今回は、第二世代のアラブ系移民として米国で育ち、SEAL(海軍特殊部隊)からCIA(中央情報局)工作員へ転身したサラーム・アル・ファイドが縦横無尽に暴れ回る Fade(St. Martin’s Press/2005年)を取り上げます。
 著者は『全米無差別テロの恐怖』(公手成幸訳/扶桑社/2004年刊)のカイル・ミルズです。

Fade
Kyle Mills (著)
出版社 ‏ : ‎ St Martins Pr

 サラーム・アル・ファイド(フェイド)は中東地域での単独潜入任務の最中に銃撃を受け、脊椎近くに弾丸が残った状態でCIAに救出される。このままでは四肢が麻痺すると診断され、摘出できる可能性はありながら、最先端の技術を用いるため費用が高額となって支払いは認められず、結局手術を受けられないまま引退となる。
 数年後、中東地域への潜入工作員を選抜しているDHS(国土安全保障省)のヒレル・ストランドは、戦闘能力は言うまでもなく、容貌と語学の点でも条件を満たしているフェイドの採用を検討するが、補佐役であるマット・イーガンの反対に遭う。
 フェイドが負傷した任務に関わっていた元CIAのイーガンは、四肢の麻痺は確実に進行しつつあり、何より国家に見捨てられた恨みは消えていない、とその理由を挙げる。
 しかし自分の判断に固執するストランドは、イーガンを伴って直接勧誘を試みるものの、けんもほろろに断られる。それでも諦めず、フェイドが犯罪組織の依頼で麻薬の売人を殺害したという偽情報を独断で地元の警察に流し、拘束させようと目論む。
 ところが、ストランドが力ずくで事を進めるだろうと予想したフェイドは、軍の特殊部隊で鍛えられた戦闘員でも返り討ちに遭う罠を自宅に仕掛け、いざとなれば刺し違える覚悟で待ち構えていた。
 そのような事情を知る由もなく、逮捕に向かったカレン・マニング刑事率いるSWAT(特殊武装戦術部隊)は壊滅的な打撃を受ける。
 マニングを人質にして逃走したフェイドは、遅まきながら一網打尽にした相手が警察だったことを知るが、もう引き返すことはできない。身体の自由が利かなくなる前に、事件の元凶であるストランドを抹殺するべく、行動を開始する。
 一方、無事に解放されたものの、マニングはSWATのリーダーとしての責任を追及される。
 
 あらすじを記すと、国家に裏切られて自暴自棄になった元兵士の復讐譚といった印象を受けるが、主人公であるフェイド、彼の過去と深く関わっているイーガン、そして両者の因縁に巻き込まれてしまったマニングといった登場人物のおかげで、この作品にはそれだけにとどまらない、一風変わった魅力が備わっている。
 まず、型破りなフェイドは、圧倒的に不利な状況にありながら遊び心を忘れず、最後の戦いの移動手段として選ぶ車もふるっている。ボロボロの、古いキャデラックのコンバーチブルを007の新作映画に登場させるという触れ込みで特注車両を制作するショップに持ち込み――武器を仕込んで――新車同様に仕立てるのだ。
 そんなフェイドに対して、複雑な思いを抱えているのが、かつてCIAで作戦管理官を務めたイーガンだ。可能な限り手を尽くしたものの、親友とも呼べる間柄だったフェイドが充分な治療を受けられないまま引退に追い込まれたことで、自分を責めてもいた。
 それでも、ストランドが命を狙われるのを見過ごすわけにもいかず、運命を呪いながらフェイドとの対決に備える。フェイドも、治療を受けられなかったことはイーガン個人の責任ではないと分かっていながら、目的を果たすためには手加減などするつもりもない。
 そしてイーガンに対しては非情な態度で臨みながら、フェイドはマニングに対しては意外な一面を見せる。
 フェイドの逮捕に向かう前から、女性初のSWAT指揮官となった彼女に対する警察内での風当たりは強かったが、容疑者を取り逃がしたことに加え、部隊が甚大な被害を受けたことで休職扱いとなってしまう。
 メディアを通してそんな状況を知ったフェイドは、大胆にもマニングの自宅に電話をかけ、戦友を失った上に、自分を支えてくれるはずだった組織に裏切られる辛さは自分も味わったことがある、と言葉をかける。
 三者三様の思いが交錯する中、フェイドとイーガンへの対決へと突き進んでいく展開は地味ながら、静かな緊迫感に満ちている。読み進めるうちに思わず応援したくなる三人が迎える結末は苦いものではあるが、深い余韻があり、活劇だけではない、豊かな作品に仕上がっている。
 
 著者は2015年から2023年まで、ヴィンス・フリンのミッチ・ラップ・シリーズを引き継いでいたが、降板後に20年を経てフェイドを主人公とした Fade In(Authors Equity/2025年)を執筆している。

寳村信二(たからむら しんじ)

 ウルトラマンシリーズの60周年記念ドキュメンタリー映画、『The Origin of Ultraman』(監督:中村裕・吉田一貴)を鑑賞。多彩な顔ぶれの映画監督や映像制作者たちが登場してウルトラマンに対する思いを語るのだが、その中にニコラス・ウィンディング・レフンもいたのには驚いた。

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【原書レビュー】え、こんな作品が未訳なの!? バックナンバー一覧

『全米無差別テロの恐怖 上』
カイル ミルズ (著), 公手 成幸 (翻訳)
出版社 ‏ : ‎ 扶桑社
『全米無差別テロの恐怖 下』
カイル ミルズ (著), 公手 成幸 (翻訳)
出版社 ‏ : ‎ 扶桑社
『Fade In: A Thriller』
Kyle Mills (著)
出版社 ‏ : ‎ Authors Equity