■ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『赤い月の夜に』(夏来健次訳・国書刊行会)■


『赤い月の夜に』 (ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション)
ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ (著), 夏来健次 (翻訳)
出版社: ‎国書刊行会

 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズコレクションは、第3回配本 (第二巻) の本書をもって完結。怪傑作『赤い右手』(1945) に引き続き、本コレクションの既刊においても、ミステリ史における特異点ともいうべき破格の作風を顕したロジャーズだが、本書は、1924年に発表された著者のデビュー作。1924年といえば、ヴァン・ダイン登場以前。実に、ロジャーズは、ヴァン・ダインやクイーンに先行する米国のミステリ作家だったのだ。
 とはいえ、邦訳版にして550頁、長尺な本書をミステリというには、ためらいもある。なるほど、人が死に、謎解きもある。しかし、作者の主な関心は、謎解き小説として構えよりも、別のところに向かっているようだ。
 映画産業で財をなした老富豪ティモシー・グレイディは、美貌の人気女優ローズ・ドーンを見初め、強引に婚約する。母親の願いを断り切れず、愛のない二度目の結婚を受け入れたローズ。老富豪の周囲には、財産狙い、嫉妬や遺恨を孕む男女が群がり、何からかの破局が予想される中、ついに船の密室の中で、ナイフで刺され死者が発生する。果たして、事件にもてあそばれる男女たちの運命は、どこに向かうのか。
 これまで紹介された作品ロジャーズの作品の特徴として、【1】偶然の意図的な多用、【2】運命論的認識、【3】ビザールな設定、【4】切迫感のある文体、【5】ときに狂熱的なまでの論理といったものが挙げられると思う。
 本書に関しては、【1】が際立っている。冒頭の登場人物表には、無慮49人もの人物が掲載されているが、主演格の老富豪とローズの周囲の人物は、この二人との関連のみならず、それぞれが相互の関りをもっており、登場人物を結ぶ糸は物語の進展とともに、蜘蛛の巣状に増殖・複雑化していく。
 例えば、22章には、老富豪の息子が映画館に入ってローズが出演した以前の映画を見るシーンがあるが、偶然、隣に座った男が主要人物である探偵社社長で、やはり映画を見ている映画館主は老富豪がナイフを買った質屋店主と同一人物、その映画に出ている悪漢がこれまた主要人物である占い師と判明し…といった具合だ。
 舞台がフロリダに移動してから、ローズの亡くなった映画俳優の夫の父が地元の警察署長で、事件の捜査に当たることになるという設定なども偶然極まる。
 【2】の運命論に関しても、「血のような赤い月」に呪われているという老富豪の妄執や運命論を巡る会話 (31章)などにそれが現れている。【3】に関しても、やはり、全編を覆う「赤い月」や凶器となる蛇柄のナイフの存在がビザールな雰囲気を醸し出しているし、【4】に関しては、荘重にして詩的な短文を積み重ねた文章が各所に挟まれている。物足りないのは【5】で、探偵小説的論理の不在が本書の弱みになっている。本書には、殺人と並ぶもう一つの大きな謎が提示されるが、伏線はあからさまで、その意外な正体にもすぐに見当がついてしまう。
 探偵小説の文法がまだ確立していなかった時点であり、作者の若書きなどもあって、後年の作品のような異色の謎解きを期待するむきには、不満も残る作品であるが、おそらく作者は、普通の探偵小説などは指向してはいなかったのだろう。
 探偵小説の形式を用いつつも、二〇代の作者の関心は、事件を取り巻く多種多様な人物たちの人間模様とその運命、すなわちドラマを描くことにあったと思われる。しかし、人物はステロタイプが多く、ドラマはメロドラマに流れる傾向があり、老富豪の従者である黒人の運命や若い娘をもつ母親の会話、弁護士の秘書の描き方など印象に残る部分もあるものの、全体としてはあまり成功しているとはいえない。多すぎる登場人物の物語が放射状に展開するがゆえに、全体が散漫であり、取りこぼしてしまった伏線や存在理由が不明な登場人物も残ってしまった。
 おそらく、このデビュー作は評判を呼ばず、結果として、ロジャーズは、パルプマガジンに作家としての活路を求めていくことになったわけだが、本書は、あまり考えられたこともないようなミステリの可能性を追求した実験的作品であり、ロジャーズという希有な作家の母体となったという点で、記憶に残しておきたい一冊だ。

■リチャード・デミング『絞首台のある庭:私立探偵マニー・ムーン』(田口俊樹訳・新潮文庫)■


『絞首台のある庭:私立探偵マニー・ムーン』
リチャード・デミング(著), 田口俊樹 (翻訳)
出版社: 新潮社

 昨年、刊行された日本オリジナル中編集『私立探偵マニー・ムーン』が、「このミス」の1位になったのは記憶に新しいが、忘れられた職人作家が栄誉に輝くのは、ほとんど奇跡に近い出来事だった。
 こんな作品が眠っていたのかという驚きに加え、ハードボイルドプラス本格ミステリとい趣向が、今となっては新鮮だったことが大きいのだろう。その好評を受けて、今回、邦訳された『絞首台のある庭』(1952) は、マニー・ムーン物の最初の長編。
 本書も、中編の流れを引き継ぎ、義足のタフガイ、マニー・ムーンを主人公にしたハードボイルド物にして、お屋敷を舞台にした堂々たる本格ミステリだ。
 探偵ムーンのもとに美しき女子大生の依頼人グレースが現れる。富豪の父を事故で亡くし、莫大な遺産が彼女と兄に遺されるはずだったが、兄は失踪し、グレースの身には不可解な事故が相次いでいた。ボディーガードを依頼されたムーンは一族の屋敷に乗り込むがそこには疑わしい人物が集っていた。ムーンが調査を始めた矢先、グレースの兄は敷地内から、死体で発見された。果たしてムーンはグレースを守り、事件の真相を明らかにできるのか。
 本書はもちろん、単独でも楽しめるが、既に中編集を読んでいる読者にとっては、おなじみの面々もそろっており、シリーズ物を読む楽しさと安心感がある。ムーンの元婚約者でレストラン〈エル・パティオ〉の経営者であるファウスタ・モレニ、ムーンの元戦友である〈エル・パティオ〉の接客係モウルディ・グリーン、殺人課の警視ウォーレン・デイといった面々だ。デイ警視は、ムーンの相棒とも言える存在であり、お互いに悪態をつきながら、事件の捜査に当たる。本作では、富豪の未亡人に一目惚れをした姿が笑いを誘う。
 随所にユーモラスなシーンがさしはさまれているのが楽しい。ムーンは、グレースの屋敷に、英文学専攻の院生と偽って潜入せざる得なくなる。タフガイにとっては、無茶ぶりともいえるが、付け焼刃で『ハムレット』を読んだりしているのが、おかしい。
 接客係モウルディは、何をやってもドジを踏む男で、本書ではコミックリリーフ的な役割を果たしているが、決め所では活躍をみせる。
 本書は、G・K・チェスタトンの詩「自殺の詩」の一節からとられたタイトルをもっているが、同詩は、自殺衝動を笑いによって無効化する逆説的な詩だそうだ。ブロットへの関わりや自殺願望者にこの詩を提示した登場人物の気持ちは分かるとして、死の可能性のある深刻な事態を笑いで突破するというムーンの行動やこのシリーズ作品のマニフェストと取るのは深読みだろうか。
 ハードボイルド作品らしく、グレースの依頼の後すぐに、ムーンのもとにプロの犯罪者二人組が押しかけ、事件から手を引くように脅迫する。プロ犯罪者とお屋敷ミステリという相容れないも要素がどう接合するのかは、本書の見どころの一つ。
 後半部には、警官を殺して建物に立て籠る武装したプロ犯罪者を相手に、かつての戦友である警察署長と共闘して、立ち向かうシークエンスがあるが、単なるアクションにとどまらない緊迫感がある。
 そして、本書の魅力のもう一方の謎解き。評論家のジョン・L・ブリーンは、ムーン物の四作の長編に関連し、「フェアなパズルづくりのこだわりは四作すべてに共通しているが、中でもこの第一作が断トツのベスト」と評しているそうだ。
 確かに、見かけ以上に本格ミステリとしての細かい芸が駆使されており、その道の匠も顔色なからしめる。例えば、容疑者全員を集めて謎解きをするという、中編集でもおなじみのお約束にも必然性が与えられている。事件の実相は、表面に見えるものとまったく違うものという大技が連打されているし、手がかりに関しても、兄が残した遺したものに大胆に真相が提示されていたり、英文学を巡る珍妙なやりとりに謎解きのヒントが隠されていたりという具合。特に、グレースがたびたび襲撃される理由は思いも寄らぬ一手だ。さらりとやっているようでいて、大技・小技含めて、工夫が行き届いており、謎解きにおける作者のグッドセンスを示している。
 本書は、マニー物の中編の世界を長編に見事に移植した理想的仕上がりで、謎解き物としても、今年の収穫の一つだろう。

■ジョルジュ・シムノン『フールネの市長』(大林薫訳・東宣出版)■


『フールネの市長』 (シムノン ロマン・デュール選集)
ジョルジュ・シムノン (著), 瀬名秀明 (監修), 大林薫 (翻訳)
出版社 ‏ : ‎ 東宣出版

 〈シムノン ロマン・デュール選集〉も、快調に六冊目。本書は1939年刊行で、作家の中期の作品に当たる。交友のあった作家のアンドレ・ジッドに、「今日までのところ私の「最高傑作」になるでしょう」と書き送ったという作者自らが折り紙をつけた一冊だ。
 ベルギーのフールネ市の市長であり、葉巻工場の経営者でもあるヨーリス・テルリンクは、独力でその地位まで上り詰めた男。ある晩、葉巻工場に勤める青年が金の無心にヨーリス宅にやってくる。青年は、ヨーリスの政敵の娘リナを妊娠させてしまったというのだ。ヨーリスは青年を追い返すが、その直後に青年はリナを撃ち、自らもその銃で命を絶ってしまう。この事件をきっかけに、ヨーリスの揺るぎない日常は静かに崩れ始め、彼自身も予期しない形で人生を変えていく…。
 ヨーリスは、富と権力で町の人を支配しており、皆彼を恐れている。家庭内も同じで、妻は夫のヨーリスを恐れ、常に彼の動向を注視している。青年の自殺事件の真相を悟った妻は、「あなたはいつもエゴイストだった」と言いつのる。家政婦のマリアは、ヨーリスの元愛人で、ヨーリスは息子を産くせているが、認知もしていない。まさに、人間味を感じられないエゴイストだが、彼の唯一の弱みは、28歳になる娘エミリアで、彼女は精神の障害を患わっており、会話すらできない。家の二階の小部屋に幽閉しているという異常な状態であり、全裸でいる彼女に食事を与え、下の始末を行うのは、ヨーリスしかできない仕事である。
 ヨーリスの行為は、政敵の娘のスキャンダルを利用して、政敵をその地位から追い払うほど、苛烈である。「誰にも温情はかけない」「自分以外の人間に対する義務など、なにひとつない」がモットーで、公的な扶助にも、一切の関心を寄せていない。どこから見ても、好きになれない男の無味乾燥な日常が淡々と描かれる。
 そんなヨーリスの日常を変える出来事が起こる。金の無心に来て自殺した青年のいた書斎で彼の幻らしきものを見たのである。それ以来、ヨーリスは、妊娠したエミリアの住む町へ通い始めることになるのだ。
 人間は、時に自分でも理由がわからないことをするものだが、果たして自分がもたらした行為への贖罪なのか、実の娘に代わる存在が欲しかったのか、ヨーリスの行為は、本人も説明不能の行為であり、人間の行動や感情の不思議さがよく出ている。ヨーリスはエミリアとその女友達であるマノーラと接するときだけ、自らの鎧を脱ぎ、満たされる思いがする。しかし、ヨーリスの行為は、街の人々の話題にもなってくる。
 終幕近く、エミリアに入れ込むあまり、自らの地位が危うくなってきたヨーリスは、エミリアの父である政敵に恐ろしいひと言を放つ。このひと言は、ヨーリスの内面がほとんど描かれなかっただけに、不思議な人間心理の綾を鮮やかに切り取っており、忘れ難い。また、窮地に陥っているヨーリスが、市議会で観光協会への特別助成金の賛否を問われ、突然、自らの体験から語り出すシーンも同様だ。話すことによってフールネの魂を理解したと考え、一瞬の高揚、解き放たれたような感覚も、不可思議ながら、読者を共振させる迫力がある。
 この小説の主人公はエゴイストだが、ヨーリスの周囲にも、好ましい人物はほとんどいない。妻は忍従し、夫を注視するだけの存在だし、独居の母親は、金持ちを憎み、成功した息子ヨーリスをも憎んでいるようだ。公吏も政敵たちも自らの立場の保全に汲々とする人たちだ。それでも、先を読まずにいられないのは、小説家としての力量というしかない。小さな波紋がいかに大きな波紋に変わり、人をいかに変えていくのか、読者は息を呑んで、その現場に立ち会うことになる。
 自宅の二階の部屋に娘を監禁しているという設定は、重要だ。この小部屋では、ヨーリスは、娘に赤ちゃん言葉で話しかけ、父親として、人間としての真情をみせる唯一の場だった。ヨーリスが人に見せない隠し部屋、良心のようなものであり、その隠し部屋が暴かれ、解放されることによって、ヨーリスも変わらざるを得ない。このヨーリスの内面と家の構造が対応することで、一応は破局とみられる結末も、見え方が変わってくる。
 それにしても、人生は続く。ヨーリスには、今後どんな人生が待っているのだろうか。こんなに主人公の行く末が気になる小説もそうない。

■アンブローズ・ビアス『ビアス怪奇幻想譚 この世の理を超えて』(三浦玲子訳・論創海外ミステリ)■


ビアス怪奇幻想譚 この世の理を超えて (論創海外ミステリ 344)
アンブローズ・ビアス (著), 三浦玲子 (翻訳)
出版社:論創社

 『悪魔の辞典』でも知られる米国の19世紀生のアンブローズ・ビアスの短編集が論創海外ミステリから。その辛口で奇怪な作品世界は芥川龍之介らにも影響を及ぼした。
ビアスの短編集は数あるが、本書は、Can Such Thing Be ?(元版は1893年、その後作品の異動がある様々な版があり、本書が準拠しているのは、1926年版) 一冊丸々訳したところに特色がある。
 ビアスの怪談は、恐い。恐いのは、単に幽霊や超自然的現象が描かれるからではない。普通の怪談であれば、幽霊は怨念だったり、復讐だったり、この世へ執着だったり、何らかの理由で出現する。しかし、ビアスの幽霊は、なぜ出現するのかが判然としないものが多い。「理外の理」すら、見い出せないのだ。恐さに輪をかけているのが、テキスト自体の奇怪さだ。そもそも、そのテキストが何のために書かれたか、一読理解できないものが多いのだ。
 例えば、最初の作「ハルビン・フレイザーの死」だ。
 冒頭で、「肉体を離れた霊魂は戻ってくることがあり、肉体をもつ生者に目撃されることがある」という本書に共通のモチーフが示される。続いて、真夏の森でひとりの男が目覚め「キャサリン・ラルー」という言葉を発する。なぜ、そんな言葉が出てきたのか、本人にも説明できない。その男ハルビン・フレイザーは死んでいるが、森の中の闇を歩くと森はいつの間にか血まみれになっている。ヒステリックな笑い声が聞こえる。フレイザーは霊のはびこるこの森の出来事を文書で完成させなければならないという思いに囚われ、血だまりに浸した小枝で文章を書き出す。ふと気づくとうつろな眼をした死装束の母親が立っているのを見る。ここまでがⅠ。続いて、Ⅱでフレイザーの生い立ちが語られる。詩人だった母方の曽祖父の気質を受け継ぎ、夢見がちの青年だった彼は、カリフォルニアに向かう。Ⅲで、母親の亡霊と出会ったフレイザーは、亡霊に飛びかかられる。彼は、自分が死んだ夢を見る(既に死んでいるはずなのに) Ⅳで一転、悪党を逮捕するためにはるばる墓地にやって来た保安官代理と私立探偵。彼らが逮捕しようとしているのは懸賞がかけられた妻殺しの犯人。彼らは、フレイザーの死体を発見し、血で書かれた死に際の記録を読む。記録は、フレイザーの曽祖父だった詩人の詩を思わせる。「キャサリン・ラルー」の正体が明らかになり、殺された妻がフレイザーの母親だったことが明らかになる。
 こう書くと長いようだが、わずか23頁ほどの短編である。Ⅳで説明がつけているようでいて、読み終わっても判然としないことが多い。このテキスト自体がなにを目指してしいるかも分からない。ボーの
怪奇小説が論理的構築物だとするならば、ビアスのそれは、得体の知れない無意識の表出といった趣もある。
 廃屋で見た夢の話「マカーガー峡谷の秘密」、死期を当てる医師の話「死の診断」、中国人を殺した男の話「呪われた谷」、南北戦争の幻の隊列を見る話「よみがえった記憶」中国人の亡霊が出てくる「死者の谷」でのある夜の出来事なども、怪異譚ながら、一見すると何を狙った小説が判らない点が多い。
 もっとも、短編集のあとに進むに連れ、「分かる」話も増えてくる。「ある夏の夜」「シロップの壺」は、ショートショートのような幽霊滑稽譚、「右足の中指」は幽霊の復讐譚、「得体の知れない男」はエレガントな語り口の怪談、「羊飼いハイータ」は一編の寓話というように一口に怪異譚といっても、色々なタイプの話を作者は書き分けている。
 「月明かりの道」は、芥川龍之介が「藪の中」を書くに当たって下敷きにした作品ともいわれ、話者交代しながら、幽霊譚の形を借りて、殺人事件と男の失踪の謎を解き明かしていく作品。謎を謎のままに放り出すのは、「藪の中」の独創だが、最後の語り手が、霊媒の口を借りた女の語りになっている点などは、明らかに芥川作品に影響を与えていると思われる。「ハルビン・フレイザーの死」や、この作品もそうだが、ビアスの怪談は、殺人事件が発端になっている話が多い。ミステリとホラーの交点としても、注目すべき存在だろう。
 「モクスンの傑作」は、思考ができるチェス人形が主人に襲いかかる話。生命とは何かと言うスペンサーの著書を基にした議論も面白く、人工知能を扱った小説の先駆けでもある。
 「壁の向こう」は、下宿の隣の部屋に娘に恋した男の話。壁を叩くやりとりだけが2人の交流だったが…。1950年代半ばに、ジャック・フィニイ辺りが書いていてもおかしくない怪異譚で、哀切さも持ち合わせた名短編。
 「怪物」は、目に見えない色をしている透明怪物の話。裁判の証言と新聞記事、日記による多面的な語りが怪異を盛り上げる。乱歩の「怪談入門」(『幻影城』所収)の「透明怪談」の項でも触れられている短編。
 こうしてみると、一口にビアスの怪異譚といっても一様ではなく、思いのほかバラエティに富んでいることが判るが、怪異は生の人間の欲望や恐れ、とらえきれない心理を映す鏡であり、確固たる文学の方法であることをビアスは確信していたに違いない。
 かの『悪魔の辞典』において、ビアスは、「幽霊」の項目にこう書いている。

「内なる恐怖が外に現れた、目に見えるしるし」(西川正身訳)

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)
 ミステリ読者。北海道在住。
ツイッターアカウントは @stranglenarita
note: https://note.com/s_narita35/


『骰を振る女神』 (ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション)
ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ (著), 夏来健次 (翻訳)
出版社: ‎国書刊行会

『止まった時計』(ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション 1)
ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ (著), 夏来健次 (翻訳)
出版社: ‎国書刊行会

『私立探偵マニー・ムーン』
リチャード・デミング(著), 田口俊樹 (翻訳)
出版社: 新潮社

『月射病』(シムノン ロマン・デュール選集)
ジョルジュ・シムノン (著), 瀬名秀明 (監修, 解説), 大林薫 (翻訳)
出版社: 東宣出版

『袋小路』(シムノン ロマン・デュール選集)
ジョルジュ・シムノン (著), 瀬名秀明 (監修, 解説), 臼井美子 (翻訳)
出版社: ‎ 東宣出版

『反動分子』(シムノン ロマン・デュール選集)
ジョルジュ・シムノン (著), 瀬名秀明 (監修, 解説), 荷見明子 (翻訳)
出版社: ‎ 東宣出版

『ラクロワ姉妹』 (シムノン ロマン・デュール選集)
ジョルジュ・シムノン (著), 瀬名秀明 (監修, 解説), 伊藤直子 (翻訳)
出版社: ‎ 東宣出版

悪魔の辞典(新編) (岩波文庫 赤 312-2)
アンブローズ ビアス (著), 西川 正身 (翻訳)
出版社: 岩波書店

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