キンジーはいとこのターシャからの依頼で、18年前に行方不明になったガイ・マレックという男を捜索することになった。マレック家は大手建設会社を所有する名家であり、ガイは創業者バーダーの次男である。マレック家ではバーダーが死去したために遺産相続問題が起こり、その解決のためにガイの行方を突き止める必要が生じたのだ。キンジーはガイの行方を突き止め、ガイをマレック家に連れ戻す。ガイはかつて素行不良で一族の鼻つまみ者とされていたが、真面目な人間に変わっていた。

 ところがマレック家に戻るや否やガイは何者か殺害されてしまう。キンジーは久しぶりに再会した私立探偵で恋人のロバート・ディーツの協力を得ながら、殺人者の正体に迫る。

 あのロバート・ディーツが帰ってきた!

 と大津波悦子氏の文庫解説とまるっきり同じ出だしになってしまいましたが、本作を語る上で、やはりディーツの再登場は欠かせないでしょう。『探偵のG』でキンジーと恋仲になるものの、以後の作品では(キンジーが時折回想する場面はあるけれど)再び顔を見せる気配がなく、やきもきしながら彼の帰還を待ち続けたシリーズファンも多かったのではないだろうか。

 もっとも、キンジーの方は恋人との再会を手放しで喜んでいるわけではないようだ。怪我をしていきなり帰ってきたディーツの身勝手さに苛立ちを覚え、「あなたをどう扱ったらいいのかわからない」と言いだすくらいディーツへの接し方に困っているようだ。

 ディーツに限らず、本作ではキンジーの身近な人物たちがガイの殺害事件に関わり、思わぬ形でキンジーをイラつかせる。そもそも事件の発端からして、いとこのターシャから依頼を受けるという、親族との付き合いを毛嫌いしているキンジーにとっては信じがたい事態になっている。そうしたイレギュラーな行動に出たせいか、マレック家ではみ出し者扱いされているガイの境遇と、親族との確執を抱える自分自身を重ねあわせ、キンジーは「家族とは何か?」という問いについて深く考え込んでしまう。また、わずかな期間ながら男女の関係であったジョナ・ロブ刑事に恋するベッツィー・バウアー刑事が登場。「もうジョナとの関係は終わってるわ」なんて言いながら、敵愾心のようなものをキンジーが抱いてるように見え、もしやジョナに未練が残っていたのでは、と私は訝しく思った。

 そんなわけで、家族や恋人、友人(ジョナの場合は友人以上恋人未満?)がキンジーの孤独で閉じた世界に割り込み、彼女の心をかき乱す模様に頁が割かれているせいか、肝心のガイ殺害が発生してお話が動き出すのは2分の1を過ぎたころ。事件発生後もキンジーはたいした活躍を見せずに、いつのまにか成り行きで犯人わかっちゃったよ、みたいなノリで、私には後半200頁の展開が付け足しにしか感じられなかった。

 小説冒頭でキンジーは「いわゆる人生の意味を問いかける自問自答とやらをはじめた」と語っている。このキンジーの言葉こそ、キンジー・ミルホーン・シリーズを、そして(この連載で私の頭痛のタネになっている)ライフスタイル的なミステリ小説を端的に表しているのでは、と思う。社会の中で自分はいかなる人間であるべきか、その問いに答えてくれる教科書のような存在として、ライフスタイル小説は求められていたのではないだろうか。

 例えば私が3Fと同様、全く手をつけていなかったものにロバート・B・パーカーの「スペンサー」シリーズがある。80年代を代表する、ライフスタイル的なハードボイルドシリーズですね。実は最近、このシリーズを読み始めたんだけど、なんというか、小説というより「男はかくあるべし」を教示する自己啓発書を読んでいる感覚を受けたわけですよ。「○○はかくあるべし」の○○がなんであれ、社会で人に揉まれて生きる上で「かくあるべし」を教えてくれる、そんな自己啓発的な実用書としての役割をライフスタイル的な私立探偵小説に求めていた読者が、かつて多かったのではないだろうか(決してライフスタイル的な小説は、小説ではない! みたいなことを言っているわけではありません、念のため)。そう考えると、ミステリプロパーのひとたち以外に読者が大勢いた(ような気がする)ことにも納得がいく。生き方の指針としての「教本」を小説のかたちで欲していたひとが多かったというわけですね。

 どうやら話はキンジー・ミルホーン・シリーズ、3Fを飛び越えて、80年代の海外ミステリの受容までに広げる必要がでてきた気がします。

 挟名紅治(はざな・くれはる)

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ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

過去の「ふみ〜、不思議な小説を読んで頭が、ふ、沸騰しそうだよ〜 略して3F」はこちら

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