87分署攻略作戦、第八回は『殺意の楔』です。このシリーズ、主な舞台はアイソラの街となっていますが、今回はそれをさらに絞り込み、ほとんどすべてのシーンが87分署の中で起こります。このような際立って動きの少ない作品で、マクベインは何を描こうとしているのかに要注目。以下あらすじ。

 ある冬の日、87分署に黒衣の女がやってきた。キャレラを訪ねてきた彼女はその不在を知るや、無理やり刑事部屋に押し入り、呆然とする刑事たちに、拳銃とニトログリセリンの詰まった瓶を突き付けた。一方その頃キャレラは不可解な密室殺人の捜査にあたっていた。

 前作『レディ・キラー』もショッキングなオープニングでしたが、その衝撃度では本作も決して負けてはいません。黒衣の女はある殺人犯の妻で、その殺人事件を捜査し彼女の夫を逮捕したのがキャレラでした。殺人犯は獄中で病死、彼女はその死をキャレラによるものと曲解し、復讐を計画していたのです。

 87分署立てこもり事件のタイムリミットはキャレラが分署に戻るまで。それまでに黒衣の女を武装解除し取り押さえない限り、キャレラは殺され87分署は爆発に巻き込まれることになるでしょう。その場に居合わせた刑事はクリング、マイヤー・マイヤー、コットン・ホースと部長の四人。女に見張られ相談することもできない中で、彼らは各々知恵を絞りこの最悪の状況を打破しようと試みます。

 その方法が彼らのキャラクター性に根付いたものであるところは、これまでの作品の中でマクベインが彼らをいかにじっくりと描き、読者の中に刑事たちのキャラクターを根付かせてきたかということを如実に示しています。具体的にどのような方法をとっていくのかという点については、ぜひ作品を読んでいただきたいのですが、犯人との息詰まる心理の駆け引きは、ここまでの作品で最高のサスペンスを生み出しているといっても過言ではないでしょう。

 87分署の息詰る展開と比較して、キャレラが担当する事件は実にのどかな雰囲気で進行していきます。金持ちの邸宅で起こった自殺事件の陰に隠された真犯人の意図を、キャレラはまるで「名探偵」のように捜査していきます。キャレラが、ことが密室殺人と知った時、「密室殺人の巨匠、ジョン・ディクスン・カーを呼んだほうがいいのでは?」と漏らすシーンなどはちょっと笑ってしまいました。トリックは弱いのですが、登場人物の性格を含めた謎解きという意味でも、まずまずの中編と言えるのではないでしょうか。

 さきに「中編」と書きましたが、この二つのストーリーはほぼ独立しています。キャレラを87分署から適切な時間分だけ引き離しておくために、この構成になっている訳ですが、ここはもうひとひねりしてほしかったように思います。というのは、この作品には致命的な欠陥があるからです。

 それは「犯人役」である黒衣の女(ヴァージニア・ドッジ)のキャラクターがあまりにも弱すぎるという点です。彼女は夫の復讐のためにキャレラをつけ狙っていますが、しかし、夫の殺人犯としての逮捕は全く正当なもの、また夫の死因も病死ということで彼女への同情の余地はほとんどありません。彼女の行動は、単なる感情的な暴走でしかないとさえ言えます。作品の根幹におかれるべき「動機」が著しく説得力に欠けるものであるがゆえに、プロット全体が弱いものになってしまっているのは、残念と言わざるをえません。

 私はこの作品を読んで、ピーター・ラヴゼイ『バースへの帰還』(ハヤカワミステリ文庫)を思い出しました。この作品は、立て籠もり犯が、副本部長の娘を誘拐し、自分が犯人として逮捕された四年前の殺人事件の再捜査を要求する(そして再捜査の過程で真実が明るみに出る)というストーリーで、立て籠もり現場と捜査チーム、この二つの線が強力に結び付いています。発表の年代がまるで違いますから、この時期のマクベインにこれを望むのはあまりに酷かもしれません。しかし、やるならここまでやってほしいですねー。

 刑事部屋での立て籠もりという前代未聞の発想で、圧倒的なサスペンスを作り出していますが、全体の構成に難があるため少し落ちる、というのが正直な感想です。

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 三門優祐

えり好みなしの気まぐれ読者。読みたい本を読みたい時に。

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