中国では1月18日に、「中国ミステリの父」と呼ばれている程小青の代表作『霍桑探案集』を原作とし、架空の中国を舞台にしたサイバーパンク風中国ミステリ映画『大偵探霍桑』が上映されるはずでした。しかし技術的な問題が理由で、上映が翌週の25日に延ばされてしまいました。
(程小青についてはここを参照 第1回:ミステリ教育者 程小青

 中国映画にはこのような上映延期がよくあるようで、一週間延期はむしろ全然マシな部類です。例えば、中国3Dアニメ映画『風語呪』は7月13日から7月20日に延期してから、最終的に8月3日に上映となりました。また、中国アニメ映画『昨日青空』は、上映日が8月9日から7月27日に繰り上がり、最終的に10月26日へと大幅に延期しました。更に、この上映日の変更は公式から具体的な理由を発表されることがほとんどないので、視聴者は制作会社の都合に右往左往させられ、延期の理由をあれこれと推測します。
『大偵探霍桑』も本来なら上映初日に見に行って、今回のコラムに感想を少し書こうと思っていたのですが、残念ながら感想は次回になりそうです。


 中国ミステリの短編作品を収録した『中国懸疑小説精選』の2018年版が刊行されました。本シリーズは編集者・書評家の華斯比が2014年版から編纂している短篇集で、彼が選ぶその年の傑作が収録されています。本書には、「第44回:中国ミステリの雑誌と賞がこの先生きのこるには」で取り上げた「華斯比推理小説賞」の最終受賞作品も2作品収録されています。
この「華斯比推理小説賞」は2018年3月に華斯比が設立した個人的な賞で、その目的は新人作家の創作を奨励することにあります。この賞には大きな賞金もなければ権威もありませんが、下は11歳、上は81歳の作者からの90作品以上の投稿があり、最終的に柳荐棉と永晴という1990年代生まれの若い作家の作品が受賞しました。以下がその作品のあらすじです。
 
■『猫的犠牲(猫の犠牲)』 作:柳荐棉
 警察官の喬飛航は殺人事件の聞き込み中に偶然、元恋人の梁雪の部屋を訪れる。彼女が住むマンションの敷地内では猫の殺害事件が相次ぎ、先日にとうとう「猫小姐」と呼ばれる女性が殺され、その死体が敷地内に投棄されていた。元恋人の部屋で展開される推理は終始、梁雪のペースで進み、喬飛航は思わぬ形で真犯人と対峙する。
 部屋や二人の距離の狭さや閉塞感を上手に描写している一作。現代中国の都市部で生活する人々には欠かせないサービスを犯罪のネタに扱い、自分で招いた見知らぬ訪問者が犯罪者だとしたらという、現代人が肌で感じる恐怖を描いている。

■『狩凶(犯人狩り)』 作:永晴
 大学の心理カウンセラーが殺されて内臓をバラバラにされた事件が起きる。犯行の手口などから2年前に起きた連続殺人事件と酷似しており、警官の岳は犯人がまた動き出したのではないかと疑う。そこに「夜」という珍しい名字の新聞記者がやって来て、心理カウンセラーだった被害者は犯人を治療していた医者であり、治療に失敗して犯人に殺されたのだと推理する。しかし、岳警官の捜査協力者である「Y」は、殺されたその心理カウンセラーこそ2年前に世間を騒がせた殺人鬼であると推理する。
 短いページの中に、殺人鬼の死という意外性、夜記者と「Y」の推理の矛盾、そして最後に「Y」の正体を明かすネタばらしも入っており、うまくまとまっている。

 前回(第53回:さよなら『推理』――中国で紙媒体のミステリー雑誌が全滅)も触れたように、中国ではミステリ専門誌が次々となくなり、作家たちが短篇ミステリを発表する場が少なくなっていて、書き下ろしの長編ミステリの執筆にシフトしています。しかし「華斯比推理小説賞」には90作以上の作品が集まり、その中には20代以下の若者や全く無名の書き手がたくさんいました。例えば2000年代初期にネットを発表の場としていた作家たちが雑誌に移行したように、要するに、場所を用意すれば作品は書かれるのであり、今後は潜在的な作家がどのような形で出てくるのか気になるところです。
 できれば個人ではなく、企業が組織的かつ継続的に場所を提供してくれるのが良いのですが、大きな賞の設立話はほとんど聞きません。中国ミステリ業界は映像分野では景気が良い話を聞くのに、原作を扱う書籍分野はそれに比べてあんまりなので、今回の「華斯比推理小説賞」のように若者の活躍のために個人に頼る状況は今後も続きそうです。

阿井幸作(あい こうさく)
 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
・Twitter http://twitter.com/ajing25
・マイクロブログ http://weibo.com/u/1937491737






 
 




現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)

現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)






【毎月更新】中国ミステリの煮込み(阿井幸作)バックナンバー

◆【不定期連載】ギリシャ・ミステリへの招待(橘 孝司)バックナンバー◆

【不定期連載】K文学をあなたに~韓国ジャンル小説ノススメ~ バックナンバー

【毎月更新】非英語圏ミステリー賞あ・ら・かると(松川良宏)バックナンバー