『死体農場』! コーンウェルの作品を読んでいなくても、このタイトルだけは鮮烈な印象で頭の中に残っている。『死体農場』! それは女性アイドルや人気声優さんが好きというには、あまりにも不似合な響きの小説の題名。『死体農場』! 何度でも声に出して読みたいミステリーのタイトル……このままずっと連呼していたいのですが、ここは切り上げて、あらすじ紹介いきます。

 逃亡中の猟奇殺人犯・ゴールトの手口と酷似した少女殺害事件がノースカロライナ州で発生した。ゴールトの仕業であれば彼を捕えようと現地に飛んだケイ・マリーノ・ベントンの3人。しかし彼らを待ち受けていたのは、事件を担当する刑事の変死事件だった。死んだ刑事の家からは少女殺害への関与を匂わせる証拠が発見される。謎が深まる中、FBI研修生となったケイの姪・ルーシーに機密漏えい疑惑が持ち上がる。

 前作『真犯人』でケイ達が取り逃がした殺人鬼・ゴールトが再登場する。刑事の変死のほか、本作で起こる様々な事件の背後にゴールトの影がちらつき、今後のシリーズでもケイの宿敵として登場し続ける気配が濃厚だ。このゴールト、本作では直接的に姿を見せる部分は少ないものの、実に不気味な印象を読者に残す。いわば「名探偵」のライバル的な存在の犯罪者がシリーズを通して登場する作品は少なくないが、ねちっこく、いやらしい感じがゴールトにはある。派手な特徴はないが、それがかえって平気な顔をして日常のどこかに潜んでいるかもしれない、なんてことを想像させるのですね。ところが、そんなインパクトの強い殺人鬼そっちのけで、小説の中心は姪っ子・ルーシーがFBI追放の危機に瀕する話になっているのだ。

 前作では綺麗な女子大生にいつのまにか急成長していたルーシーが、さらに急激な変化を遂げ、本作ではなんとFBI研修生になっておりました。しかも、局の犯罪者の記録に関するコンピュータプログラム開発に携わったはいいけど、そのプログラムを不正利用した疑いでFBIを辞めさせられそうなんて、ケイおばさんと同じような目に遭ってしまう。てゆうか、どんだけセキュリティ甘いんだよ、FBI。毎回「機密漏えいの疑い」じゃん。

 容疑がかけられたルーシーにさらなる追い討ちがかけられる。アルコール依存症の兆候が見つかるのだ。ここに至りケイは気付く。ルーシーは天才であるがゆえに孤独であり、その寂しさを埋め合わせるためにお酒に走ったのだと。そしてケイの、ルーシーを立ち直らせるための奮闘が始まる……って、ルーシーはネオ・ハードボイルドの主人公みたいなんですけど! そう、『死体農場』とは天才から一転、酔いどれになってしまったルーシーの破滅から再生への物語なんです。あ、ちなみに冒頭で繰り返し叫んでたタイトルの「死体農場」とは作中に登場する死体の腐敗状況などを検査する施設のことだそうです。ルーシーばかりに目がいって途中からどうでもよくなっちゃったけど。

 以前紹介した声優の相沢舞さんはどうやら「姪っ子がどんどん成長して主人公を助けていく物語」としてスカーペッタシリーズを認識していたようですが、確かに姪であるルーシーの物語といっても過言ではないでしょう。ケイよりも本作におけるルーシーの姿の方が、精神的な痛手を背負った私立探偵が立ち直っていくハードボイルドミステリーのようだと思ったくらいですから。

 さて、前回『真犯人』の回でスカーペッタシリーズと同時期に「私立探偵小説のDNAを持ちながらも、組織の中の一個人として生きるヒーロー」が活躍する「新宿鮫」シリーズが人気を得ていたことを書いた。

 このようなヒーローが生まれ、支持されたのはなぜか?というのが前回からの課題だったのですが……実は悩んでおります。

 スー・グラフトン編に続き、またもや悩んでいるのか、お前は!と言われるかもしれませんが、全くその通りでして……。そもそも90年代に誕生したミステリシリーズを思い浮かべてみてもスカーペッタのように私立探偵小説のDNAを別の形で継承したシリーズといえば、マイクル・コナリーの「ハリー・ボッシュ」シリーズしか出てこなくて……って、そもそも「90年代に誕生した海外の人気ミステリシリーズ」って、何が浮かぶんだ???などと頭が沸騰しそうです〜。

 挟名紅治(はざな・くれはる)

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ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

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