みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。北海道も天気の良い日は半袖の季節です(たぶん)。暑さが大変苦手なため今から半袖になっている身としては、この先の半年が憂鬱でございます。
 さて、本日は皆さまおなじみ、あの作家たちのファンタジー短編集を1冊ずつご紹介しようと思います。
 はじめにご紹介するのは、以前ご紹介した『正の実数』、ドラマ「殺し屋たちの店」(出演:イ・ドンウク、キム・ヘジュン他)の原作小説『殺し屋たちのショッピングモール』の作者であるカン・ジヨンによる短編集『犬どもの食事時間』。短編小説9本が収録された読み応えのある一冊ですが、その中から3本の作品をさらっとご紹介いたします。


●「犬どもの食事時間」
 ガンヒョンが子どものころ、近所には食肉用の犬を飼育する「チャンガプおじさん」が住んでいた。チャンガプおじさんはたびたび犬を屠殺し、近所の子どもを相手に他愛もない話をしながらそれを解体した。ガンヒョンの胸には、その残虐なシーンがくっきりと刻み込まれていた。
 実家を離れたガンヒョンのもとに、警察から知らせが入る。失踪届が出されている母親の特徴に似た変死体が発見されたというのだ。ここ数年実家には戻っておらず、母親が失踪したなど初耳である。失踪届を提出したのは夫だと告げられるが、ガンヒョンの父親は他界している。母親が再婚した話も聞いたことがない。安置所で遺体と対面するが、母親だという確証をもてない。義歯や整形手術の痕跡など、記憶の中の母親と合致しない点ばかりが目につく。数年ぶりに実家を訪ねてみると、そこにはわが物顔で居座るチャンガプがいた。酒乱の父親が泥酔するたびに呼びつけていた彼は、ガンヒョンにとっては実の父親よりも「父親」であり、ときに、母親にとって実の夫よりも「夫」だった。母親が再婚相手にチャンガプを選んだこともうなずけるが、ガンヒョンは違和感をおぼえずにはいられなかった。ガンヒョンの家族は、それぞれにチャンガプを窮地に陥れた過去があったのだ。

〈のっけから映像化不可、愛犬家ならずとも目を覆いたくなるような、本を閉じたくなるようなシーンが登場。中盤では、ガンヒョンの幼少時の様子やガンヒョン家族とチャンガプおじさんをとりまく事件が思い出話のように淡々と描かれますが、それに続くラストシーンがまったく淡々ではない、血生臭い物語〉

●「嘘」
 男は冷たくなった女の顔を、体を撫でまわし、匂いを嗅ぐ。女は身じろぎ一つせず、虚ろに開かれた目は空を見つめている。
 10年前、金繰りに窮した女が、男の勤める銀行に現れた。融資を望んだが審査が通らず、途方に暮れた女が涙を浮かべた。男は女に同情し、それはやがて愛に変わった。
 二人が最後に会った日、女は人を殺したと男に告白した。女は高利貸しに手を出していて、借金の取り立てにきた男を殺害するに至った。あてのないまま殺人現場から逃げ出した女は、偶然出会った若い男に助けられるが、そこには甘い罠が待ち構えていた。

〈“男”(男性話者)、“女”(女性話者)というタイトルをつけられた章が交互に登場する構成ですが、その小さなタイトルがラストの衝撃を倍増させる大きなしかけとして作用しているとは! 最終章“男”にある文章がまた美しい。
 あなたをこの家から追い出したくはない。あなたが朽ち果て、赤黒い液体と化したなら、秋に漬けた葡萄酒の瓶を空け、あなたをそれに注ぎ込もう。
大金が必要だった女、ある秘密を抱えているがために真っ暗闇でなければ愛を交わせない女の、いろいろな「そんなつもりじゃなかった」が詰まった、(見方によっては)究極の愛とミステリー〉

●「沈丁花ロマンス」
 彼女の誕生日に旅行をプレゼントしようと思い立ったホンヨンは、破格の報酬が保証された朗読アルバイトにありついた。勤務先は、沈丁花の木に囲まれた荘厳な洋館。応接間には豪華なシャンデリアに革張りのソファ、そして天井まで届く巨大な本棚が並んでいる。館の主は黒いベールで全身を包んだ小柄な老婆だったが、ホンヨン以外にも若い男が数名雇用されていた。老婆が本を選び朗読を命じるが、それは下劣なポルノ小説だった。どれも同じ類のもの、それどころかグロテスクな要素まで添加され、読むに堪えないポルノ小説であることもあった。辞職を願い出ようとしたころ、老婆はホンヨンを食事に誘い、自らベールをはぎ取って、異様な姿を露わにした。
 老婆の先祖は館の主に雇われた庭師だったが、敷地に植えた沈丁花と恋に落ちた。ある日、沈丁花の中でももっとも愛情を注いでいたひと株が死にかけているのを見つけた庭師は、悲しみのあまり、その幹を強く抱きしめ、そこにある「モノ」を発見する。

〈庭師は最愛の沈丁花と愛を交わし……(その後の顛末は割愛)。タイトルでは「ロマンス」などと銘打たれていますが、そんじょそこらの恋愛小説ではなく、大いなる怪奇ロマンス……。化け物まがいの老婆の周りに若い男がはびこっている理由、それを知ったホンヨンがどんな決断を下すのか。ただのエロかと思いきや、まさかのエログロ作品〉

 
 


 さて、次にご紹介するのは『呪いのウサギ』(関谷敦子訳、竹書房、2025)の作者、チョン・ボラによる幻想文学短編選『誰も知らないだろう』。いわゆるファンタジーというよりは、奇抜でナンセンスな作品ぞろいのこちらからも三本ほどご紹介。

●「木」 
 「この地には怪物が住んでいる。土を掘れば引きずり込まれて命を落とす」
 そんな言い伝えがある村で、彼と友人は育った。友人は足が不自由だったが腕の力で木登りをこなし、木の上では彼よりも身軽に動き回った。
 ある日、いつものように二人並んで高い木の枝に寝転がっていると、眼下を歩く旅人とロバの姿が目に入った。好奇心にかられた友人は、彼らに向かって木の実を投げつけた。驚いたロバが駆け出し、視界から消えた。腹をたてた旅人が二人を捕らえて縄で縛りあげた上、首まで地面にうずめた。彼は力の限りにもがきながら地上に這い出たが、足の不自由な友人はもがくことさえできず、恐怖で顔をこわばらせたまま木になった。
 数年が経過し、彼は友人の夢を見た。痩せこけた友人は空腹を訴え、彼に「あるもの」を要求した。目が覚めて森へ足を運んだ彼は、不穏な空気の中で枯れかけた黒い大木を見つける。辺りには、黒く干からびた鳥やうさぎの死体が散らばっていた。

〈大切なロバを逃した少年たちを恨む「旅人」。自分だけ「木化」を逃れた彼をも恨む「友人」。友人を木にした旅人を恨む「彼」。怨恨の三つ巴の犠牲になったのは、無実の人間でした。怨恨が生んだ不毛な争いと無残な終着点を描いた物語〉

●「髪」
 台風が過ぎ去った夏のある日、空から「種」の雨が降った。大都会の地面に落ちた種はアスファルトのひび割れの中へ、外壁の隙間の奥へ、開かれた窓から家の中へ入り込み、「髪」の芽を吹いた。そうして都市は、髪に包まれていった。いたるところで発芽し、成長を続ける髪は、生命体を見つけると瞬時に巻き付いて繭の中にそれを閉じ込めた。繭の中の生命体は、外界から遮断されたことによる切なさと、母胎にいるかのような安心感に包まれたまま溶かされた。人々は迫りくる髪に怯え、室内に閉じこもるしかなかった。
 女はいつも、隣室から聞こえる生活音に耳を傾けていた。彼がいつ起床し、いつ食事をとり、どんなテレビ番組を見ているのか。それに合わせて自分も起床し、食事をとり、同じテレビ番組を見ることが幸せだった。女は、絨毯のように艶やかな髪に男と共に巻き付かれ、共に繭に包まれることを夢見た。
 ある日、女は刺激臭を感じて目を覚ます。窓の外に目をやると、そこには変わり果てた髪の姿があった。

〈人々はいとも簡単な方法で髪を撃退する方法を見つけ出し、自由に外出できるようになりますが、女の恋は切ない終わりを迎えます。完全なる架空の世界でのみ成立する奇抜な設定なのに、この上なく現実的な結末。「夢から覚めた」という表現がぴったりのナンセンス作品〉

●「Nessun sapra」
 大祖国戦争終戦60周年を記念するドキュメンタリー番組を担当する制作陣が、人肉を食べて戦争を生き抜いた看護師が存命するという話を聞きつける。しかも彼女が食したとされる人物は、ソ連の伝説の作家、イヴァチョフだというのだ。制作陣は、彼女が暮らす療養所を訪ねることにした。
 戦時中に兵士の看護にあたっていた彼女は、現在、重度の精神疾患を患っていた。まともな取材が可能なのか判断がつかないまま、制作陣はカメラを回し始めた。だがイヴァチョフの名を耳にした途端、虚ろだった彼女の視点は突如焦点を結び、自らの生涯について、イヴァチョフの最期、そして死体を口にしたわけについて語り始める。
「彼はいつも私と一緒よ。今も、これからも」
 その一言を最後に、彼女は再び昏迷状態に陥った。にわかには信じがたい話を聞かされ、茫然自失の状態で療養所をあとにした制作陣はテレビ局に戻り映像を確認するが、そこには信じられない光景がおさめられていた。

〈ロシアの作家が記した「風」の、史実に基づいた伝記「風」物語。イヴァチョフの生涯をたどりながら、戦時下を生き抜いた恋人たちを描くラブ&ピース&ホラー〉

 民話テイストの作品や史実を取り入れたお堅いファンタジーがある一方で、謎にSMチックなファンタジーがあったりもして、え! そこに着地すんの!? と驚きを禁じ得ない作品がちらほら。長編小説とは異なり、作品ごとに違うタイプの衝撃をくらうので、なかなかの疲労感をいただきました(いい意味で)。爽やかな新緑の季節、公園のベンチで、芝生の上で、さわやかな風に吹かれながらこんな読書を楽しんでみてはいかがでしょうか。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。














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