えー、P・コーンウェル編も早4回目となりました。私の思いはまだあの人(西田ひかる)に届いていないようですが、今後も諦めずに続けていく所存でございます。また、第2回で取り上げた相沢舞さんのように、「えっ、あんな人がコーンウェルファンだったの?!」という情報もお待ちしております。何だか、当初の企画意図である「3Fミステリーを読んだことがない男が3Fを読んだらどう思うか?」から大分遠く離れたところまで来てしまったようですが、「いんだよ!細けえこたあ」、ということで気にせず続けていきたいと思います。

(あらすじ)

 ニュースキャスターを惨殺した罪で死刑となったロニー・ワデル。彼の刑が執行された直後、体の一部を切り取られ瀕死の重傷を負った少年が発見される。さらに、奇怪な事件は続く。女性霊能者が殺され、なんとその現場から死刑になったはずのワデルの指紋が発見されたのだった! 指紋の謎に挑む検屍官ケイだったが、殺人者の魔の手は検屍局員にも伸び……。

 だはっ!なんだこりゃ。まるで視聴率の振るわないTV番組のテコ入れ策みたいな、急展開の連続なんですけど、どうしたの?コーンウェル。

 何がびっくりかって、まず開始から約30頁で第2作『証拠死体』で登場したケイの元恋人・マークがロンドンの爆弾テロで死亡していたことが発覚。しかも、

 「ロンドンのビクトリア駅構内でごみ箱に仕掛けられた爆弾が爆発した時、マークはたまたまそこを通りかかって死んだのだ」

 と、前作『遺留品』との間に起こったこの大事件をわずか2行でサラリと説明してしまうのだ。ケイとマークのつかず離れずの中途半端な関係はシリーズ愛読者にとって気になるトピックの一つであっただろうに、当時のファンは怒らなかったのであろうか?

 お次に衝撃的なのは姪のルーシー。第1作『検屍官』以来の本格的な活躍を見せているのだが、その変貌ぶりに飲んでいるお茶吹き出しそうになっちゃったよ。だって、10歳でガリ勉眼鏡を付けていたぽっちゃり少女が、いつのまにかスレンダーなモデル体型でオシャレ眼鏡の美人女子高生になっているんだもの。あれか、舞城王太郎の『ディスコ探偵水曜日』に幼女になったり美人に成長した姿になったりを繰り返す女の子がでてきたけど、これもそういう超絶展開のひとつなのか? もっとも天才ぶりは相変わらずで、お得意のコンピュータ技術でケイの捜査を助けるのは変わらないんだけどねえ。

 というわけで、主要登場人物の「激変」によりシリーズが早くも一つの転換点を迎えたわけだが、ストーリーの基本構造は全く変わっておりません。

 つまり、死体や事件現場に通常では説明不能な点がある(本格ミステリでいうところの「ホワイダニット」の謎の提示)→ 捜査に参加するケイに検屍局内のトラブルが降りかかる→ マスコミや検察、政治家からあらぬ疑いをかけられ、検屍局長の立場が大ピンチ!→ 危機を乗り越えるケイ→ 気が付けば事件も解決してた、という流れが、1作目からパターンとして踏襲されているということだ。

 ポイントは前回も指摘したように、事件の真相解明よりもスカーペッタが検屍局長として直面する困難をどう解決するのか、を物語のクライマックスに持ってきている点だ。

 「死んだはずの死刑囚の指紋がなぜ殺害現場に残っていたのか?」という本格読者の心を掴むような謎が登場するが、物語後半になると指紋の謎よりも、一連の連続殺人に関与したという疑惑を晴らすことのできる証拠を、なぜケイは裁判で提出しないのか?という問題の方が読者の興味を引くようになる。そしてそこには検屍局長の立場を堅持し信念を全うすべきか、プライヴェートを守るべきかのケイの苦闘がある(一方、指紋の謎は謎解きミステリとして真面目に本作を読んだ者にとっては、「アンフェアだろ!」と叫びたくなるようなオチがつく)。

 やはりP・コーンウェルはケイ・スカーペッタを組織の中で苦悩と葛藤を繰り返す職業人として描くことに徹底しているようだ。登場人物の成長や人間関係の変化によってシリーズ読者を飽きさせない工夫をしながらも、シリーズ全体を貫く基本ラインは崩さない、コーンウェルの固い意志のようなものが感じられる。だからって、いきなり恋人を爆弾で殺すのもどうかと思うけどね!

 『検屍官』が日本で刊行された1990年、実は国産ミステリーの分野でも組織の中で己のスタイルを貫き続ける主人公が活躍する小説が登場し、人気シリーズとなった。大沢在昌の『新宿鮫』である。

 『新宿鮫』の主人公・鮫島警部はキャリア組でありながら警察機構のあり方に疑問を抱き、刑事にとっての正義を全うしようとする男であり、「卑しき街を行く誇り高き騎士」としてのハードボイルド探偵を警察組織の中に放り込んだようなキャラクターだ。

 一方で「検屍官」のケイ・スカーペッタは、スー・グラフトンやサラ・パレツキーの生み出したいわゆる「ライフスタイル」的な3Fミステリーに登場する女性探偵の系譜にありながら、「組織内の一個人」としての要素が前面に出た探偵役である。

 「新宿鮫」と「検屍官」。私立探偵小説の主人公のDNAを持ちながら組織の人間としての在り方に向き合うキャラクターを取り上げている作品が、同時期に多くの読者に支持されたことに私は大変興味を覚える。その点を突き詰めると、ライフスタイル的な3Fミステリーの趣向がどのように継承されたのか(あるいは全く途絶えたのか)、わかると思うのですが、その考察の続きは(例によって)また次回ということで。

 挟名紅治(はざな・くれはる)

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ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

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挟名紅治の、ふみ〜、不思議な小説を読んで頭が、ふ、沸騰しそうだよ〜 略して3Fバックナンバー