原稿の〆切りがなかなか守れない。労働意欲がないわけじゃない。日々の仕事がはかどらないのはテレビドラマのせいである。なるべくミステリー系に絞るようにしているが、それでも日に3、4時間ついやしてしまうのは、数年前から海外ものもチェックするようになってから。きっかけは現在フジテレビ系でシーズン7を放映中のご存知『24』である。

 9・11の直後に始まったこのドラマでは、アメリカの政府機関−−テロ対策ユニット(CTU)ロサンゼルス支局の捜査員ジャック・バウアー(キーファー・サザーランド)が突如勃発したテロ事件を解決すべく、文字通り不眠不休で24時間奔走する。「事件はリアルタイムで進行している」というわけで、1話1時間×全24話構成になっていて、レンタルDVDなんかで見始めた日には、全巻最後まで借り出し一気に突っ走らずにはいられなくなる文字通りのノンストップサスペンスだ。

 今もこのドラマにハマっている人は少なくないはずだが、何と30年余り前に、元祖『24』ともいうべき傑作スリラーが日本でも翻訳されていたことをご存知だろうか。ジョゼフ・ディモーナ『核パニックの五日間』(菊池光訳/創元推理文庫刊)がそれである。

 物語はアメリカ、ノースダコタ州にある空軍のミサイル基地から核弾頭が3個盗まれるところから幕を開ける。現場には「我、ベネディクト・アーノルド最愛の女性、ナンシイの恨みを晴らすために」という書き込みのある古地図が残されていた。大統領直々の要請で、司法省次官補のジョージ・ウィリアムズは調査活動担当補佐官として動き始めるが、その頃犯人のレナード・チュウは協力者のふたりを片づけたのち、ひとり、核爆弾をニュージャージー沖で爆発させる旨の脅迫文を大統領宛にしたためていた……。

 序盤で犯人の正体が明かされるのは『24』でもお馴染みのパターン。そしてその犯人が何を目的にどんな計画を実行しようとしているのか、肝心なところが伏せられているのも『24』と同様だ。物語はアメリカ独立戦争の英雄ベネディクト・アーノルドにまつわる謎の追及とともに、追う者と追われる者の動きが交互に描かれていくが、正直いって本書のウィリアムズはジャック・バウアーのような超人的活躍を見せてくれるわけではない。

 その辺りの弱さをカバーして余りあるのが、犯人レナード・チュウのサイコがかったキャラクター造型である。ほどなく、事件の背後にはアメリカの影の組織「ザ・ディープ・メン」が暗躍しており、チュウの犯行動機も彼らの謀略に根ざしていることが浮かび上がってくる。その存在は、いわば獅子身中の虫。すでに『24』をシーズン7まで見ている人なら、当初はテロリストを始めとする外敵相手に闘っていたバウアーがやがて政府に巣くう内敵に手を焼くようになっていったことを想起されよう。本書はアメリカ謀略ミステリーの典型ともいうべきその構造をきっちり組み込んでいるのだ。

 本書はまた、タイムリミット・サスペンスとしても意表を突く展開を見せる。しかも、中盤でドギモを抜いた後、物語のギアがもう一段上がり、さらには終盤、フーダニットの畳みかけまで待っている。24時間×5日=120時間の出来事をメインに描かれた全106章。『24』的な戦略的構成を狙うには14章足りないのが惜しまれるものの、スリリングな展開という意味では優るとも劣らない。あの手この手の出血大サービス的大傑作が文庫本にしてわずか310ページとは、まさに奇跡と呼ぶほかないだろう。

 ディモーナの小説は、本書のシリーズ第1作『アーリントン最後の男』(田口俊樹訳/早川書房)の他にも、ネオナチものの快作『甦った鷲たち』(永井淳訳/新潮文庫)が翻訳されているが、いずれも絶版状態。本書を読めば、その2作も必ずやひもときたくなるに違いない。『24』人気にあやかって、まずはこれから復刊してもらおうではないか!

 香山二三郎