今月あたまに英国推理作家協会賞が発表されました。受賞は逃しましたが、フーダニット・ダガー候補から、設定が気になっていた Little Secrets を読んでみた。元刑務所を改装した豪華ホテルでの2泊3日でなにかが起こるらしい。

Little Secrets Victoria Goldman (著)
出版社 ‏ : ‎ Three Crowns Publishing UK

 パンブルック刑務所ホテルは開業10周年を盛大に祝う週末を迎えた。元独房監禁棟だった博物館や元図書室を改装したレストランとコンセプトを生かし、刑務所時代から続くキッチン・ガーデンが自慢のホテルだ。懸賞の当選者たちを招待し、特別ゲストとして、元所長フィオナ、元医師ブライアン、元服役囚トマス、そしてベストセラー『パンブルック刑務所事件』を書いた記者ロイドを呼んだ。カテゴリーC(社会復帰に向けて準備をおこなう)だったこの刑務所では20年前の閉鎖直前に、5人の受刑者たちが毒殺される事件が発生した。容疑者が裁判の前に過剰摂取で死亡して未解決となっていたのだが、記者の本は容疑者である看護師アナが有罪だと結論づけており、彼女は司法ではなくマスコミによって断罪されたようなものだった。
 大がかりなパーティや博物館の見学などスケジュール通りに進行するため、ストレスを受けながら段取りをつけるのは本書の語り手であるホテル支配人のマディだ。3カ月前までスペイン在住でホテル業務に携わっていたが、夫が病死し、結婚を控えた娘がイギリス暮らしであることから仕事のオファーを受け、帰国を決めた。この週末にやっとやるべき仕事が本格的に始まると意気込んでいる。出鼻をくじくように、「アナ・ケンダルは有罪だった」のあたらしい落書きを見つけ、動揺しながらそれを消す。記念行事手配のほかに通常のクレーム処理もじきじきに対応するようオーナーから命じられており、抽斗が開けづらいと当選者に言われれば客室に入って具合を確かめ、記者から「起こさないでください」の札を下げていたはずなのに誰かが部屋に入ったと言われれば、詫びの差し入れも進呈した。このチャンスに最初は招待をことわった記者が結局やってきた理由を訊ねると、例の本に加筆した第二版を出版することになり、情報収集のためだと言われた。この記者のことはずっと敵だと見なしていたが、第二版ではアナ有罪の結論がひっくり返る可能性があるのだろうか。
 本書のもうひとりの語り手は容疑者アナで、事件の4年前から始まる過去パートがはさまる。若いアナは病院の癌病棟勤務だったが、刑務所看護師として働くことにした。父や兄には考え直すよう言われたし、初日、狼の群れに飛び込んできた羊になるかもしれないぞ、と、軽口を叩いてきた刑務官もいたが、ヘルスケア部門チーフのケリーや医師ブライアンと連携し、仕事はてきぱきとこなした。受刑囚同士のもめ事で何度もコールド・ブルーが発生し、駆けつけても助けられない患者もいたし、所内にはドラッグもはびこっているが、予算と人手不足を理由にして受刑囚に精密検査を受けさせようとしない所長フィオナをなかば脅すように説得したり、庭仕事刑務の受刑者に正しい雑草の抜き方を教えたりなど、自分にやれることはやっていた。たしかに癖のある受刑囚もいる。ローチは自作の恋の詩でやたらとアプローチしてくるし、ドラッグ依存症のフィッシャーには心底怖い目にもあわされた。古くからいるというトマスはいい人だ。
 マディ視点、アナ視点に、『パンブルック刑務所事件』抜粋をくわえた形式で、ホテル業務を進めながら関係者に過去の事件について話を聞くマディの発見と、アナの逸話が交差し、予想もしなかった話が見えてくる。はたしてアナは本当に毒入りケーキを5人に食べさせたのか?

 過去パートもあるとはいえ、346ページかけて2泊3日を描いているので、あらすじ紹介は本当に最初だけの話になっているんですが、割と最初のほうから抱く違和感が効いていて、判断を迷わせるところがあり、予想通りに収まる部分と、まったく考えてもいなかった展開もありで、フーダニット・ダガー候補も納得。

スティーヴン・「フィンガリング」・フィッシャー……重度のドラッグ依存症
ルーカス・「ハルク」・ソマーズ……所内のフィクサー。医師ブライアンと親しい
ジョナサン・「コック」・ローチ……元弁護士。図書室に出入り
ラジーク・「レーザーヘッド」・アフメド……庭作り熱心。妹に対する過保護が服役の原因
ウィリアム・「ピルズ」・オーエン……元薬剤師。ヘルスケア部門で刑務作業

 この5人をアナが殺害する動機は警察も見つけられなかったものの、彼女の差し入れたケーキで毒死という逃れられない状況で逮捕されており、それがいまさら覆るのかどうか、という焦点があり、現在パートの各人の思惑からあらたな事件も発生。若干、都合がよすぎるかなと感じる部分も少しだけあったのですが、設定を生かした面白い本でした。いちばん印象に残るのは、このなんとも言えない後味の悪さ。

 著者ヴィクトリア・ゴールドマンは、キングス・カレッジ・ロンドンで生物医学の理学士号を、インペリアル・カレッジ・ロンドンでサイエンス・コミュニケーションの理学修士号を取得。25年以上のキャリアを持つ健康を専門としたジャーナリスト兼編集者。ずっとミステリ好きだったそうで、本書の前にジャーナリストを探偵役としたシリーズものを2冊出しています。次の作品も読んでみたいと思わせる作家でした。

三角和代(みすみ かずよ)
訳書にウェブスター『おちゃめなパティ、カレッジへ行く』、タートン『世界の終わりの最後の殺人』、ブラックハースト『スリー・カード・マーダー』、カー『幽霊屋敷』、リングランド『赤の大地と失われた花』他。SNSのアカウントは@kzyfizzy。

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『世界の終わりの最後の殺人』 スチュアート・タートン (著), 三角 和代 (翻訳)
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『世界の終わりの最後の殺人』 J・L・ブラックハースト (著), 三角 和代 (翻訳)
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『幽霊屋敷』 ジョン・ディクスン・カー (著), 三角 和代 (翻訳)
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『赤の大地と失われた花』 ホリー・リングランド (著), 三角 和代 (翻訳)
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