全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 先日、当サイト連載「お気楽読書日記」でおなじみの翻訳家・上條ひろみさんに某所でお会いした時、〈翻訳ミステリーお料理の会〉で作ってみたい料理の希望を聞いてくださったのですが、読んでいて「あ、これ美味しそう!」と思っても、材料が手に入りづらかったり、あの会で作るには少々手間がかかりすぎたりと、なかなかこれといったものが思いつかないんですよねえ。特に、グルメと聞いてまず頭に浮かぶのがネロ・ウルフだったりするので、これはいくらなんでもハードル高すぎ。
 余談ですが、とにかく面白くてお腹が空く『料理長が多すぎる』に出てきた魅惑の料理ソーシス・ミニュイが、フランス語を習って初めて“真夜中のソーセージ”という意味だと知った時は、感動すると同時に「あれ、ソーセージだったんだ……」となんとなくがっかりした覚えがあります(笑)。
 
 この連載を続けることができるのも、翻訳ミステリ界に新しいバディがどんどん登場してくれるおかげなのですが、バディ読みの元祖はウルフとアーチーだった! という方は多いのではないでしょうか(ですよね!?)。皆様ご存じのとおり、蘭と美食を愛し、動かないこと(そして体型も)巨岩のごとき名探偵ネロ・ウルフと、文字通りウルフの手足となるイケメンリア充アシスタントのアーチー・グッドウィンのコンビは、今にして思えばウルフのツンデレと、こき使われていると見せかけて実は主導権を握っていたアーチーという、えもいわれぬパワーバランスにはたまらないものがあり、物語の面白さと相まって毎回楽しませてくれました。レックス・スタウトの本はなかなか手に入らない時期がありましたが、2014年に出た『黒い蘭』にはじまり、論創社からネロ・ウルフものの中短編集が全3冊、続けて刊行されました。今回はその最終巻『ネロ・ウルフの事件簿 アーチー・グッドウィン少佐編』(鬼頭玲子訳/論創海外ミステリ)の一編、「急募、身代わりターゲツトをご紹介します。

 
 ある日、殺人の脅迫状が届いたのでなんとかしてほしい、と出版業者の男がウルフに助けを求めてやってきます。危険性がないと判断したウルフとアーチーは男を手ぶらで帰しますが、その翌日、彼はボディガードとともに死体となって発見されたのです。犯人はおろか、事件の動機さえわからない状況の中、今度はなんとウルフに同様の脅迫状が届きます。
 タイトルのとおり戦時中が舞台の物語で、軍人として海外派遣を希望しているアーチーは、事件の最中にウルフを置いてワシントンに行かなければなりません。ここでウルフは相変わらずの文句たらたらですが、アーチーはというと、出張は延期できないし差し迫った危険はない、とか言いつつも放つセリフが――

「あなたがベッドに潜りこんだまま閉じこもって、フリッツ以外はだれも部屋に入れなかったとしたら、あなたと二人のときには口を慎めないかもしれませんが、それでもまあ、気持ちはわかりますし、だれにもばらしたりはしませんよ。」

 これってつまり――

「だーかーらー! 命を狙われてるんだからつべこべ言わずにおとなしく家から一歩も出るなって言ってるんですよ! 普段は出ろって言っても出ないんだから、僕が留守にしてる間だけでも言うこと聞いてくださいよほんとにもう!」

 ――ってニュアンスで大体あってるんじゃないかと(笑)。
 
 そんなアーチーの心配をよそにウルフが考えた作戦とは、なんと自分のそっくりさんを影武者にして犯人をおびき出すというもの。出先でそれを知ったアーチーの狼狽ぶりは大変キュートなのですが、慌てて帰宅した彼に対してウルフは――

「きみはわたしを見捨てて、自分のことばかり考えて跳ね回っている」

 ――とか言っちゃうわけですね! ああもう素直じゃないっていうか、面倒くさい人ですね、まったく(笑)。そんな二人のなんとも言えないやりとりが続く中、彼らの目と鼻の先で事件が起きてしまうのでした。
 ウルフの鮮やかな推理とアーチーのフットワークの軽さが楽しめる作品です。この本は他に3編収録されていますが、中でもびっくりしたのが「死にそこねた死体」。なんとあのウルフがダイエットを! 食餌療法だけでも驚きですが、おまけに野外でジョギングまでやろうとしてるなんて、アーチーじゃなくても信じらないですよねえ。
 
 そっくりさんといえば、来年1月5日(土)公開の映画『22年目の記憶』(2014年/韓国)が凄いんですよ! 

 舞台は1972年。初の南北首脳会談を迎える韓国政府は、会談までに大統領がリハーサルができるよう、秘密裏に金日成役のオーディションを行います。知らずに応募した売れない俳優キム・ソングン(ソル・ギョング)はオーディションを勝ち抜きましたが、その後に想像もつかないほど過酷なトレーニングが待っているとは想像もしませんでした。それから22年後、今や年老いたソングンは、自分のことを金日成と思い込んでいたのです……。

 荒唐無稽のフィクションのようですが、実はリハーサルは本当に行われたそうです。監督と脚本を担当したイ・ヘジュンはそのことを書いた記事を読んで興味を持ち、ストーリーをどんどん膨らませました。幼い息子と真面目で子煩悩の父親が育むあたたかいエピソードから始まって、次々に予想外の展開を見せる脚本は、ひたすらパワフルでオリジナリティに富み、一時も目が離せません。観ている間中、そこからそういう話に持っていくのか!と驚きが続きますが、最後には心をわしづかみにされるような感動が待っているという、圧倒的な力作です。

 主役は『殺人者の記憶法』『名もなき野良犬の輪舞』の名優ソル・ギョング。金日成とは似ても似つかぬルックスの彼がどうやってそっくりさんを演じるか、ぜひご自分の目で確認してください。

■『22年目の記憶』予告編 ■

『22年目の記憶』
●2019年1月5日(土)シネマート新宿ほかにて公開

監督:イ・へジュン『ヨコヅナ・マドンナ』    
出演:ソル・ギョング 『殺人者の記憶法』、パク・ヘイル 『神弓-KAMIYUMI-』、ユン・ジェムン、イ・ビョンジュン、リュ・へヨン
 
2014/韓国/カラー/韓国語/128分
原題:나의 독재자/英題My Dictator
映倫:G
配給:ファインフィルムズ © 2018 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.
公式サイトhttp://www.finefilms.co.jp/22nenme/

   

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。サンドラ・ブラウン『赤い衝動』(林啓江訳/集英社文庫)で、初の文庫解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho





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