■ディケンズ『バーナビー・ラッジ(上)(下)』(小池滋訳・中公文庫)■
英国の19世紀の文豪チャールズ・ディケンズの『バーナビー・ラッジ (以下『バーナビー』) 』(1841) が初の文庫化。数あるディケンズの長編の中でも、あまり人気のある作品ではないかもしれないが、探偵小説的技巧が使われた作品として、(名のみ) 有名だった小説が容易に手に取れるようになったのは、喜ばしい。初めの数章を読んだだけで、太西洋の向こう側のエドガー・アラン・ポーが、小説の胆ともいうべき真相を書評の中で言い当て、それを後に知ったディケンズが「まるで悪魔のような男だ」といったという逸話でも、著名の作品だ (その発言の真偽は、後出) 。『バーナビー』該当部分の抜粋とポーの書評の一部は、佐々木徹編訳『英国古典推理小説集』(岩波文庫)に、収録されている。
文庫本のページにして1100頁を超える大作だが、実際に読んでみると、抜群のストリーテリングに、頁をめくる手が捗る。
時代は、執筆時点から60年以上遡る1775年3月19日の夕刻、ロンドン郊外の酒場〈メイポール亭〉に一人の旅人が訪れるところから、話は幕を開ける。奇しくも22年前の同日、近隣のヘアデイル邸で発生した殺人事件について、馴染み客が彼に語ったその時、止まっていた歯車が運命の歯車が動き出す…。
物語の中軸をなすのは、1780年に実際に起きたプロテスタント民衆による反カトリック暴動 (ゴードン騒乱) だ。はじめはどのように絡むか判らない個性的な登場人物群を巧妙に操り、民衆暴動を中核として、数々の苛酷な運命の変転を描いていく。歴史小説であり、実在の人物も登場する伝奇小説でもあり、ときに怪奇小説風、ときにロマンス小説風に、ディケンズ得意のユーモアを交えて、綴られる物語のフルコース。特に、凄まじい印象を残すのは、民衆によるニューゲイト監獄の襲撃をはじめとする暴動の場面で、まさにこの世に地獄絵図を現出させる。この暴動が、実は、一人の盆暗な貴族の扇動による、目的のない烏合の衆の膨れ上がった破壊への意思であることが活写されており、今に繋がる暴力に向かう群衆心理の研究にもなっている。タイトルにもなっている知的障害者で、暴動の英雄に祭り上げられてしまうバーナビー・ラッジの無垢で天使のような存在を中心として、配置される多彩な登場人物も実に魅力的であり、特に、小間使いミッグズ嬢には終始笑いを禁じ得ない。バーナビーがいつも連れ歩いている鴉グリップでさえ、出鱈目な人語を話すなど、強い個性を放っている。
それで、探偵小説的技巧のほうはというと、ヘアデイル邸で発生した殺人事件に用いられているが、小説全体からすると、その一部にすぎないという印象を受ける。後に、探偵小説の主要トリックにもなり、今日の読者からすると、すぐに判ってしまう類のものだが、「探偵小説」という概念さえない当時の読者の多くには、驚きを与えたに違いない。
ポーは、『バーナビー』に関しては、二度書評を書いており、一度目は、第一章を読んだだけで、事件の真相を看破したと考え、全体の四分の一程度しか進んでなかった1841年5月に書評を投稿する。その推理については、以前、『英国古典推理小説集』のレヴューにも書いたが、推理の鋭さはもちろん、探偵小説の限界まで見通したような指摘には驚嘆させられる (二度目の書評は、本書に「資料」として全文が掲載されている)。
第一の書評は、世界最初の探偵小説「モルグ街の殺人」(1841年4月「グレアム・マガジン」)が発表された直後に発表されているのも、興味深い。「モルグ街の殺人」は、『バーナビー』の連載が始まってから二か月後の発表であり、ポーが「モルグ街」の執筆以前に『バーナビー』を読んでいたかは定かではないが、この二つの作品は、探偵小説の黎明を告げる作品として共振・共鳴していたと考えられる。ちなみに、作中の鴉グリップから着想を得て、ポーが「大鴉」の詩を書いたことは、ほぼ間違いないらしい (松本靖彦「鴉、鴉、鴉」(松本靖彦・西山けい子編『響きあうポーとディケンズ』(春風社) 所収)。
しかし、『バーナビー』における殺人事件の意外な真相の効果については、疑問も残る。ポーの二度目の書評でいっているように、「騒擾事件の大がかりな暴力と恐怖のただ中で、一つの兇悪行為はまったく埋没消滅してしまった」つまりは、凄まじい暴動の描写が中核に据えられ、一つの殺人事件の真相の意外性などは消し飛んでしまった、という点は否めない。また、謎めいた語り口の効果は、認めつつ、「これよりはるかに多くの点が、それを解釈する鍵を与えられていないので理解することが不可能なために、効果をまったく失い、無力なものになっているという事実も否定できない」と手厳しい。
一方で、ポーの推理が当たらなかった部分もある。二度目の書評で、自らの推理に執着し、現実の小説はこうでも、本来はこうあるべき、こう書くべきといわんばかりのポーの自信満々の態度にも恐れ入るが、このポーの推理の当たらなかった部分に着目して、二人の作家のスタンスの相違を考察した論考に渡部智也「謎解きは書評のあとで」(前掲『響きあうポーとディケンズ』 所収) がある。
なお、上記二つの論考によると、ディケンズがポーを評して「悪魔のような男だ」といったという逸話は、アレンによるポーの伝記に取り上げられているものの、出典が不明で、真偽は不明というのが実情らしい。ただし、『バーナビー』に登場する鴉グリップの口癖が「おれは悪魔だぞ」というのが、この二人の天才作家の不思議な因縁も感じさせる。
■アンナ・キャサリン・グリーン原作『真ッ暗』(黒岩涙香訳述/高橋あき子・高木直二編集 盛林堂ミステリアス文庫)■

盛林堂ミステリアス文庫から、米国女性作家アンナ・キャサリン・グリーンの『リーヴェンワース事件』(1878)を原作とした黒岩涙香の翻案『真ッ暗』が復刻された。「絵入自由新聞」に連載訳述され、元本は明治22年 (1889) 金櫻堂から出版されたものだ。
『リーヴェンワース事件』は、作者のデビュー作。通算百万部を超える大ベストセラーとなり、グリーンは、「探偵小説の母」ともいわれる。しかし、同作の完訳は、東都書房世界推理小説大系6『グリーン/ウッド集』 (1963) の原百代訳しかなく、よほど熱心な読者以外には、読まれていないはずだ。本書は、同作の輪郭を知る上でも、意義ある復刻といえる。
涙香が「凡例」で米国の小説を訳した理由を書いているのが面白い。「絵入自由新聞」の社長が涙香に突然、奢りたまえという。君は、新聞の読者に「伯爵博士」の博士号を授かったぜ、と社長はいう。涙香には訳が分からない。傍らの笑っている人に聴くと、曰く、涙香が訳す小説には、伯爵又は伯爵夫人が出てこないことはない、それゆえ、伯爵博士と呼ばれている、と。これを聞いた涙香は、(生来の負けず嫌いなのか) 貴族が出てこない小説というなら、北米合衆国の小説しかない。合衆国の小説にも面白いのはあるぜ、と知人にいわれて、部屋を探してみつけたのが、このグリーンの小説で、二、三回分訳して、社長の前にもっていき、これでも「伯爵博士」ですかと尋ねたら、ますます君はお目出たいといわれたというオチが付いている。
長編ミステリでは、米国が英仏に先を行かれていたことが判るエピソードでもある。
本編も、他の涙香翻案物と同様、米国を舞台としながら、登場人物は、日本人名となっている。
語り手は、
捜査に当たるのは、警察中にて第一との評判ある
明治時代の文章だけにとっつきにくそうだが、会話文も多く、総ルビで思った以上にスムーズに読める。新聞連載だけあって、テンポ良く話を運び、次を期待させる話術の巧みもさすが。
特筆すべきなのは、読者への呼びかけで、「読者よ」で始まるこの小説は、要所要所で、読者に謎解きへの参加を促すものになっている。編者あとがきに引かれた伊藤秀雄氏の言によると、12回の末には、涙香曰くとして、全編読み終わらずに、真犯人や動機を見破る読者がいれば、「余は頭を叩いて広言の罪を謝せん」と記し、解答者の名前も折々掲載していたとのこと(『黒岩涙香 探偵小説の元祖』(1980))。
翻案本文においても、物語半ばでは、事件に関連して、大きな事実誤認があることが明らかになるが、「卓眼なる読者」は既にそのことを見破っており、しきりに葉書をもって、その旨を知らせてくるという内容の記述がある (第30回) 。読者は、喜々として、この双方向の知的ゲームに参加していたことが窺われる。
その後も、「一を見て十を
『リーヴェンワース事件』は、同時代の小説に比べ、犯人を最後まで伏せたプロットの先駆性が高く評価されているが、涙香の翻案は、その特質を真芯でとらえ、原作を超え、より双方向性の高いゲームとして展開していったことが、遥かに時代を先取りしていて驚かされる。
伊藤秀雄氏は、先の文章の中で、「『真ッ暗』で、涙香が探偵小説の
なお、本復刻は、明治・大正期の翻案小説を現代の読者に親しみやすい形で復刊し、原作を翻訳する「早稲田文庫」の活動の一環である。
■菅靖子『ポアロの部屋はなぜモダン? アガサ・クリスティで読み解く20世紀デザイン史』(彩流社)■
著者は、津田塾大学教授で、イギリス文化史、デザイン史、日英交流史を横断する研究、執筆をされている方。クリスティ作品やクリスティの人生は、近年、様々な切り口から、多彩な読み解きが行われ、ミステリや小説というジャンルを超えて、20世紀の英国文化遺産的な扱いにまでなっているように思うが、本書は、「デザイン」をキーワードに、アガサの人生と作品を読み解き、20世紀イギリスのデザインと視覚文化を浮かび上がらせる試み。クリスティの人と作品の読み直しが、同時に、イギリス20世紀デザイン史を読み解くことになるというある意味野心的な評論だ。といっても、デザイン関連事項は、コラムにまとめられ、肩の凝らない読みやすい本だ。近年、より明瞭になってきたクリスティの人生を辿ると、幼い日のドールハウス浴びに始まって、当時は珍しい女性の自家用車所有、購入・改築を含めた家づくりへの情熱、自らの小説のカバーアートへのこだわり、家族全員に共通した蒐集癖、近隣の教会へのステンドグラスの寄贈などなど、確かに「デザイン」にまつわるエピソードは事欠かない。
著者は、これまで、クリスティは、イギリス上流中流階級の暮らしや価値観を描いた「保守的モダン」あるいは「ミドルブラウ」の作家として、評価されてきたというが、こうした評価は、デザインの領域から見直すことができるかもしれないとし、「彼女は昔ながらの建造物を大切にする一方で、中庸を超えた第一線のモダニズムとも確実に共鳴していた。「ミステリーの女王」は、アヴァンギャルドでもあったのだ」と書く。
本書前半部では「世紀末芸術」「ジャポニスム」「シノワズリ」(中国趣味)「ハイテク製品とフォーディズム」といった20世紀イギリスのアートやデザインの潮流がクリスティの作品や人生と確実に呼応していた様子を探求する(ミス・マープルは日本庭園をつくっていた/『アクロイド殺し』の麻雀の夕べ…)
自作のカバーアートに関するこだわりは、並々ならぬものがあり、例えば、『茶色の服の男』(1924)では、できあがった挿画は、彼女の怒りの大噴火を招き、「モダン」さを要望して、優れた改善案まで提出した。1930年代は、「カバー・デザイン」のルネッサンスと称された時代だったが、クリスティの当時としては、異例の抗議は、こうした「デザイン」の潮流とも呼応していた。カバー・デザインをめぐる出版社との闘争は、晩年まで続き、『親指のうずき』(1968)でも、事前にデザインの提示がなかったと抗議の手紙を書き送っている (第Ⅴ章)。
六ペンスという破格の廉価販売で出版界に革命をもたらした「ペンギン・ブックス」の誕生にもクリスティには少なからぬ関りがあった。ペンギン・ブックスの創始者であるアレン・レインは、もともとクリスティの最初の出版社ボドリー・ヘッド社の社員で、出版契約が切れた後も、親しく往来があった仲。アガサとマックスの家で週末を過ごしたロンドンへの帰り、駅の本屋でなにも好みの本が見つからず、帰路の列車の中で新たな出版構想思い浮かんだという。ペンギン・ブックスの最初のシリーズの一冊は、『スタイルズ荘の怪事件』だった。米国出身の量販店「ウールワース」とペンギン・ブックスが手を組むことになったきっかけも、バイヤーの妻が、ポアロのファンだったからという(第Ⅵ章)。
1937年にクリスティが写真学校に通ったことは「自伝」にも書かれているが、その学校「ラインハルト商業写真学校」は存在しない。では、どこか。それをつきとめたのは、著者自身である。当時、商業写真やスタジオ写真を教えていたのは、ライマン産業・商業美術学校しかない。クリスティの残したスタジオ写真が残されているが、同校出身の写真家の史料を調査し続け、写真に写った小道具が同一のものであることを突き止めたのが決定的証拠となった(あとがき)。同校は、ベルリンに先進的なデザイン学校を開いていたユダヤ系ドイツ人ライマンがナチスの迫害からロンドンに亡命して開設した学校。バウハウスに代表されるモダン・デザイン教育の最先端がクリスティの人生と交わった瞬間であり、クリスティは、ここで短期受講ながら、「ノイエ・フォト」(新興写真) と呼ばれるアヴァンギャルドな写真表現を学んだ(第Ⅷ章)。
二次大戦中、クリスティは、モダン建築のローンロード・フラットに居住したが、ここはフランスの建築家ル・コルビュジエのミニマムな住居の思想に影響を受けた実験的なフラットであり、バウハウス出身の亡命ユダヤ人なども住んだ。ここには、フラット内にバーも設置され、様々な文化人・芸術家のつどうハブになったという。その一方で、この場所は、スパイ活動の拠点にもなった。キム・フィルビーら五名の「ケンブリッジ・ファイヴ」をソビエトのスパイとしてリクルートしたのもこのフラットを軸にしていたという。同時期に、スパイ小説『NかMか』(1941) を執筆していたクリスティもびっくりの事実だろう(第X章)。
特に、印象的なエピソード等を列挙したが、クリスティ作品の中におけるアート関係の記述も相当なもので、メアリ・ウェストマコット名義の『愛の旋律』(1930) では、20世紀初期の急進的前衛運動「ロシア・アヴァンギャルド」に関する話が延々と続くという (残念なことに未読)。
クリスティ作品、関係文書が丹念に精査され、ときに現地に足を運び、現在の孫マシューにもインタビューする調査の充実ぶりが素晴らしく、クリスティの全長編に言及されているのも好ましい (重箱の隅ながら、唯一残念だったのは、ローンロード・フラットに集う文化人のくだりで、「アガサも一員だった「捜査クラブ」の会員という記述だろうか。ここは、慣例どおり「デテクション・クラブ」と書いて欲しかった)
本書は、一見、温和な伝統的価値観の人にみえて、モダン、アヴァンギャルド志向の人でもあったクリスティのもう一つの貌を「デザイン」を通じて新たな照明を当て、浮かび上がらせている。考えてみれば、『アクロイド殺し』『オリエント急行の殺人』『そして誰もいなくなった』等の名作も、巧みな技巧によって織り上げたアヴァンギャルド作品に見えてこないだろうか。
| ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた) |
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ミステリ読者。北海道在住。ツイッターアカウントは @stranglenarita 。 ■note: https://note.com/s_narita35/ |
ミステリ読者。北海道在住。