キンジーは、ある日突然コン・ドーラン警部補に呼び出される。ドーランの用件は、キンジーにある人物の捜査に協力してほしいと頼み込むことであった。その人物とはステーシー・オリファント、ドーランの先輩にあたる刑事である。オリファントは退職後、パートタイムで未解決事件を調べていたが、その中にかつて自身が手掛け、どうしても決着をつけたい事案があるのだという。それは18年前、ロンポーク市の採石場で発見された、身元不明の若い女性の死体遺棄事件。

 ステーシーは癌に侵されており、彼は命が尽きるまでになんとしてでも女性の身元を特定し、彼女を殺害した犯人をつきとめたいのだ。ステーシーに手を貸すことになったキンジーだが、彼女をステーシーに紹介したドーランも心臓病にかかっており、満身創痍の男性二人を抱えながら、捜査をしなければならない羽目になる。

 私、挟名はこの「身元不明の死体」を扱ったミステリが大好きなんである。松本清張の『砂の器』然り、ヒラリー・ウォーの『ながい眠り』然り。ショッキングな死体発見シーンで幕を開け(『ながい眠り』なんてまさに死臭漂うインパクトがあった)、どこの馬の骨だかわからず刑事があっちへいったりこっちへいったり、過去をさかのぼって捜査を続ける小説は、一見地味に見えて、実は空間的にも時間的にも雄大なスケールを描いていたりするのだ。

 なので、この『獲物のQ』もジェーン・ドウ、身元不明の女性の事件をキンジーが調査するおはなしだと聞いて、読み始める前にちょっと心の中で小躍りした、これは自分好みではないかと。

 ところがジェーン・ドウの生活していた場所が物語序盤で見当がついてしまい、捜査側が右往左往する感覚が読者に伝わらず、あらすじだけで期待してしまった自分はおおいに肩すかしを食らってしまった。

 肩すかしの原因は他にもあって、自分がこの手のミステリに求める「ミッシングリング」が埋まっていく快感、というものが皆無なこともその一つである。『砂の器』で顔の潰れた死体と過去の日本社会が抱えていたある問題が「東北弁のカメダ」を媒介に一本の線でつながったような、全く異なる時空に存在していたかに思えた事象がとんでもない因果で結ばれていたことへの驚き。そのような驚きが『Q』には存在しないどころか、18年も隠蔽し続けた殺人の動機がそれかよ!とエピローグでキンジーが語る犯行動機に思わず「ふみ〜」と本気で声を出しそうになった。ちなみにこの『Q』はサンタバーバラで実際にあった事件を基に描いたらしいが、現実の事件を検証するようなドキュメンタリー性もゼロに等しい。

 ただし、面白いと言うか、「その方向に持っていくか!」と思ったのは、死体が発見された採掘場がキンジーの母方の祖母、グランドが所有していたものだと判明したことである。祖母とキンジーの確執についてはシリーズでしばしば語られているが、思わぬ形でこの問題が物語に絡んでくるのだ。

 さらには、今回の作品ではこのキンジーが抱える家族問題に大きな進展をもたらすであろう、叔母のスザンナが登場する。祖母一家を毛嫌いするキンジーすら親しみを感じてしまうこの好人物、シリーズ最終作までキンジーの人生において重要なカギを握る人物な匂いがぷんぷんするのですが……。やっぱり残りも原書でチェックしなきゃダメ?

 ところで、『Q』でキンジーは「四週間先の五月五日には三十七歳になる」と書いている。年代設定を途中まで曖昧にしていた割には、キンジーの年齢について事細かく記しており、それが却ってシリーズ中でリアルに年を重ねていくキャラクターよりも年齢設定が読者の意識に残り易くなっている。

 以前、この連載でキンジー・ミルホーンシリーズにはミステリプロパー以外の読者が支持している、と書いたが、それはこのシリーズが主人公の年齢を前面に押し出した小説であったからだとは言えないだろうか。ミステリとしてのトリックやプロットの魅力ではなく、ある年齢が持つ感覚や悩みに対する共感が特定の読者に響き、ファン層を作っていたのではないだろうか。そういう意味では、このキンジー・ミルホーンシリーズは、読む年齢によって捉え方が全く異なる小説に違いない。

 というわけで、スー・グラフトンを再読しておられる女性読者がいらっしゃったらぜひ意見を聞いてみたい。20代で読んだ時と今の年齢で読んだ時と何か違いますか……って面と向かっては言えないセリフだな、おい。

 挟名紅治(はざな・くれはる)

20101107224700.jpg

ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

過去の「ふみ〜、不思議な小説を読んで頭が、ふ、沸騰しそうだよ〜 略して3F」はこちら

●AmazonJPでスー・グラフトンの作品をさがす●