今月もこんにちは! 国立新美術館の森英恵展東京都現代美術館のコシノヒロコ展に行きました。両方とも眼福の極みというか、非常に満足度の高い展覧会だったのですが、なんとコシノヒロコ展はかなりの数のコレクションの実物を触れる部屋があってびっくり。どちらも力いっぱいオススメです。

*今月の新シリーズ本*
ホリー・ヘップバーン『シャーロック・ホームズは引退しました』(廣瀬麻微訳/創元推理文庫)

 世界で最も有名な住所、ベイカー街221Bにある住宅金融組合で秘書として働いていたハリエットは、厚顔無恥な上司のセクハラを拒んだために、暗くて狭い郵便室勤務に追いやられてしまいます。そこでの仕事はここに住んでいる(はずの)シャーロック・ホームズへの依頼を、秘書としてお断りの手紙を書くこと。ところがある日、ロンドンでメイドをしている姉が失踪したので探して欲しいという依頼が来ます。まずなんといっても原題の「消えたメイド」をこんな魅力的な邦題にしたのが素晴らしい! 行動力ある才気煥発な主人公を筆頭に、印象的なキャラクターが続々と登場。お上品な社交界と危険な暗黒街の両方が存在するロンドンの魅力も言わずもがな。すでに続編刊行が決定ということで、とても楽しみな新シリーズです!

*今月の著者復活本*
ドン・ウィンズロウ『ファイナル・スコア』(田口俊樹訳/ハーパーBOOKS)

 前作の〈市・三部作〉で引退! というニュースでがっくりきていたファンには大変嬉しいカムバック(?)中編集。ベテラン強盗が人生最後の大仕事に賭ける、手に汗握るタイトル作、主人公にはなんとしてでも幸せになってほしい!と祈るような思いで読んだ「サンデー・リスト」、ひとつ道を間違えたらもう戻れない怖さにぞっとする「北棟」、タランティーノ映画に出てきそうな会話のみで構成された「ほんとの話」、炎上上等セレブをストーカーから守るサーファー探偵たちの受難を描いた「ランチブレイク」、一瞬の過ちで将来を失った男の流転の人生を非情に描く「衝突」。私のお気に入りはブーン・ダニエルズと野郎どもの久しぶりの登場も嬉しいコミカルな「ランチブレイク」。美味しいものも出てきます!

*今月の待ちに待った原作本*
アン・クリーヴス『水面の弔花』(玉木亨訳/創元推理文庫)

 TVドラマ『ヴェラ~信念の女警部~』、面白いと思ったら原作はあのアン・クリーヴスだったのか! 読みたい読みたい読みたい!! と思い続けて早数年。ついに刊行されました!! 自宅の浴槽で、絞殺された青年の遺体が発見され、ヴェラ・スタンホープ警部はチームで捜査にあたります。水面に浮かんだ花々の意味もわからないまま、今度は海辺で他殺死体が見つかり……。TV版は前後編90分一話のスタイルなのでスピーディに解決するため、関係者の複雑な事情とか、捜査班内の微妙な雰囲気とか、被害者の背景とか、もうちょっと深い謎解きを楽しみたいというミステリファンにはめちゃくちゃ嬉しい一作です。映像化の良さはロケで実際の舞台の雰囲気が味わえるところですが、舞台となるノーサンバランドは風が強いからドラマのヴェラは帽子とスカーフがトレードマークとなったんでしょうか。自分は映画『秘密と嘘』(1996)をロードショーで観て以来すっかりブレンダ・ブレシンのファンになりました。笑顔が素敵なんですよ。ドラマ未見のかたはぜひ一度。

*今月のおかえりなさい!本*
スティーヴ・キャヴァナー『キル・フォー・ミー キル・フォー・ユー』(吉野弘人訳/小学館文庫)

 邦訳が『弁護士の血』一作だけだったなんてマジっすか!? と思わずにはいられないほどタイトルを鮮明に覚えているあのキャヴァナーの新作が読めるなんて! 愛する娘が無惨に殺され、家族も未来も失ったアマンダ。裁かれることなく大手を振って歩いている犯人の男に復讐するためになんとか生きてきた彼女は、ある日、犯罪被害者のグループセラピーで知り合ったナオミと意気投合するうちに、交換殺人という考えが頭に浮かんできます。一方、見知らぬ男に自宅で襲われて九死に一生を得たルースは外出恐怖症になり、やっとのことでレストランに食事をしに出たところ、自分を襲った犯人を目撃してしまいます。この二つの物語は一体どのように交差するのか、それがわかったとき、とてつもない衝撃があなたを襲います。うーん、巧い!! まあそうなるよねえなんて思っていたら、そこで終わるわけがない。次から次へと襲いかかる驚愕の展開に翻弄されたのち、あのラスト! 『弁護士の血』未読・既読にかかわらず、なにをおいてもぜひ!

*今月の意外な関連本*
ローラン・ビネ『遠近法』(高橋啓訳/東京創元社)

 舞台は1557年のフィレンツェ。サン・ロレンツォ聖堂でフレスコ画を制作中の画家ポントルモが、槌と鑽で殺されているのが発見されます。フィレンツェ公コジモは側近の画家で建築家のヴァザーリに捜査を依頼しますが、同じ頃、コジモの妃エレオノーラは前代未聞の窮地に陥り、夫に訴えていました。それは、娘マリアの顔を模したあられもないヴィーナスとキューピッドの絵の存在です。物語は殺人事件の解明と件の絵の捜索について話が進むのですが、それらの全てが書簡なのです。この面白いことといったら!!! 白状するとビネの前作『文明交錯』はあまりにも自分に知識がなさすぎたために途中で脱落してしまったのですが(すみません!)、本書は書かれた時点で一方通行の手紙と、それに対する返事がそっけなかったり、あからさまにムッとしていたり、あるいはバカにしているのがみえみえだったりとか、とにかく内容が面白いうえに、その転びかたがもう珍妙で、思わず声に出して笑ってしまったほどでした。しかし一番驚いたのは真相!! マジでそれでいいんですか!? いやー面白かった! そして意外な関連とは何かといいますと……実は本書、『エロイカより愛をこめて』を読んでる人なら「それ知ってた!」「あの人だ!」というエピソードや人物がいくつも出てくるのです! 特に伯爵のファンのひとは必読ですよ。青池先生、ありがとうございました! <?

*今月のイチオシ本*
エイミー・ティンテラ『記憶にない殺人』(服部京子訳/ハヤカワミステリ)

 祖母の誕生日を祝うため、ルーシーは5年ぶりに故郷のテキサスにしぶしぶ帰ってきます。なぜなら彼女は5年前、親友の殺害現場に血まみれで見つかったのですが、その時の記憶を失っていたのです。結局犯人は見つからず、ルーシーは周囲の人々に殺人犯の疑いを持たれたままロサンゼルスに移り住み、匿名のロマンス作家として生計を立てていました。事件から5年経っても地元で犯人扱いされている理由は、つい最近始まった実録犯罪もののポッドキャストのせいでした。今月も面白い本続出でほんとに悩んだんですが、主人公のルーシーがいい意味で強烈で、「(真相はわからないけど)とりあえず頑張って! 負けるな!」と応援したくなるようなキャラなんですよ。大雑把であっけらかんとしてる反面、妙なところで素直で繊細だったり。今カレ(ダメ男)も元の夫(クズ野郎)も理解してなさそうだし、実家の家族すらあてにできないような状況で、本来は仇敵のはずのポッドキャスターと手を組む利口さもあったり、とにかく彼女の行動から目がはなせない。自然体探偵とでもいうべきでしょうか。ルーシー、他の作品にも出てくれないかなあ。待ってます!

*今月の新作映画*
『プライベート・ケース』(7月24日(金)、HTC有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開)




 精神分析医のアメリカ人リリアン(ジョディ・フォスター)は、9年もの間診ていた患者ポーラ(ヴィルジニー・エフィラ)が突然亡くなったことを知り、衝撃を受けます。診察を通してポーラにはそうした兆候は見られなかったからです。彼女の死を悼む集いに参加したところ、ポーラの夫シモン(マチュー・アマルリック)はあからさまに敵意をむき出してリリアンを追いはらいました。ところが娘のヴァレリーはリリアンの診療所に何度も押しかけ、彼女から何かを聞き出そうとするのです。こうしたことからリリアンはポーラの死が殺人ではないかと疑いを持ちはじめます。おりしも車が落書きされるなど不審な出来事が続いたリリアンは元夫のガブリエル(ダニエル・オートゥイユ)に相談し、自らポーラの死の真相を探り出そうとするのですが……。


 あらすじだけ読むとサイコサスペンス風のミステリを思わせる本作ですが、フランス映画祭で鑑賞した際、来日した監督が上映前に登壇し、「可笑しいと思ったら笑ってくださいね」とおっしゃっていたのです。このあらすじで笑うところが? と驚いたのですが、たしかにところどころにユーモラスなシーンがありました。とりわけジョディと元夫役のダニエル・オートゥイユとの場面はコメディタッチで和やか。息のあった演技を見せてくれます。『急に具合が悪くなる』でカンヌ映画祭主演女優賞をとったヴィルジニー・エフィラも出演。監督業にも定評があるマチュー・アマルリックは、今回もまたすごいシーンで登場します。そうそう、鑑賞中、ジョディの着こなしが素敵だなあと思っていたら、なんとリリアンの衣装の半分はレベッカ・ズロトヴスキ監督の私物だそうです。御鑑賞の際はぜひそこにも注目してください。


タイトル:プライベート・ケース
公開表記:7月24日(金)、HTC有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
コピーライト:© LES FILMS VELVET -BUENOS HAIR -FRANCE 3 CINEMA
配給:スターキャットアルバトロス・フィルム

監督:レベッカ・ズロトヴスキ
脚本:アンヌ・ベレスト レベッカ・ズロトヴスキ

キャスト:ジョディ・フォスター、ダニエル・オートゥイユ
  ヴィルジニー・エフィラ、マチュー・アマルリック

公式サイトhttps://cinema.starcat.co.jp/private-case/

 
◆ジョディ・フォスターが精神分析医に!『プライベート・ケース』予告編(7/24公開)◆

♪akira
 翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2025年8月には、リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』(羽田詩津子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)と、ピーター・トレメイン『修道女フィデルマの慧眼』(田村美佐子訳/創元推理文庫)の解説を、2026年5月にはレオニー・スヴァン『ひつじ探偵団〔新版〕』(小津薫訳/早川書房)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho









 

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