前回の『アリバイのA』に続いて、今回は「キンジー・ミルホーン」シリーズ第二弾『泥棒のB』に挑戦。ちなみにこの作品は1986年の私立探偵作家クラブ賞とアンソニー賞を受賞しているそうな。ふうーん。
物語は、キンジーがエレインという行方不明の女性の調査を依頼されるところから始まる。依頼人であるエレインの妹、ビバリーが言うには、遠縁の死亡により莫大な遺産相続の権利が姉妹の元に転がり込み、その手続きのためにどうしてもエレインを探し出す必要があるらしい。小金を稼ぐための簡単な案件だとあまり気乗りのしないキンジーだったが、調査は予想以上に難航、エレインの行方がなかなか掴めない。さらに、エレインの借りていたコンドミニアムでは不審な強盗事件が発生。数ヶ月前には近所で彼女と仲が良かった女性が強盗放火事件で殺されていたことも判明する。エレインは一体どこにいるのか? 一連の強盗事件とエレインの失踪に関連はあるのか?
おお、なんだか、前作と比べて、キンジーが随分カッコよく見えるじゃあないか。前回はコバルト文庫やハーレクインロマンスのヒロイン顔負けの「恋する女性」を見せつけてくれたりと、まるで少女のような一面があったキンジーだけど、今回はちょっと醒めた感じの大人の女、って雰囲気醸しだしてるじゃん。女房に逃げられた哀れな刑事ジョナとイイ感じにはなるけど、「こいつまだ妻に未練タラタラだな」なんて相手のことを冷静に分析するなど、物事を斜めからシビアに見る場面が見受けられるようになり、『A』での感情のおもむくままに動くキンジーの姿はなりをひそめているのだ。
また、前作と比べて職業探偵としてのプロ意識が垣間見えるようになったのも大きな変化。例えば、キンジーがハッパ吸ってる若者に対して、「あんたがマリファナ持ってること黙っといてあげるから、事件について隠していること教えてちょーだい」なんて取引を持ちかける場面がある。『A』では事件の関係者に同調してしまうことも多かったキンジーだが、真相究明の為、時に狡猾に立ち回り、有益な情報を引き出すなど、『B』ではまさにプロフェッショナルを感じさせる行動を見せてくれるのだ。私としてはもう少し乙女なキンジーちゃんを見ていたい気もしますが、前回私自身が書いたようにキンジーは「発展途上」のキャラクター、これからどんどん酸いも甘いも経験した大人の女性へと成長していくでしょう……って32歳のバツ2だけどな、前回も言ったけど!
さて、こうして大人の階段を昇り始めた(?)キンジーではあるが、まだまだ多感な女性の一面を捨てきれないらしく、ある時エレインの捜索が上手くいかないイライラから、自己嫌悪に陥ってしまう。そんな彼女の心を救済すべく登場するのが、キンジーの家主であるヘンリー・ピッツ。このお爺ちゃん、『A』ではものすごおく印象薄いキャラだったんだけど、今回は実にいい味出してます。パン生地こねながら(彼は元パン屋)ネガティブモードへと突入したキンジーへ優しさと厳しさのこもった言葉をかける姿は、まるで悩む娘を諭す親のよう。ああ、こんな親父に説教されてみたい。しかも、現在はアパートの家主だけでなく、クロスワードパズルの作者としても活動していることが判明、彼の作成したパズルのファンという人物までも出てくる! ひょっとしてキンジーと同じように彼もかつて探偵としてバリバリに活躍していたとか、あるいは軽く口には出せないようなヤバい職業に就いていたんじゃ……なんて様々な妄想が膨らむほど魅力的で謎めいた老人の、今後の活躍を大いに期待します。
ミステリ部分では、エレインの失踪に始まり、エレインの近所で起こった強盗殺人、突如なぜか調査打ち切りを申し出た依頼人など、一点の不可解な出来事から放射状に謎が増えていくことで、読者の興味を物語終盤まで引っ張ることに成功している。しかも、強盗殺人では現場から凶器が消失してしまうという本格ミステリのような趣向も用意されており、『A』のように今回も私立探偵ものの本道をいくかと思っていた私もこれには意表を突かれた。前回、キンジーのキャラクター同様、グラフトンのミステリー作家としての力量は「発展途上」にあるなんて書いたけど、意外に引き出しの多い作家なのかな、とちょっぴり感心しました。
キンジーの成長、萌える爺さんキャラの発見と、いろいろと収穫の多かった『B』。だが……シリーズのファンには本当に申し訳ないのだが、私はもう『B』でこのシリーズお腹いっぱいかな? と思ってしまったのだ。いやいや!まだ第二作目でしょ!と、突っ込まれるのは承知だが、正直に告白させてもらおう。
私は「キンジー・ミルホーン」シリーズにあまり魅力を感じていません。
理由は『A』でも『B』でも、「女性」が私立探偵という職業を営んでいることに対して苦労とか、困難とか、そういったものが全く伝わって来ないことだ。『B』の冒頭で、キンジーが警察時代、男性からの「興味半分の物珍しさと嘲笑」に抵抗してきた、と書かれている。でも、それは単なる過去の「説明」にすぎない。彼女が探偵として活動を行っている上で、「女性であること」がどのような障害を生み、またそれにどう抗うか、具体的に描写されることがほとんどない(『A』、『B』に登場するコン・ドーラン警部補はキンジーを煙たがっているが、それは女性が私立探偵をしていることが気に入らないというより、私立探偵の存在そのものに嫌悪を抱いているからである)。
グラフトンは、キンジーが男性に負けるまいと考えていることを、キンジー自身のセリフで表現してはいる。けれど、じゃあ実際キンジーが女性で探偵やっててどんな辛い目にあってんのさ? と問われると、ちょっと答えに窮してしまう。当たり前だ、ぶちあたるはずの「壁」が描かれないのだから。上記のような点がある故に、キンジーが血肉の通ったキャラクターとして私の眼前に全く現れてくれないのです。
次回『死体のC』では、以上の私の不満は解消されるのでしょうか? はっきり言って、不安です……。
挟名紅治(はざな・くれはる)
ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。