グレグを探し出すこと。一刻も早く見つけるためにはチームメンバーの助けが必要ですが、きわめて閉鎖的な彼らからグレグの情報を得るためにはマイロンをチームに潜入させる必要がありました。
 
 実はマイロンとグレグは、6年生の時に対決して以来因縁の仲でした。同じ地区でスターの地位を争うのを避けるため、グレグ一家は引越し。その後めきめき頭角をあらわした二人は名門校に進み、NBAのドラフトでは両方とも一位指名を受けるという宿命のライヴァルだったのが、マイロンは怪我で別の道へ。一方のグレグは花形選手として輝かしい人生を送っているかと思いきや、オフタイムにタクシー運転手をしたり、離婚したりと精神的に不安定になっていたことがわかります。グレグ失踪を調査していくうち、マイロンはスポーツ業界の果てしない闇に引きずり込まれ、さらには自分の過去に関する恐ろしい事実を知ることに。
 
 特殊な業界ならではのトリヴィアや珍しいエピソードが楽しめるこのシリーズ。マイロンにとって最も愛着のあるバスケットボールを取りあげ、アメリカ探偵作家クラブ賞とアメリカ私立探偵作家クラブ賞をダブル受賞した本書は、ストーリーの面白さでぐいぐい読ませるのはもちろん、ユーモラスな場面とサスペンスフルな場面の緩急が実に絶妙なのですが、なんといっても最大の魅力はキャラクターではないでしょうか。アメリカの良心というと大げさですが、誠実で、かつ努力家、おまけにユーモア感覚も抜群なマイロンを筆頭に、もと女子プロレスラーの敏腕秘書や、女神のような美しい恋人、皮肉屋だけど憎めない刑事などなど、一度読んだら忘れられない面々が登場します。
 
 そして! 誰よりも忘れてはいけないのが、〈完璧に整えられた金髪〉と〈陶器のような肌〉を持つ、ウィンことウィンザー・ホーン・ロックウッド三世。マイロンとはルームメイトだった大学時代からのつきあいで、富豪の一族が経営する投資保険会社に勤めているのですが、それはあくまで表向きの顔。5歳から始めたテコンドーの腕は今や全世界の白人中トップクラス。他にもジークンドーなどありとあらゆる武術をこなす恐るべき格闘家であり、背中を任せるには最適のバディなのですが、やや倫理観が特殊で、マイロンを窮地から救うためには殺人も躊躇しません。そのため刑事のディモンテからは、ブレット・イーストン・エリス『アメリカン・サイコ』が出典なのか、“サイコ・ヤッピー”と呼ばれています。
 
 ウィンの方も独特なユーモア感覚を持っていて、たとえばこんな会話が。

ウィン「この男はたしかにハンサムだが、ぼくのファッションセンスと衝撃的かつ愛くるしい美貌は持っていない」
マイロン「謙虚な心もな」
ウィン「わかってるじゃないか」

 このように、ナイスガイのマイロンとクールなハンサムのウィンがいちゃいちゃ、もとい仲良くするシーンが随所にあったりとか、マイロンは元カノから「あの人(ウィン)はあなたを愛してるわ」と言われたりもするのですが、前作『偽りの目撃者』のラストではウィンからこんなダイレクトな告白が!

「ぼくらがもしもおなじだったら、けっしてうまくいかない。いまごろはどっちも死んでいる。あるいは発狂している。ぼくらはたがいにバランスを取る。だからこそ、きみはぼくの第一の友になる。だからこそ、ぼくはきみを愛している」

 このセリフのあと一瞬の沈黙があり、マイロンとウィンがその後どうしたか。大変気になるところですよね!? そんな腐要素もさることながら、どれを読んでも面白いこのシリーズ、早川書房さま、次の復刊フェアではぜひよろしくお願いします!!!
 

 スポーツといえば、今年は『アイ、トーニャ』『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』など実話映画の良作が続いて公開されましたが、8月31日(金)公開の『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』も絶対見逃せない面白さなのですよ! 
 



 1976年に20歳の若さでウィンブルドンを制したスウェーデン出身の天才テニスプレイヤー、ビヨン・ボルグ。その4年後の1980年、”氷の男”ボルグの5連覇を阻止すべく現れたのは、21歳のアメリカ人選手ジョン・マッケンローでした。
 当時世界的大スターだったボルグと、素晴らしい戦績にもかかわらず、コートの内外での行動で“悪童”と呼ばれたマッケンローの怒濤の半生の物語。ボルグのあのはりつめた表情の秘密や幼少時代のマッケンローなど、知られざるエピソードが次々に描かれ、クライマックスは二人が対決した伝説の決勝戦。この結果はご存じの方も多いかと思いますが、知っていてもスクリーンに目が釘づけになるほどの大迫力です! とくにマッケンローを演じるシャイア・ラブーフは、ルックスがそこまで似ているわけではないのに、まるで本人が乗り移ったかのような凄まじい演技を見せます。それにしてもあの二人、本当に大スターでしたよね。テニスをしない人たちの間でも、ボルグが着用したフィラとマッケンローが着用したタッキーニのウェアは大流行りでした。当時を知る方々にはノスタルジーを、知らない方々にはフェデラーやジョコビッチの前にもこんなすごいプレイヤーがいたんだ! と驚いてほしいです。
 


 なお今回の公開にあわせて、当時のすごい記録や仰天エピソードが満載のノンフィクション、スティーヴン・ティグナー『ボルグとマッケンロー テニスで世界を動かした男たち』(西山志緒訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)が刊行されました。映画でも描かれる試合前のボルグが絶対に譲らない縁起担ぎや、マッケンローの意外な家庭環境、他にも映画ではちょっとだけ顔見せするコナーズの逸話など、テニスファンならずとも楽しめる興味深い話がたくさん詰まっています。映画で興奮したあとはぜひこちらもお楽しみください!


 
●【公式】『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』8.31公開/本予告

●【公式】『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』8.31公開/シャイア・ラブーフインタビュー

タイトル:ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男
コピーライト:© AB Svensk Filmindustri
公開表記:8月31日(金)TOHOシネマズ 日比谷 ほか全国公開
配給:ギャガ
 
監督:ヤヌス・メッツ『アルマジロ』第62回カンヌ国際映画祭批評家週間グランプリ受賞
出演:シャイア・ラブーフ『トランスフォーマー』シリーズ、スベリル・グドナソン『ストックホルムでワルツを』ステラン・スカルスガルド、ツヴァ・ノヴォトニー、レオ・ボルグ(ボルグの息子)
© AB Svensk Filmindustri 2017
HPhttp://gaga.ne.jp/borg-mcenroe/

   

♪akira
  一番好きなマーベルキャラクターはスタン・リーです。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらったり、「本の雑誌」の新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーを担当したりしています。
 Twitterアカウントは @suttokobucho







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