各地方読書会の資料傑作選、第3回は2012年1月27日に開催された第5回大阪読書会(課題書『ボーン・コレクター』)へ訳者の池田真紀子さんが送ってくださったメッセージをご紹介します。

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ディーヴァー作品翻訳の楽しみ

(ライムのホワイトボードの隅っこを借りた『ボン・コレ』ミニ・トリビア集付き)

主人公コンビのライムとサックスは、当然ながらシリーズの人気者。私にとっては十数年来の親友のような存在です。

でも、読者のなかには、けっこうな割合で「隠れ」トム・ファンがいるとか。

じつは私もその一人で、トムがライムの不作法やおイタを叱責するシーンなどでは、口達者のライムにたまにはぎゃふんと言わせてみたいと、トムの台詞をあれこれ工夫するのが楽しくてしかたありません。

ライム・シリーズのジェリー・バンクスやメル・クーパー、ロナルド・プラスキー、ダンス・シリーズのTJ・スキャンロンあたりも、ふだんは発言の機会が少なめだからこそ、どうしゃべらせたら彼らの魅力を少しでも引き出せるか、知恵のしぼり甲斐のある人たちです。

ディーヴァーの文章は、つねにロジックが明快で、何を言いたいのか解釈に困るということはほとんどありません。だから、極端な話、訳者のおシゴトは、原文を素直に日本語に移すことだけとも言えます(それがまた難しいわけだけれど)。

ただ、会話に関しては、原文を置き去りにするくらいの勢いで発想を飛躍させ、一見もとの表現とはまるきりかけ離れた日本語を放りこんでみたら、なぜか原文の雰囲気に近い会話を再現できてしまう場面も少なくなかったりします。これはディーヴァーにかぎらず、ほかの作家でも一緒です。

そういった「AからBへ、跳んでXへ……」(cキャサリン・ダンス)式が力を発揮しやすいのが、私の場合、上に挙げたような、場面によってはボケ役を潔く引き受けてくれるキャラクターです。本人たちが隙だらけな分、こちらが言葉遊びをする余地も大きいということかもしれません。

4代目ディーヴァー担当編集者、永嶋氏から届くゲラにはときどき、「TJ(例)の台詞になると、池田さん、やけに楽しそうですよね」みたいなことが書いてあります。私はいつも「だって楽しいんだもーん」と返事を書きこみます。

だって、ほんとに楽しいんですもの。

さて、昨年は「007」に華麗に追い越されてしまったライム・シリーズの最新作 TheBurning Wireは、今秋に刊行の予定です。またその前、春ごろには、ノン・シリーズの The Bodies Left Behindも登場します。

(編集部注:上記TheBurning Wireは2012年10月『バーニング・ワイヤー』として刊行されました)

どうぞお楽しみに。

付録《ミニ・トリビア集》

現場:J・ディーヴァー著『ボーン・コレクター』製作の裏側

版権

・『ボーン・コレクター』以降、新作の版権は文藝春秋に

 ・文藝春秋が『ボン・コレ』版権取得に動いたきっかけ

  ・村上春樹さんが当時の担当編集者との雑談のなかで絶賛

  ・村上さんは、休暇先(ハワイ?)の書店で偶然に手に取ったらしい

翻訳者

・当時イケダは、文藝春秋が刊行を予定していた別のミステリーを訳したいと狙っていた

 ・その本は、残念ながら大先輩の翻訳者のところへ

 ・軽く肩を落とすイケダに、「代わりにこれ、お願いできる?」と(ちょっぴり申し訳なさそうに)渡されたのが、『ボーン・コレクター』だった

装幀

・カバーの骨

 ・イメージ写真を流用したものではない

 ・人骨の実物大模型を製作

 ・それをデジタル撮影した画像をCG加工して使用

・人骨模型のその後

 ・映画でライム役を演じたデンゼル・ワシントンがプロモーション来日の際にサイン

 ・いまも文藝春秋編集部のどこかにごろんと転がっている(はず)

・白い装幀

 ・いまも昔も、ミステリーには濃色系の表紙が多い

 ・編集者から「どんな雰囲気にしたい?」と訊かれたイケダは「白っぽい感じ」と即答

  ・ただし、そのやりとりはイケダの記憶から完全に欠落している

  ・白基調の装幀は珍しいしきれい、店頭でも目立ってよろしいと好評を得る

  ・イケダ、何も覚えていないことは内緒にして、発案者の栄誉だけちゃっかり手中に

池田真紀子(いけだ まきこ) 1966年東京生れ。上智大学卒業。主な訳書にディーヴァー『ロードサイド・クロス』、バゼル『死神を葬れ』、キング『トム・ゴードンに恋した少女』、パラニューク『ファイト・クラブ』、マドセン『カニバリストの告白』、アイスラー『雨の牙』など多数。

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