「ハヤカワ文庫復刊希望のアンケートを募集中です!」

 あの、期待に胸躍らせたアンケートから早5ヶ月。来る11月末日には復刊フェアが行われるとのことだが、果たして何が入ったのか。アレかソレか、それともコレか? ハヤカワ文庫のリストを眺めながらそう思いを馳せるうち、どうにも復刊されそうもない、でも決して見逃してはいけない作品のことを思い出しました(と言っているうちに結果が発表されましたが、やはり入らなかったですね……)。そう、ジャック・ヴァンスの名作「魔王子シリーズ」(全五作)です。五冊一気に復刊するのは、それこそ神の御業でもない限り不可能でしょうが。

 2013年、96歳という堂々の大往生で亡くなった巨匠中の巨匠、宇宙冒険小説の達人、独特の命名センスと色彩表現で見たこともないものをまるで手にとるように描き出してみせる圧倒的な想像力と描写力の持ち主、ジャック・ヴァンスを知っていますか。彼はSF作家であると同時にミステリ作家でもある、ちょっと特殊なキャリアの持ち主です。

 本名ジョン・H(ホルブルック)・ヴァンス名義で書いた『檻の中の人間』は、エドガー賞最優秀処女長編賞を受賞していますし、エラリイ・クイーンがプロットだけ提供して、若手作家に名義を貸していた時期に、シオドア・スタージョン(『盤面の敵』)アブラム・デイヴィッドスン(『第八の日』)と並んで、クイーン名義の作品を三作書いています(残念ながらすべて未訳)。

 また、中編「月の蛾」は、仮面着用を義務付けられ、楽器演奏でコミュニケーションを取るという奇妙な惑星に逃げ込んでしまった逃亡者を捕らえるべく、文化事情に慣れない新任の領事が四苦八苦するという摩訶不思議な物語です。誰もが仮面をつけており、仮面を剥がすことが最大級の文化的破壊行為に当たる世界で「逃亡者はどの仮面をつけているか」を推理する特殊設定ミステリでもあります。ただし、この作品はそれほど単純なものではありません。手詰まりの状況を前提からひっくり返す苦い笑いに満ちた結末まで、実に魅力的な傑作です。河出文庫の「20世紀SF」第3巻『1960年代・砂の檻』、もしくは国書刊行会から出た『奇跡なす者たち』という短編集に収録されているバージョンが読みやすいので、普段ミステリしか読まないという向きも是非手に取ってみてください。

 やれやれ、作者紹介で話が横に逸れすぎましたね。本題は、ハヤカワ文庫SFで翻訳紹介されたヴァンスの代表作のひとつ「魔王子シリーズ」についてでした。

 各巻タイトルと対応する魔王子の名前をひとまず紹介します。

巻数 書影 題名 発表年 魔王子
復讐の序章 1964 第一の魔王子:
 アトル・マラゲート
殺戮機械 1964 第二の魔王子:
 ココル・ヘックス
愛の宮殿 1967 第三の魔王子:
 ヴィオーレ・ファルーシ
闇に待つ顔 1979 第四の魔王子:
 レンズ・ラルク
夢幻の書 1981 第五の魔王子:
ハワード・アラン・トリーソング

【装画:萩尾望都/書影はクリックで拡大表示】

 3と4の間に長い休眠期間がありますが、物語はきちんと繋がっています。なお、翻訳本が刊行されたのは原書で5が刊行されたあとなので、日本の読者はアメリカの読者のように10余年も待たされるという不幸な目に合わずに済みました。ちなみに、翻訳は名人の故・浅倉久志氏です。

「故郷の村マウント・プレザントを五人の〈魔王子〉によって滅ぼされたカース・ガーセンは、もう一人の生き残りである祖父とともに積んだ十数年の修行と研鑽の末、ついに〈魔王子〉たちへの復讐を開始する」という超単純なあらすじのもと、各巻一人ずつ魔王子を撃破していく華麗なるスペースオペラ……ではありますが、このシリーズ、ミステリ読みにとってもちょっと興味深いものになっています。

 物語の前提として重要なのは、魔王子たちが悪名は高いものの、その素顔はほとんど知られていないということです。カース・ガーセンが復讐をするためには、まず魔王子がどういう顔をした奴なのか、そしてそいつがどこの誰かを探りださなければなりません。必然的に物語は捜査小説の様相を呈し始めます。魔王子らしき人物にあった人に聞き込みをし、その裏を取り、情報を統合することで真実へと迫っていく訳です。

 たとえば第一作の『復讐の序章』は、このモデルを忠実になぞっています。魔王子アトル・マラゲートが新発見の惑星を狙っているという噂をあるバーで耳にしたガーセンは、その星に向かう宇宙船の乗組員の中にマラゲートが潜んでいるに違いないと踏んで追跡を開始、奇妙な生態系に包まれたその星に到着後、三人の乗組員を捕縛することに成功します。そこで問題になるのが、魔王子マラゲートがスター・キングという宇宙生物で、人間の姿に化けているということでした。果たして三人のうち誰がマラゲートなのか?

 この謎の作り方が、「月の蛾」における「誰が仮面を被った逃亡者なのか?」という問いに良く似ていることに気付いたなら、鋭い(実は「月の蛾」も三択問題、ヴァンスはこの手の「謎」を様々な作品で使用しています)。そしてこの「謎」を解く究極の手掛かりは「魔王子はなぜ今、この罪を犯そうとしているのか」という、言わば発生前/発生中の事件の動機にありました。ガーセンはそこを上手く突いてマラゲートを炙り出し、復讐を遂げることに成功します(マラゲートもそれほど抵抗しないので、そこは意外とあっさり)。このような具合に、スペースオペラの舞台設定を使いながら、意外と硬質な謎解きを繰り広げていくのが、「魔王子シリーズ」の特徴です。

 例に挙げておきながら何ですが、『復讐の序章』はスペースオペラと謎解きミステリの融合を一番真っ当にやっている作品ではあるものの、シリーズの中では最も出来が落ちる作品です。以降の、形式としては不格好な作品の方が実は遙かに面白い。それは、おそらくマラゲートの動機が(切実ではあるものの)あまり面白くないからでしょう。強烈な動機を備えた魅力ある犯罪者ほど、やはり深い印象を残すもの。そういう意味で、シリーズ最強と言えるのが、第四作『闇に待つ顔』に登場する第四の魔王子、レンズ・ラルクです。「巨鳥」とも呼ばれる彼の生涯最大の事業の目的は、物語の最後、本当に最後の一文で明かされますが、その瞬間脳裏に浮かび上がるレンズ・ラルクのおぞましい顔はおそらく一生忘れられないでしょう(笑)。やられたなあ。

 出来ればネタバレは避けたいので、是非作品に当たってみてください。

 各魔王子についてはまだまだ語りたいことがありますし、ガーセンが実は魔王子以上に悪辣なやり方で怨敵を追いつめていく過程(嗚呼、可哀そうなココル・ヘックス)も凄絶にして爆笑ものなので、是非お伝えしたいところです。だがそれでは文字数がいくらあっても足りないし、読書の楽しみを奪いかねないので、この辺にしておきましょう。

 あと、旧版の表紙が萩尾望都の手になるものであることは付記しておきたい。『愛の宮殿』の美しくも頽廃的な作品イメージを見事に写し取ったイラストは抜群に素晴らしく一見の価値ありです。これは万が一復刊されたとしても変わってしまう可能性が高いけれど……

 ところで、「マグナス・リドルフ」シリーズの短編集が入るとの噂のあるジャック・ヴァンス・コレクションの刊行はいつごろになりますか? 聞くところによれば、マグナス・リドルフはカース・ガーセンが魔王子すべてを打ち破ったあとの姿とのことで、出来れば一緒に楽しめるようにしていただきたいところです。

三門 優祐(みかど ゆうすけ)

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 1986年生まれ。フリーの兼業読者。他人の不幸で飯がウマい。クラシック・ミステリ愛好者。ツイッターアカウントは @m_youyou

 本年末にアントニイ・バークリーの新聞書評をまとめた同人誌を発行予定。詳細はこちらのツイッターアカウントをご覧ください。⇒ @ABC_reviews

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2013-06-11掲載:【追悼】ジャック・ヴァンスのミステリー作品リスト(執筆者・白石朗)