私はこの連載を始めるにあたり、重要なことを忘れていたようだ。

 それはね、スー・グラフトンと違ってパトリシア・コーンウェルは少なくとも年1冊は新刊が出るってこと! 気付いたら、ほら、今月最新作の『変死体』が発売してしいました。はっはっは、これでまたゴールが一歩遠のいたわけですな。いや、待てよ。そもそもこの連載のゴールは西田ひかるに思いが届くこと、新作が出て連載が長引くほうがそれだけチャンスが生まれる……のか?

 まあ、いいや、先の話は。とりあえず、第9作『業火』いってみよう。

【あらすじ】

 メディア王、ケネス・スパークスが所有する農場が火事に見舞われ、バスルームから身元不明の死体が発見される。ケイの検屍の結果、死体には不審な傷跡が残されていた。やがて死体はかつてケネスが関係を持った若い女性の可能性が濃厚となり、ケネスが殺害し偽装工作のために放火したのではないか、という疑惑が持ち上がる。事件に挑むケイに、ある知らせが舞い込んでくる。ケイの姪・ルーシーの元恋人で、殺人鬼ゴールトの相棒だったキャリー・グレセンが収容先の精神医療センターから脱走したというのだ。

 カルト教団、ウィルステロとここ数作は何だか知らないけれどスケールの大きい敵を相手に戦ってきたスカーペッタだが、今回はメディアを牛耳る業界の大物なる人物が登場。実在のメディア王、ルパート・マードックをモデルにしましたよ!ということがバレバレのキャラクター・スパークス(マードックをよく知らない人は、ナベツネさんの顔を思い浮かべながら読んでみよう)と、ケイの対決が火花を散らす、かと思いきやこのスパークスさん、物語中盤から“いい人”オーラを醸しはじめ、ケイも同情的な素振りをみせる。なんだ、今回の作品のテーマは「検屍官、メディアに物申す!」みたいなものじゃないのか。

 メディア界のドンとのガチンコ勝負じゃないのかと肩を落としたところに、殺人のお手伝いが大好きなお姉さん・キャリーさんが再び出現、ってキャリー誰だそれ?と言う方に一応ご説明を。第3作『真犯人』で登場したスーパー殺人鬼・ゴールト(どこら辺が“スーパー”なのかは本連載第6回『私刑』の巻を参照のこと)の助手のような存在であり、FBIに籍をおきながらルーシーをかどわかし犯罪に関するデータを盗んでいたのが、このキャリーという女性だ。ケイ宛に脅迫状を送ったり、マスコミにスキャンダラスな情報を流したりと、ゴールトと同じくらいのしつこさと陰湿さでケイとルーシーを付け狙い、挙句の果てにはケイを深い悲しみのどん底に叩き落とすような事件をも起こすのだ。うわあ、またこういう展開かよ。

だが、ケイやルーシーだって黙っちゃいない。今回ルーシーはヘリコプターを自在に操り(いつのまに覚えたんだよ、操縦!)、ラストではギャビン・ライアルも真っ青の空中戦をキャリーとの間に展開するのだ。

  ところで今回、改めて思ったのはルーシーというキャラクターは典型的な「アダルトチルドレン」だということ。ルーシーはケイの妹であるドロシーからネグレクトされた経緯を持ち、優れた頭脳を持ちながらも対人関係が常に不安定で、アルコールに依存するなど自暴自棄的な行動をすることもある。本作でもケイが同僚に対してルーシーの家庭環境が恵まれたものではないことを強調し、ルーシーを擁護する場面があるが、心の拠り所のないルーシーにとってケイの存在が母親に代わる心のセーフティネットだったということになる。

 日本で「アダルトチルドレン」という用語がマスコミにも取り上げられるようになったのは1997年頃。アダルトチルドレンに関する研究本が多く刊行され、さらには同時期の「新世紀エヴァンゲリオン」ブームも相まって“親からの愛情が不足し、成長した後も人間関係の構築等で問題を抱える人々”を指すものとして広く認知されていった。「このミステリーがすごい!」00年版の1位に輝いた天童荒太の児童虐待を扱った小説『永遠の仔』を「アダルトチルドレン小説」と斉藤美奈子は著書『趣味は読書。』で指摘しているが、90年代後半における「アダルトチルドレン」ブームの影響にエンターテイメント小説も無縁ではなかったということだ。

 以上のことを考えると、90年代後半に入りルーシーの存在をより前面に押し出した「ケイ・スカーペッタ」シリーズは、斉藤美奈子の言葉を借りるなら一種の「アダルトチルドレン小説」として読まれていたのではないかと思う。ルーシーというアダルトチルドレンにどうケイが接するのか、という部分も読者の興味のひとつだったのでしょう。シリーズファンの中には「ルーシーが好きだから」という理由を挙げる方が多いが、ルーシー人気の陰には「アダルトチルドレン」ブームがあったから、と言えると私は思います。

 実は90年代後半の日本で起きたブームということで、もう1つ思い当たることがあるのだが……というのはまた次回、新年明けてからの「ふみ〜」でお会いしましょう。

みなさん、よいお年を!

 挟名紅治(はざな・くれはる)

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ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

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