『死亡通知書 宿命』 (ハヤカワ・ミステリ)
周 浩暉 (著), 大久保 洋子 (翻訳)
出版社 ‏ : ‎ 早川書房

 周浩暉『死亡通知書 宿命』(大久保洋子訳 ハヤカワ・ミステリ)は、死亡通知書シリーズの二作目であり、二〇二〇年に刊行された『死亡通知書 暗黒者』(稲村文吾訳 ハヤカワ・ミステリ)の続編です。前作の刊行から六年も経っているので、まずは『暗黒者』がどのような話だったのかを簡単に振り返っておきたいと思います。

 中国の省都A市において、公安局の刑事鄭郝明(ジョン・ハオミン)が自室で殺害されるという事件が起きます。事件発生時、龍州市公安局に所属していた羅飛(ルオ・フェイ)は、十八年前に起きたある事件において鄭と関わりがあり、その関係もあって鄭殺害事件捜査班の一員として加えられることになります。この事件を発端とする、法で裁くことのできない悪党を次々と殺害していく殺し屋《エウメニデス》と羅飛との死闘を描いたのが第一作『暗黒者』です。殺すべきターゲットをインターネットで募り、死亡通知書なる予告文書を送りつけ、警察の裏をかきつつ予告どおりに殺害していく《エウメニデス》と羅飛の、一歩先の読み合いが大変スリリングな作品でした。

 『宿命』は、『暗黒者』の結末のほぼ直後から始まります。前作で《エウメニデス》と羅飛の死闘はいったん幕引きとなるわけですが、事件そのものが完全に解決したわけではありませんでした。『宿命』ではその未解決の部分が最大の謎となって羅飛の前に立ち塞がります。豪華ホテルでの殺人、地下鉄での追走劇、密室殺人、大勢の観客が入ったスタジアムでの捜査など、動の部分のおもしろさもさることながら、《エウメニデス》専従班の面々が会議室で顔を突き合わせて《エウメニデス》の行動を読もうとする静の部分の絶妙なバランスがとてもよいのです。数多く披露されるプロファイリングについてはちょっと行き過ぎというかやや奇想めいた印象がありますが、こういった要素もまた、羅飛と《エウメニデス》の戦いのアクセントになっていると思えば、まあ許容範囲内だと言えるでしょう。本作に横たわる最大の謎については、驚愕の真相が用意されているので、これから読む方はしっかり翻弄されてください。

 シリーズはこのあと第三作『離別曲』で完結を迎えるわけですが、阿井幸作さんの当サイト連載記事「中国ミステリの煮込み第126回」によれば、本国ではなんと今年からシリーズ最新作の連載がスタートしているとのこと。中国での刊行年でいうと『離別曲』から十五年ぶりの続編、かつ最終章とのことらしくとても気になりますが、まずは第三作が日本でもそう待たずして読めることに期待したいと思います。

 続いても同じく早川書房の人気シリーズの最新作をご紹介します。フリーダ・マクファデン『ハウスメイド3 最後の秘密』(髙橋知子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)は過去二作に劣らないドンデン返しの極みを見せつける作品となっています。

『ハウスメイド3: 最後の秘密』 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
フリーダ・マクファデン (著), 高橋 知子 (翻訳)
出版社 ‏ : ‎ 早川書房

 一作目では二十代のホームレスだったミリーも本作では四十代。前から付き合っていたエンツォと結婚し二人の子どもに恵まれました。これまで経済的には余裕のなかったミリーもとうとうマイホームを手に入れ、家族で新居に引っ越してきたところから物語が始まります。

 新居での生活がスタートし、幸せを満喫するミリーでしたが、隣人のスゼットと向かいに住むジャニスの言動が気になって仕方ありません。スゼットはことあるごとに夫のエンツォに色目を使うし、おせっかいにもハウスメイドのマーサを雇うように勧めてくる。ジャニスは愛想が悪いだけではなくずっとミリーの家を観察している様子。なにかがおかしいという違和感を感じながらそれがなんなのかわからないまま懊悩しているうちに、今度は家族の行動にもおかしな点を見いだしていきます。

 エンツォは頻繁にスゼットと会ったり、ミリーの承諾も得ずにマーサを雇ったり、共同口座から勝手にお金を引き出したり、夜中にベッドから抜け出してどこかに出かけたりと不審な行動を取りはじめ、ニコラスは子どもらしい元気さを失い、食事もろくに取らず塞ぎがちになっていく。自分を取り囲むすべてに対して不信感を抱くようになったミリーに追い打ちをかけるように、スゼットの夫ジョナサンが自宅で死んでいるのが発見されるのでした。

 と、紹介できるのはこのくらいまででしょうか。何でもない日常にちょっとずつ積み重なっていく違和感。不安と不信が頂点に達するそのとき、それらがすべて驚愕に変わるというのは、過去の二作とほとんど変わらない構造です。正直なところ、同じような展開を三作も続けられるとさすがに飽きちゃうよ? などと思いながら読んでいたのですが、これは私の考えが甘かった。読者の想像を遙かに超える展開を著者は用意しています。びっくりしますよマジで。

 過去二作ではハウスメイドとしていくつもの事件に関わってきたミリーが、今度は立場を変えてハウスメイドを雇う側になってどのように事件に関わっていくのか。シリーズ最終作となる本作ですが、未読の方はできれば一作目から読んでいただきたいと思います。三冊も? とお思いの方もご安心を。シリーズを通じて変わらない物語の引力と、圧倒的なリーダビリティが時間を忘れさせるはずです。

 そして八月三十日には、「全国翻訳ミステリー読書会YouTubeライブ第30弾」の後編として、本作の公開読書会が開催されます。訳者の高橋知子さんと担当編集者の早川書房井戸本さんにもご出演いただく予定です。ネタばれなし読書会ですので、未読の方もごらんいただけますが、できれば読んでからのほうがより楽しめるのではないかと思います。ちなみに前編となる過去二作品の公開読書会も配信中ですが、こちらはネタばれありなので未読の方はご注意ください。

 最後に紹介する作品は、本邦初紹介の作家ウィリアム・ハッセーの『名探偵ジェリコ』(矢口誠訳 文春文庫)です。フェアグラウンド(移動式遊園地)の一座のなかで暮らす元刑事のスコット・ジェリコを主人公とするシリーズ第一作となっています。

『名探偵ジェリコ』 (文春文庫 ハ 30-1)
ウィリアム・ハッセー (著), 矢口 誠 (翻訳)
出版社 ‏ : ‎ 文藝春秋

 訳者あとがきによると、移動式遊園地とは、何台ものトレーラーで町から町へと移動しながら巡業するもののようで、アトラクションは観覧車のような大型のものもすべて解体して運ぶことが可能になっているのだそうです。日本におけるサーカス団の巡業のようなものだと思いますが、規模としてはそれよりもかなり大きいものと思われます。こういうスタイルの遊園地をフェアグラウンドというのだと知って、イギリスのバンド「フェアグラウンド・アトラクション」というバンドの名前はここから取られていたんだなどと妙な感慨を覚えました。全然関係ないんですけど。

 フェアグラウンドで働く人々は当然ながら定住地を持たず、巡業先を転々としながら生活していくわけですが、巡業する先々で定住者たちを喜ばせる一方で、定住者たちのなかには彼らトラヴェラーを差別的に見る人たちが少なからずいるという現実もあります。

 かつてはフェアグラウンドを離れ、刑事としての道を歩んでいたスコットは、ある事件で失態を犯して失職し、いまはフェアグラウンドの片隅で失意に暮れた生活を送っています。刑事時代の師であり相棒でもあったギャリスもたびたびスコットのことを気にかけるのですが、彼はそれに応じるそぶりも見せません。そんなスコットでしたが、あるときキャンベル教授と名乗る人物からの呼び出しに応じます。キャンベル教授は、一五〇年前、スコットの祖先(いまのフェアグラウンドの原型ともいえる旅芸人一座を率いていた)らが犠牲となった橋の落下事故について触れ、最近起きた三件の殺人事件が、その事故で亡くなった五人の旅芸人たち(特殊な身体的な特徴を売りとする芸人たち)を模していたことをスコットに伝えます。一五〇年前の事故は、もともとフェアグラウンドで伝説として語り継がれているもので、彼自身も子どものころから何度も聞かされていました。この事故で亡くなった旅芸人の特徴をなぞった殺人事件が現在進行形で起こっている。この事実が、怠惰の極みにあったスコットの心に火をつけることになり、この連続殺人事件の調査にのめり込んでいくことになるのでした。

 一読して感じられるのは古典的な味わいです。作品全体に横たわる怪奇趣味のようなものがそうさせているのではないかと思いますし、見立て殺人や廃墟の館など、道具立ての奇怪さがもたらす外連味には日本における新本格の諸作品にも通じるものを感じさせます。そのうえで、排外主義や同性愛などの問題にも触れているのが現代的で、この小説の独自性を表しているとも言えます。スコットが同性愛者であるというのは冒頭から明らかにされており、その属性と過去のパートナーの動向が事件にも大きく影響してきますし、それに伴うスコットの心情描写も少なからずあり(このあたりはもう恋愛小説の佇まいすらあります)、ただ単に怪奇趣味の横溢したミステリというだけには留まらない魅力を有しています。そしてなんと言っても特筆すべきは、この小説を本格ミステリたらしめている謎解きの部分でしょう。さまざまな要素が入り交じりながらも読み終わって感じるのは、良質な本格ミステリを読んだときの興奮なのです。

 ホロヴィッツは言うまでもなく、クレイヴンやタートンなど、いまイギリスからの本格ミステリの波がどっと押し寄せています。その流れにまた一人新たな作家が加わったという印象です。南東京と名古屋の読書会が、立て続けに本作を課題書に選定したというのもうなずけます。とても読書会向きだと思いますし、誰かと感想を語り合うのが楽しい作品でもあります。ご興味のある方は全国翻訳ミステリー読書会のサイトでチェックしてみてください。

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
各社から傑作がどっと刊行されていてうれしい悲鳴を上げてばかりの毎日です。まだまだ暑い日が続きますが体調に気をつけながら読んでいきたいと思います。

■読者賞だよりバックナンバー一覧■

『死亡通知書 暗黒者』 (ハヤカワ・ミステリ)
周 浩暉 (著), 稲村 文吾 (翻訳)
出版社 ‏ : ‎ 早川書房