中国では8月中旬開催の上海ブックフェアを控えてなのか、7~8月にかけて中国ミステリー小説が相次いで出版されました。特徴的だったのは、示し合わせたかのように短編集が集中的に出たことです。
まず、シンデレラや白雪姫などの童話を題材にした、新人ミステリー小説家・塘璜による『灰姑娘的謎局』(シンデレラの謎)。
日本でも有名な陸秋槎の2013年から2019年の発表作を集めたミステリー・SF短編集『冬之喜劇』。
日本語ミステリー・SF小説の翻訳者で小説家でもある木海が編纂した、中国の大学ミス研の機関誌掲載作品のみで構成されている『2026年推理佳作選』(上下)。
フランスのポール・アルテと中国の複数の作家の作品を収録した、初?の中外合作ミステリー短篇集『名探偵大乱闘・光之巻』(2027年出版予定の続巻『影之巻』では日本の白井智之と香港の陳浩基の作品が収録されるとのこと)。
あまりの豊作ぶりに読むのがとてもじゃないが追いつけなかったので、今回は『灰姑娘的謎局』と『冬之喜劇』、つまり一人の作家による短篇集を紹介します。
『灰姑娘的謎局』(著:塘璜)は、作者不詳の5編の手書き原稿の内容に従って5枚の壁画を完成させた若い画家のアトリエに怪しい貴婦人が訪れるという序章から始まります。興味を示した貴婦人が読むその手書き原稿こそ、本書に収録されている「灰色的不在場証明」(灰色のアリバイ)、「再見、人魚姫」(さよなら人魚姫)、「魔鏡裁判」(魔法の鏡裁判)、「向天国墜落」(天国へ落ちる)、「天鵝的告白」(白鳥の告白)の5作です。
作品と作品の合間には「幕間」が差し込まれ、今読んだ作品のおかしな点や矛盾点が画家の口から語られます。「灰色的不在場証明」を例に出しましょう。この作品は王子と結婚して王女になったシンデレラが臨終間際の父親に過去の義理の姉殺しの真相を打ち明けるという内容です。父親はシンデレラの仕業だとうすうすは気付いていたのですが、現場となった舞踏会で完璧なアリバイがあった彼女に何も言えませんでした。しかし実際は亡くなったはずのシンデレラの母親が、魔法で娘のアリバイをつくっていたのでした。『本当は怖いグリム童話』を彷彿とさせる血生臭さと母娘愛が伝わる内容です。
そして「幕間」で画家が作品に存在する複数の矛盾点(魔法を使えるにしては母親の行動が雑、など)を挙げ、果たしてこれはフィクションゆえの整合性の粗さなのかそれとも……と含みを持たせながら次の話に進みます。これの繰り返しで徐々に各作品の矛盾点に法則性が見えてきて、ラスト6作目の「群星墜落的画巻」(星が降り注ぐ絵)で全ての伏線が回収され、独立していたはずの各作品が一つにつながります。つまり、本作は短編集と言うよりも連作集と言うべきでしょう。
著者の塘璜は初の長編ミステリー小説『回不去的故郷』(帰れない故郷・未出版)で受賞するなど構成力に長けた人物です。彼の作品の日本語訳がいつか出てほしいですね。
『冬之喜劇』(著:陸秋槎)には「前奏曲」「遥夜吟」「1797年的仙那都」「森林與烏托邦」「冬之喜劇」の5作が収録されています。そのうち3作が、今はなきミステリー小説専門誌『歳月・推理』に掲載されたもの。「前奏曲」は2013年に同誌が主催した第2回華文推理コンテスト最優秀新人賞受賞作品で、陸秋槎にとって初めて公開した小説となります。「森林與烏托邦」は「森とユートピア」というタイトルで『島田荘司選 日華ミステリーアンソロジー』に収録、「1797年的仙那都」は「1797年のザナドゥ」というタイトルでミステリマガジン2019年3月号に掲載(訳:稲村文吾)、「前奏曲」と「冬之喜劇」には『文学少女対数学少女』(訳:稲村文吾)に出てきた女子高生の陸秋槎が登場します。こういう風に書き連ねただけでも、陸秋槎の歴史を感じる一冊となっています。
特筆すべきはやはり表題作の「冬之喜劇」でしょう。陸秋槎が友達の陳姝琳が英語から翻訳した短編ミステリーを読むという作中作の構造です。雪の山荘もののその小説の最後には、雲南からハワイに戻る列車に乗り込んだという見過ごせない記述がありました。それから10年後、日本で暮らす陸秋槎はこのラストの一文の意味を理解し、陳姝琳の翻訳の根本的ミスに気付きます。
一見すると「バカミス」っぽい内容ですが、この作品は2015年当時の中国ミステリーに対する痛烈な皮肉でもあります。つまり、中国人が書いたミステリー小説の中に中国的特色を持つ作品は果たしてどれぐらい存在する?という書き手側からの問いかけです。その現状を踏まえ、作中に「中国のミステリー小説は今も厳しい冬にある」と書いてありますが、10年以上経ったいまはどうでしょうか。正直なことを言えば、春が来た覚えはないし、来るとも思っていませんし、そもそも春の訪れとともに虫が湧くのなら、はじめから来てほしくありません。しかしそんな喜劇を10年も続けてこられたのなら、今後もなんとかなるのではないでしょうか。一人の読者としてそんな事を考えました。
短編「冬之喜劇」は風狂奇談倶楽部が刊行した『現代華文ミステリ☆ワールド』に稲村文吾による邦訳版が収録されています。
ところで、8月に北京の本屋で陸秋槎と塘璜による「雑誌時代から出版時代へ――中短編ミステリー創作の変遷」と題したトークショーが行われました。
左が陸秋槎、右が塘璜
短編ミステリーを載せられる雑誌がほとんどなくなった時代、短編でデビューする機会もまた失われました。しかし中国の若手作家たちは、雑誌がなければ自分たちで発表の場を作ればいいとして、大学のミス研の機関誌製作・刊行が近年盛んに行われています。
木海編纂の『2026年推理佳作選』(上下)は同人誌に過ぎない機関誌に焦点を当て、主に大学生の作品をまとめて商業出版した短編集です。この本に関しては次回紹介したいと思います。
| 阿井幸作(あい こうさく) |
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・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/ |
●現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)
●現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)
●現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)
中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。