映画『ウィスパーマン』

 今月もこんにちは! 諸事情のため、今月は新作映画のご紹介はなしになります。すみません! その代わりといってはなんですが、8月28日(金)からネットフリックスで映画『ウィスパーマン』が配信開始となります。出演はロバート・デ・ニーロ、アダム・スコット他、原作はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)です。 自分は解説を担当したのですが、不気味な手触りのサスペンスの中に親子の愛情が胸を打つ物語でとても気に入っています。ラストがどうなっているかとても楽しみです。

*今月の歴史スリラー本*
D・V・ビショップ『フィレンツェに悪魔が彷徨う』(熊谷千寿訳 新潮文庫)


フィレンツェに悪魔が彷徨う (新潮文庫 ヒ 7-1)
D・V・ビショップ (著), 熊谷千寿 (翻訳)
出版社: 新潮社

 夜間の外出が禁止されていた16世紀フィレンツェ。夜間治安官のチェーザレ・アルドは、キリストの磔刑ポーズをなぞらえた惨殺死体を発見します。パワハラ上司に速やかな犯人逮捕を無理強いされ、真面目ですが経験の浅い若手捜査官のカルロと組んで捜査を始めたものの、事態は連続殺人事件へと発展していきます。千街晶之氏の解説によると、本書はシリーズ4作目であり、かつて捜査官だったアルドは無能な上司に妬まれて降格されてしまったとのこと。同性愛者が懲罰を受ける時代だったため、相手に迷惑が及ばないよう闇に紛れて恋人と逢瀬を重ねていたアルドには、今回の連続殺人がヘイトクライムである可能性も排除できません。驚きの真相ももちろんですが、時代背景とその捜査方法も読み応え抜群。本書にはローラン・ビネ『遠近法』(高橋啓訳/東京創元社)のコジモ・デ・メディチが登場。『遠近法』は本書から18年後ぐらいが舞台なので、未読のかたはぜひ本書の後に読むとさらに面白さマシマシですよ! なお筆者のお気に入りは伯爵夫人。脳内でモニカ・ベルッチをキャスティングして読んでおりました。

*今月の花婿本*
M・W・クレイヴン『ブラッディダイスの殺人』(東野さやか訳 ハヤカワ文庫)


ブラッディダイスの殺人 上(ハヤカワ・ミステリ文庫)
M・W・クレイヴン (著) , 東野さやか (翻訳)
出版社 : 早川書房

ブラッディダイスの殺人 下(ハヤカワ・ミステリ文庫)
M・W・クレイヴン (著) , 東野さやか (翻訳)
出版社 : 早川書房

 17人もの市民が犠牲となった連続狙撃事件。犯人逮捕の糸口は一向に見つからず、政府はついに元重大犯罪分析課のワシントン・ポー、ティリー・ブラッドショーらメンバーを呼び出します。エステルとの結婚式(!)を間近に控え、ポーはティリーと捜査を始めますが、犠牲者たちの関連性が不明なことで、その犯人像に辿り着きません。しかしティリーのおかげでなんとか手掛かりが掴めたものの、犯行は続き、犠牲者の数は増えるばかり。そしてついに犯人がターゲットに選んだのは……。気がついたらシリーズ7作目となる本書、回を重ねるごとに読む速度が速くなるのは私だけではないはず(だって先が気になるから!)。今回はこれ以上犠牲者を出せない連続殺人事件の阻止とポーの結婚準備という2つのタイムリミットが重なって、ページをめくるのすらもどかしいのではないでしょうか! それにしてもエドガーはいつもと変わらぬマイペースで本当に可愛いなあ。

*今月の最終作本*
フリーダ・マクファデン『ハウスメイド3: 最後の秘密』(高橋知子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)


『ハウスメイド3: 最後の秘密』
フリーダ・マクファデン著、高橋知子訳
出版社 : 早川書房

 まずは帯の“夫エンツォと子ども”でびっくり! えー! 結婚してたの! そして子ども! しかも2人!! 前2作を読んだ人ならもうこの時点でつかみはオッケー。都会の豪邸の住み込みハウスメイドから、郊外一軒家に住む4人家族へと大転換したミリーの人生。ちょっと派手な隣人スゼットと、影の薄い夫、そして向かいの家には感じの悪いジャニスとその息子。ミリーの息子ニコとは歳が近そうだけど、ママ友にはなれそうもない。ニコの姉エイダは、頭も良くて聡明で、弟の面倒もよく見る模範的な少女。エンツォは相変わらず魅力的で、何やかやと手を出してくるスゼットにイラっとするミリーでしたが、やがて、幸福だった一家にとんでもない災厄が訪れるのです。シリーズ最終作はまさかの家族編。家族が生きる糧であり、同時に弱点にもなってしまうという状況で、シリーズ最凶の敵に立ち向かうミリーの運命は!? 映画化された一作目は11月27日(金)にロードショー公開が決まったそうなので、未読の人はまず一作目からぜひ!

*今月の応援本*
シャルロッテ・リンク『孤独な夜』(浅井晶子訳 創元推理文庫)


孤独な夜 上 (創元推理文庫)
シャルロッテ・リンク (著), 浅井 晶子 (翻訳)
出版社 : 東京創元社

孤独な夜 下(創元推理文庫)
シャルロッテ・リンク (著), 浅井 晶子 (翻訳)
出版社 : 東京創元社

 刑事ケイト・リンヴィルシリーズ第四作。ノース・ヨークシャー署にケイトの新しい上司グレイボーン警部補がやってきます。あまり良い初顔合わせとはならず、先行きに不安を感じるケイト。そして新しい事件が舞い込みます。乗り捨てられた車の中で女性の刺殺体が発見されたのです。実は被害者の知り合いが、その車に謎の男が乗り込むのを目撃していたのですが、怖くて通報しなかったのです。被害者はパートナー仲介業者に所属する料理講座講師でしたが、驚いたことに、ケイトはその講座を受講する予定だったのです。毎回酷い目にあうケイトに心の底からエールを送らずにはいられないシリーズ最新作は、彼氏候補の相手に外れてばかりだった過去を持つケイトが、積極的に相手を探そうとする前向きな姿勢になっていることに心底安堵するという幕開け。今度こそ幸せになってくれ! と念を送りながら読み進むと、物語は予想を遥かに上回る驚愕の展開に! そしてそれだけはやめてほしかった! というか、やっぱり(悲)というか、ある事実がラストに待ち受けているのですが、それに対するケイトの対応がもう! よくここまでになった! と喝采を送りたくなると同時に、でも無理は禁物だからね! とすっかり遠い親戚のような気持ちになってしまうのでした。続編も待ってます!

*今月の謎解き+本*
ウィリアム・ハッセー『名探偵ジェリコ』(矢口誠訳 文春文庫)


名探偵ジェリコ (文春文庫 ハ 30-1)
ウィリアム・ハッセー (著), 矢口 誠 (翻訳)
出版社: 文藝春秋

 主人公で語り手のスコット・ジェリコは、元刑事で今はトレーラーハウスに住む移動生活者。父親が運営するフェアグラウンド(移動式遊園地)で働いていた彼のもとに、不思議な依頼が舞い込みます。彼の出自と推理力を見込んだという、教授と名乗る怪しい男から、150年前の不可解な溺死事件と関連する、おどろおどろしい連続殺人事件の調査を頼まれたのです。ジェリコが警察を去ることになったのは、関わった事件で許されない過ちを犯したためでしたが、当時の上司だったギャリスはいまだに彼のことを気遣い、この謎の依頼についても協力してくれることに。彼に遺恨を持つ悪党の妨害にもめげず調べを進めるジェリコの前に、かつて身も心も捧げたある人物と再会を果たし……。犯行のグロさもさることながら、暴力的な排外主義行動や同性愛者へのヘイトに憤りとやるせなさを感じる本書は、結末でその大胆かつ正々堂々とした伏線に驚き、謎解きミステリとして申し分のない面白さなんですが、本書読了後に筆者が最も印象に残ったのは、ジェリコの恋愛描写でした! 出会いの頃の一途さがほほえましく、現在の付かず離れずの緊張感にもウルウル。自身もゲイであることを公言している著者はゲイカップルが主人公のYAでも人気を博しているとのことで、なるほどと納得。

*今月のイチオシ本*
サム・ロイド『善人による完全犯罪』(高山真由美訳/ハーパーBOOKS)


善人による完全犯罪 (ハーパーBOOKS)
サム・ロイド (著), 高山 真由美 (翻訳)
出版社: ‎ハーパーコリンズ・ジャパン

 ある未明、階下で物音がしたと妻エリンに起こされたジョゼフは、台所で侵入者に切りつけられます。明かりをつけるとその相手は18歳の息子マックスで、しかも血まみれで尋常でないほど動揺していました。話を聞くと、森で見知らぬ男を車で轢いてしまったというのです。大学入学を目前にした愛する息子のため、事件を隠蔽しようと自ら遺体の始末をする決心をしたジョゼフでしたが、それが底なしの悪夢の始まりだったのです。ジョゼフは数年前に妻を亡くしており、今の妻エリンも夫を亡くし、娘のティリーを連れてジョゼフと再婚していました。ともに悲劇を乗り越えてやっと手にした幸せな家族だったはずが、ずるずると地獄に引きずられていく恐怖に手に汗握るサスペンスです。2026年度CWA賞(英国推理作家協会賞)Twisted Dagger最終候補作だったという本書、たしかにこれは相当な捻り!(しかもめちゃくちゃ痛い) しょっぱなですでに考えうる限り最悪の展開と思ったのも束の間、もっとひどい展開、ますますひどい展開へと持って行かれて、読む方も心臓バクバク! 結末で明かされる真相がねえ……(怖)。それにしても同年の受賞作がサラ・ピンバラの作品とは! Netflixで映像化もされたあのあまりにも扶桑社ミステリーにふさわしい超問題作『瞳の奥に』の著者ですよ! ああそれもめちゃくちゃ読みたい~。

♪akira
翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2025年8月には、リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』(羽田詩津子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)と、ピーター・トレメイン『修道女フィデルマの慧眼』(田村美佐子訳/創元推理文庫)の解説を、2026年5月にはレオニー・スヴァン『ひつじ探偵団〔新版〕』(小津薫訳/早川書房)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho


『警察・スパイ組織 解剖図鑑』
加賀山 卓朗 (著), ♪akira (著), 松島由林 (イラスト)
出版社 : エクスナレッジ

『ひつじ探偵団〔新版〕』
レオニー・スヴァン (著) , 小津 薫 (翻訳)
出版社 : 早川書房

『木曜殺人クラブ (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
リチャード・オスマン (著), 羽田 詩津子 (翻訳)
出版社 : 早川書房

『修道女フィデルマの慧眼: 修道女フィデルマ短編集』 (創元推理文庫)
ピーター・トレメイン (著), 田村 美佐子 (翻訳)
出版社 : 東京創元社

『本の雑誌518号2026年8月号』
本の雑誌編集部 (編集)
出版社 : 早川書房

『ミステリマガジン 2026年07月号』
本の雑誌編集部 (編集)
出版社 : 本の雑誌社

『このミステリーがすごい! 2026年版』
『このミステリーがすごい!』編集部
出版社 : 宝島社

 


囁き男 (小学館文庫 ノ 1-1)
アレックス・ ノース (著), 菅原美保 (翻訳)
出版社 :小学館

遠近法 (海外文学セレクション)
ローラン・ビネ (著), 高橋 啓 (翻訳)
出版社: 東京創元社

デスチェアの殺人 上 ワシントン・ポー (ハヤカワ・ミステリ文庫)
M・W・クレイヴン (著) , 東野さやか (翻訳)
出版社 : 早川書房

ボタニストの殺人 上 ワシントン・ポー (ハヤカワ・ミステリ文庫)
M・W・クレイヴン (著) , 東野さやか (翻訳)
出版社 : 早川書房

ハウスメイド2: 死を招く秘密 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMマ 20-2)
フリーダ・マクファデン著、高橋知子訳
出版社 : 早川書房

ハウスメイド (ハヤカワ・ミステリ文庫)
フリーダ・マクファデン著、高橋知子訳
出版社 : 早川書房

罪なくして 上 〈ケイト・リンヴィル〉シリーズ (創元推理文庫)
シャルロッテ・リンク (著), 浅井 晶子 (翻訳)
出版社 : 東京創元社

誘拐犯 上 (創元推理文庫)
シャルロッテ・リンク (著), 浅井 晶子 (翻訳)
出版社 : 東京創元社

瞳の奥に (海外文庫)
サラ・ピンバラ (著), 佐々木 紀子 (翻訳)
出版社 : 扶桑社

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