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・Pedigree, Presses de la Cité, 1948/10/15 [原題:血統書] ・執筆:〔第1部〕フォントネー゠ル゠コント(ヴァンデ県), 1941/12/17, 〔第2部〕ラ・フォット゠シュル゠メールLa Faute-sur-Mer(同県), 1942/4, 〔第3部〕サン゠メマン゠ル・ヴューSaint-Mesmin-le Vieux(同県), 1943/1/27 ・初出:〔第1部〕« Le Face à Main » 1946/10/5号(第22巻第40号)‐1947/5/10号(第23巻第19号)(全32回), 〔第2部〕同誌1948/10/2号(第24巻第40号)‐1949/4/2号(第25年第14号)(全27回), 〔第3部〕同誌1949/4/9号(第25巻第15号)‐1949/10/22号(同第43号)(全29回) ・第2版発行:1952(未所持) ・第3版発行:1958(現在の流布版) ・Pedigree, translated by Robert Baldick, Hamish Hamilton, 1962[英] ・Pedigree, translated by Robert Baldick, introduction by Luc Sante, New York Review Books, 2010[米]* ・Œuvres Comprètes t.18-19, Éditions Rencontre, 1968 Tout Simenon t.2, 2002 Les romans durs 1947-1949 t.7, 2013, 2023 Simenon Pedigree et autres romans, Bibliothèque de la Pléiade, Gallimard, 2009 |
彼女は目を開ける──その数瞬、何秒か、沈黙の永遠の間、彼女にも、周りを囲む台所にも、何も変わったところはなかった。いや、そこはもはや台所ではなく、影と淡い反射光が混じり合った、実体も意味もない空間だった。意識と無意識の狭間──
辺獄 とでもいうべきものか?
微睡んでいた彼女の瞳孔が開いたのは、ちょうどそのときだったのだろうか? それとも彼女の瞳は写真家が黒いビロードの遮光布をかけ忘れたレンズのように、虚空を見つめたままだったのだろうか?
外では、どこかで──単純にレオポルド通りだが──奇妙な生活が流れている。陽が落ち夜になったために暗く、騒がしい。午後5時であるので人々は慌ただしく、数日降り続いた雨のために湿ってぬかるんでいる。アーク灯の青白い電球が仕立屋のマネキンの前で瞬き、路面電車が通り過ぎて、集電する触輪の先端から稲妻のように鋭く青い光を散らす。
目を開けたエリーズは、まだ遠く離れた、どこでもない場所にいた。窓から射し込む幻想的な光だけが、白い花模様のギピュールカーテンを抜けて、部屋の壁や物にアラベスク模様を映し出している。
最初に蘇ってくるのはストーブの馴染み深い唸り声だ。ときおり燃え盛る墨が落ちるのが見える、小さな赤みがかった円盤状の開口部。ぶつかって凹んだ痕が注ぎ口のそばにある白い琺瑯の薬罐のなかで、水が沸騰の歌を歌い始める。黒い暖炉の上にある時計が再び時を刻み始める。
そのときになって初めて、エリーズはお腹のなかで鈍い疼きを感じ、自分自身の姿を見た。ストーブの前の椅子に座り、食器拭いの布巾を握ったまま眠ってしまっていたのだ。(瀬名の試訳)
非常に凝った〝文学的な〟書き出しである。さあ、今回からシムノン畢生の大作『Pedigree(血統書)』を読んでゆくのだが、とても長い作品なので、3回に分けて感想を書くことにしよう。今回は全体の約5分の2の分量にあたる第一部、シムノンが1941年12月までに書き終えた部分を取り上げる。
だが……、私はこの第一部まで読んで、若干戸惑っている。本作が想像していた内容と少し違っていたためだ。しかも第一部までを読んだ限りでいえば、本作はとてもシムノンの代表作と呼べるほどの秀作ではないのである。
以前から紹介してきたように、本作は生まれたばかりの幼い息子マルクに向けて、シムノン家の血筋を伝える文章を遺しておこうと、戦時中にシムノンが回想記をノートに手書きで綴っていったことから始まった。シムノンは戦争の空襲を避けて一家を連れてヴァンデ県の内陸側に疎開しており、あるとき庭で棒を剣に見立てて息子と遊んでいたところ、胸を突かれて、その痛みが後日まで残った。そこで近くの診療所でレントゲンを撮ってもらうと、あと2年の命だと宣告されたのである。
パリに出向く用事があり、そのとき別の医師にも診てもらって、最初の診断は誤りだったとすぐに判明したのだが、おそらくシムノンはこれを機におのれの人生について改めて考え、自分が亡くなっても息子が大きくなってから読めるようにと、記憶のままに家族の歴史を書き留めておく決心をしたのだろう。
その後の経緯は本作の第3版が1958年に発行されたとき、新たにつけ加えられた序文に記されている。ノートに100ページほど書いたところで、当時すでに文通していた作家のアンドレ・ジッドの希望に応じて送ったところ、ジッドは手書きではなくちゃんとタイプライターを使って、そして三人称形式の小説のかたちで書き直すようアドバイスしてきた。それを受け容れて新しく書き下ろしたのが本作『血統書』である。ノートの草稿は、後に蛇足的な最終章を加えて『私は憶えている…』(第114回)として別途限定出版された。こちらのタイトルはシムノンではなく出版社側がつけたものであったという。
シムノンは本作をおおむね3回に分けて書いた。第一部はヴァンデ県のフォントネー゠ル゠コントで1941年12月までに、第二部はラ・フォット゠シュル゠メールで1942年4月までに、そして第三部はサン゠メマン゠ル・ヴューで1943年1月までに、という具合である。すぐに発表されたわけではなく、まず戦後の1946年からベルギーの週刊誌《柄つき鼻眼鏡Le Face à Main》で、やはり三部に分けて連載され、その連載途中の1948年にプレス・ド・ラ・シテ社から書籍が刊行された。しかしシムノンは親族や知人から名誉毀損の提訴を受けてしまう。そこで1952年に、面倒を引き起こしかねない箇所を空白(!)にした第2版を発行。1958年に現在の流布版となる修正第3版が、序文をつけ加えて刊行された。現在のところ私は初版と第2版を所持していないが、ヤバい箇所を空白で再発行するとは相当にキツいジョークと思えるので、ぜひともその紙面を見てみたく、いま海外古書店に発注中である(これで『フールネの市長』の監修・解説印税料は消えた!)。
新しい序文にはいくらかの弁明が記されている。
(前略)この本については多くの質問を受けてきたし、いまも受け続けている。さまざまな文章が書かれたが、必ずしも正確とはいえないものばかりだった。アンドレ・パリノーは私にとって光栄なことに、『Connaissance de Simenonシムノン学』というおよそ重厚なタイトルのもとに、三巻に及ぶ重要な研究書を準備中であり(現在印刷中で、私はまだ読んでいない)、彼は『血統書』のなかに私の作品全体の、少なくともある側面や傾向の説明を探し求めているという。
ここで私が、きわめて率直に、当事者として若干の詳細を提供するならば、思い上がりといわれるだろうか?
『血統書』は、私の他のどの小説とも、同じ作法、状況、意図をもって書かれたものではなかった。そのためにおそらく、私の作品のなかで一種の孤島を形成しているのだろう。(中略)
パリノーは1955年のラジオ対談において、ロジェ・マムランという中心人物と私自身を執拗に同一視させようと、この点について長いこと私を問い詰めた。
私は彼に、おそらく私自身の言葉ではないが、しかし改めて思い出した、あるひとつの決まり文句で答えた。すなわち、私の小説においては、すべてが真実であるが、何ひとつ正確ではない、と。(後略)
アンドレ・パリノー氏とはシムノンに関する全3巻の巨大な論考集を刊行しようと目論んだ人物で、シムノンへのインタビュー内容は最初の第1巻(1957)に収録された。しかし本連載の番外編1「シムノンを調べる」で紹介したように、パリノー氏の野心は『Connaissance de Georges Simenon, Tome 1. Le secret du romancier(ジョルジュ・シムノン学 第1巻 作家の秘密)』として1冊を刊行したのみで潰えている。ロジェ・マムランとはこれから紹介する本作『血統書』の真の主人公、すなわち作中でデジレ・マムランとエリーズが授かった最初の子どものことだ。
定型句を心底から嫌悪していたシムノンが定型句で答えたというのだから、このときシムノンは真面目に答えるつもりがなかったのだろう。あれこれ詮索されることにうんざりしていたに違いない。しかしこの部分の発言は皮肉にも作家シムノンの本質を浮き彫りにするものであって、この本質を手放せなかったがゆえに作家シムノンは晩年に至るまで家族的不幸に見舞われることになる。
これまでにも指摘してきたが彼はあまりにも作家としては率直すぎて、見たことをあたかも〝真実〟であるかのように書いてしまう、ないしは書けてしまう悪癖があった。ちょうど最近、ある疑問点があってシムノンが1931年に本名でデビューした直後の時期のインタビュー記事を見つけて読んでみたのだが、彼は『オランダの犯罪』(第7回)や『黄色い犬』(第5回)を挙げ、当地の人々をそのまま書いてしまったので、もうオランダやコンカルノーには行けない(当事者が怒って吊し上げを食らうかもしれないから)と答えているのだ。これらでさえ怒られると自覚していたのなら、『月射病』(第36回)で当地に実在するホテル名やそこの女主人の名をうっかりそのまま作中に使ってしまったとはとても思えない。いつもの手癖で、自分でもわかっていながら、同じ名前を使ったに違いないのである。しかも作中で女主人は殺人事件の被疑者となるのだから、本人が読んで怒らないはずはない。しかし彼の特異な倫理観が、こうやってもみんな事実と小説の区別はつけてくれるはずだという信念をもたらし、何度提訴されても心を変えることなく、信念を保持し続けたのだと私個人は思う。「私の小説においては、すべてが真実であるが、何ひとつ正確ではない」は確かに多くの作家が述べる、あるいは実際に述べそうな言葉ではあるが、ことシムノンに限ってはそれがシャレにならない場合もあったのだ。
このことは〝自伝的〟作品である本作において、大きな足枷となってしまったのではないか──というのが、第一部まで読んだ限りでの私の感想なのである。実在する多くの親族に気を遣わなければならないので筆が萎縮し文学的に後退してしまった、という意味ではない。自分ときわめて近しい人々の物語を、しかも歴史的に見てそれなりに正しいかたちで書こうとして、かえって小説のなかに宿るべきもっとも大切なもの、すなわち読者が「これは真実だ」と感じられるような鮮烈さ、豊穣さ、いつもシムノンが得意としてきた目に浮かぶような情景描写、またシムノンにしか決して書けない、読んでいて息苦しくなるほどの鋭利な心理描写、といったものが、少なくとも第一部を読んだ限りだと、ほとんど文面から蒸散してしまっているように思えるのだ。これは信じがたいことである。
第一部は1903年2月12日、つまり実際に作者のジョルジュ・シムノンが生まれた当日から幕を開ける。時間は午後5時、場所はリエージュのレオポルド通り。保険会社事務員の男性デジレ・マムランと結婚したエリーズは、身重ながらいつも通り《イノヴァシオン》という百貨店で売り子の仕事をしていたが、夕方には自宅に戻って休んでいた。しかし何か外で騒ぎがあり、街路へ出てみると、ちょうどそのときふたりの男が過ぎ去ってゆくのを目撃した。陰でよく見えなかったが、ひとりは自分の長兄であるレーオーポルト・ペーテルスのように見えてエリーズは驚く。近くのサン゠ランベール広場に面する《グラン・バザール》に無政府主義者が爆弾を投げ込み、窓が粉々に割れたのだと後に知り、兄のレーオーポルトはその共犯者だったのか、というエリーズの疑念は後々まで持ち越されることになる。だがこの時点ではまだそこまでわからず、エリーズは借間である2階の部屋に戻った。初めての子がいまにも生まれそうなのだ。同じく《イノヴァシオン》で売り子として勤める親友ヴァレリー・スメが手伝いに来てくれており、医者も到着して、真夜中過ぎにエリーズは男児を無事に産んだ。夫のデジレは邪魔にならないよう家の外で待っていたが、知らせを聞いて飛んで戻り、妻とわが子に心からの感謝を贈った。男児はロジェ・マムランと名づけられる。しかし生まれた時刻は真夜中を10分ほど過ぎていたため、縁起を気にしたエリーズは、子どもの出生日を13日ではなく12日として役所に届けてほしいと頼んだのであった。
物語はデジレとエリーズふたりの人となりを紹介してゆく。デジレ・マムランはこの地の生まれで、実家はマース川(ムーズ川)の中洲でリエージュの中心街といえるウトゥルムーズ地区のピュイ゠アン゠ソック通りにある。父のクレティアンは帽子職人で、13人の子どもがおり、一家は毎週日曜に必ず本家に集まって夕食をともにする習慣がある。デジレもそのひとりで、日曜にはまず朝10時に礼拝に行き、妻のエリーズを伴って本家で時を過ごす。妻のエリーズはリンブルフ系であるペーテルス家の、やはり13人兄弟の末娘として生まれた。もともと一族は運河の近くに住み、父親は運河の堤防管理人だったのだが、エリーズとその直近の姉であるフェリーシーが生まれる前に引っ越しをした。カトリック信仰に篤い一家だが、ときおりやや神経質な子が生まれる傾向があり、エリーズとフェリーシーは腰痛持ちでもある。エリーズは16歳のときに一家を離れてリエージュに上京し、年齢を20歳と偽って《イノヴァシオン》の売り子になった。そして毎日店の前を往復するデジレと昨年結婚し、レオポルド通りの2階で暮らし始めたのである。夫のデジレは真面目で事務員としては優秀だが給料は新入社員より少なく、また向上心も見せないので、妻のエリーズにはきつきつの暮らしが不満だった。「le strict néccessaire必要最低限のもの」という言葉が口癖で、それほど切り詰めた生活に身を置いていることを、つねに不満に感じていた。そのため夫のデジレに依存せずとも自活できる将来を夢見ており、学生向けの下宿を経営して楽な生活になりたい、そのためには部屋数の多い場所に引っ越したいと考え、ふだんからデジレに訴えかけていた。
前半では生まれてきた男児ロジェのことはほとんど描かれない。最初の数日、父親のデジレは赤子の顔が赤すぎるのではないかと心配し、医者に助けを求めるのだが、病気ではないことがわかる。産後もエリーズの身のまわりを世話するため、定期的に友人のヴァレリーとその母親が訪問してくる。いくらか落ち着いてから夫妻は最初の引っ越しをする。転居先は中洲のパストゥール通りの2階だ。本作はリエージュの地図を横に置きながら読むのがよいだろう。以後、第一部のほとんどは、このパストゥール通りを起点として展開する(さらにいえば、この通りは現在「ジョルジュ・シムノン通り」と改名されている)。
いくらかロジェが成長し、エリーズは乳母車を伴って街に出るようになる。ペーテルス家のひとつ上の姉フェリーシーはカフェの主人と結婚し、近隣に住んでいるが、その夫は暗がりから人を驚かす悪い癖があり、フェリーシーも精神的に参っていて、エリーズを受け容れる心の余裕がない。エリーズがつねに孤独感を感じていることが示される。ロジェが生まれて3か月後のメーデーにリエージュ市内で大規模なゼネストが勃発した事実も第六章で描かれるのだが、当時のことを作者のシムノン本人が憶えているはずはない。だからここはおそらく資料をもとに書かれたのだろう。残念ながらさほど生彩のない記述に終始する。
第八章で孤独なエリーズは、マース川の北岸であるコロンムーズ河岸に暮らす姉のロウイーズ一家(食料品店を営んでいる)を訪ねて、将来のことについて相談したりする。このようにして人々の行動範囲が広くなってゆくにつれて、当時のリエージュがどのような街であったのかも読者にはわかり始める。リエージュは黒いマース川が街の中央を大きく流れているのだが、その中洲が中心部で、ここに住むことがひとつのステータスになっている。中洲から北岸にはいくつか橋が架かっており、そのひとつがシムノン初単行本作品のタイトル(第20回)にもなったアルシュ橋だ。この橋を挟んで中州側と北岸側では人々の生活状況が大きく変わり、北岸側は庶民的になる。アルシュ橋からまっすぐ続くのがレオポルド通りで、その先にサン゠ランベール広場がある。つまりレオポルド通りから中洲内部のパストゥール通りへ転居したことは、エリーズにとって生活のステータスが上がったことを意味するのだ。一方で北岸に暮らす姉のロウイーズ一家は庶民的な暮らしぶりではあるが、それでも家にはピアノがあり、ひとり娘がそれを弾いてみせるという、慎ましい暮らしぶりのなかにも芸術やおいしい食事を楽しもうとする一面が見て取れる。
読者にとってもっぱら困惑の対象となるのは、ロジェが生まれた日の爆弾テロに、いかなる理由でエリーズの長兄レーオーポルトが関係したのか、第一部ではまったく明かされないことだ。この長兄は以前から反動的で、身を落ち着かせることがなく、その後もしばしばエリーズの前に現れるのだが、いったい何をしたいのか判然としない。テロの日にエリーズが見たもうひとりの男はフェリックス・マレットという青年で、その後パリのアジトに隠れ住んでいる。彼の行動も第一部のなかで何度か記述されるのだが、こと後どうなるのか第一部を読んだ限りではわからない。ただしフェリックスの父であるフランソワ・マレットは地元警察の巡査部長で、その父親が秋に死去し、自殺だったのではないかという噂が流れる。こうした死の描写はときおり唐突に現れて作品のトーンを抑えている。デジレの母親も同時期に亡くなり、相続の話題が出るのだが、一部の家具はマムラン家ではなくペーテルス家のものだとエリーズの兄ルイが主張し始めたりして混乱が生じる。ペーテルス家の者が金銭事情に敏感で、たかり体質のあることが示される場面である。
なぜペーテルス家は落ちぶれていったのか。その経緯が作中では何度か仄めかされるが、末娘のエリーズは長兄のレーオーポルトがあるとき持ってきた一枚の絵、自分がまだ生まれていなかったころに一家が住んでいたネーロフテレンの農家を描いた絵に惹きつけられる。それは「ワーテリンゲンWaterringen」と呼ばれる水路沿いの草原と運河の場所だ。運河の水面の方が家の他図へ位置より高いのである。エリーズの父親は詐欺に遭って運河沿いの家を手放さなくてはならなくなり、そして酒に溺れていったのだという。エリーズはその絵に自分のルーツを見る。読者であるこちらの心を動かす記述がようやく現れる場面だ。
しかしペーテルス家には問題を抱える者が多い。あるときエリーズが姉のマルトの家に行くと、マルトは拳銃をもって家に閉じこもり、夫の権威的態度を激しくなじっていた。夫は自分を奴隷のように扱うというのだ。こうしたエピソードの積み重なりは、私たち読者の神経を逆なでし、この物語がいったいどこに向かうのかと不安にさせる。回想録の姿をした三人称小説であるはずの本作は、しかしどの登場人物の内面にも深入りせず、焦点がずっと定まらないままなのだ。
だからこそロジェ・マムランが成長し、歩いて自ら話し始める第一部の終盤は、物語の焦点がようやく起ち現れたようで嬉しくなる。最後の二章、すなわち第一二章と第一三章は、もっともシムノンらしさを湛えた読み応えのあるパートだ。
ブリュッセル在住のデジレの兄、ギョームが久しぶりにやってきて、2歳のロジェを連れて万博見物に行く。この一連のくだりこそ、シムノンがずっと書き続けてきた「あの眩しい日曜の昼下がり」の原典といえるものだろう。実際にリエージュ万国博覧会は1905年4月から11月まで開催されており、作中では初夏の出来事となっている。いっそう空が目映い季節だ。万博そのものの描写はさほど効果的ではないが、おじさんに《イノヴァシオン》で赤い服を買ってもらい、手を引かれて、あるいは肩車をされて、アイスクリームを食べ、露店や見世物小屋を回り、活気溢れる街中で遊び回ったロジェの昂揚感は、とてもよく表現されている。見物帰りにギョームは父親が勤める保険会社に立ち寄る。驚いて出迎えたデジレは窓辺の出っ張りにロジェを下ろして、「お座り、ロジェ。わかるかい、ここがおまえの父さんの仕事場だ」と伝える。初めて見るガス灯やインク台にロジェは驚き、初めて彼は大人の世界を垣間見るのである。そして最終章へと場面は続き、ギョームはロジェを彼の家に連れて帰り、帰りが遅いと心配していたエリーズはほっと胸をなで下ろす。
第一部は帰宅したデジレにエリーズが「法律通り(ロワ通り)にもっと広い貸間の空きができたから、引っ越して下宿を始めましょう」と主張し、デジレはいつも通り関心を示さないものの、それが実現することを読者に示して幕を閉じる。物語の焦点人物が、ようやくしゃべり始めたロジェ自身へと置き換わってゆくであろうことも感じさせる。ロジェが自我を持ち始めたことで、彼自身の見聞きした情景が、これまでのデジレやエリーズらと同じく三人称形式で語られるようになったからだ。いわば第一部は長い長い序章なのである。
本作には多くの人物が登場する。生成AI(Claude Sonnet 4.6)を用い、登場人物一覧表を作成したので、本稿の末尾に掲載しておく。母方エリーズの家系はリンブルフ地方の出身なので、その地方の発音に近い表記を採用した。全部で66人いるようだ。
この第一部が書き上がったのは1941年12月17日であったそうだから、『私は憶えている……』を中断し、『カルディノーの息子』(第113回)や『憲兵の報告』(第116回)の後に、あるいはそれらと並行して書かれていたことになる。私は英語版で読んだのだが、冒頭こそ小難しい表現で始まっているものの、そこから先はずっとつるつると読みやすい文が続き、この読みやすさは上掲の作品群よりひとつ前の『万聖節の旅人』(第112回)の雰囲気を思い出させる。逆にいえば、あっと息を呑むようなシムノンらしい鮮烈な描写がほとんど見受けられない、ということでもある。しかしジッド宛の手紙を見ると、はっきり題名は書かれていないものの、どうやらシムノンは執筆当時『万聖節の旅人』をくだらない作品だと思っていたようなので、本作も内容そのものよりは売れることを意識し、読みやすさを重視して書いた可能性がある──と私は感じた。まだ第一部しか読んでいないので、なるべく他の情報を取り入れないよういまは努めており、プレイヤッド叢書版での詳細な解説記事もあえて読了後のために取っておいてある。現時点で見立て違いもあるだろうが、そこはご了承いただきたい。
英語版で読んでいて何度もエリーズの口癖が「bare necessity」と英訳されて登場するのは面白かった。私はディスニー映画『ジャングル・ブック』(1967)の挿入歌「ザ・ベアー・ネセシティThe Bare Necessities」が子どものころから大好きなので、必要最低限の生活でもいいじゃんかとつい思ってしまうのだが、エリーズにとっては耐えがたいことなのである。
先に述べたように第一部でもっともシムノンらしさを湛えているのは、1905年の万博見学とその前後のくだりであろう。読んでいてようやく私の心にスイッチが入ったのは、第一二章、ギョームおじさんが訪ねてくる前、日曜日ではなく金曜日だが、家にいるロジェが台所に射し込む光とそれに照らし出される微細な埃の揺れ動きを見つめる場面でのことだ。
「どうして遊ばないの、ロジェ?」
「遊んでるよ」
彼は遊んでいるのではない。部屋から立ち上る、その微細な金色の塵のすばらしい靄をじっと見つめているのだ。その靄はまるでゆっくりと、抗えない力を受けて、街の湿った空気に吸い込まれてゆくかのようなのだ。母がマットレスを叩くと、何千もの小さな生きものが渦を巻いて波打ち、混じり合い、離れてゆくが、羽毛は長いこと空中に漂っている。このとき天井にもまた一種の生きもの、光り輝く、触れることのできない生きものの渦があり、それは天井の片隅で震え、そして窓に触れると突然反対側の壁に向かって勢いよく飛んでゆく。なぜならそれはたんなる日光の反射ではないからだ。
きっとこの部分は実際に作者シムノンが見た、幼少期の、ほとんど最初のひとつに近い記憶なのだろう。だからここで三人称形式の物語は突然、幼子ロジェの視点と同一化する。自我の発生を描いた秀逸な場面だと思う。ここから先はシムノンらしさが横溢しており楽しく読めた。
本作はリアルタイムの戦争体験と並行して回想され記述された『私は憶えている…』と比べて、記憶がもたらす〝懐かしさ〟の感覚や多幸感に乏しい。だが一部には作者シムノンがどうしても改めて書き遺さずにはいられなかった大切な場面もちゃんと含まれている。たとえば『私は憶えている…』に記された、息子が生まれた夜に父親デジレが妻に向けて告げたという喜びの言葉もそうだ。
─ Je n’oublierai jamais, jamais, que tu viens de me donner la plus grande joie qu’une femme puisse donner à un homme…
「ぼくは決して、決して忘れないよ。きみがぼくに、女性が男に与えることのできる最高の喜びを与えてくれたことを……」
シムノンはこの父の言葉をどこかの時点で知って、とても誇りに思ったのではないか。この言葉があったからこそ、シムノンは生涯にわたって決して父親を悪く書くことはなかったのだと思う。そして本作でも父親デジレはそのままの名前が使われている。
『私は憶えている…』を読んだアンドレ・ジッドが、三人称形式の小説に書き直しなさいとアドバイスしたことは本当に適切だったのか、その結果はさらに読み進めてみないとわからない。第一部を読んだ限りでは、一人称形式の『私は憶えている…』の方が読者の心も入り込みやすく、余分に構えることなく率直で、しかも目標を見失わずに書けているように思える。
気になるのは無政府主義者であるペーテルス家の長兄レーオーポルトの存在だ。爆弾テロの脅威を描いた『反動分子』(第85回)を翻訳刊行したとき、シムノンはこんな小説も書いていたのか、テロを扱うとは珍しいことだ、といった反応を少なからずいただいたが、シムノンの母方の家系に爆弾テロの実行者がいたとなれば、まったく話は変わってくる。
また、本作で幼子ロジェはすでに2歳の段階から両親のことを「父père」「母mère」と呼んでいる。「パパ」「ママン」ではないのだ。デジレとエリーズもその呼称で違和感を感じていないらしく、彼らも自分自身のことをそう呼んでいるので、どちらかの家系の習慣だったのかもしれない。端から見るとよそよそしい感じがするのだが、彼ら自身はさほどこの呼び方に距離感を感じていなかった可能性もある──と思った。ここは保留としておきたい。
さて、さらに話は進んでゆく。序文に書かれていることだが、シムノンは初版の最後に「第一巻終わり」と書き添えて世に送り出した。そのため「いつ続刊は出るのか」という読者からの手紙をたくさんもらったという。だが第3版に添えられた序文でシムノンは、もうこれ以上書かれることはないだろうと宣言し、それは事実となった。もし書くとするなら第二巻はロジェの青年期を語り、第三巻はパリへの第一歩やその他を語ることになるだろうが、訴訟のことを考えるとそれはできない、と述べたのである。
結果的にシムノンは晩年になっていっそう長大な『私的な回想』(1981)を出版し、そして泥沼の訴訟に呑まれることになるわけだが、それはまた別の話だ。時は過ぎてゆくが、人の姿は変わらない。
| ジョルジュ・シムノン 『血統書(Pedigree)』登場人物表 |
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第⼀部「サン=ニコラの陰で」 登場⼈物表 *下の画像クリックでpdfファイルをひらきます(全6ページ)。* ![]() *上の画像クリックでpdfファイルをひらきます(全6ページ)。* |
| 【ジョルジュ・シムノン情報】 | |
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・メグレ後期のレギュラー刑事ラポワントが昇進し警視となって登場する、マイクル・ムアコックの連作幻想小説『The Metatemporal Detective超時空探偵』の第3話「《 https://athird.cart.fc2.com/ca1/459/p-r9-s/ ・《ハヤカワミステリマガジン》2026/7号(No.774, 第71巻第3号)に、シムノンの短篇「幸福なるかな、柔和なる者」(長島良三訳、1948)が再録された。邦訳初出は同誌1979/10号(No.282, 第24巻第10号)で、EQMM年次コンテスト第4回(1948)第1席を得た作品である(コンテストの開催が1948年で、雑誌掲載が1949年ということなのだろう)。本邦では同1979年に刊行された第1席アンソロジー、エラリイ・クイーン編『黄金の13/現代編』(宇野利泰・他訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、1979、原著1970)にも収録された。 ・フランスの映画監督・作家、カトリーヌ・ブレイヤCatherine Breillatがシムノン原作の『Chez Krullクリュルの家』(第94回)を映画化することが決まった。公開は2027年予定とのこと。 ・2026年6月30日に、東宣出版よりシムノン中期の傑作『フールネの市長』(第97回)が訳出刊行される。大林薫訳、監修と巻末解説は瀬名秀明。叢書発刊当時、「登場人物表がほしい」「文字が小さくて目が疲れる」とのご意見をいただいた。そのため、お気づきだろうか、第3回配本の『反動分子』から登場人物表をつけ、第4回配本の『ラクロワ姉妹』(第87回)から文字の級数を大きくしている。読みやすくわかりやすい翻訳と、よい装丁でみなさまをおもてなししたい。しかも今回は長めの作品ながら価格は据え置きである。どうか今後ともご愛顧を願う。
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| 瀬名 秀明(せな ひであき) |
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1968年静岡県生まれ。1995年に『パラサイト・イヴ』で日本ホラー小説大賞受賞。著書に『魔法を召し上がれ』『ポロック生命体』等多数。 ■最新刊!■ |
■シムノン ロマン・デュール選集(瀬名秀明氏監修)■
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![]() 『袋小路』(シムノン ロマン・デュール選集) ジョルジュ・シムノン (著), 瀬名秀明 (監修, 解説), 臼井美子 (翻訳) 出版社: 東宣出版 |
![]() 『反動分子』(シムノン ロマン・デュール選集) ジョルジュ・シムノン (著), 瀬名秀明 (監修, 解説), 荷見明子 (翻訳) 出版社: 東宣出版 |
![]() 『ラクロワ姉妹』 (シムノン ロマン・デュール選集) ジョルジュ・シムノン (著), 瀬名秀明 (監修, 解説), 伊藤直子 (翻訳) 出版社: 東宣出版 |
![]() 『フールネの市長』 (シムノン ロマン・デュール選集) ジョルジュ・シムノン (著), 瀬名秀明 (監修), 大林薫 (翻訳) 出版社 : 東宣出版 |
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