11月9日から中国全土で映画『名探偵コナン ゼロの執行人』の中国語字幕版・吹き替え版の公開が始まり、私もその翌日の夕方に見に行きました。

 100人ぐらい入る会場が7割ぐらい埋まっていて、男女比はだいたい半分ぐらいで特に女性が多いということもなく、20代・30代がほとんどという感じでした。
『名探偵コナン』は子供の頃にテレビアニメを見ていたぐらいで、最近の内容は断片的にしか分からず、「蘭は未だにコナンの正体が新一だと気付いていない」とか「安室透は謎に包まれた人物」とか「黒の組織の黒幕はアガサ博士か光彦」程度のコナン知識しかありません。そんな自分が今回映画館に足を運んだわけは、中国人観客の反応を見るためです。
 中国の映画館は日本の映画館より賑やかで、観客たちが素直に笑い声を上げます。そして、公開初日に映画館に行った友人から、観客の反応がすごかったという話も聞いていたので、中国で『名探偵コナン』の映画は一体どう受け入れられているのか、というか中国の女性たちは「安室透」にキャーキャー言うのかを確認すべく、映画館に行ったわけです。
 
 映画の内容はめちゃくちゃ受けていて、観客はコメディシーンでは笑い声を上げ、ラブコメシーンでは興奮し、真犯人が分かった時は「おおー」と驚いていました。そして徐々に私が一番反応を知りたかったシーンへ。
 映画終盤、安室透が名ゼリフ「僕の恋人はこの国さ」を言った瞬間、館内からは「ホォ~ッ」という歓声とも感嘆の声ともつかない叫びが上がりました。
 私としては、「キャーッ」という黄色い声を聞きたかったんですが(他の会場では、このセリフが出た瞬間に女の子全員が叫んだとか拍手したとか、そういう面白いリアクションが見られたようです)、このセリフは中国人女性の心を摑んだそうです。
 
 ネットのレビューでもこのセリフが取り上げられています。
 
 映画には「国家が」とか「日本人が」とかちょっとむず痒くなる言葉が頻出しましたが、その「愛国」的描写を特に気にしている人は少なそうです。現代の日本人が自国を守るという行為自体に反対する人はいないでしょう。
 
 今年、中国映画の『戦狼(ウルフ・オブ・ウォー)』『紅海行動(オペレーション:レッド・シー)』厲害了,我的国家(すごいぞ、我が国)などの軍国・愛国映画を(好きで)見ていた自分にとって、コナンのこの映画は中国に対する日本アニメ映画のカウンターになるどころか、中国人に対して日本人への親近感をより思わせる映画になるかもしれません。
 
 中国ミステリー関係の話をしましょう。以前第49回第50回のコラムで紹介した『凛冬之棺』の作者・孫沁文(鶏丁)が脚本を務めているミステリー漫画『喫謎少女(謎を食べる少女)』の第二期が始まりました。これは2016年に漫画およびアニメ(声付き紙芝居)の配信が始まった中国ミステリー作品で、今年10月末から第二期の漫画連載がスタートし、現在はまた声付き動画の配信が待たれています。
 
 この作品は、一旦脳みそが思考を停止すると急激に老化が起こってしまうという特異体質のせいでずっと「謎」を解決し続けなければいけない天才名探偵少女・夏瞳と、子供の頃に両親が密室で殺害され、犯人が壁を抜ける様子を目撃した理系学生・李伽略が不可思議な事件の謎を解いていくという話です。

↑この子が

↑こうなる。

 密室ものを得意とする孫沁文(鶏丁)ならではの密室トリックもちゃんと登場し、例えばケーキ屋を舞台にした密室殺人事件はこうです。
 ポップコーンケーキが有名なケーキ屋で殺人事件が起こり、その現場の内開きタイプの窓のそばには、上や間にたっぷりポップコーンが詰まったケーキが置かれていた。窓を開けたらケーキの上のポップコーンを散らしてしまうが、その形跡はないので犯人がドアや窓から逃げたわけではなさそうだ。しかし犯人は、窓際に置いたケーキの間や上に生のトウモロコシを詰めて、窓から逃げた後に外から電子レンジと同じ効果を持つマイクロウェーブを当ててトウモロコシを弾けさせてケーキをポップコーンケーキにし、密室状況をつくった、というバカバカしいトリックが見られます。

↑トウモロコシのままだと窓がケーキにぶつからず、開けられる。
 
 生きるために「謎」を求めるところやちょっと笑ってしまうトリックは初期の『魔人探偵脳噛ネウロ』を思い起こさせます。
 
 もう一つ、中国のミステリーバラエティ番組『明星大偵探(スター名探偵)』を紹介します。これは毎回固定した出演陣が様々なシチュエーションで推理ゲームをする番組で、タレントたちがプレイヤーとなってそれぞれのキャラクターを演じ、誰が真犯人かを当てるという内容です。


↑自分たちの中に真犯人がいて、真犯人だけが嘘を言えるという内容は中国でも流行った「汝は人狼なりや?」に近い?
 
 この番組は2016年からスタートし、今年10月末から第四シーズンがスタートしているぐらいの人気です。
 殺人事件を扱っていて一見ドラマ仕立てですがシリアス偏重でもなく、バラエティ番組のエフェクトを多用しているし、タレントたちがどんどん喋って推理を進めるので、彼らが謎を解く様子を楽しむ、というのが観賞方法のようです。ちなみに、ここで展開される推理はタレントたちが自分の頭で考えたものだそうです。

 個人的に注目するポイントはこの番組の脚本にあり、このコラムでよく紹介する中国のミステリー専門雑誌『推理』『推理世界』の雑誌チームが製作に協力していて、例えば『推理世界』の編集者の「谷雨」「不系舟」、そしてその雑誌の作家である「海月」の名前がエンドクレジットにあります。
 また、脚本家の主力は「90後(1990年生まれ)」だそうで、上述の3人は皆「90後」の若者ではありませんが、こういう20代の若者が自分と同年代またはより若い視聴者層へ向けてミステリー関係の映像を作れるという現代中国の環境はやはり侮れません。
 
 今回紹介した『喫謎少女』『明星大偵探』も日本から見られるはずなので、興味がある方は雰囲気だけでも味わってみてください。

『喫謎少女』[ビリビリ動画]
https://www.bilibili.com/bangumi/media/md3435/?from=search&seid=11639362249074703425

『明星大偵探』[マンゴーTV]
https://www.mgtv.com/h/325963.html?cxid=95kqkw8n6

阿井幸作(あい こうさく)
 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
・Twitter http://twitter.com/ajing25
・マイクロブログ http://weibo.com/u/1937491737





 




現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)

現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)






【毎月更新】中国ミステリの煮込み(阿井幸作)バックナンバー

【毎月更新】非英語圏ミステリー賞あ・ら・かると(松川良宏)バックナンバー