なんともう11月が終わろうとしているとは。今年はコーベンの『偽りの銃弾』(小学館文庫/田口 俊樹、大谷 瑠璃子訳)が刊行された大変いい年だったのですが、みなさま、読み逃しはございませんでしょうか。ここで、堂場瞬一氏の熱い解説でもふれられているマイロン・ボライター・シリーズをあらためておすすめします。

 主人公マイロン・ボライターは有望なバスケットボール選手でしたが、プロとしてのデビュー戦で膝に致命的な怪我を負って引退を余儀なくされ、ロースクールに通ってスポーツ・エージェントを始めた経歴の持ち主。明るい泣き虫。彼が陽なら陰となる相方は親友のウィンザー・ホーン・ロックウッド三世、通称ウィン。イケメン御曹司なのですが、ぶっこわれ案件で暗殺術に長けて裏世界の情報網も握っており、犯罪者たちに恐れられる存在。マイロンのことは愛していますが一握りの人間以外には興味がなく、恋人だとか家庭だとかにまったく価値を認めていません。脇を固めるのは元プロレスラーで、スポーツ・エージェント会社のアシスタントからパートナーになった超ホットなエスペランサ・ディアス。辛辣な物言いでビシビシとマイロンを指導する頼りになる人です。そしてエスペランサとタッグを組んでいたビッグ・シンディは会社のいわば用心棒役、心もビッグで優しい人。

 そんなキャラ立ちのシリーズは『沈黙のメッセージ』(ハヤカワ・ミステリ文庫/中津悠訳)から7冊が日本でも紹介されたところでいったんお休みとなり、6年後に再開となりました。練度もあがっていますし、再開後のシリーズ作品、とてもいいんですよ。いまのところ未訳は Promise Me(2006)、Long Lost(2009)、Live Wire(2011)、Home(2016)で、今回は現時点での最新作を紹介しますね。

 どんなにきれいな嘘よりも醜い真実のほうがいい——6歳の息子リースが家に遊びにきていた友人パトリック共々、誘拐されて10年、歳月にむしばまれてどんな形であってもとにかく見つかってほしい、終わりにしてほしい、凛とした女性ブルックはそう願うようになりました。彼女は表にはへこたれた顔を見せずにがんばってきましたが、もう限界に近い。

 ブルック・ロックウッド・ボールドウィンは従兄弟のウィンが気にかける一握りの人間にふくまれています。ブルックから本音を聞かされていたウィンはどういう理由からか1年姿を消していてマイロンたちを心配させていたようなのですが、少年たちに通じる匿名の情報を得て動いた結果、友人パトリックのほうをロンドンで発見し、マイロンの助けを借りて救出に成功します。しかし、人身売買組織によって男娼に仕立てられていたパトリックから話を聞き取ることは精神科医によって禁じられ、マイロンとウィンは見込み薄でも事件そのものの再調査からリースの行方をつかもうとします。

 そこだったのか……という最後の着地点を読みながらわたしは猛烈に憤ったのですが、ちょっとだけ迷う部分もあってしばらく考えこんでしまいました。すごく嫌な話だ、これ。重くつらい。類似のテーマを扱ったミステリも存在しますが、コーベンを推すのはキャラ使いとセリフがうまくて陰鬱とした雰囲気にならないからです。何ページかに一度はふきださずにいられず、チクチク笑いをとりにくるんですよね。でも、明るいのに失われた何かがずっとそこに存在して、笑っているんですがつねに泣きそうになりながら読みすすめるという体験でした。それから、コーベンはこの独善を嫌う姿勢がなんといってもいい。

 タイトルはストーリーにおいて重要な意味があり、また、マイロンをつうじて著者コーベンの故郷であるニュージャージーへの愛が語られる一方で、シリーズの登場人物たちにとってのホームも描かれる構造になっています。マイロンは紆余曲折を経て恋人と結婚が決まったところ。甥のミッキーがバスケのコートに立つ姿を見て、自分のホームもここだったことを思いだします。ミッキー、親友のゴス少女エマ、ギークのスプーンの3人組はスピンオフのYAシリーズの主役ですが、彼らもホームの一員として調査においてなかなか重要な役割を果たします。マイロンの父母の描写はおそらくコーベンの考える理想の家庭というやつですが、押しつけがましさはない。距離感がほどよいんですよね、この両親。そしてゴルフのシニア・ツアーに注目が集まるんだから、女子プロレスだってシニア・ツアーやってよくない? というノリで、エスペランサとビッグ・シンディはふたたびリングに立ち、エスペランサはミート&グリートでがっぽり儲けている。特に秀逸なのはエピローグ。本作、いつもの三人称部分がマイロン視点、一人称視点はウィン視点なのですが、この話は愛にかけらも興味のないウィンのホームの話でもあったとわかるのです。

 スポーツ選手から他業種のクライアントまで手広く扱うようになっていたエージェント会社ですが、1年前にウィンが消息を絶ってマイロンがやる気をなくし、エスペランサの家庭にゴタゴタが起こって、売却してしまっています。いまマイロンは無職、かな。それもありますし、シリーズ完結でもおかしくない内容になっているんですが、何年でも待つから次を書いてほしいところです。みなさん、長く続いているお気に入りのミステリ・シリーズがいくつもあると思うのですが、それはわたしたちのホームなので。

三角和代(みすみ かずよ)
 ホームは豚骨ラーメンとうどんと辛子明太子の国。訳書にカー『盲目の理髪師』(近刊)、バーク『償いは、今』、ダンストール『スターシップ・イレヴン』、カーリイ『キリング・ゲーム』、ハーウィッツ『オーファンX』、ジョンスン『霧に橋を架ける』、アンズワース『埋葬された夏』、テオリン『夏に凍える舟』、プール『毒殺師フランチェスカ』他。ツィッター・アカウントは@kzyfizzy

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