今月もこんにちは! 毎日暑いですね。水分と塩分補給が追いついていない……。皆さんもお気をつけください。

*今月のファンも納得本*
ジリアン・マカリスター『バスカヴィル作家の最終便』(梅津かおり訳/小学館文庫 )


『バスカヴィル作家の最終便』
ジリアン・マカリスター (著), 梅津 かおり (翻訳)
出版社 : 小学館

 文芸エージェントのキャムが育休を終えて仕事を再開した朝、突然警察が訪ねてきます。なんと夫のルークが人質をとって立てこもっているというのです。説得を依頼されて信じがたい気持ちで現場を訪れると、銃声が響き、あたりは騒然となります。物語は、残されたキャムと事件を未然に防げなかった人質交渉人のナイアルの、事件直後とその7年後を描きます。人質事件の被害者となった夫の安否を気遣うまもなく犯人が夫だと聞かされたキャムの恐怖。最悪の解決となった事件の責任をとったナイアル。7年後の2人に、予想もしない展開が開けてきます。突然犯罪者になった息子をタイムリープで救おうとする主人公の苦闘を描いた『ロング・プレイス、ロング・タイム』の著者ときいて思わず納得。帯の推薦文がジョディ・ピコーとあり、ますます納得。驚きの真相ももちろん読みどころです!

*今月のホリデーシーズン本*
ベンジャミン・スティーヴンソン『幕が上がれば誰かが誰かに殺される』(富永和子訳/ハーパーBOOKS)


『幕が上がれば誰かが誰かに殺される』
ベンジャミン スティーヴンソン (著), 富永 和子 (翻訳)
出版社 : ハーパーBOOKS

 ミステリ小説の執筆ハウツー本著者だったアーニーが、家族全員殺人犯(?)の事件解決から、(そこそこ)売れっ子ミステリ作家になって手がける新たな事件は、殺人容疑がかけられた元妻からの依頼。状況から考えて元妻の犯行一択!という状況に逆に怪しさを感じたアーニーは、関係者が集うマジックショーに足を運ぶと、奇術のトリックに使われるある道具で、観客らの前で残忍に殺されてしまいます。今回も“信頼できる語り手”であるアーニーが、読者を欺くことのないように慎重に捜査・推理し、真相を突き止めます。280ページ弱でシリーズ最短のページ数、クリスマスが舞台ですがオーストラリアは夏なので、今の時期に読むのにもってこいではないでしょうか。何よりも今回は叔父さんの邪魔がなかったので解決が早かったのではないかと(笑)。

*今月の待ち望んでいた続編がやっと出た本*
周浩暉『死亡通知書 宿命』(大久保洋子訳/ハヤカワ・ミステリ)


『死亡通知書 宿命』
周 浩暉 (著), 大久保 洋子 (翻訳)
出版社 : 早川書房

 ネットの掲示板で死んでほしいターゲットを募り、死亡通知書と書かれた予告状を送った上で残忍に殺人を犯していた予告殺人鬼〈エウメニデス〉が死亡して3日目、ホテルの一室で学生が殺害される事件が発生します。その場には新たな死亡通知書が! 〈エウメニデス〉は死んだはずなのに……。前作『死亡通知書 暗黒者』の驚きのラストから3日目。親友と恋人が爆殺されたという悲惨な過去を持つ羅刑事が、捉えどころのない犯人とその犯行動機を、藁の中から1本の針を見つけるかの如く困難な捜査の積み重ねで真相に辿り着く、手に汗握る本格サスペンススリラーです。前作の臨場感あふれる捜査過程にめちゃくちゃ興奮したので、今度はもうちょっと冷静に読めるかな……なんて思っていたのですが、やはり本書もすごい! 前作でも読みどころのひとつだった犯人の意外な一面というか、犯人なりの倫理観がまた効いており、ぞくっとします。前作未読でも楽しめますが、できれば先に読んでおくと面白さ倍増なのでぜひ!

*今月のイチオシ本*
ホリー・ジャクソン『余命一週間の探偵として』(服部京子訳/創元推理文庫)


『余命一週間の探偵として』
ホリー・ジャクソン(著) , 服部京子(翻訳)
出版社 : 東京創元社

 まず正直なところを言うと、余命なになに、みたいなタイトルがついた映画とかドラマは、泣かせるのが目的みたいなあざとさを感じてしまってつい避けてしまいます。なので本書も最初はう~ん……と躊躇してしまったのですが、ホリー・ジャクソンなら大丈夫なはず! と信じて読み始めたところ、やはり凄かった! 読ませどころが違う! ハロウィーンの夜、自宅で誰かに頭を殴られ、ジェットは気を失います。2日目に目が覚めた病院で、殴打でできた脳の動脈瘤のため1週間後には確実に死ぬと医師から告げられてしまいます。そこでジェットは、死ぬまでの1週間で自分を殺した犯人を捕まえることを決意するのです。誰もが反対する中、親友のビリーだけはジェットの意思を尊重し、真相解明の危険な道を選びます。もちろん、死にゆく悲しさとか諦めのようなネガティヴな心情も描かれます。それはジェットだけではなく親友のビリーもで、それは当然だし、避けられない感情ではあるのですが、それを凌駕するほどの、真相を明らかにするまではなんとしてでも生き抜いてみせるというジェットの決意、自分自身に負けない生きる意志の強さに読み手は励まされ、同時に日常の大切さに気づくことになります。そしてこの著者ならではというか、必ず出てくる、家族への過大な期待とか一般的な常識とかに、真っ向から疑問を呈しているのも大事な読みどころだと思います。誰もが理想的な家族をもっているわけじゃない。その考えは、家族のトラブルを抱えていたり孤立していたりする読者に一筋の光を投げかけ、心の拠り所になっていると思います。

*今月の番外編*
 今月は特に映画ファンに勧めたい本が2冊も出ました!


『消えるヒッチハイカー: アメリカの都市伝説とその意味』
ヤン・ハロルド・ブルンヴァン(著), 満園真木(翻訳)
出版社 : 東京創元社

 ヤン・ハロルド・ブルンヴァン『消えるヒッチハイカー アメリカの都市伝説とその意味』(満園真木訳/東京創元社)は、『消えるヒッチハイカー 都市の創造力のアメリカ』(新宿書房、1988年)の新訳です。今ならネットで検索すればすぐに都市伝説だとわかるかもしれないですが、そんな現代ですら多くの人がガセネタを信じこんでしまっています。ネタの内容は古くとも、本書が新訳で出ることには大変意義があるのでは。生き物を電子レンジで乾かすとかもちろんNGなのですが、誰でも聞いたことがあるのではないでしょうか。本書で出てくる下水でワニ大繁殖とかの都市伝説はホラー映画でそのモチーフや別パターンがよく出てくるので、元ネタとして読んでいただければ面白いかと。


『おれの映画人生』
クエンティン・タランティーノ(著), 鈴木恵(翻訳)
出版社: 文藝春秋

 もう一冊は、クエンティン・タランティーノ『おれの映画人生』(鈴木恵訳/文藝春秋)。映画監督タランティーノが、自分を作り上げた映画と人生についてひたすらしゃべりまくる(でいいと思う)一冊です。『タクシードライバー』を筆頭に有名どころからニッチな作品まで取り上げており、観たことのある映画にはなるほどと思ったり、そんな映画あったのか!と俄然観たくなっても今は観る方法がなかったり、なんでもみせてくれる(?)お母さんですら観ちゃだめという映画がこれか?と思ったり。タランティーノファンではなくても、映画好きな人ならたまらない内容です。それにしても索引が凄い! なお訳者の鈴木恵さんが言及されている映画の登場回数を数えられているので、ぜひこれも参考にどうぞ!
https://x.com/FukigenM/status/2078878931785265218?s=20

*今月の新作映画*
『隣人たち』(7月24日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開)





 アメリカ郊外の瀟洒な住宅街。隣同士のセリーヌ(アン・ハサウェイ)とアリス(ジェシカ・チャステイン)は親友同士。互いの夫は経済的にも余裕があり、小学生の息子同士も同い年でやはり親友という理想的な家庭を持っています。ところがある日、病気で学校を休んでいたセリーヌの息子マックスが、自宅のバルコニーから転落死するという悲劇的な事件が起こります。愛する息子を亡くしたセリーヌは悲しみのあまり憔悴して心を閉ざし、アリスの慰めも耳に入りません。事故の瞬間を目撃してしまったアリスも、セリーヌに対して罪悪感が拭いきれません。



 やがてアリスは自分の息子テオとセリーヌの間の距離が縮まっていることに気づきます。そしてテオの方もアリスと一緒にいることを望むようになっていき、アリスは少しずつ不安を覚えていきます。そしてある日、不幸な出来事が起きたのです。



 舞台は1960年代。誰もが羨む幸福な家庭を持つ親友同士に起きた悲劇。物語が進むにつれサイコサスペンスの様相を呈していく本作は、バーバラ・アベルの未訳小説 Derriere la Haine を原作とした2018年のベルギー映画『母親たち』のリメイクです。寡聞にしてオリジナルの映画は未見なので本作のみの感想になりますが、完璧な母親であることが女性の理想として求められた時代のアメリカで、静かにゆっくりと抑圧されている女性たちが、不満や苛立ちも表明できず、内面に熱を籠らせていくような不穏な空気感が、綺麗に整えられた住まいに漂っているように感じられました。物語の内容は異なりますが、ジョン・フランクリン・バーディン『悪魔に食われろ青尾蠅』を思い出したり。怖さと悲しみが同時に迫ってくる作品です。

 


タイトル:『隣人たち』
公開表記:7月24日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開

〈作品情報〉
監督・撮影監督:ブノワ・ドゥローム
脚本:サラ・コンラット
出演:ジェシカ・チャステイン、アン・ハサウェイ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、ジョシュ・チャールズ
原作:オリヴィエ・マッセ=ドゥパス『母親たち』

2024年 | アメリカ・ベルギー・フランス・イギリス | 英語 | カラー | シネスコ | 5.1ch | 94分 | 字幕翻訳:中沢志乃
提供:カルチュア・エンタテインメント
配給:ギャガ © 2023 MINSTINCT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイトhttps://gaga.ne.jp/rinjin/
公式X@rinjin724_movie
公式IG@rinjin724_movie

〈STORY〉1960年代アメリカ、大都市郊外の隣同士の家に住む親友のセリーヌ(アン・ハサウェイ)とアリス(ジェシカ・チャステイン)。お互い裕福な家庭で同い年の一人息子を持つふたりは、完璧で幸せな生活を送っていた。しかしある日、セリーヌの息子が不幸な事故に遭ったことで関係性は一変。喪失感に苦しむセリーヌは、次第にアリスの息子・テオに心を通わせるようになっていく。その様子に疑念を持ち始めるアリス。彼女は私の家族を奪おうとしているのか?それともただの思い違いか…。徐々にアリスの行動はエスカレートしていき、やがてふたりは狂気と妄想の渦に飲み込まれていく――。

  
◆映画『隣人たち』本予告 | 7月24日(金)全国順次公開 ◆

 
 

♪akira
翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2025年8月には、リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』(羽田詩津子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)と、ピーター・トレメイン『修道女フィデルマの慧眼』(田村美佐子訳/創元推理文庫)の解説を、2026年5月にはレオニー・スヴァン『ひつじ探偵団〔新版〕』(小津薫訳/早川書房)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho


『警察・スパイ組織 解剖図鑑』
加賀山 卓朗 (著), ♪akira (著), 松島由林 (イラスト)
出版社 : エクスナレッジ

『ひつじ探偵団〔新版〕』
レオニー・スヴァン (著) , 小津 薫 (翻訳)
出版社 : 早川書房

『木曜殺人クラブ (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
リチャード・オスマン (著), 羽田 詩津子 (翻訳)
出版社 : 早川書房

『修道女フィデルマの慧眼: 修道女フィデルマ短編集』 (創元推理文庫)
ピーター・トレメイン (著), 田村 美佐子 (翻訳)
出版社 : 東京創元社

『本の雑誌518号2026年8月号』
本の雑誌編集部 (編集)
出版社 : 早川書房

『ミステリマガジン 2026年07月号』
本の雑誌編集部 (編集)
出版社 : 本の雑誌社

『このミステリーがすごい! 2026年版』
『このミステリーがすごい!』編集部
出版社 : 宝島社

 


『ロング・プレイス、ロング・タイム 』 (小学館文庫 マ 9-1)
ジリアン・マカリスター (著), 梅津 かおり (翻訳)
出版社 : 小学館

『真犯人はこの列車のなかにいる (ハーパーBOOKS) 』
ベンジャミン スティーヴンソン (著), 富永和子 (翻訳)
出版社: ハーパーコリンズ・ジャパン

『死亡通知書 暗黒者』 (ハヤカワ・ミステリ)
周浩暉 (著), 稲村文吾 (翻訳)
出版社:早川書房

『夜明けまでに誰かが 』 (創元推理文庫)
ホリー・ジャクソン(著) , 服部京子(翻訳)
出版社 : 東京創元社

『悪魔に食われろ青尾蠅』 (創元推理文庫)
ジョン・フランクリン・バーディン (著), 浅羽莢子 (翻訳)
出版社 : 東京創元社

『タクシードライバー』 [AmazonDVDコレクション]
ロバート・デ・ニーロ(出演), ジョディ・フォスター(出演), マーティン・スコセッシ(監督)
販売元:Happinet

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