みなさま、こんにちは。大好きな作家たちの新刊発売が相次ぎ、はふはふしながら積読本消費に精を出してる韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。おかげさまで、不定期連載開始から1年が経ちました。こうして韓国ジャンル小説を紹介できる場を提供していただけますことに、心より感謝申し上げます。今後とも、どうぞよろしくお願いいたしします。
 さて、今回の主役は旬の女流ミステリー作家さん、2名。

 

【写真上:『黒犬がやってくる』】

 一人目は、ご存じの方も多数いらっしゃるのではないでしょうか。『ミステリマガジン』2012年2月号に短編小説『親友』(訳:米津篤八)が掲載された作家、ソン・シウ。『親友』は、動物病院に預けられた犬が事件解決の重要な手がかりを提供する作品でしたが、今年7月に発売された新作は『黒犬がやってくる』。またもや犬! ですが、今回の犬は「犬」ではありません(ビミョーに犬も登場しますが)。
 偶発的に殺人を犯してしまった気弱男チョン・ハクスの弁護準備を進めるロースクールの学生パク・シムと、白骨化した遺体で発見された女子大生ソル・リサの死に関する調査を進める刑事たち。彼らを中心に物語は進みます。そして二つの事件の共通項が「黒犬」black dog=うつ病なのです。
 うつ病の治療には内服薬など必要なく、むしろ有害であるという主張を展開するバン・タクシンと、彼を取り巻く患者たちの自助グループ「コンタル」。事件を捜査する刑事らは、ソル・リサが最後に公の場に姿を現したコンタルの合宿で、何かが起こったのではないかとにらみます。彼女の死は他殺なのか、自殺なのか。彼女に死が訪れたのはいつなのか。聞き込みをすればするほど、謎が深まります。突破口はどこなの!? オメェ~ら、誰かウソこいてるべ!! とモヤモヤ感に発狂しながら時は過ぎ。
 一方、気弱男チョン・ハクスの弁護材料を集めていたパク・シムも、ひょんなことからコンタルのメンバーたちと接触。そこで手に入れたあるモノについての情報と、ある人物の異変に気がついて、事件はついに急展開!
 死への憧れ。繰り返される自殺企図。そして……とこれ以上はネタバレになるので明かせませんが、実際、こんな事件が起こったら、この殺人事件の犯人(と言ってもいいものか……)にはどのような処罰が下されるのだろう……と考え込まずにはいられない事件です。
 OECD国家の中でも自殺率ダントツ1位、トップの座を13年も守り続けているという韓国。その原因の一つとも言われる、猫もシャクシも高学歴、高所得を追求せずにはいられない風潮が生まれた背景や、韓国におけるうつ病治療の現状にも触れられています。登場人物が置かれた生育環境や発症に至るまでの経緯、病状などについての描写も繊細に描かれ、ずしりと重くのしかかってくるものがあると同時に、うつ病患者に対するありがちな誤解や偏見についても気づかされます。各章ごとに焦点が絞られた読みやすい構成で、読み進めるにつれ、各章同士がじわりじわりと近づき、次第に巧みに絡み合ってゆくのが心地よいサスペンスとなっております。

 

【写真上:『子の骨』】

 なお、『親友』のほか、対人恐怖症の主人公が飼い犬のムダ吠えのおかげで殺人事件解決の手がかりを提供することになる『5階の女』や、誤解が生んだ的外れな殺人事件が発生してしまう『ご愛顧ありがとうございます、お客様』など、こんなはずじゃなかったのに……な意外性、どんでん返し性が光る9作品が収録された短編集『子の骨』も昨年刊行されています。こちらはK-BOOK振興会発行『日本語で読みたい韓国の本-おすすめ50選』第6号で紹介しております。ちなみにソン・シウ作家は隔月発行雑誌『ミステリア』14号の「犬が重要な役割を果たしているミステリー特集」にも寄稿されているほど犬好きで知られています(が、最近はネコカフェにも通われているご様子)。

 

【写真上:『ミステリア』14号】
 

 

【写真上:『おやすみ、ママ』←旧版・新版→】

 お次は大御所女流ミステリー作家のソ・ミエ。小説家としてだけではなく、映画、ドラマの脚本家などでも活躍中の彼女は、先日ドイツで開かれたフランクフルト・ブックフェア2018にて開催された韓国ミステリー紹介イベントに参加。すでに邦訳出版されている『七年の夜』(著:チョン・ユジョン、訳:カン・バンファ、書肆侃侃房)、『設計者』(著:キム・オンス、訳:オ・スンヨン、クオン)などとともに、彼女の長編小説『おやすみ、ママ』が紹介されました。『日本語で読みたい韓国の本』第1号(残念ながらこちらは品切れです)でも紹介しましたコチラの作品は、これまでアメリカ、ドイツ、台湾など8か国に版権売却済みで、もともと単発作品のはずだったものが三部作になることが決定。ながらく絶版状態にあった原書も、このたび新装版が出版されました!

 

【写真上:『おやすみ、ママ』翻訳権についての記事】

 物語は、両親の離婚後、母親、祖父母と暮らしていた少女ハヨンが、自宅で起きた火災により焼け出されるシーンから始まります。すでに再婚していた父親に引き取られることになったハヨンの手には、火災現場からずっと抱きしめていた大きなクマのぬいぐるみ。父親の再婚相手である犯罪心理学者のソンギョンは、ものわかりのヨイ妻のふりをしてハヨンとの生活に同意しますが、なんだか並々ならぬヤバいオーラを放つハヨンに、しばしば凍りつきます。両親の離婚と母親からの虐待、家族の喪失により心に深い傷を負ったハヨンとなんとかして良好な人間関係を築こうと試みますが、1歩進んで2歩下がる状況。一方、ソンギョンは連続殺人犯の男からのご指名で彼のカウンセリングを担当していますが、こちらの対応にも四苦八苦。ソンギョンからしてみると、まったく解せない見ず知らずのサイコパスからの指名でしたが、彼がソンギョンを指名したのは、それなりに理由があったのです。ソンギョンに執着しなくてはならない理由が。
 私は心理学者よ! というプライド一つでハヨンに立ち向かうソンギョンは、あのテこのテで孤軍奮闘するも、やがてハヨンに凶暴性が出現。二人の間には次第に暗雲が立ち込め、ハヨンの瞳に連続殺人犯のそれに似た光が帯びていると感じて、ハヨンの部屋に忍び込んだソンギョン、見つけてしまいます、彼女の異常性を決定づけるかのようなあるモノを……恐るべき子ども&クマ(怖・泣・悶絶)。呼吸困難に陥りそうなラストシーンにご注意を。

 

【写真上:『ありがとう、殺人犯』】

 なんとも冷たい水の底的なサスペンスを生み出す作家、ソ・ミエさんですが、個人的には短編集『ありがとう、殺人犯』も大いにオススメ。ある目的のため、ひたすら連続殺人犯との遭遇を願う男の滑稽な姿を描いた表題作のほか、妻から夫へ、夫から妻への憎悪の念が妙にリアルすぎて共感せずにはいられない、「わかるわかる!」「それそれ!」と思わず歓喜の声をあげたくなる(平たく言うとオー・ヘンリーの『賢者の贈り物』の逆バージョン)『殺人協奏曲』など、ウィットとアイロニー満点の作品マンサイのこちらは、『日本語で読みたくなる韓国語の本』第3号で紹介しています(残念ながらこちらも品切れ)。その中でもひときわ目をひく作品は『夫を殺す30の方法』……この文句にピンときたら、K-BOOK振興会まで。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。










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