書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。
この連載が本になりました! 『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』(書肆侃侃房)は絶賛発売中です。
(ルール)
- この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
- 挙げた作品の重複は気にしない。
- 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
- 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
- 掲載は原稿の到着順。
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千街晶之
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『祖国なき者たちへ』エリザベス・ウェイン/吉澤康子訳
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創元推理文庫
四月に読んだ長篇ミステリで特に感銘を受けた二冊は、作中の時代こそ異なるものの、ともにヨーロッパの複雑な国際政治状況を背景にした作品だった。まずエリザベス・ウェイン『祖国なき者たちへ』は、一九三七年、ヨーロッパ各国を代表する若きパイロット十二人がタイムを競うエアレースが舞台。唯一の女性パイロットであるステラ・ノースは、ある飛行機が別の飛行機によって墜落させられるのを目撃してしまう。平和の名のもとに開催されているという建前のレースの裏で蠢く各国の思惑、そしてそれぞれの国の名誉を背負うパイロットたち個々人が抱えている事情や秘密が複雑に絡み合い、レースの進展と犯人探しが同時進行する展開はスリリングな臨場感に満ちている(容疑者の国籍がこれほどバラバラなミステリ小説は、ひょっとするとアガサ・クリスティー『オリエント急行の殺人』以来かも知れない)。また、この二年後には第二次世界大戦が始まってしまうというタイミングを考えれば、登場人物たちを今後待っている運命が平穏なものであるとも思えず、読後には『コードネーム・ヴェリティ』などの著者の作品を想起せざるを得ない。そしてもう一冊はニック・ハーカウェイ、ジョン・ル・カレ『カーラの選択』。こちらの時代設定は一九六三年、東西冷戦時代である。ル・カレの名作『寒い国から帰ってきたスパイ』の続篇を息子のハーカウェイが執筆したこの作品では、前作の苦い結末を受けて英国情報部を去ったジョージ・スマイリーが、再び諜報戦の舞台に引き戻される。ソヴィエト連邦の暗殺者に命を狙われていた文芸エージェントが姿を消したのだ。英国情報部の目につくような動きなど一切なかった文芸エージェントが何故狙われるのか。ニック・ハーカウェイといえば父とは異なる奇想天外な小説の書き手という印象が強かったけれども、本書を読んでいるあいだは、まるでル・カレ本人の小説を読んでいるような錯覚を感じ続けた。いずれ劣らぬ深い読み応えの二冊だが、『カーラの選択』は『寒い国から帰ってきたスパイ』を既読であることが前提なので、今回は『祖国なき者たちへ』を選んだ。
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酒井貞道
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『魔都シカモア』イアン・ロジャーズ/風間賢二訳
新潮文庫
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訳者名を見た瞬間に、ストレートなミステリであるはずがないのはわかるが、それでも本作には驚かされた。魔界につながる出入口が世界のあちこちに現れて、そこから吸血鬼や人狼などのモンスターがやって来て周囲に災厄をまき散らす。ここまでなら別に驚かない。また特殊設定ミステリが登場したなと思うだけだ。びっくりしたのは、魔界・出入口・モンスターに、ルールや法則がほぼない点である。特殊設定ミステリで推理をやろうとなると、特殊設定には一定の、しかし厳格なルールが設けられるのが常だ。ところが本作にそんなものはない。ないったらない。これではストーリーがミステリとして成立するのは厳しい。でも解説(阿津川辰海さん)によると、「犯人当ての興味が疎かにされていない」らしい。いやいや無理でしょこれは。……と思っていると、マジで犯人当てが成立してしまうのである。ミステリ的な驚きの感情すら随伴して、《意外な犯人》と言い得るものすら出現してしまうのである。これにはビックリした。そして、そこに至るまでの道程を、典型的な私立探偵のキャラクター造型を施された主人公が駆け抜けるのもいい。ご機嫌な娯楽小説であるのは間違いない。なお主人公フェリックス・レイのシリーズは、長篇だと現時点では本作が唯一だが、短篇だと既に何本も書かれているらしい。短篇集としてまとめてくれませんかね。ひたすら楽しいと思います。
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上條ひろみ
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『エージェントは二度推理する』ハーラン・コーベン/田口俊樹訳
小学館文庫
スピンオフ『WIN』の邦訳から四年、みんな大好きマイロン・ボライターがついにカムバック。待ってたよ、マイロン! なんとシリーズの邦訳は二十四年ぶりだそうです。でも、ファンのわたしでも既刊の内容はほとんど忘れているので(おい!)、ご新規さんでも無問題。心優しいスポーツ・エージェントのマイロンと、資産家で投資業務担当の切れ者ウィン。このコンビの旨味が絶妙なバランスで配合されているので、まだの方はぜひご賞味ください。今回はマイロン個人の過去が大きく関係していて、夫婦や親子のあり方についていろいろ考えさせられます。でもマイロン、正直にも程があるよ……と思う場面も。妻のテリースがちょっとかわいそうになりました。後半から物語がどんどん加速し、ラストまでノンストップで読んでしまうのはコーベン作品のお約束。ちなみにわたしの好きなキャラは、長年〈MBレップス〉の受付をやっている元プロレスラーのビッグ・シンディ。
ジャクリーン・ゴルディス『メインキャラクター』(法村里絵訳/創元推理文庫)は、オリエント急行で旅をしながら謎解きを堪能できるお得な作品。豪華なスイートでのひとときはもちろん、途中下車をして観光したり、命を狙われたり、一章ごとに推理がひっくり返されたり、休むことなくご馳走が出てくる感じ。そんな至れり尽くせりの旅の終着駅には特大の驚きが待っています。ラストでこんまりメソッドが出てきたのにもちょっと驚いたけど。こんまりの番組ってNetflixでも見られるのね。
イアン・ロジャーズ『魔都シカモア』(風間賢二訳/新潮文庫)も驚きに満ちた異色作。まず設定が巧妙で、人外の生物(?)がいる魔界〈ブラックランド〉への出入り口(ポータル)があちこちにあり、人がうっかり入ると帰れなくなるし、人外たちはこっちの世界に出てきて悪さをする。その設定を利用した謎解きは意外にも正統派で、減らず口探偵のキャラも魅力的です。SF、ホラー、ミステリのハイブリッド作品。
最後に、リース・ボウエン『貧乏お嬢さま、子守りを探す』(田辺千幸訳/コージーブックス)のジョージーを褒めてあげたい。シリーズ十九作目にしてついに、控えめな貧乏お嬢さまジョージーが、嫌味で口うるさい意地悪な義理の姉フィグをことばで撃退し、全読者が拍手喝采したであろう記念すべき作品です。母になったジョージーは強い!
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川出正樹
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『魔都シカモア』イアン・ロジャーズ/風間賢二訳
新潮文庫
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北アメリカの小さな町を舞台にした二作の犯罪小説のどちらにするかで半日悩んでしまった。ヘンリー・ワイズ『無垢なる町』(吉野弘人訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)か、イアン・ロジャーズ『魔都シカモア』か。結局、今の気分で決めたので、どちらも実に愉しめました。
『無垢なる町』の舞台は、急速に近代化していくバージニア州にあって置き去りにされた田舎町。過去を清算すべく十年ぶりに帰郷し保安官補を務めている青年が、上司命令で旧友の父を逮捕せざるを得なくなるも納得がいかず、元警察官で私立探偵の女性と組んで真相を追う。「何十年も過去に縛りつけられ、未来などなく、過ぎ去ったものの残り香だけが漂う場所」で、旧友に対する罪の意識を抱き続ける主人公は、正義のありように憤りながら、過去と向き合い、悩み傷つき奮闘する。地と血の桎梏に絡め取られ、誰ひとりとして罪なき傍観者ではいられない荒れ果てた南部の田舎町の様相とそこに生きる人々の人生を噛み締め、剥がれ落ちた糖衣のかすかな甘味の残滓とともに苦みと滋味を味わってほしい。
一方、『魔都シカモア』の舞台は、トロント北部のスモール・タウン。世界から忘れ去られた場所としての時代を超えた雰囲気のある典型的な近郊の町だけれど、事件は異様きわまりない。というのも〈ブラックランド〉という暗黒の別世界に通じるポータルと呼ばれる出入り口が世界各地に出現し、人や飛行機が消失しているのだ。しかも闇の世界には、人狼や吸血鬼などの異形の怪物が徘徊しており、中に入って生還したものはほとんでいない。そんな闇の世界と因縁浅からずオカルト版「私立探偵スペンサー」と呼ばれるフィリックス・レンが、消失した遺体の探索を依頼されシカモアに赴き、連続殺人事件に巻きこまれる。
文字どおり魑魅魍魎が跳梁跋扈する世界で、減らず口と反骨精神を武器にタフな男がもっとタフな人物とともに異様で凄惨な連続殺人の謎を追う。ダーク・ファンタジーとSFとハードボイルドのキメラなれど、実は、納得のいく意外な犯人ものとしても秀逸。
マット・ラフ『ラヴクラフト・カントリー』(茂木健訳/創元推理文庫)を思い出したけれども、解説で阿津川辰海氏も書かれているように、エリック・ガルシア『さらば、愛しき鉤爪』(ヴィレッジブックス)やニック・ハーカウェイ『タイタン・ノワール』(ハヤカワ文庫SF、ともに酒井昭伸訳)が好きな方にもオススメです。
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- 吉野仁
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『魔都シカモア』イアン・ロジャーズ/風間賢二訳
新潮文庫
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へらず口をこれでもかとかます私立探偵の登場、夫失踪の調査を依頼する妻ときて、冒頭からなんだかサタデーナイトライブのスケッチコメディで探偵ものが繰り広げられてるような気分で読みはじめたが、「魔都シカモア」のオカルト異界めぐりだったり、このジャンルのお約束と定石と何度も目にしたことのある「真相」がぜんぶつめこまれていたり、それでいてクライマックスで手に汗握る死闘が展開されたりと、週末のテレビ番組コントどころか、長い尺と予算と時間をかけてつくりこんだ脚本による劇場映画並の手応えが感じられる物語にバカバカしさをこえてすっかり圧倒されてしまった。こんだけ語りと会話がうまけりゃ問答無用で話にひきこまれちまうよ、まったく。現実とは異なる世界を舞台にしたミステリといえば、先月間に合わなかったロバート・ジャクソン・ベネット『記銘師ディンの事件簿 木に殺された男』も負けず劣らず凄かった。海から襲いかかる巨獣リヴァイアサンに備える大帝国で、巨大な木を生やした姿で死んでいた男の事件を担当した捜査官と助手という長編なのだが、奇抜に思えるあらゆるファンタジイ&ミステリ設定がちゃんと物語を面白くするための最大効果を発揮しているのには恐れ入った。そんな話作りの妙にくわえて、主人公コンビのキャラクターとやりとりがこれまた強力で最高、いまから続編を心待ちにしている。で、もう一作、これも遅れに遅れて読んだロス・モンゴメリ『ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿』は、館が舞台で犯人探しの本格ものながら、巨獣リヴァイアサンではなくハレー彗星の接近に人びとが怯えているなど、どこかこの『記銘師ディンの事件簿』と似たところもあり、とりわけ個性の強い探偵コンビの魅力がこちらも大きく発揮されていた。やはりシリーズ次作が愉しみでならない。続編ということでは、『カーラの選択』は、なんとジョン・ル・カレ『寒い国から帰ってきたスパイ』の直後の時代設定における、ジョージ・スマイリーの物語を息子ニック・ハーカウェイが新たに創造したものなのだ。息子は父の世界観をすっかりものにして書き上げた……、というわけでもなくハーカウェイらしさもあるなと個人的に感じたものだが、なにかル・カレ同様、一読しただけで全部を把握できたか不安に思う。親子ともども改めてやっかいな書き手である。大物作家では、スティーヴン・キング『チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ』は二作収録されていて、最初の「ハリガンさんの電話」でまずぐいと掴まれた。これは本当に起きたことだと感じさせる話の段取りというかリアリティ与えるための手続きが無駄なくていねいにごまかさず描かれており、だからこそのしみじみと感動する物語に仕上がっている。とうぜん表題作もしかりで、往年のアメリカ映画の名作を見ているような感慨深さよ。大作では、あの『1793』三部作の作者ニクラス・ナット・オ・ダーグが自身のルーツをもとに描いた『運命と希望』は、十五世紀のスウェーデンの一族をめぐる物語で、背景、事件、人間関係など劇的な要素がこれでもかとつめこまれている重量級の歴史小説だ。エリザベス・ウェイン『祖国なき者たちへ』も、一九三七年における欧州の青少年エアレースをめぐる歴史航空ミステリだ。作者ならではの鮮やかな飛行シーンや息詰まる空の活劇だけでなく第二次世界大戦前夜という時代設定があちこちで活かされており印象に残る。ジャクリーン・ゴルディス『メインキャラクター』は、現代のイタリアが舞台ながら、なんとオリエント急行の旅に招かれた女性がヒロインで、あきらかにクリスティのオマージュかと思いきや、ポアロのような名探偵は登場せず、章ごとに変わる語り手とともにサスペンスが展開するトラベルミステリである。キンバリー・ベル『血塗られた指輪』もまた旅先のパリで爆弾事件にあった夫の行方を妻が追うという緊迫感あふれたサスペンスながら、アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀ペイパーバック賞受賞作だけあって、ものすごく凝った裏事情や小道具設定のもとに展開していき、その話運びが見事で面白い。盗難美術品をめぐるお洒落でハイブロウな世界に巻き込まれた美女というヒッチコック映画を見てるような気分になった。最後にこちらもエドガー賞の最優秀新人賞受賞作、ヘンリー・ワイズ『無垢なる町』は、アメリカ南部の小さな田舎町を舞台に、冤罪としか思えない殺人事件を担当した保安官補が上司にさからいつつ捜査を進めるといった、またまたすべて既視感のある設定で占められた作品ながら、受賞したのも納得の出来映えだ。とくにラストの余韻の深さにしみじみとしてしまった。だれもが罪を負うがゆえにここは無垢なる町、自分はそこを出たよそ者であり、かつその村の者にほかならぬ、という何重ものアイロニーが伝わり言葉を失う。村にそびえる大木の根をうっかり掘り返すと木そのものが枯れて死んでしまう、そんな大木のある村とは、世界すべての村や町でもあるのだ。
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霜月蒼
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『カーラの選択』ニック・ハーカウェイ/加賀山卓朗訳
早川書房
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『エンジェルメイカー』や『タイタン・ノワール』といった怪作で知られるイギリスの鬼才ニック・ハーカウェイが、ル・カレのジョージ・スマイリーの物語を書いた。それも『寒い国から帰ってきたスパイ』の悲劇に傷ついたスマイリーと英国情報部をフィーチャーし、題名からそれとわかるとおり、やがて『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』から『スマイリーと仲間たち』に至る三部作で暗躍するスマイリーの仇敵カーラが登場するスパイ小説を書いた。
それもル・カレのごとき文体、ル・カレのごとき構成と仕掛けで。ジム・プリドーもアン・スマイリーも東独のムントも登場するが、ファンを楽しませるだけの二次創作感は微塵もない。黄金時代のル・カレのみっしり稠密な重量感がここにある。まさか最高級の冷戦スパイ小説を2020年代に読めるとは思わなかった。冒頭、イギリスで出版エージェントを営む亡命者を密殺にやってきたKGBの暗殺者が任務に失敗し、その顛末が複雑な経路を通じてイギリス情報部に伝わってゆくプロセスを読んだだけで痺れる。この地味で迂遠な「お役所仕事」に痺れるタイプの読者は、『カーラの選択』を今すぐ読まねばならない。
というようにきわめてイギリス的な『カーラの選択』の完成度を一番に置くが、きわめてアメリカ的な濃密な語りをもつヘンリー・ワイズ『無垢なる町』も忘れがたい。やはりじっくりと前進してゆくクライム・ノヴェルだが、こちらは南部のサザン・ゴシックの、湿った泥道をゆくような緩慢さである。しかし詩人でもあるというワイズの筆は、鮮烈な比喩や心象風景を織り交ぜて、罪深い僻地の深奥を腑分けしてゆく。こうした物語で女性探偵が謎を追うというのも新鮮。こちらも是非読まれたい。
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杉江松恋
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『エージェントは二度推理する』ハーラン・コーベン/田口俊樹訳
小学館文庫
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本サイト「え、こんな作品が未訳なの?」コーナーで三角和代さんがマイロン・ボライター・シリーズの未訳2作について紹介されたのは、2009年9月2日のこと。それからまったく出版社の動きもなく、ああ、このままシリーズは翻訳されないのだろうな、と思っていた。ここ数年、コーベンの単発スリラーが訳出されるようになり、あれ、もしかしたら、と淡い期待を抱いていたところ、ついに最新作が翻訳されたのである。解説を担当した作品だが、お許し願いたい。全国のマーロン・ボライター・ファンの皆様、お待たせしました。
解説で触れたので未訳が続いた間にシリーズがどうなっていたかの説明は省略するが、時間の経過を感じさせられるくだりがあちこちにあり、古くからの読者は感慨深いのではないだろうか。あまり変わらないのはウィンことマイロンの盟友ウィンザー・ホーン・ロックウッド3世で、この人は相変わらずである。マイロンの方は、自分の中には男性優位主義者的な一面があると反省したり、ある証人を巡る行動では明らかな失敗をしてしまったり、と格好悪い一面も見せる。そうそう、そういうところが逆に魅力的な主人公なのだった。
このシリーズはマイロンの私生活が、時に扱われる事件と同等の比重で描かれる。今回はかつての友人であり、スポーツエージェントとしての顧客でもあったグレグ・ダウニングに殺人の容疑がかけられるというところから話が始まる。しかしおかしな話で、マイロンの知っている限り、グレグは3年前に異国で客死しているはずなのだ。もしかすると死は偽装であったのか、とマイロンは調査を始める。このグレグこそマイロンがバスケットボール選手として生きることを諦めさせる原因を作った張本人であり、さらにはもっと深い因縁もあり、というシリーズ読者にはおなじみの存在だ。その相手について調べるということから、本作は勢いマイロン・ボライター自身の事件という様相を帯びている。懐かしく物語を味わっていると随所に驚きもあり、実に楽しめた。シリーズ未読の方でも大丈夫なので、もし本書を気に入ってもらえたら、過去作も探して手に取ってみていただきたい。いい連作なのですよ。
シリーズひさしぶりの作品から名作に連なるまさかの続篇、異常設定の私立探偵小説に歴史に題材をとった重厚作と、今月も粒よりの作品が揃いました。ぜひ読書をお楽しみください。来月もどうぞお楽しみに。(杉)
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