平成最後のお正月を迎えて早二週目ですが、明けましておめでとうございます。本年も「お気楽読書日記」をよろしくお願いいたします。
 第十回翻訳ミステリー大賞予備投票を終え、大賞候補作も無事出揃い、あとは心静かに本投票を待つばかり。そしてもちろん、今年もどんなおもしろい翻訳ミステリーに出会えるのだろうとワクワクしています。
 十二月は読み逃していた本をできるだけ読もう!と思い、「読者賞だより」などを参考にさせていただきながら、知られざる傑作も楽しみました。

 

■12月×日
『用心棒』は『二流小説家』でデビューしたデイヴィッド・ゴードンの四作目(ちなみに本書は第十回翻訳ミステリー大賞候補作に選ばれており、わたしは予選委員ですが、十二月某日に行われた予選委員会までには読み終えていましたので念のため)。『二流小説家』も『ミステリガール』もちょっとひねった設定がおもしろかったけど、本書も負けてはいない。

 主人公はハーバード大学中退で元陸軍特殊部隊員、ドストエフスキーを愛読するストリップクラブの用心棒、ジョーゼフ(ジョー)・ブロディー。凄腕だけど、ゆるふわでつかみどころがなく、心やさしくひょうひょうとしたところが新鮮なキャラだ。ある日、知り合いの中国系マフィアからとあるヤマに誘われたジョー。ところが、悪いことが重なって、そこから逃れるためにさらに危ない橋をわたることになり……

〝用心棒〟というタイトルと表紙から想像したものとはまるでちがう内容でびっくりした。原題も〝The Bouncer〟で、解説で杉江松恋氏が推測するように、これはデイヴィッド・ゴードンが黒澤映画のファンだからなのだろうか。とにかく、本書はただの犯罪小説ではない。イタリア系マフィアに中国系マフィア、黒人ギャング団にチャラいおしゃれテロリスト、FBIにCIAにISISまでが入り乱れ、ユーモア、ファミリー、ロマンス、チーム、アクション、コンゲームとなんでもあり。おもちゃ箱をひっくり返したような感じで、とにかく楽しい! 命がけの戦いや息もつかせぬアクションを描きながら、絶妙な抜け感があり、胸キュンポイントまで用意されている、痛快娯楽クライムノヴェルだ。

 ちょい役までキャラ立ちまくりなのもポイントが高い。『悪霊』がいちばん好きだというエレーナはめっちゃかっこいいし、ストリップクラブで重要人物の指紋を手に入れるくだりは最高。シングルマザーで元夫はCIAというなかなか厄介な身の上のFBI捜査官ドナ・ザモーラもいい。ジョーはこのふたりのどちらが好きなのかしら。そして、出番は少ないけどものすごく印象的なのが、ジョーの祖母のグラディス。ほかにも秘密を抱えた家庭人のイタリアマフィアなど、ユニークでどこか憎めないやつらばかり。

 頭がよく、性格もいいジョーがなぜ裏社会で生きているのか、そして、どんな仲間たちとどうやって出会うのか。なんとなく続編も出そうなので、本書はエピソード0的性格もあるのかもしれない。それにしても、ジョーのことを知れば知るほど好きになってしまう。なんとかして! まずは続編よろしく。

 

■12月×日
 ネイト・ファンのみなさま、お待たせしました! 『用心棒』のジョーもいいけどやっぱりこの人を忘れちゃいけません。C・J・ボックスの猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズ、最新作『鷹の王』は、みんな大好きネイトがメインのお話ですよ〜! 前作『冷酷な丘』の訳者あとがきでも予告されていましたが、あれから早一年。ネイトの身に何が起こるのか、期待度マックスです。

 ジョーの盟友にして孤高な鷹匠のネイト・ロマノウスキは、ずっと謎の組織に狙われつづけてきた。ここへきて包囲網が狭まってきたと感じたネイトは、その宿敵との対決を余儀なくされる。ジョーや身近な人々の身にも危険が迫っていたからだ。

 読みどころはなんといっても、ネイトのプライベートや封印されてきた過去が明らかになることだろう。
 ネイトは長身で筋肉質で手足が長く、「日焼けしたワシのような顔」で「青い氷のような目」の持ち主。黒のロン毛をポニーテールにしているイメージだが、意外にも地毛は金髪。そして、やたらと女性にもてるところをみると、激しくイケメン、もしくは女子悩殺フェロモンを発散している、あるいはその両方かと思われます。無骨ななかに時折見せるやさしさもいい。元特殊部隊でサバイバル力にすぐれ、とにかく強いので、どんなときも守ってくれそうだし。そう、北上次郎氏の解説にあるとおり「戦うネイトは美しい」のです。

 でも、ジョーはネイトの年齢も経歴もはっきりとは知りません。ネイトを「額面どおりに受けとめて」、「おれの前で見せたこと、家族のためにしてくれたこと、それで十分だ」と思っている。なんかもう、まじめでいいやつなのです。そんなジョーだからこそ、まるでタイプのちがうネイトとも強い絆で結ばれたのでしょう。ネイトもジョーを心から信頼し、大切な友の身を案じて自分から離れろと言います。その思いを知りながら逆らってしまうのがやっぱりジョーだなあ……そうじゃなくても射撃があんまり得意じゃなくて、読者をハラハラさせがちなのに。でも、北上次郎氏の解説にあるとおり、ジョーには迷いがない。つねに自分の信念に従って生きてきたのでこうなりました、というのがよくわかる。そんな愚直なジョーが好きでたまらないネイト。本書ではそんなネイトの本心がだだ漏れです。なんかちょっと「BANANA FISH」のアッシュと英二みたいで萌えます。

 ネイトによると、目を閉じてスキーをすると「五感のすべてがひらく」のでオススメらしいです。すごくよくわかるけど怖くて絶対無理。よい子は真似しないように。

 

■12月×日
「読者賞だより」の「今月の読み逃してませんか〜??」で「Amazonのレビューでは星がそれほど多くない」けど「本当はすごくおもしろい」作品として紹介されたカレン・クリーヴランドの『要秘匿』。衝撃的なつかみとスピーディな展開の、一気読み案件です。

 CIAロシア部の分析官ヴィヴィアン(ヴィヴ)・ミラーは、米国内に潜入している工作員についての機密情報を入手する。だが、そこには結婚して十年になる夫マットの画像が。守るべきなのは国か、夫か、子供たちか。ヴィヴの苦悩の日々がはじまる。

 夫がロシアのスパイ? 七歳を頭に子供が四人もいるのにどうしろっての? てか、これ報告したら夫はどうなるの? 逆に報告しなかったらわたしはどうなるの? どっちにしろ職を失って路頭に迷うんじゃないの? のっけから葛藤しまくるヴィヴに共感しまくり。
 ヴィヴィアンはもちろん、マットも子供たちのことを思って行動しているんだけど、目的は同じでもそれぞれ考え方やアプローチ法がかなりちがっていて、そこが切ない。夫婦って結局は他人なんだなあと思い知らされた気がした。

 現在形を多用した現在のパートに、ヴィヴとマットが出会った経緯とふたりの結婚生活の歴史がときおりさしはさまれているのは、過去のさまざまな時点でなぜ気づけなかったのかというヴィヴの悔恨を表しているかのようだ。たしかに、はたから見れば絶対気づきそうなものだけど、当事者としては、まるで見えない力が働いているかのように、どうすることもできないのよね。わかります。

 著者は元CIA分析官。諜報スリラーとしては突っ込みどころが多いのかもしれないけど、ドメスティックサスペンスと思えばオーケー。主人公がスーパーヒーローでなく、いい意味で等身大の人物なので、生活臭たっぷりの描写とあいまって、すごく身近に感じられた。夫がロシアのスパイかもしれないという衝撃の事実と直面しても、子供が熱を出したら速攻で保育園にお迎えに行かなくてはならないし、「ひとりで同時に学校と託児所と職場に存在することはできない」なんて、魂の叫びなんだろうなあ。CIAでもワーキングマザーは苦労してるのね……。夫婦の歴史を振り返るパートでは、スパイじゃなくてもこういう夫っているよね、というエピソードだらけで、思わずヴィヴに同情してしまった。

 もし自分がCIA分析官だったら……もし夫がスパイだったら……絶対ありえないことを疑似体験させてくれるうえ、証人保護プログラム以上の安心感。これはお得。

 

■12月×日
 これも「読者賞だより:読み逃してませんか〜??」で気になっていたデルフィーヌ・ド・ヴィガンの『デルフィーヌの友情』。高校生のゴンクール賞二〇一五年受賞作で、ポランスキー監督の映画「告白小説、その結末」の原作でもあります。とんでもなく衝撃的で、読み終えたあと、無性にだれかと語りたくなる本です。

 語り手は著者と同じデルフィーヌという名の作家で、先ごろ自伝的小説を発表して話題になり、さまざまなストレスにさらされて次作の執筆にとりかかれずにいる。そんなとき、Lという女性と出会う。Lはやすやすとデルフィーヌの生活と心のなかにはいりこみ、彼女を束縛し、支配していく。

 無数に落とされているヒントから、なんとなくいくつかの路線を予想しながら読んだが、すごくおもしろかったし、何も考えずに読むのと同じぐらい衝撃を受けた。サイコサスペンスとしての怖さやおもしろさももちろんあるのだが、著者の分身ともいえるデルフィーヌの身に起こったことは、あたかも現実に起こったことのように思え、読者はいやがうえにも興味を掻き立てられる。これはリアリティ番組の構造とちょっと似ている。受け手が求めるのはリアルだが、作り手が提供しているのはリアリティだ。それでどこまで満足させられるかは、作り手の腕にかかっているのだ。

 この創作と実話についての対話は繰り返し登場する。たとえ実話をもとにしていようと、小説はあくまでもフィクションであると主張する作家と、人々は真実を求めているのだ、本当に起こったのかどうかを知りたいのだというL。だからフィクションとして書いているのに、実話として受け取られてしまうし、つぎの作品でも実話を書かなくてどうする!とまで言われる。実話だけ書いていたら、創作の楽しみはないと思うのだが……
 世間が求めているのは真実で、フィクションではないと繰り返し主張されると、なぜだかげんなりしてしまう。デルフィーヌ寄りの考えだからだろうか。たしかに、実話をもとにした映画や小説はそれだけで話題になるし、売り上げにもつながるだろう。でも、フィクションの魅力はそれだけじゃないはずだ。実話ばかりがあまりにももてはやされる実情にあらためて気づかされ、なんだかすごく不穏な気持ちになった。主人公はそんな風潮や世論に身も心もずたずたにされ、現実と虚構の境目を見失ってしまったかのようにもみえる。

 訳者あとがきに「小説を書くことをめぐる小説」とあるが、作家の仕事ってほんとうにたいへんなんだなあとあらためて思った。作家の意思に関係なく勝手に作られるフェイスブックのページや流されるツイッター。いつモンスターに襲われるかわからない恐怖のなかで作家は創作活動をしているのだ。繊細さが要求される仕事なのに、とても繊細なメンタリティではやっていけないだろうなあ。

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、バックレイ〈秘密のお料理代行〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書は〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ19巻『ウェディングケーキは待っている』みんな、つづきが読みたいよね!?

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