■E・D・ビガーズ『ボールドペイト山荘の七つの鍵』(赤星美樹訳・論創海外ミステリ)■
本書『ボールドペイト山荘の七つの鍵』(1913) は、中国系アメリカ人探偵〈チャーリー・チャン〉シリーズで名高いE・D・ビガーズの最初の長編。本作は、発表と同時に評判を呼び、戯曲化され、ブロードウェイで大当たりしたほか、七作もの映画の原作となったという。主人公ビリー・マギーは、小説家。彼が書いているのは、真夜中の銃撃戦、財宝探し、恋のロマンスがいっぱいの大衆向け娯楽作品。書評で最新作を「凋落の秋」と書かれて、マギーは怒り心頭。冬は閉鎖されているニューヨーク州北部のボールドペイト山荘を所有者の息子から借り受け、独り籠って、洗練された文学的作品を書くことにした。ところが、最初の夜に、紳士物の用品雑貨屋を名乗る男が現れ、大失恋の傷を癒すために、ここに山荘に籠ることとし、支配人から鍵を借りたという。さらに、講義における失言で居場所がなくなったという比較文学の教授と称する老人、駅で泣いていた超カワイ子ちゃんメアリーとその母といった面々が次々と山荘に現れる。鍵は全部で七つ。まだまだ、隠者志願者が現れるのか。マギーは、この奇怪ともいえる状況に翻弄されていく。
『そして誰もいなくなった』(刊行時には形もなかったが) の逆を行く『そして人は増えていった』である。連続殺人で登場人物が一人一人減っていく物語が哀調のメロディを帯びるとすれば、一人一人増えていくドラマが陽気なメロディを奏でるのは必然ともいえるだろう。そして、登場人物は、なかなかの奇人変人揃い。老教授は、16世紀の詩に出てくる黄金色の髪の娘を称えて、彼女一人は婦人参政権運動家百万人に匹敵すると発言し、怒涛のような非難にさらされたという。新聞社には、「史上もっとも偉大な金髪女性を挙げてほしい」と頼まれる始末。近隣の小屋に住む男は、マギーに「プロの隠者」と呼ばれるが、世界中の厄介事はすべて女性が引き起こしているというのが持論で、それを証明するため『女』という著作を執筆中だ。
本書は、コメディ作品である一方、そもそも状況自体がミステリアスであり、誰がどんな思惑で山荘にやってきているのか一切が不明。最後に、謎が解けていくミステリ仕立ての作品でもある。加えて、ロマンス。〈チャーリー・チャン〉シリーズでも、特に第一作『鍵のない家』(1925) などでは、若い男女のロマンスは重要なテーマだった。マギーは、駅で泣いていた金髪の娘メアリーの虜になってしまい、彼女の願いに応え、違法行為まで決意する。彼女は一体何者で何が目的なのか分からないのに。
山荘には、近隣の市長まで登場し、さらに混乱は増す一方だが、金庫にしまわれた金の争奪戦が行われていることは次第に明らかになってくる。やがて一人が死ぬ事件が起き、謎はさらなる深まりをみせる。
終幕近く、関係者の語りによって、事件の構図は大方明らかになり、登場人物たちの相互の意外な関連も、明るみに出る。悪党は打撃を受け、失われた愛は取り戻され、偽りの感情は本物の感情に向かい、歩みを止めた時計は再び動き出す。まさに絵に描いたような大団円。そして、マギーとメアリーのロマンスの行方は。これはご想像に任せよう。
マギーは、どんな人間にも優しく朗らかに接する好漢。登場人物は、悪党であっても、憎めない。健全で牧歌的といってもいい、大層読み口の良い小説であることは間違いない。それでも大甘というわけでもなく、ときおり、登場人物が語る挿話――メアリが語る目の不自由な女の子に関する挿話、詐欺師と幼なじみの猜疑心に関する挿話、「プロの隠者」が語る一度だけついた嘘の挿話など――には、人生の機微に触れる印象的なものが多く、作品にピリリと辛味を効かせいている。
ほぼ小説の舞台は固定され、時間は三日間、登場人物も個性的であり、とても舞台化に向いた作品で、観客の喝采を受けたのは大いに納得できる。訳者あとがきによると、戯曲のストーリーは、かなり改変されているようだが、こちらも魅力的なものだ。
■オースティン・フリーマン『狼の影 すべては一発の銃弾から』(松本真一訳・風詠社)■
これまでも、クラシックミステリを独自にセレクト、翻訳している松本真一訳で、ソーンダイク博士物の長編が刊行された。オースティン・フリーマン『狼の影 すべては一発の銃弾から』(1925) は、『アンジェリーナ・フルードの謎』(1924)と『ダーブレイの秘密』(1925) に挟まれた中期作。本書は、短編「オスカー・ブロズキー事件」等で、ミステリ史上画期的な倒叙物の探偵小説を生み出したフリーマンならではの倒叙物の長編で、短編「死者の手」(1912) (『ソーンダイク博士短篇全集第2巻』収録) を基にしたものだ。短編の第一部はそのまま本書の第一章に転用、第二部は本書の解決部分に大幅加筆の上で転用されている。逆にいうと、二章以降の中間部は、長編化に際して新たに加えられたものだ。
英国南西部コーンウォールの外界に向かうヨットの中で事件は起きた。ヨットに同乗しているダニエルとヴァーニーは、贋札づくりのチームだった。ダニエルは首領格、彫刻家であるヴァーニーは刷板を彫って紙幣をする役回りだ。最近ヴァーニーが使用した贋札が疑われ、彼は高飛びの経験もしている。ヴァーニーは足を洗いたがったが、ダニエルはヴァーニーに貸している金をカタに同意しない。それに、ダニエルの妻は、ヴァーニーも愛した女だった。ヴァーニーに強い殺意が生じ、ダニエルを射殺。死体に重りをつけて、海中に沈める。ヨットの港への到着後は、ダニエルは独りで次の目的地に向かったと、ヴァーニーはシラを切る。顧問弁護士への偽装工作により、ダニエルが失踪してもおしくない状況をつくりあげ、ダニエルは、失踪したものとみなされる。
死体が見当たらず、失踪とみなされるというのが、倒叙物である本書のキモで、警察も捜査に乗り出してこないのは、ヴァーニーにとって心強い。
ソーンダイク博士はダニエルの妻マーガレットの友人であり、最初から物語に登場するが、博士もダニエルの失踪を疑わない。
ヴァーニーは、近隣を調査の上で、ダニエルに似た男が女とともに船に乗った姿を目撃されたという偽情報をマーガレットらに伝える。さらに、顧問弁護士の広告に応じて、ダニエルの手紙を偽造し、生存しているとみせかける。しかし、この辺から、ヴァーニーの工作は、綻びをみせはじめる。
失踪とみせかけたばっかりに、マーガレットは、依然人妻であり、ヴァーニーとは結婚できない。このことがヴァーニーのジレンマとなるという展開がなかなか心憎い。一方、手紙の丹念な分析から、偽装を見抜いたソーンダイク博士も、偽装が明らかにすれば、ダニエルは生死不明ということになり、友人のマーガレットは法的に自由になれないというジレンマを抱える。ソーンダイク博士物の短編も、中期以降、「失踪」テーマが増えていくが、この長編は、前作『アンジェリーナ・フルードの謎』と同様、「失踪」という表面上の状況をうまく物語に取り入れている。
殺人発覚の決定打は、偶然手に入れたボタンと海産の虫の残した跡という百万に一つの偶然のようなもので、ヴァーニーには気の毒なくらいだが、終幕、ヨット上で、次々と船上の殺人の証拠を積み重ねるソーンダイク博士の推理はなかなかに圧巻。ヴァーニーの全能の神になった心境や不安、ジレンマも十分描かれ、『ポッターマック氏の失策』(1930) とまではいかないものの、倒叙物として満足のいく出来栄えだ。ただし、終幕、博士らとヴァーニーが海上で偶然行き当たり、ヴァーニーが決定的場面を目撃するという設定は、ドラマティックにすぎないか。
翻訳は、登場人物の会話が直訳調だったり、口調が不自然だったりと、かなり気になるところがある。
なお、本書には、電子書籍版の既訳として、『偽装を嫌った男』(美藤志州 訳/2020)として、既訳があることを「x」で教えていただいた。
■イアン・フレミング『007/
本書『007 /
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「危険」イタリアから密輸される麻薬流入を阻止するために、イタリアの組織壊滅に潜入したボンド。ヴェネツィア近郊で繰り広げられる船舶襲撃が大迫力。悪党をも味方につけるボンドの人を信じる心が発揮され、爽快感が強い。
「稀少種ヒルデブラント」(旧訳題「珍魚ヒルデブラント」) これまた異色編。セーシェル諸島で暇をもてあましたボンドは、米国の大富豪の船に乗り込み、世界的な稀少種である体長15㎝の魚を捕獲するため、珊瑚の島に向かう。常に人を見下す大富豪と夫に盲従するしかない美貌の妻が対照的に描かれているが、遂には殺人事件が発生。それも聞いたこともないような死にざまである。ボンドは、犯人は二人のうちのどちらかと推理するが、リドル・ストーリー的に小説は終わる。じっとりと手に汗が滲むような余韻の残る小説。冒頭でボンドのアカエイを捕獲するシーンがじっくり描かれているが、それが「アカエイの鞭」という重要な小道具に結び付いているところに、ストーリー・テリングの巧みさを感じる。
最初の一編で、ボンドは「一九四五年後以降、このパリで楽しい一日を過ごしたことは一度もない」「パリがうしなったのは、街の“
また、「危険」にみられる信じた人へ信頼の篤さ、「稀少種ヒルデブラント」における魚であっても無用な殺生を嫌悪する姿には、殺人許可証をもつ男の秘めた心の優しさを感じとることができたのも収穫だった。
■馬場孤蝶訳/セクストン・ブレイク・コレクション4『極北の秘密』(ヒラヤマ探偵文庫)■

ヒラヤマ探偵文庫のセクストン・ブレイク探偵物、第四弾。セクストン・ブレイクは、往時にはホームズと並ぶほどの大衆的人気を誇った英国産の名探偵。数多くの作家によって永きにわたり書き継がれたシリーズだ。
訳者の馬場弧蝶は、明治時代から活躍した英文学者・翻訳家で、探偵小説も好んだ。乱歩は、大正11 (1922) 年、弧蝶の講演に触発されて、「二銭銅貨」「一枚の切符」を書きあげて、弧蝶に送ったのは、有名な話 (もっとも、弧蝶は読まずに返却し、乱歩の発見者となる栄誉を逃してしまった)。本書解説 (湯浅篤志) によると、この当時、弧蝶は、二、三年前から海外の探偵小説を読む癖がつき、既に、二百四、五十編は、読んでいたと書き残している由。
そんな孤蝶の眼鏡にかなって、知識階級向けの雑誌に翻訳連載されたのが、本書であり、
作者名は記されていなかったが (原書にも作者名は記されていない)、調査の結果、森下雨村『謎の無線通信』(ヒラヤマ探偵文庫21) と同様、ウィリアム・ウォルター・セイヤーと判明したとのこと。
冒頭は、極北の大氷原を行く二つの犬橇の描写から始まる。「見渡す限り、何物もない、荒涼として、茫漠たる無人境」の事件が大変格調の高い文章で綴られる。橇を引いているエスキモー犬は、飢餓のために獰猛になり、革鞭の苦痛のために狂乱の態に至っている。一匹の犬が倒れると仲間の犬がその肉を争奪する無残絵のようなシーンが現出する。橇の中には、黄金の塊がきらめいている。雪原に独り残された
物語は、一転、ロンドンは、イーストエンドの
続いて、ようやくセクストン・ブレイクの登場と相成る。財布を奪った青年が依頼人だが、ブレイクとの面会の直前に青年は何者かに拉致される…。
大氷原の大金塊と中国人殺害事件とを結ぶ糸は、何かという (読者にとっての) 謎を巡って、物語は進展し、さらにもう一つの惨殺死体が転がる。英国の密偵グラント、フランスの密偵ジユリイ嬢といったサブキャラクターの登場もあってにぎにぎしいが、後半が駆け足すぎて、最後は、事件の説明に終始する感が強い。原作がこうなのか、雑誌連載の性質上、急遽終わらせる必要性に迫られたのか。前半部に力がこもっているだけに、この調子が最後まで続かなかったのは惜しい。
■飯城勇三『どんでん返しミステリガイド』(星海社新書 381)■
星海社新書では、『エラリー・クイーン完全ガイド』『密室ミステリガイド』『名探偵ガイド』に続く、著者のガイドシリーズ4冊目。冒頭に、未読の作品について「どんでん返しがある」ことを知らされるのは、ネタバラシとなり、読書体験に大きな影響を及ぼす可能性があり、「予備知識なしで作品を読まれたい方には、以降のページを開くことをオススメいたしません」とある。帯では、白紙で読みたい読者は「本書を決して読まないでください」とさらに過激になっている。読者の天邪鬼心に訴える「見るな」商法とでもいうべきか。
海外20編、国内40編が選出されており、「第一部 起承篇」では、「story」と「guide」が、「第二部 転結篇」では真相やトリックを明かした上で作品を考察という構成になっている。
海外篇で選定された作品をみると、「どんでん返し」というより、「意外な解決」「意外なオチ」「優れた機智」といったほうが適当ではないかという作品も見受けられるが、これは、「どんでん返し」という言葉の受け止めの違いによるものかもしれない。また、当初「叙述トリックガイド」として構想され、さすがに「叙述トリック」だけのガイドはまずいので、それ以外の作品も含め、『どんでん返しミステリガイド』としたという成立の事情もあるのだろう。いずれにしても、本書では、読者自身の常識や先入観がひっくり返る驚きを〈どんでん返し〉と呼んでいる。
コラムでは、その種類を「トリックによるもの」「叙述によるもの」「プロットによるもの」「世界によるもの」「推理によるもの」「その他」に分類し、どんでん返しの構造を分析している点が大変ユニーク。個々の作品解説も、着眼点が独自で、興味深い。
特に、叙述トリックに関しては、真相やトリックを明かした上での考察という本書の特性を生かして、我が国の作品を中心に、高度に発展してきた経過が跡付けられており、一種の「技術発展史」として、本書を読むことも可能だろう。
今回は、もう一冊、ヒラヤマ探偵文庫・ロバート・バー『新聞記者ジェニー・バクスター』も取り上げる予定でしたが、来月送りということで、お許しを乞う。
| ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた) |
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ミステリ読者。北海道在住。ツイッターアカウントは @stranglenarita 。 ■note: https://note.com/s_narita35/ |
ミステリ読者。北海道在住。