La fenêtre des Rouet, La Jeune Parque, 1945/3/15 [原題:ルーエ家の窓]
執筆:フォントネー゠ル゠コント、テール゠ヌーヴ城(ヴァンデ県), 1942/7/7
Across the Street, translated by John Petrie, Harcourt Brace Jovanovich, 1992[米]
Tout Simenon, t.1, 2003 Les romans durs 1945-1947 t.6, 2012, 2023

 仕切壁の向こうで安っぽい目覚まし時計の音が鳴り響き、ドミニクは思わず身を縮めた。まるでそのベルは──いつまで経っても鳴り止まない!──ドミニク自身を午後3時に起こそうとするかのようだ。自尊心を傷つけられた気持ち。なぜだろう? あの下卑た騒音が呼び覚ますのはつらく、醜く、病気や介護をしているのに夜が終わらず空が明けないときのような記憶だ。しかし彼女は眠っていたのではなく、微睡んでいたわけでもない。一瞬たりとも彼女は針を引く手を休めていなかった。正直なところ、つい先ほどまで彼女はサーカスの馬のように縫いものにいそしんでいたのだ。そして馬は調教中に忘れられ、ひとりでぐるぐると回り続けていたとき、闖入者の声を聞いてびくりと震え、止まったのである。(瀬名の試訳)

 今回の長篇La fenêtre des Rouetルーエ家の窓』(1945)を手に取って読み始めたおそらくほとんどの人は、私もそのひとりだったわけだが、第1章でこう声を上げずにはいられないだろう。『ルーエ家の窓』というタイトルからしてその類似性は明らかだ。「これは……、シムノン版『裏窓』じゃないか!?」

 というわけでさっそくウェブで調べることになる。卓越したミステリー作家であったウィリアム・アイリッシュが書いた短篇「裏窓」、そしてそれをもとにアルフレッド・ヒッチコック監督が撮ったジェームズ・スチュワートとグレース・ケリー主演の不朽の名作『裏窓』。これらの発表はいつだったのか? 
 アイリッシュの短篇「裏窓」は初出時タイトル「It Had to Be Murder」として《Dime Detective Magazine》1942年2月号に掲載された後、1944年に「Rear Window」と改題され、短篇集『After-Dinner Story』に収録となったらしい。日本では古くから創元推理文庫の『アイリッシュ短編集3』(1973)で読める。ヒッチコックの映画『裏窓』は1954年の公開作品。今回アイリッシュの短篇版を初めて読んで驚いたのは、映画の展開が原作とほぼ同じだったことだ。怪我をして自宅に籠もらざるを得なくなった主人公男性の相棒役が映画版では女性(グレース・ケリー)となり、また死体の隠し場所が変更されていたりするが、サスペンスを高めてゆく実際の手順はまったく原作通りで、作家アイリッシュと映画監督ヒッチコック双方の見事な職人ぶり、用いるメディアの特性を十全に活かした両者の手さばきに改めて感心したほどだ。
 この短篇がフランス語圏に初紹介されたのがいつなのかはよくわからない。生成AIはヒッチコックの映画公開に合わせて「裏窓」の直訳『Fenêtre sur cour』というタイトルで短篇集が出たとか、それ以前にもフランスのミステリ雑誌に訳出されていたなどと答えてくれるのだが、それらの示唆は海外古書店リストなどでは追認できない。1975年に短篇集『Fenêtre sur cour』(Le Livre de Poche)が発売されたことは確かなものの、これでは遅すぎるように思われる。
 アイリッシュがアメリカの雑誌に「裏窓」を発表した1942年は戦時中であって、フランス暮らしのシムノンが米雑誌を容易に読める環境にあったとは思えず、しかもこのときまだシムノンは英語が苦手だったはずだから、たぶんシムノンはアイリッシュの短篇を知らずに本作を書いたのではないだろうか。
 ヒッチコックの黄金期につくられた映画『裏窓』は私も昔から大好きな作品だった。ウィリアム・アイリッシュ(別名コーネル・ウールリッチ)も「裏窓」は読んでいなかったものの大学生時代までは文庫で何冊も長篇作品を楽しんだ。しかしあえてここに書いておきたいが、今回読んだシムノンの『ルーエ家の窓』はアイリッシュ版「裏窓」やヒッチコック版「裏窓」と序盤こそよく似ているものの、実際はまったく違う物語であり、シムノンにしか書き得ない独自の抒情と驚きの展開を備えた、そしてアイリッシュやヒッチコックに決して劣らない、ほとんど優劣がつけられないほどの傑作だ、と私は感じたのである。
 『ベベ・ドンジュの真相』第107回)あたりからミステリーの枠を超えて「これは凄い」と何度も感じてきたが、本作では中期シムノンの筆致が頂きに達したかのようにさえ思える。どうか注意していただきたい、私は本作が「ミステリーとして傑作である」といっているのではない。ミステリーの基準で捉えるとかえって私たちはこの時期のシムノンの良さを見落としてしまう気がしてならない。実際、日本のミステリー愛好家の間ではこれまで、決してシムノンのロマン・デュール作品は高く評価されてこなかった。伏線の回収であるとか、真相の意外性といった側面から評定すると、どうしてもこの時期のロマン・デュール作品は高い点数がつけられなくなってしまう。だがそもそもシムノンはミステリーというジャンルに愛着を持ってロマン・デュール作品を書いていたわけではないのだ。日本ではどうしてもジャンルごとに小説作品が評価されがちなので、ミステリーの採点コミュニティなどでは本作『ルーエ家の窓』も10点満点で6点といったような、おそらくぼんやりした評点になってしまうだろう。しかし一個の〝小説〟として読んだとき、あるいは〝シムノンの単発長篇〟という新ジャンルを新たにつくって括っていただいてもよい、そうした異なる視点からぜひこの時期のシムノンを味わっていただきたいのだ。そのとき皆様も感じてくださることと思う。これは素晴らしい傑作である。

 時期は暑い八月の昼下がり、場所はパリのフォーブール・サン゠トノレ通りの脇に位置するアパルトマン。近く40歳になる独身のドミニク・サレス:綴りはSalèsで、この場合最後のsは発音するらしい]は、隣に住み込み始めた青年カイユとその恋人リナの目覚まし時計の音が気になって、縫いものの手を止めた。窓越しに向かいの建物へと目を向ける。ちょうど向かいに住むルーエ家の窓が見え、ドミニクは彼らの生活を盗み見するのが唯一の趣味だった。
 向かいの2階には居間や台所や寝室があり、ルーエ家の夫婦が暮らしている。妻のアントワネットは30歳前後で、容貌もよく、頻繁にひとりで外出している。夫のユベール・ルーエは病気がちでベッドに寝ていることが多い。上階には夫の両親である老ルーエ夫妻がおり、老父は地元で財を成したため一家は富裕である。アントワネットにとって義母にあたる老ルーエ夫人は足が悪く杖をついているが、しきりにメイドのセシルに命じて下階の嫁の動向を見張っている。姑と嫁の関係性は芳しくない。
 あるとき、ドミニクは窓越しに恐ろしい光景を目にしてしまった。ユベール・ルーエは以前からたびたび心臓発作を起こし、妻のアントワネットが薬を与えていたのだが、その日もユベールが発作を起こし、ところが買い物から戻ったばかりのアントワネットは夫が苦しんでいるとわかっているにもかかわらず寝室の手前で待ち続け、ついにユベールは息を引き取ってしまったのである。しかもアントワネットは夫が静かになると部屋に入り、ついに夫が手の届かなかった薬壜を取り上げ、本来ならユベールが摂取するはずの滴数を暖炉の上の鉢植えに垂らした。ドミニクはその一部始終を目撃し、アントワネットが故意に夫を殺し、薬品の量を調節して証拠隠滅まで図った事実を知ったのである。
 ドミニクは将軍家の娘として生まれ、しかし一家が落ちぶれていったので何度も引っ越しを余儀なくされ、若いころ一度は恋にも落ちたが結婚はできず、父が亡くなるとパリのこの建物だけを受け継いで生きてきた。しかし困窮のためいまは自分の暮らす部屋以外は貸間にしており、家賃もろくに払えないカイユのような若者まで住まわせなくてはならない。ドミニクは向かいに暮らす裕福で自分よりも若く美しいアントワネットに、以前から嫉妬と羨望を抱いていたのである。だがそのアントワネットの犯罪を見てしまった。ドミニクは亡父の蔵書の図鑑で鉢植えの観葉植物の名をフェニックス・ロベレニー[シンノウヤシ]と特定し、その名だけを書いた匿名の封書を向かいのアントワネットに送った。彼女がどのような反応をするか見たかったのだ。さらにドミニクはルーエ家の葬儀に潜り込んで様子を探ることにも成功した。
 しかし手紙は無視されてしまう。ドミニクは「あなたは夫を殺した。自分でもわかっているはず」と二通目の手紙を出すが、これも無視される。ルーエ家では葬儀が終わって姑と嫁の確執が激しさを増しつつあった。向かいに住むドミニクに彼らの声は聞こえないが、単純な嫉妬だけではない感情がドミニクには芽生え始めていた。それはアントワネットのもとへよりいっそう美しい妹コレットの訪問があったり、またコーランクール通りに彼女の実母が暮らしていることがわかってきたりして、一女性としてのアントワネットの背景が見えてきたことにもよる。
 ドミニクはおのれが孤独であることをしばしば思い起こすようになる。鏡に向かって自分の肉体を見つめ、歳を取ったことを実感し、幼少時を回顧したり、しばらく会っていないおばや親族に想いを馳せたりするようになる。
 だがそうした感傷だけでは終わらなかった。ルーエ家はドミニクもまだ知らない複雑な問題を抱えていたのである。

 最初、私は英語版で本作を読んでおり、各章が通し番号で振られていたので気づかなかったのだが、実は原典では前半の第一部と後半の第二部に分かれており、第二部から小説の雰囲気はがらりと変わり、「裏窓」を意識しながら読んでいた私たちは大きな驚きに直面する。ここに本作の特徴がある。
 第一部(全5章)はほとんどドミニク側からの視点で物事が描かれ、しかも前半は葬儀までかなり素早くストーリーは進行する。隣部屋に住み込んでいる青年カイユと娘リナがしばしばちょっかいを出して物語に乱入し、ドミニクは振り回されるのだが、読者である私たちは苦笑しつつもアクセントをつけるための賑やかしだと鷹揚な気持ちで読み進めることができる。第一部の終盤でドミニクは感傷的な気分に陥り、それでいったん幕は閉じる。ここまでなら後半やや失速するもののシムノン版「裏窓」と理解して、残る5章(第二部)でのさらなるサスペンスに期待を寄せることもできるだろう。
 だが秋へと季節が飛んだ第二部は、私の想像とはまったく違う方向へと進んだ。英訳版だとふつうに第6章と通し番号がつけられているだけなので、読み進めつつ私は物語が決定的に変化したことにしばらく気づかず、その読みにくさに戸惑ったほどだ。決定的な変化とは何か。これまではドミニク側の視点から物事が語られていたが、ここからはアントワネット側の視点も同時に、並行して語られるようになるのである。しかもその視点の転換は、わかりやすい一行空けなどでは明示されない(シムノンの特徴的な書き方だ)。さらに両者とも女性であるので、作者シムノンはどちらの場合にも「彼女」という人称代名詞を頻出させて、人物の行動を追ってゆく。こうした文章構造がなぜ第二部から突然始まるのかというと、それはアントワネットがパリの街へ出て、ドミニクがそれを追跡し、アントワネットの行動を探り始めるからである。アントワネットは夫を亡くした後、頻繁にモンテーニュ通りのバーやレストラン、ホテルに出向き、イタリア人の男性と逢瀬を楽しんでいた。驚いたドミニクは密かな追跡をやめることができなくなる。そしてあるときついに、同じ店内に潜り込んで近くの席から様子を窺っていたとき、顔を上げたアントワネットと目が合ってしまうのだ。追跡していることを見破られた! ふたりの関係はここで劇的な変化を迎えることになる。一種の連帯感といってよいだろう。本作は極めて特異なシスターフッドの物語となるのだ。
 アイリッシュやヒッチコックの「裏窓」にはなかった展開である。これだけではない。ドミニクはアントワネットの義父が毎朝コキリエール通りの社交クラブに赴きいかがわしげなポーランド系ユダヤ人の金融業者と会っていることや、夜には中央市場近くの路上で女性を買っていることも知った。こうしたドミニクの追跡を通して私たち読者はパリの街を、具体的な街路名とともに歩き回ることになる。雨の後の濡れた舗道や、シャンゼリゼ大通り沿いのカフェで新しい愛人に狙いを定める女たちの姿態が描き込まれ、私たち読者もパリの裏側へと足を踏み入れてゆく。ほとんど遊ぶこともなく生きてきたドミニクの稚拙な尾行や、あるいはイタリア人男性との享楽が真実の愛だと信じ込むため懸命にレストランを梯子するアントワネットの足取りを通して、私たちはいままで見たことのないパリを見ることになる。
 よって本作は、いわば地理小説としての興味深い側面を持ち合わせている。第二部の半ばでドミニクは突然、おばのクレマンティーヌが亡くなったことを知らされ、列車でトゥーロンへ向かう。ドミニクは葬儀の場で久しぶりに親族の面々と会い、「きみは変わらないね、ニク!」と親しげに声をかけられるのだが、それは彼女にとって褒め言葉には聞こえなかった。親族の皆は着実に歳を重ね、社会に適応している。かつて子どもだった甥たちはしっかりとした大人に成長して職に就き、姪たちは結婚して家庭を営み、幼子を育てている。ドミニクだけが「何も変わっていない」。そのことに彼女は絶望的な孤独を感じるのである。親族たちがそれぞれいまどこで暮らしているのか地名が記され、またドミニクが旅の行き帰りの車窓から見える景色も刻々と変わり、ひとつひとつの駅名が明示される。地理的情報がとても細やかに描き込まれて、私たちはパリの一街路の隅から始まって繁華街へ、そしてついにはフランス全体の地図を見渡すことになる。葬儀から戻ったドミニクはフォーブール・サン゠トノレ通りの自宅に着くが、窓から外の騒音は聞こえるものの、なんと狭く、小さな空間であることだろう。この空間的感覚の顕著な伸縮は本作全篇を通して私たちの心に強く印象づけられる。
 ひとつ不思議なシーンがある。おばの葬儀へ向かう途中で、ドミニクは列車のコンパートメントでオギュスティーヌという老嬢と偶然にも乗り合わせる。屋根裏部屋に住む独り身の老人で、やはり窓から向かいの様子を観察することを趣味としているのだが、彼女は自分も葬儀に向かうのだというのだ。そしてしばらくすると消えてしまう。実際にはこれはドミニクの予知夢なのだが、老嬢はドミニクに車窓の外の景色を見るよう勧め、それがドミニクにとって一種の心の転換点となる。
 第二部の終盤になると文章の視点位置は飛ぶ鳥のように勝手気儘に、登場人物たちの頭上を次々と渡ってゆく。アントワネットはイタリア人男性に振られて、代わりの男を刹那的に見つけ出し、ついにその男を自宅に入れて、その破廉恥な行為は上階の義母にもばれてしまう。ドミニクはいっそう孤独感を募らせてゆく。隣部屋のカイユとリナは引っ越して行ってしまった。向かいのルーエ家のフロアも空となる。
 最後にドミニクは一線を越えるのだが、その結末はまさにシムノンにしか構想できないタイプのものだったといえるだろう。

 シムノンは女性を主人公にすることは多くない。しかもときおり描かれる女性主人公は、ほとんどつねに歪んだ嫌悪感や憎悪の念を、身近な同姓に向けている。しかし本作はその定石に当て嵌まらない。驚くべきことに、これは向かいの窓越しという空間的断絶を通して、ふたりの女性がある種の連帯を形成する物語なのだ。ただしその連帯も決して強固なものではなく、ほとんど彼女たちが個別に抱く幻想に近い。それでもこのふたりはシムノンのこれまでの小説に見られなかった関係性を築いたという点で大いなる注目に値する。
 本作は戦時中の1942年に書かれたが、シムノンはガリマール社との関係が悪化し、刊行はかなり遅れて終戦後の1945年となった。しかも出版元はガリマール社ではなく、La Jeune Parque[ラ・ジュヌ・パルク。社名はポール・ヴァレリーの有名な詩『若きパルク』に由来する]という小規模会社になった。オムニビュス社版シムノン全集はガリマール社から発行された作品を後ろの巻にまとめ、戦後作品から第1巻を始めているため、本作は結果的にシムノン全集第1巻の冒頭を飾る長篇となった。
 実は本作の後、シムノンはついに生涯最大の長篇小説Pedigree血統書』(1948)の執筆へと集中し始めるのだ。そうした時期に書かれた本作は、おのずとシムノンの作家的特長を湛えた秀作となったのだろう。
 さあ、ついに『血統書』を読むときがやってきた。

▼映像化作品(瀬名は未見)
・TVドラマ 同名 《L’Heure Simenonシムノン・アワー》シリーズ、ジョセフ・ラスナックJosef Rusnak監督、オーロール・クレマンAurore Clément、ハンネローネ・シュロッツHannelore Schroth出演、1988[仏]
 

【ジョルジュ・シムノン情報】
・2024年にシムノンの『ベルの死』(1952)を原作とする映画『Belle』が公開された。監督はブノワ・ジャコBenoît Jacquot、主演はシャルロット・ゲンズブールCgarlotte Gainsbourg。ソフト販売はなされていないようだが、イタリアAmazon.itのPrime videoには『Il caso Belle Steiner(ベル・スタイナー事件)』の題名で登録されている。
https://www.primevideo.com/-/ja/detail/0GGQLZXRJT5IL3VIILG6WUF2G8/

◆Il caso Belle Steiner I Trailer ufficiale HD◆

・新作TVドラマ『MAIGRET/主任警部メグレ』シーズン1のDVDがアメリカで発売された。主演はベンジャミン・ウェインライトBenjamin Wainwright。

◆Maigret: Preview◆

https://www.amazon.com/dp/B0FHDYX7Q3/
 
・本年(2026年)2月にフランスで公開された映画『Maigret et le mort amoureux(メグレと死んだ愛人)』のソフトが、フランスで6月に販売される。原作は『メグレと老外交官の死』(1960)。

◆MAIGRET ET LE MORT AMOUREUX de Pascal Bonitzer – Bande-annonce – au cinéma le 18 février 2026◆

https://www.amazon.fr/gp/product/B0GS8PWX12/
 
・イギリスの《ペンギン・クラシックス》《ペンギン・モダン・クラシックス》の両叢書で、シムノンのロマン・デュール作品の新訳刊行が堅調に続いている。英語圏ではここ10年ほどで完全にシムノン再評価の流れが定着したといってよいのはないか。この動きが日本にも広まることを期待してやまない。
瀬名 秀明(せな ひであき)
 1968年静岡県生まれ。1995年に『パラサイト・イヴ』で日本ホラー小説大賞受賞。著書に『魔法を召し上がれ』『ポロック生命体』等多数。
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