みなさま、こんにちは。
 年末のベストテン入りを視野に入れ、各出版社が今年の目玉を送り込んでくる時期になってまいりました。今年はどんな顔ぶれがベストテンになだれこんでくるのか、とても楽しみですが、もちろんそのまえに目玉作品の数々を読む楽しみがあります。まさに読書の秋。いい季節ですね。
 九月の読書日記は、骸骨に胎児、黒人のホームズ&ワトソン、イクメン作家が登場する傑作たちをご紹介します。

 

■9月×日
 最近日本犬が世界的にブームみたいですね。とくにモフモフのアキタ犬は大人気なんだとか。ザギトワにもらわれていったアキタ犬のマサルはロシアで元気にしてるかなあ……インスタグラムを見てみましょう……元気そうですね。
 レイ・ペリーの『ガイコツは眠らずに捜査する』にもアキタ犬が出てきます。サッカリー家の飼い犬バイロンです。サッカリー家にはなぜかしゃべる骸骨シドもいて、つねにバイロンから熱い視線を向けられているのですが、それもそのはず、シドは正真正銘、理科室の標本みたいな一体ぶんの骨なのです。そしてその骨の集合体は、意思の力でつながって、歩くことも、椅子に座ってパソコンを使うこともできる。しかも、食事も睡眠も必要なし。だから眠らずに捜査できるのです。

 サッカリー家は、大学の非常勤講師のジョージアと、高校生の娘マディソンの二人家族、じゃなくて、骸骨のシドを入れて三人家族(バイロンも入れれば四人家族)。骸骨のシドがサッカリー家に来たいきさつは、シリーズ一作目の『ガイコツと探偵をする方法』にくわしく書かれているのでぜひ読んでいただきたいのですが、とにかくシドはジョージアが六歳のときからずっとサッカリー家で暮らしていて、もう完全に家族の一員なのです。

 シリーズ二作目の本書では、高校の演劇クラブで『ハムレット』を上演することになり、マディソンは〝ヨリックの髑髏〟役にシドを推薦。小道具としてシドを学校に持っていきますが、ある日持ち帰るのを忘れ、シドは学校で〝殺人〟の音を聞いてしまいます。大事な娘が通う学校で殺人事件? 心配したジョージアはシドとともに事情を探ろうとします。

 このシリーズでわたしがいちばん気に入っているのは、家族のあいだで炸裂する骸骨ギャグ。まあ、シドの存在を知っているのは家族(ジョージアとマディソンと両親と姉のデボラ)だけなので、家族のあいだで言うしかないんだけど。
「シドを全部持っていくってこと?」「ううん、頭蓋骨だけ」
「シドは心があったかいのよ。心臓はないけどね」
「バンビみたいな目はやめて! 本当は目なんてないのに!」
 シドの存在が当たり前になっているので、ごく普通に話してるんだけど、よく考えるとおかしくて、思わずくすっと笑ってしまいます。ほのぼのとした、いいシリーズです。

 似たテイストの作品としてはE・J・コッパーマンの『海辺の幽霊ゲストハウス』『150歳の依頼人』もオススメ。こちらはひとつ屋根の下に住む母娘と幽霊が探偵役を務めます。

 

■9月×日
 NHK朝の連続テレビ小説「半分、青い」が終わってしまい、半端ないロス状態の今日このごろ。このドラマの第一回は、ヒロインが朝ドラ史上初の胎児として初登場して話題になりましたが、イアン・マキューアンの『憂鬱な10か月』はなんと全編にわたって胎児が主人公。作品ごとにまったくちがう題材やアプローチ法で読者を毎回驚かせてくれるマキューアンが、取材をせずに想像力だけで書きあげたという、ヘンテコな物語です。胎児は取材できないもんね。子宮のなかという、まさに八方ふさがりの場所にいながら、臍の緒を通して母親の感情や体調をダイレクトにキャッチし、イヤホンから骨伝導で伝わるニュースや音楽を聴いて知識をふやす、胎児の脅威の生活が明らかになる(?)問題作です。

 胎児なのでまだ名前のない「わたし」は、美しい母トゥルーディの胎内で生まれる日を待っている。しかし母は父の弟、つまり「わたし」にとっては叔父であるクロードと不倫関係、大石静先生的に言うと婚外恋愛関係にあり、ふたりは父ジョンを殺そうとしているらしい。胎盤を通してそれを知ったわたしは苦悩します。そう、まさに『ハムレット』状態。このままでは自分は刑務所で誕生することになるのか、はたまた里子に出されてしまうのか。これはたしかに憂鬱だわ。生まれるまえから悩んでいるハムレット、不憫……。「わたし」は思考を重ね、ついに最後の手段に出ます。

 詩人の子らしく、詩的な表現が多い「わたし」のモノローグは饒舌で、ちょっぴりペダンチックにも感じられるけど、胎児が語っていると思うと滑稽さのほうがまさる。悩みの数珠代わりに臍の緒をまさぐるとか、胎盤が無線アンテナみたいに絶妙に調整されていて、母の感情が変化すると即座に信号をキャッチするとか、胎児あるある(なのか?)を披露しつつ、生命の神秘を戯画化しているのが、どこかひねくれていてマキューアンぽいんですよね。ポッドキャストで国際情勢を学ぶ胎児って……妊婦さんが読んだら、どう思うのかしら? がんばって胎教しなくちゃと思うのかな。

 妊婦がお酒を飲むと、当然ながら胎児も胎盤を通してアルコールを摂取することになるのでよくないと思うけど、トゥルーディは臨月間近なのにお酒をガンガン飲んでいてハラハラしてしまった。おかげで「わたし」は生まれるまえからすっかりワイン通になってるし……

 実際には「わたし」ほどではないにしても、胎児は母親の体調や気分の変化はもちろん、いろんなことがわかっているのでしょうね。でも、生まれるまえからこれほど世界情勢や環境問題にくわしかったら、たとえ母が父殺しに加担していなくても、そんな世界に生まれてくるのはいやになりそう。それとも、生まれたとたんに何もかもすっかり忘れてしまうのかな。

 

■9月×日
 日系アメリカ人作家による、アンソニー賞、シェイマス賞、マカヴィティ賞の新人賞三冠受賞作ということで、激しく気になっていたジョー・イデの『IQ』。日系人が黒人社会を描いているのがユニークだが、ロサンゼルスの犯罪多発地区で育ったイデは、友人のほとんどが黒人で、黒人コミュニティに精通しているらしい。
 てっきりダークで殺伐とした話なのかなと思っていたら、以外にも明るくてハッピーな読後感でびっくりした。もちろん、適度なドンパチはあるし、悪い奴も出てくるけど、クスッと笑えるところも多くて、好きなタイプ。一作目ということで、現在にいたるまでの事情も紹介され、読むにつれてキャラクターたちに厚みが出てきてますます引きこまれる。

 主人公は黒人青年のアイゼイア・クィンターベイ。かっこいい名前だよね。イニシャルと、知能指数の高さから、ニックネームはIQ。冷静に謎を解き、難問を解決する、卑しき町のシャーロック・ホームズということだけど、その仕事内容は探偵というよりトラブルシューターという感じ。シャーロック・ホームズなみにめんどくさいところもあるけど、けっこう常識人だし、ピュアなところもあって、キュンとさせてくれます。この仕事をしてる理由がまた泣かせるのよ。

 アイゼイアがホームズだとすると、ドッドソンがワトソン? まあ、相棒にはちがいないけど、かなりダメダメだよこの人。でもなんか憎めないキャラなんだよね。料理がうまいとかもう反則だから! 聖典ではワトソンのほうがホームズにふりまわされてる感があるけど、アイゼイアとドッドソンの場合は真逆で、アイゼイアのほうが完全にふりまわされてます。

 そんなふたりが大物ラッパー殺害未遂事件に取り組むことになるのだが、この大物ラッパーのグダグダ感がまた半端ない。凶器は巨大ピットブルだし、謎の巨犬農場は出てくるし。でも巨犬ブリーダーの人、そんなに悪い人じゃないと思うんだけどな〜巨大ピットブルは犬恐怖症じゃなくてもかなり怖いけど。

 最後にようやく現在のパートが過去のパートとつながって、「それな!」と思わせて、終了。ニクい。二作目、早く〜!

 

■9月×日
 訳者あとがきで指摘されたとおり、読み終えたとき、これが三日間の物語だと気づいて愕然とした。まさに巻を措く能わず。ギヨーム・ミュッソの『ブルックリンの少女』は実に濃密な物語だ。

 結婚式を三週間後に控え、アンティーブで夏の終わりを楽しむ有名作家のラファエルと小児科医のアンナ。ところが、その幸せなひとときは唐突に終わりを迎える。
 たしかに、ラファエルがせっかくの楽しい旅行中に「お互いに秘密を持つのはよそう」なんて言いさえしなければ、寝た子を起こすようなことにはならなかったのかもしれない。でも、アンナのほうももうちょっと別な言い方ややり方があったのでは? ◯◯を見せて、「これがわたしのやったこと……」とくり返すのはちと衝撃的すぎでしょう。それを見ていきなり荷物を持って帰っちゃうラファエルもどうかと思うけど。まあ、どっちにしろ「やっちまったな!」感満載のオープニングからパリに戻ると、アンナは謎の失踪をしており、ラファエルは隣人で元刑事のマルクとともに、アンナの行方と彼女の過去を調べはじめる。

 やがて、アンナの部屋からある事件との関わりを示唆するものが発見される。調査にあたり、マルクは刑事の目で物事を見ようとし、ラファエルは作家の見方をしているのがおもしろい。でも、ラファエルがニューヨークに一歳の息子テオを連れていったのにはびっくりした。この人、ほんとにイクメンなんだ……フランスでは当たり前のことなのだろうか。ラファエルも子供の世話をすることで、つらい現実をいっとき忘れることはできているみたい。たしかにファエルの息子のテオは超かわいいけどね。
「子供を持てば、過去よりも未来がより重要になる」「子供を持つのは、もはや過去が未来に打ち勝つことなどありえないと確信すること」と言うラファエル。これは幼い子供を持つ作者の意見でもあるようだが、ラファエルにとっては、恋人の過去よりもふたりの未来のほうが大事という思いにもつながるのだろう。

 驚きの展開と衝撃の事実。ラスト三ページは悲しすぎて美しすぎて……でもこの落とし方はうまいと思った。努力が報われることもあり、どうしようもないこともあるのが人生だ。

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、バックレイ〈秘密のお料理代行〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はカレン・マキナニーの〈ママ探偵の事件簿〉シリーズ第一弾『ママ、探偵はじめます』。〈お菓子探偵〉19巻、〈ママ探偵〉2巻、ともに十一月刊行予定です(ねじり鉢巻き)!

 

お気楽読書日記・バックナンバーはこちら