小路幸也さんをお招きしての「週末招待席」第二回。第一回では、ジュヴナイル版エラリイ・クイーンとの出会いについて語っていただきました。デューセンバーグでしたか。あれはかっこいいですよね。第二回は、大人向けミステリーとの出会いについて。最初に読んだ作品は、意外といえば意外なタイトルだったそうです。

(前回の記事を読む)

——文庫版『エジプト十字架の秘密』は中学生のころに読まれたということでしたが、大人向けのミステリーを最初に読まれたのはいつごろだったのですか?

小路 やはりエラリイ・クイーンでした。実は中一から音楽に夢中になってしまい、フォークギターを抱えて毎晩がなりたてる中学生でした。なので、小学校卒業以来読書から離れてしまったのですが、ある日本屋さんで青い背表紙が並ぶ棚に迷い込んだのですね。ふと見ると〈エラリイ・クイーン〉とある。「お、これは」と、急にミステリー好きの血が沸き立ってきました。

——なるほど。クイーンの力は偉大だ(笑)。最初に手にしたのはナンバリングが1の『災厄の町』あたりでしたか?

小路 それが、どうせなら読んだ記憶のないものを、と。手にしたのは何故か『最後の女』(ハヤカワ・ミステリ文庫)でした。

——それはクイーンマニアでもかなり後の方で読む作品ですよ! どうしてまた?

小路 たぶん、薄くて値段が安かったからだと思います(笑)。それがエラリイ・クイーンとの一年ぶりの再会でした。小学生のころには、国名シリーズしか読んでいなかったのです。『エジプト』『オランダ』『ギリシャ』辺りだったと記憶しています。それが、『最後の女』ではいきなりドジったエラリイが旧友の招きでライツヴィルという田舎町に静養に行く、という静かなノスタルジック溢れる展開で、「こんなのもあるんだ」と。

——おお、ライツヴィル! クイーンが中期以降に創造した、お気に入りの舞台ですね。

小路 残念ながら『最後の女』の感想は「ふーん、なるほど」で終わってしまうようなものでしたが(笑)、〈ライツヴィル〉という架空の田舎町が妙に心に残りました。それもたぶん、それまでに見聞きした〈古き良きアメリカ〉というものが、どこか僕の琴線に触れたのでしょうね。それから夢中になって〈ライツヴィル・シリーズ〉を読みあさりはじめたのです。ひょっとしたら、僕の作品が〈ノスタルジックな感じ〉と評されるところは案外この辺に根っこがあるのかもしれません。意図的ではまったくないのですが。

——〈ライツヴィル〉が根っこにあるというお話、まさしく我が意を得たりという気がします。デビュー作『空を見上げる古い歌を口ずさむ』の舞台となるパルプ町は、小路さんにとって、ところと形を変えたライツヴィルだったのでしょうか。

小路 たぶん、そうだと思います。そのうちに違う形で、それこそ純然たる探偵ものみたいな形で〈パルプ町〉を描きたいなぁとも思ってます。

——せっかくですのでお聞きしたいのですが、いちばんお好きな〈ライツヴィル〉ものはなにか教えていただけますか?

小路 うーん。悩みますけど、『ダブル・ダブル』かなぁと。たぶん、あの物語の構成が好きなのですね。こうだと思ってたけど実は! みたいな。

——私も実は〈ライツヴィル〉派で、クイーン・ベスト5を選ぶなら『フォックス家の殺人』『十日間の不思議』は必ず入ります。あとは、後期の作品で『緋文字』のようなワンアイデアの作品も好きですね。小路さんのクイーンベスト5は何でしょうか?

小路 これもまた悩む質問だなあ(笑)。順位はあくまでも今の気持ちということでよかったら、1『ダブル・ダブル』、2『十日間の不思議』、3『最後の一撃』、4『災厄の町』、5『フランス白粉の秘密』かな……。いやーでも困るな。『途中の家』『真鍮の家』『シャム双生児の秘密』『九尾の猫』『チャイナオレンジの秘密』も好きなんだよなぁ……。ううーん。じゃあ、バラエティに富んだリストってことで、1『ダブル・ダブル』、2『九尾の猫』、3『十日間の不思議』、4『シャム双生児の秘密』、5『真鍮の家』。これでどうだ!(笑)

(つづく)

(プロフィール)

小路幸也 しょうじ・ゆきや

北海道旭川市生れ。札幌市の広告制作会社に14年勤務。退社後執筆活動へ。2003年に『空を見上げる古い歌を口ずさむ pulp-town fiction』で第29回講談社メフィスト賞を受賞し、デビューを果たす。2006年、古書店を経営する大家族が主人公の『東京バンドワゴン』を発表し、ミステリー以外の読者からも注目を集めた。著書多数。北海道江別市在住。公式サイトURLはhttp://www.solas-solaz.org/sakka-run/