書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

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 (ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

  1.  

      1.  

        1. 千街晶之
        2.  
        3.  
            1. 『余命一週間の探偵として』ホリー・ジャクソン/服部京子訳

              創元推理文庫

             七月はベンジャミン・スティーヴンソン『幕が上がれば誰かが誰かに殺される』と、ホリー・ジャクソン『余命一週間の探偵として』のどちらにするかで迷った。前者は、お馴染みの自称「信頼できる語り手」こと作家のアーニー・カニンガムが殺人事件に巻き込まれるシリーズの第三作。これまでの二作と比較すると分量は短めだが、決して謎解きが軽量級ということではなく、アーニーの元妻が容疑者となった殺人事件から始まって、風変わりなシチュエーションで関係者全員を集めたラストの鮮やかな謎解きに至るまで、相変わらず本格ミステリとしてのセンスと洒落っ気に溢れている。元妻に殺人の嫌疑がかけられているのだからアーニーにとってかなり深刻な事態である筈なのだが、いつもの人を食ったような語りによってとにかく楽しく読める一冊だ。一方、後者は二十七歳の女性ジェットがハロウィーンの夜に自宅で何者かに頭部を殴打され、二日後に病院で目覚めたものの、脳内に静脈瘤が形成されたせいで余命は一週間しか残されていない……という状況。彼女は、その残された日々を、自分を殺害しようとした犯人が誰かを突きとめるために用いようとする。タイムリミット・サスペンスはミステリ史上数多いけれども、これほど逼迫したタイムリミットを抱えた探偵役も滅多にいないだろう。しかも、彼女と幼馴染みのビリーの調査によって驚愕の事実が次々と浮かび上がり、肉親さえも信用できない状況となってゆくのだ。死を目前に控えた悲しみに打ちひしがれることなく、残された短い時間で真実を知るために突き進むジェットは、現代的なテクノロジーを駆使する点も含め、いかにもホリー・ジャクソンの小説の主人公らしい性格だ。二冊のどちらを選ぶか迷った果て、結末の衝撃度と読後の余韻の点で『余命一週間の探偵として』に軍配を上げた。

 

  1.  
      1. 川出正樹

              1. 『隣人』シャロン・ボルトン 川副智子訳

              2.  新潮文庫

              3.  

         本格謎解きミステリに秀作の多い月だった。黄金時代英国探偵小説を彷彿とさせる大富豪一族の遺産を巡る死の謎を館に乗り込んだタフガイ探偵が解き明かす、リチャード・デミングの手に成る一九五〇年代アメリカ本格ミステリの埋もれていた傑作『絞首台のある庭 私立探偵マニー・ムーン』(田口俊樹訳/新潮文庫)。一九二八年の英国を舞台に、零落した貴族の館で発生した密室状態の塔からの不可解な墜死の謎を遊歩者(フラヌール)の名探偵が解き明かすP・J・フィッツシモンズによるウッドハウス風ユーモアに彩られた『斜陽館殺人事件』(中山宥訳/創元推理文庫)。全編にみなぎるサスペンスとフェアな謎解きの果てに明かされる呵責なき真相と一掬の救いという作者の十八番により磨きがかかったホリー・ジャクソンの『余命一週間の探偵として』(服部京子訳/創元推理文庫)。そして、シリーズを重ねる毎に謎解きの練度と軽妙洒脱なストーリー展開に磨きがかかるベンジャミン・スティーヴンソンによる“信頼できる語り手”シリーズ第三弾となる酷熱のクリスマス・ミステリ『幕が上がれば誰かが誰かに殺される』(富永和子訳/ハーパーBOOKS)。

         そんな年間ベスト級の名探偵ものが揃い踏む中で、敢えてシャロン・ボルトン『隣人』を推すのは、これが無類の超絶技巧サスペンスだからだ。胸が騒めく先読み不能傑作『身代わりの女』から早二年、“信頼できない語り手”ものを愛してやまないと公言する作者の面目躍如たる逸品だ。

         イングランド湖水地方の鄙びた村を舞台に、新参者の女性が教会絡みの村の秘密を探るというストーリーラインはシンプルであり、彼女の活躍を隣人である“わたし”が語るという形式も取り立てて珍しいものではない。ただし、巻頭に「アナ・ブラウンがもっと巧妙な嘘つきだったら、彼女への興味をすぐになくしていたかもしれない」とあるように物語の牽引役も秘密を抱えていて、その上語り手も何か隠し事をしているとなると俄然話は変わってくる。さらに、並行して語られる精神科の女医と男子高校生が診察室息で繰り広げる息を呑む心理劇が、本筋とどう関わってくるのかが気になって、ページを繰る手が止まらない。作者は、嘘という絵筆に秘密という絵具を含ませて、細心の注意を払って大胆かつ巧緻な騙し絵(トロンプ・ルイユ)を描いて見せたのだ。

         ちなみに私は、本書の解説の冒頭で「始めに断言してしまおう。シャロン・ボルトンの『隣人』を読んだ人は、最低三回は驚きのあまり息を呑む、と。まずは仰天、次に愕然、そして最後に驚愕」と記した。性質も対象も異なる三度の驚きをぜひ味わってみて欲しい。

      2.  

  1. 酒井貞道

        1. 『隣人』シャロン・ボルトン 川副智子訳

        2.  新潮文庫

         

      1.  楽しく読める謎解きミステリ(+軽ハードボイルド)として最高峰のものを提示してきた、リチャード・デミング『絞首台のある庭』と迷ったが、今回はこちらにします。

         とはいえ『隣人』も、読者を騙すために全てを誂えたトリッキーなミステリとしては、最高峰のものである。隣人のパン屋が秘密を抱えていることを嗅ぎつけて、協力するふりをして近付く嫌らしい《わたし》。そのパン屋は、店にやって来た家族が、近隣の怪しげな教会で彼らの娘を虐待しているのではと疑い、少女をその隣人のパン屋。そして、この二人の動きとは当初は全く別に、傷害事件を起こしたソシオパスの少年を女性精神科医がカウンセリングしているパートが現れる。嘘と秘密と怪しさに満ちたこれらのストーリーが、複数のプロットを徐々に露わにして、複雑に絡み合い、予測不能の展開を生じせしめて読者を翻弄し、終盤では驚愕の真相を明らかにして読者の度肝を抜くのである。信用できない語り手の使い方も見事である。また、こういった紹介の場では、サプライズ要素にばかり言及してしまいがちだが、そこに至るまでの序盤や中盤でも、緊張感は途切れず、先が気になるし、途中の細かい会話もちゃんと興味を持って読めてしまうのである。おまけに読みやすく、六百ページ近いのにその長さも気にならない。S・J・ボルトンだった時代も含めて、ボルトン史上最もトリッキーな作品であることも断言します。この種のミステリでしか味わえない要素がたっぷり、みっちり詰まった傑作。必読。

 

  1. 上條ひろみ

    1.  
        1. 『余命一週間の探偵として』ホリー・ジャクソン/服部京子訳

          創元推理文庫

     みなさま、夏休みの読書、楽しんでますか? 休みじゃなくてもこの時期は出版社イチオシ作品が多く出版されるので、チェックしておきたいところですよね。

     七月度のわたしの推しは、なんといっても『余命一週間の探偵として』です。解説を書かせていただいた作品で恐縮ですが、いいものはいい(毎回そう言い訳しているような気がするけど)! 何者かに頭部を殴打され、余命一週間と宣告された27歳の女性ジェットは、自分を殺そうとした人物をなんとしてでも見つけようと瀕死の体で奮闘します。ジェットのパワフルさと生命力、行動力、そしてアクの強さは、悲劇のヒロインとはかけ離れていて、まさに「人間、死ぬ気になればなんでもできる」と思わせてくれる爆裂ぶり。とにかく“強い”ヒロインなのです。バディ役を務める幼なじみのビリーがまた最高にいい子で、子どもの頃からジェットに片想いしている彼の切ない胸の内を思うと……。やっぱりホリー・ジャクソンはうまいなあ。1章に手がかりがすべて出揃っているというのが素晴らしい。驚きのラストまで息もつかせず疾走する、どこまでもフェアな犯人当てミステリ。超絶オススメです!

     P・J・フィッツシモンズ『斜陽館殺人事件』(中山宥訳/創元推理文庫)は、P・J・ウッドハウス×不可能犯罪ミステリというハイブリッドな作品。ロンドンでお気楽に過ごす英国紳士のアンティ・ブジュレーが、友人に呼ばれてやってきた英国貴族の城館で、密室や消失といった不可能犯罪を解明します。息をするようにおちゃらけるブジュレー君が最高で、そんな彼に真顔で「〜でございます、おぼっちゃま」と仕える老執事(「斜陽館」では従僕長)のビッカーズのおとぼけぶり(でも仕事きっちり)がたまりません。しかもブジュレー君、おバカなふりして高度な推理力の持ち主で、まさにウッドハウスのバーディ・ウースターと執事ジーヴス、双方の魅力を兼ね備えているんですよ。

     ハイブリッドといえば、ハードボイルド×本格ミステリのリチャード・デミング〈私立探偵マニー・ムーン〉ですよね。『絞首台のある庭』(田口俊樹訳/新潮文庫)はシリーズ第一長編で、何者かに命を狙われている女子大生グレースの用心棒として、マニーが富豪の邸宅に乗り込みます。富豪の大邸宅、訳ありな遺産相続、秘密を抱える相続人たち。謎解きの楽しさはもちろん、命令に忠実なモウルディ・グリーンや、無骨なウォーレン・デイ警視といった脇役の使い方が絶妙です。

     シャロン・ボルトン『隣人』(川副智子訳/新潮文庫)は、最初から一瞬たりとも気を許せない緊迫感ただよう作品。そう思いながら読んだのに、帯の惹句どおりきっちり3回騙されました。何が狙いなのかわからない信頼できない語り手の「わたし」と、その隣人で訳ありらしいパン屋の主人アナ、精神科医に執着する少年、そして怪しげな村の集会。謎めいたエピソードが絡み合っていて、全体像が見えてきたと思っても足元を掬われる。

 

  1. 霜月蒼

      1. 『隣人』シャロン・ボルトン 川副智子訳

      2.  新潮文庫

         

         傑作で私たちを唸らせた新鋭による新作が目立った月だった。フリーダ・マクファデン『ハウスメイド3』、シャロン・ボルトン『隣人』、ベンジャミン・スティーヴンソン『幕が上がれば誰かが誰かに殺される』、本格的な日本への紹介がはじまったばかりのリチャード・デミング『絞首台のある庭』もそう。ホリー・ジャクソンの『余命一週間の探偵として』も、初の大人向け作品ということでここに入れてよいか。

         結論からいえば、「前作の成功はまぐれではなかったか」「さらに書けるだけの実力があるのか」という意地悪な問いを、いずれの著者も見事にクリアしている。そこからひとつ選ぶなら、ということでシャロン・ボルトン『隣人』を択った。

         前作『身代わりの女』はビックリさせられた傑作だった。ものすごいサプライズがあったわけではなく、イヤな人物たちが地味にイヤなことをやった結果、歳月が経って地味に大変イヤなことが起こりはじめるという作品で、あらすじだけ取り出せば地味なのに、異様な吸引力で気づけば一気読みさせられてしまったことに驚かされたのである。イヤミス+地味ミスという英国ならではのサスペンスの傑作だった。本作にもそういった英国的イヤ感は健在で、特に序盤での主人公の不快さは前作から引き継がれたものだ。そういった前作同様のテイストは引き継ぎつつ、物語は異なる方向に進みはじめる。

         英国的なシケシケ感よりも、アメリカのスモールタウン的閉塞感や『ミッドサマー』風の北欧的な邪教感が徐々にせり出してくる。過去のフラッシュバックなどなど全ストーリーラインが合流しはじめるや、埋め込まれていた意外性の地雷が次々に発火してゆく仕掛けは非常にメカニカルで、『身代わりの女』のオーガニックで静かなイヤったらしさとは一線を画す。ありていに言えばあざといのだが楽しい驚愕なのは間違いなくて、本作は英国シケシケ厭サスペンスというより新本格以降のジャパニーズ驚愕ミステリに近いのではないか。倫理性よりサプライズを優先する姿勢もそうである。

         個人的には前作のようなシケシケ路線を好みはするが、ボルトンはこういうこともやれるのか!という嬉しい驚き込みで、本作を推す。何より全編を貫くサスペンスが強烈で、ページを繰る手のスピードでは『ハウスメイド3』すら凌ぐ7月最速の作品だった。

         

      1. 吉野仁

          1. 『余命一週間の探偵として』ホリー・ジャクソン/服部京子訳

            創元推理文庫

           

  2.  

     ジェットは自宅で何者かに襲われ意識不明となり、二日後に目覚めたものの、医師から余命一週間を宣告された。死ぬまでに犯人を見つけ出せ、というタイムリミット型犯人探しのミステリだが、ジェットと相棒ビリーとのやりとりは出世作〈向かない〉シリーズのコンビを思い出させるばかりか、あまりに切ないクライマックスの衝撃は、作者ならではの、語りと話運びの上手さである。激しい感情の伝え方、読み手へ共感させる力が半端なく強いのだ。今回もすっかりやられてしまった。隠された事実が暴かれる衝撃ということでいえば『余命』どころではないのが、シャロン・ボルトン『隣人』である。湖水地方の村に暮らすヒロインの隣にパン屋を営む女性が越してきて、あるときその店に助けを求めた少女が逃げ込んできた。こうした怪しい隣人をめぐるミステリも、これまでさんざん書かれてきたサスペンスの一形式ながら、英国版「謎の香りはパン屋から」どころではないおぞましい秘密が次々に暴かれては驚かされる。こちらも必読の一作である。隣人といえば、世界的な大ベストセラーとなった三部作の最終作、フリーダ・マクファデン『ハウスメイド3 最後の秘密』もまたまぎれもない隣人ミステリー。ミリーはハウスメイドを引退し、結婚して家族をもち郊外の新居へ引っ越してきたが、そこで隣家のハウスメイドを雇うことになる。ヒロインの立場が一作目と逆転しているなど新たな趣向が加わるとともに、この作家の本質がよく分かる一作だ。シリーズの続編といえば、リチャード・デミングのデビュー長篇『絞首台のある庭 私立探偵マニー・ムーン』もまた話題になった前作日本オリジナル中短編集に劣らない出来映えだ。事故死した父親の遺産相続人である十九歳の娘が依頼人で、その邸宅へ行くと新たな死体が、という本格謎解き私立探偵ものが展開していく。いま邦訳されたからこそ味わい深く、かつノー天気に探偵のやりとりを愉しめるのだろう。本格謎解き館ものといえば、P・J・フィッツシモンズ『斜陽館殺人事件』は、主人公が友人である英国貴族の末裔の電報を受け取り、その友人の伯父の転落死の事件を調査しに館へやってくるという展開。語りのクセが強いと感じたが、それは作者が「P・G・ウッドハウス+不可能犯罪」を目指したせいなのだろう。といってもあくまで伝統的な英国探偵ものだ。ユーモアあふれる現代の謎解きミステリといえば、ベンジャミン・スティーヴンソン『幕が上がれば誰かが誰かに殺される』、アーネスト・カニンガム・シリーズのクリスマス特別編となる第三弾で、主人公の元妻が恋人殺しの容疑で逮捕されたのち、マジックショーにおいて殺人が起こると言う展開だ。南半球の都市シドニーゆえ雪が降らないクリスマス、アドベントカレンダーという趣向など、ひねくれて凝りに凝った趣向が今回も面白さを倍増させている。一方、フラン人作家カミーユ・ド・ペレッティによる『クリムトの盗まれた女』は、題名のとおり帝政オーストリアの画家 グスタフ・クリムトの絵にまつわる謎の真相を大胆な物語にしたミステリなのだが、靴磨きのみなしご少年がみるみる出世して富豪の娘と結ばれるというディケンズ風な波瀾万丈の人生模様を見せるのでわくわくしながら読んでいった。19世紀大河ロマンの醍醐味にあふれているのだ。こちらはドイツミステリ、トーマス・クヌーヴェア『グデリアの死んだ夜』は、2024年村に洪水が押しよせ、ひとり自宅にとどまった81歳の老女が、深夜に流される死体を目撃したという発端で、息子が死んだ1984年、そして1998年と現在という三つの時代が語られ、意外な過去が暴かれるという話。同じくドイツミステリながら、みじめな気分で落ち込む人々へ感情移入させて物語に引き込むことにかけて他に類をみない〈刑事ケイト・リンヴィル・シリーズ〉最新作シャルロッテ・リンク『孤独な夜』。今回のケイトは、なんと出会いのための料理教室に通うこととなり、やがて謎めいた女性刺殺事件とほかの登場人物たちとの意外なつながりが暴かれていく。例によって目の前に道が二つに分かれているといつも最低最悪な方を選んでしまう人たちの物語でありつつ、結局はもうひとつの道もけっこうな地獄だと分かり妙に救われるという、この作家にしか書けない驚愕の警察ミステリが展開されていくのである。警察ミステリのシリーズ続編といえば、周浩暉『死亡通知書 宿命』は、前作『暗黒者』同様、悪人を処刑する予告殺人鬼に対し中国警察が総力あげて挑むという物語で、互いに知恵を振り絞ってだまし合う構図がやたら面白い。タイトルを見て、魔犬や呪われた一族が出てくるのかと思ったジリアン・マカリスター『バスカヴィル作家の最終便』は、予想に反して、じつに奇妙なミステリだった。ヒロインは文芸エージェントで、ある日、夫が謎のメモを残して姿を消したかと思えば、なんと人質をとって立てこもる事件を起こした。いったい夫はなぜそんなことをしたのか。思いもよらない真相とその後の展開に驚かされる。「なぜそんなことをしたのか」という謎が物語を引っ張るといえば、梁貴子『願うのは私に禁じられたこと』もまた、ヒロインが人気俳優を監禁するという異常な事件設定の物語。韓国女性作家による一九九二年発表の小説で、フェミニズムに関する社会問題や不条理劇心理劇といった要素が強く、とくにイヨネスコ「授業」が作中で展開されていることなど表層的な話からはすぐに読み取れない部分も多いが、女性がおかれた立場が鍵になっているわけだ。先月読み逃したレベッカ・マカーイ『あなたに訊きたいことがある』は、ポッドキャストをやっている女性がヒロインで、高校時代のルームメイトの死をめぐる物語だ。映画論の教授としてふたたび母校にもどり、真相を明らかにするという展開である。本筋とは関係ないが、映画史の授業をやりながら有名な映画(たとえば《赤ちゃん教育》《バス停留所》などなど)について語ったり、同僚の先生からシャーリー・ジャクスンを薦められたりとかしたのも大変興味深いものだった。先月読めなかったと言えば、ローラン・ビネ『遠近法』も遅れて読了し、この時代の美術や宮廷などの世界に疎いだけに自分の理解の弱さがとても残念ながら、なるほどだから「遠近法」なのか、という何重もの驚きを味わえたのは大いなる喜びだった。ミステリではなくファンタジーでは、無心で楽しませてもらったのが馬伯庸『ドラゴン・メトロ ─地龍鉄道─』だった。「登龍門」や「逆鱗」という日本でもお馴染みの言葉がまさかこんな物語に化けるとは。そして馬伯庸の繰り出す小説ジャンルとその世界の幅のひろさに驚愕するばかりである。(2026年8月12日記)

  3.  
  4.  

杉江松恋

        1. 『絞首台のある庭 私立探偵マニー・ムーン』リチャード・デミング/田口俊樹訳

        2. 新潮文庫

           

 一人称一視点を忠実に守った私立探偵小説で犯人当てなどの謎解き小説には向いていないのではないかと思っていた時期が長くあった。マイクル・Z・リューイン作品などと出会い、やり方次第だな、でも成功例はあまりないよな、と考えを少し改めたのはだいぶ前のことである。それから特に意見は更新していなかったのだが、リチャード・デミングのこの長篇のような秀作に出会うと、自分が気づいていないだけで見落としているのではないかと不安な気持ちにさせられる。それほどの作品であった。

 昨年の「このミステリーがすごい!」ランキング1位に輝いた『私立探偵マニー・ムーン』は、日本独自編纂の短篇集だった。今回は長篇第一作にあたり、前作とはサブキャラクターの設定などに若干の異同がある。ただし、片方が義足の私立探偵が本格的な謎解きに挑むという基本はまったく同じ。違いは、前作が不可能犯罪趣味を前面に押し出していたのに対し、本作は旧名家の一族を対象とした純粋な犯人当てであることで、物語運びとしてはダシール・ハメット『デイン家の呪い』、J・D・マクドナルド『桃色の悪夢』、新装版の出たドン・ウィンズロウ『ストリード・キッズ』などの、若い女性を探偵が守る依頼を受けるという内容になっている。

 ミステリーとしての美点はなんといっても犯人指摘のロジックにあり、そんな要素が決め手になるとは思っていないので、実に驚かされた。あまり例のないタイプのロジックだと思う。小説としてはサブキャラクターが生き生きと描かれている点が読みどころで、特にモウルディという愛すべき人物がいい。一人称私立探偵小説にありがちな、途中の交通渋滞する展開がまったくなく、最後まで楽しく読み通せる。こういう小説はもっともっと訳されてもらいたい。

 

 先月に続き、今回も綺麗に票が分かれました。こういうことがあると読んてみたいという期待も膨らむのではないかと思います。秀作が目白押しでよいことですね。来月はどうなりますことか。どうぞお楽しみに。(杉)

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