前回、「スカーペッタシリーズの映像作品はないのー?」と書きましたが、あれから調べてみたところ、2009年4月に「アンジェリーナ・ジョリー主演で映画化決定!」って記事がでてたんですね。→ こちら この記事の後、昨年の秋に脚本の担当が決まったことが報じられたくらいで、スカーペッタ映画の情報は途絶えております。そもそもコーンウェルが自身の著作を映像化するのにあまり乗り気でない感じもするし、ホントに公開されんのかなあ? こうなったら日本のどっか奇特な映画会社さん、ぜひとも名乗りを上げて日本人キャストで映画化しちゃいましょう! あ、当然スカーペッタ役は西田ひかるさんね。ルーシー役は武井咲がいいな。

 さて、「日本版・検屍官シリーズ」の脳内キャスティングをしながら、『接触』、いってみましょう。

 (あらすじ) ゴミ廃棄場から、四肢を切断された死体が発見される。以前、ダブリンで発生していた、胴体だけの死体遺棄事件と手口が酷似しているため、連続殺人の可能性が疑われた。事件を担当するケイの元に、deadoc(死のドクター)を名乗る正体不明の人物からメールが届く。そこには被害者の切断された手足を写した写真が。犯人は一体何の目的でケイに画像を送ったのか?やがてある小さな島で、天然痘の症状に似たウィルスによる死亡者が出たことから、事件は意外な展開を見せ始める。

 うわあ、今回もまた大風呂敷を広げたなあ、コーンウェル。前回はテロリストと化したカルト教団がスカーペッタの敵だったけど、今回は見えざる悪魔、ウィルスが相手でございます。バラバラ殺人を追うサイコ・キラーものかと思っていたら、犯人がウィルスを使って悪だくみをしているのではないか? といきなり医療パニックもののテイストに変貌。スカーペッタの周囲の人間どころかアメリカ全土の人間がウィルスによる無差別攻撃の危機にさらされてしまうのだ! これは危ない! 科学捜査を駆使し、人類をウィルスの猛威から守るべくケイが命を懸けてバイオテロに戦いを挑む一大スペクタクル……とさすがにここまで大袈裟にはいきません。マイケル・クライトンじゃあるまいし。ウィルスなんてとんでもない代物を使って犯罪を行ってはいるけど、犯人の動機は極めて些末な個人的恨みなのである。これに脱力してしまう読者もいるだろうが、私は今回の犯人、今まで読んできた「検屍官」シリーズの中でも一番好きだな。こんだけスケールのデカいことやっておいて、ラストでケイに向かって子供の言い訳みたいなみみっちいことダラダラ喋りだすんだもの。このシリーズでここまで犯罪者側の理屈を書いたことはなかったでしょう。しかもそのみみっちさがまた人間臭くて、思わず犯人の肩をポンと叩きたくなる。まあ、本当にショボい犯行動機だと思うけどね。

 ちなみに本作では度々「O-157」という単語がでてくるが、この作品が刊行された頃、ちょうど日本では全国の小学校で「O-157」の集団感染が大きな騒動になっていたことを鮮明に覚えている。前作『死因』のカルト教団といい、当時の日本の読者にとってかなり身近な話題をぶつけてきている辺り、ひょっとしてコーンウェルは日本の時事問題をかなり把握している感じがするんですが。こりゃやっぱり日本で映画化だな。

 さて、本作ではケイとベントン・ウェズリーとの関係に一応の決着がつく。これまで恋仲になりながら、煮え切らない関係を続けていた2人だが、ケイの過去の恋人でテロの巻き添えをくらって爆死したマークに関する「ある秘密」が発覚することによって進展をみせる。で、そのマークの秘密なんだが……これ、シリーズ読者怒るんじゃないのか? 『真犯人』で死ぬまであれだけ「優しく良い人」のキャラだったのに、その設定をフルスイングでドブに捨てるようなもんだよ、これ! いきなり爆死させるよりも酷い仕打ちだよ! とにかく死人の株を下げることによってケイとベントンの恋愛が一歩進んだわけだが、これを読んで私はふと思った。マリーノが離婚したり、ルーシーが友達に裏切られたりアル中になったり、マークが爆死したり、ウェズリーが奥さんに不倫された上に離婚したりと、『真犯人』以降、ケイ以外の周りの人間がどんどん悲惨な目に遭うことによって物語が動いているような気がする、と。私は第6回『私刑』の時に、初期の“組織の中の一個人”としてのケイをどう描くかが無くなり、キャラクターとして目立つべき部分をひとつ失った、と書いた。しかし、これは「検屍官」シリーズのような作品にとって致命的なことだ。前回の『死因』でも書いたが、「検屍官」シリーズは「ネオ・ハードボイルド」→「3F私立探偵小説」の流れからさらに先に進み、主人公に“色付け”され、キャラクターの要素に“のみ”注目が集まるようになった作品の頂点といってよい。そこから主人公の突出すべき特徴がひとつ削がれた場合、どうするか? よし、脇役たちを動かしてもっと小説を派手にしよう! とコーンウェルは考えたわけである。つまりこのシリーズ、主人公のキャラクターから脇役達のキャラクターに頼る方へと次第に方針転換しているのだ。結果、ケイの周りの人間達は不幸の渦へと巻き込まれていくわけになるのである。

 それにしても、脇役達のキャラをこれだけ立たせているわけだから、少なくともルーシーを主人公にしたスピンオフのひとつやふたつはあっても可笑しくはないと思うのだけれど、コーンウェルは書く気はないのかしら?もしルーシーのシリーズが出たら、これはやはり武井咲主演で映画化……ってまだ脳内キャスティングしてます(ちなみにマリーノは「池中玄太80キロ」時代の西田敏行で)。

 挟名紅治(はざな・くれはる)

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ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

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